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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 たとえば、秀実や透馬のように誰かに側にいてほしい孤独というものを、瑛佑はあまり感じない。
 精神的なダメージを感じると一人になりたいタイプだ。今だったら秀実のジムにでも飛び込んで、黙々と泳ぐか走るかしていたい。夏場だったら登山やサイクリングが楽しめたが、さすがに厳冬期は遠慮する。だが、持久力を必要とする長くながいスポーツが、ストレスを感じた際の瑛佑には心地よい。
 で、今日はどうしようかと思った。前の恋人から(正確には前の恋人の父親から)届いた手紙は、封を切る前から内容が知れた。黒々と立派な筆文字で「梅原瑛佑様」とある。このまま受け取らなかったことにしてもいいのだがそれも幼稚で未練があるようだと思われる――と考えて封を開けた。
 結婚披露宴及び挙式の招待状だった。
 噂としてはかなり前から聞いていた。清水(というのが、前の恋人の苗字だ)結婚するらしいぞ、と。恋人とは大学で知り合い、そのまま同じ教授の元で勉強をした。同じ研究室仲間として出席を求めているのだと分かるのだが、仮にも八年男女の仲でお付き合いしたのだ。意識するなと言う方が無理な話だ。
 こういうのは、女の方がさばさばしているもんなのだろうか。元からそういう性格だったな、と久々に思い出して、落ち込んだ。よりにもよって今日はなぜ休日なのか。やることがなければ沈み込むきっかけを自分に与え続けて延々ループだ。
 足もとへ寄って来たトーフを見ても、ちっとも和まなかった。このネコだって、飼いはじめのきっかけは恋人だった。海外を旅するのが大好きで、そちらへばかり行っていて、いつも瑛佑が預かっていた。別れ際には彼女よりも瑛佑の方に懐いていたのでそのまま引き取った。かわいいし、あったかいし、静かだし、利口。同居人としてなにも不足はない。だがこういうタイミングでは、どうも八つ当たりしてしまいそうになる。
 つまらない思いをかき消すように着替え、外へ出た。コートの前をしっかりと合わせても袖口や襟からつめたい風が突き通る。脇目も振らず電車に乗り、秀実の勤めるジムでかっきり三時間、泳いだり走ったりサウナに入ったりした。身体はさっぱりしたのに、まだ心が晴れない。苛立っているのかせつなくなっているのか、誰かいたらいいなと思った。人と話がしたい。話せなくても、傍に誰かいたらいい。うざったい秀美でさえ構わないと思ったのに、秀美は休みでデートにでも出かけているらしく、会えなかった。
 瑛佑の想いを見透かすように駅前に透馬が現れた時には、本当に驚いた。ロータリーで高級車から降りてきたところにばったりと出くわした。瑛佑と顔を合わせた直後とっさに振り向いた透馬は、明らかに背後の高級車の運転席を気にしていた。
 見たことがある気がする、男がいた。車のフロントガラス越しに目が合い、そこはホテルマンとしての知識総動員ですぐに把握できた。透馬の妹の披露宴で、透馬と消えた男。あの後この男はホテルに宿泊して行ったので、顔と名前を憶えていた。有崎、という男だ。
 ああこいつ透馬の不倫相手だったっけ、と今更のように回路をつなげた。エレベーターでのキスシーンを目撃していたくせに、実のところは具体的に相手のイメージをしてこないように努めていた。現実を知ってしまえば、透馬への憐みもリアルになる。第三者だから聞ける事柄がある、と思って自分からは深く突っ込まなかったし考えなかった。
 車はすぐにロータリーを出て駅の東側へと走り去った。残された透馬が途方に暮れている。今日は平日で、仕事帰りに呼び出された、というところだろうか。そんな顔して降りてくるぐらいなら会わなきゃいいのに、という怒りを身体の奥にちりっと感じて、嫌な気分になった。とっぷりと暮れた街にはネオンや外灯が明るく、飲み屋の店員が呼び込みにいそしんでいて、うるさい。
「めし、食った?」瑛佑から訊いた。透馬はしばらく素の表情を見せた後に、静かに首を横に振った。
「瑛佑さん、間が悪ぃすよ。いつもいつも」
「ごめん」
「めし、食ってないです。どこかで食います?」
「いや、なにか買って、うちで食おう」
 瑛佑の中ではそれ以外のアイディアがなかった。透馬はそっと周囲を見渡し、「はい」と答えて瑛佑の隣に付く。


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佳子さま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
読まれるの早いですね…! すでに追いつかれたとは。私の文章は文字が多く固いので、初期作からここまで4年分だとさぞや大変だったことかと思います。

「花と群青」は特に丁寧を心がけて書いています。これまでちょっとずつでしか進行してきていませんが、そろそろ(ちっちゃいですが)ヤマです。どうか引き続きお付き合いください。
コメント励みになりますのでまたぜひw
ありがとうございました!
粟津原栗子 2013/11/25(Mon)07:23:40 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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