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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 話題の中心は、今年はじめに出来た秀実の新しい彼女についてだった。秀実が一方的に喋った。今までの彼女と覿面に違うところは、秀実よりも二つ年上で、今まで誰とも付き合ったことがない、という点だ。
「――え、じゃあその、」透馬が箸を宙に泳がせて秀実に尋ねた。「ぶっちゃけて聞いちゃうけど、もしかして、処女?」
 秀実は「それは内緒」ときっぱり言い、透馬の質問への回答を拒否した。お喋りなくせに黙するところはきちんと線引きしているところが、秀実の好ましいところだと思う。
「すげえ真面目な人なんだ」とすぐに嬉しそうに頬を緩ませた。「大学に入り直して、勉強中なんだ。高校生の頃に病気して、二十代半ばまでずっと療養してたって。だから青春時代をすっ飛ばしちゃったんだ。大人しくて、恥ずかしがってばっかで、もう、超かわいい。ぜってーいっぱい甘やかしてやるんだ」
「良かったな、いい人そうだ」くたくたに火の通った白菜を噛みながら瑛佑は言う。
「なんか硬そうでヤだなー」一方で透馬は厳しい。「どうやって知り合ったの?」
「柳田くんの紹介」
「ああ、こないだの……。……ふうん、そっか」
「なんだトーマ、淋しくなっちゃった? トーマもかわいいなー、あいしてるぜ」
「はいはいおれもだぜ。ここ、いちばん美味いとこ煮えたよ」
 匙ですくった牡蠣がつるりと碗に滑り込んでくる。瑛佑と秀実とで鍋会となった場合、どちらもそんな世話焼きなど出来ないので、どうしても適当になる。透馬に出会うまでは家でなにかを作って食べる、なんて機会自体が少なかった。テイクアウトを持ち帰ってDVDを見るとか、各々に雑誌や携帯ゲーム機に夢中になっているとか。そんな中学生の頃と同じような付き合いを三〇代になっても続けていた。それが、透馬が入って変化する。
 この三人組だと秀実と透馬が喋り続けるのを瑛佑が黙々と聞いている、という図式になる。最近見たドラマの話、職場で起きた出来事。よくそんなに食べながら喋れるものだ。
 親しい時間を裂くように電子音が鳴った。ぴたりと透馬の動きが止まる。「おれの電話だ」とポケットから携帯電話を取り出し、眺めてから「はい」と言って出た。同時に立ち上がり、玄関の外へ出てゆく。
 こういうことが前にもあった、と思い出していた。日野洋食亭へ行く道すがらで。電話ぐらい誰でもかけるだろうと思っても、電話を取った際のあの微妙に淋しげな表情が引っかかる。
 戻って来た透馬が「行かなきゃなんなくなった」と辛そうに言うので、ああやっぱりじゃないか、と確信した。秀実が「えー?」と文句を言う。瑛佑も同じ気分だった。行かない方が絶対にいい。
「職場の人に呼び出されたからさ…なんかあったのかも」嘘だと分かるし、本人も明らかに嘘をついている感覚を味わいながら喋っている気がした。
「終わってまだ早かったら、メールするよ。合流できっかな」
「そうしろよトーマ。どうせ遅くまでだらだらやってっからさ」
「ありがと。ごめん、行く」
 上着を羽織り、手早く身支度を済ませ玄関へ向かう。その後ろ姿を秀実と一緒に追った。スニーカーに足を通す背中が、とても頼りなく孤独で、寒々しかった。
「透馬」上着の襟を引っ張って顔を寄せた。「大丈夫か」
 靴ひもを縛る手を止めて、透馬は瑛佑に振り向いた。素直な性格なんだと思う、眉根が不安そうに寄せられている。その弱った顔になんだか笑えた。引き止めたって、瑛佑にはどうしようもない。
 眉間のしわを親指でぐいぐい突いた。
「待ってるから」
「……うん」
 行ってきます、とちいさく手を振って、透馬は玄関を出た。後ろ姿を見送り、ふと隣を見ると秀実が神妙な顔つきでこちらを見ていた。
「なに?」
「なあ、えーすけとトーマって、いつの間にか仲良しさんだよなー」
「ああ、うん」
 仲良しかどうかは分からないが、透馬は自分によくなついていると思う。屈託なく笑う姿を見れば、単純にほっとする。不安な顔をされるよりもそっちの方がよっぽどいいので、早い話が放っておけない。
 秀実が、急に瑛佑の腰をがつっと掴んで抱きついて来た。
「おれのことも気にしてくれよー」
「おまえ、彼女出来たんだからいいだろ」
「なんかさびしいじゃんか、トーマとえーすけと二人でおれ仲間外れでさ」
 別に仲間外れにしているつもりはないのだが。ふっと笑うと、秀実が「まあトーマも相当な淋しがりだからな」とぎゅうぎゅうに抱きつきながら言う。
「秀、痛い」
「いつもなんか辛そうだからな。えーすけで楽になってんだったら、いいけど」
 秀実にしては鋭い発言に、瑛佑も考えた。おれで楽になっているならそれでいい。いいのだけど。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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