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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 七月の連休直後に、秀実と登山をした。本格的な登山というよりもハイキングに近く、ハイキングというよりもこれから来たるべきサマースポーツシーズンへのトレーニング、といった意味合いが強かった。実家から車を借りて交替で運転し、女性や中高年らがのんびりと歩く山をハイスピードで駆けた。雨が過ぎた直後で道はぬかるんでいたが天気はよく、トレイルランってアリかななどと瑛佑は本気で考えた。
 透馬は誘ったが「二人と一緒なら絶対についていけない」と断固拒否された。秀実も彼女を連れてくるかと思ったのに、連れて来ない。その訳を、頂上へ着いて知った。
「――結婚、してえんだよなあ」
 成程、瑛佑に相談がしたかったのだ。
 結婚と聞いて「もう?」と思わないでもなかったが、年齢を考えれば妥当な気がした。淋しがりな秀実が、淋しがりなゆえにあっちこっちとっかえひっかえだった秀実がきちんと六か月付き合えた彼女だ。そう考えると手放すべきではない。
「いつか結婚したいってのはずっと思ってて、それって今かも、ってこないだめし食いながら思ったんだ。彼女、来年には大学卒業になるし」
「もう言った?」
「なにを?」
「プロポーズ」
「してない。なあ、あれってどうやんの? 指輪買ってえーすけのホテルの展望レストラン予約すればいいの?」
「すきにやればいいだろ」
 経験のない瑛佑に聞くよりも「プロポーズの仕方」で検索でもかけた方が早い。秀実はポケットからスマートフォンを取り出して本当に検索しようとするので、「家に帰ってからやれよ」と言ってやった。
「向こうはどう思ってんの?」そっちが先だ。
「前にぽろっと、ヒデちゃんはかっこういいパパになりそうだねって言われたこと、ある。言ってからめっちゃめちゃ照れててさ、超かわいかった」
 のろけ話を聞いたわけじゃないんだが、とペットボトルの茶を一口飲む。いや、どのみち行きつく先は同じなのか。
 結婚、を瑛佑は考えたことがない。父子家庭で育ったせいか、一人を楽しめる性格からか、夫や親になる想像をあまりしてこなかった。子どもはいたらいたで面白そうだが、積極的にほしいと感じたこともない。
 それでも前の恋人とつきあい始めた頃は「この子が将来おれの」と考えたか、と十年も昔の感情を思った。現状、透馬と。そうかそれはあり得ないのだと今更実感した。どこか遠い国へ移住すれば可能だが、社会の制度から言えば、おとぎ話のように遠い。
 透馬と暮らせれば楽しいだろうに、とは、あまり考えないことにしている。まだ透馬はどこかで瑛佑に気を遣っている。男同士を気に病んでいるか、ほかのなにかがあるのか。透馬に一歩近付く時、遠慮が挟まっている、と感じることが多々ある。暮らせば楽しいだろうがそれ以上に、「透馬は気遣う」「透馬は便利」にはまり込んでしまうに違いない。
 うわー悩む、と秀実が唸り、自分の考えを元に戻した。いまは秀実のことだ。「素直に彼女に相談すれば?」と言うと、秀実は「嫌だ」とはっきり答えた。
「かっこつけたい」
「いまさら」
「梢ちゃんはさ、お付き合いが初めてだから色々と慎重なんだ。で、オトコってのに夢も持ってる。だからそれをおれは崩さないであげたい」
「へえ」なかなか優秀な答えだった。
「みんなどーやって結婚に持ち込むんだろうなー」
「経験者に訊けよ。職場の先輩とか後輩とか」
「あ、そっかおとうさんに訊けばいいんだ!」
 いきなり大声を出されて、瑛佑は苦笑した。その思考はなかった。友人や先輩に相談はあっても、親って、なにか一段階すっ飛ばしている気がするが。
 義理の関係で、親子よりは馬の合う年上の友人に近いのかもしれない。
「ま、そんな感じ」
「そっかー、えーすけありがとなー」
「別におれの意見じゃないから」
 気の早い秀実は早速父親に連絡を取ろうと携帯電話を取り出す。取り出してからメールの着信に気付き「あ、アタカちゃんから」と口にする。そのままふやっと笑ってこちらを向いた。
「……なに、」
「こないださー、こないだの雨の日、面白いことに拾い物をしたんだよ」
「今度はなに」
「アタカちゃん、って言って、ほらこの通り超美人」
 携帯電話を操作してピクチャフォルダをひらく。画面に現れたのは涼やかに微笑んでこちらを見る女性と、秀実の彼女「梢ちゃん」のツーショットだった。
 涼やかな彼女は、瑛佑や秀実よりもやや年上に見える。シンプルなニット、華奢で色白の首筋に目立つほくろ、前髪も一緒に後ろでひとくくりの髪。
「梢ちゃんと二人で歩いてたら、駅裏のスーパーの軒下で困った風にしてて」
「……どこかで聞いた話だな」
「傘、忘れちゃってたんだ。財布とケータイも持ってなくって。ずぶ濡れで寒そうだったからさ、家にどうぞって言ったんだ」
 ますます聞いたことのある話だ。もう一度「なんていう人?」と訊くと、秀実は「アタカちゃん」と人形につけた名前みたいに口にする。いつもこうだ。
「で、よくよく話聞いたらさ、その人なんとトーマのおねえちゃんだったんだ」


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拍手[54回]

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「それ以上すると、でる」
「……だしていいですよ」
「だっておまえこのままじゃ、……」
「……抵抗、ありますか」
 透馬の声は興奮よりも不安の方が勝っているように感じた。慌てて「違う」と否定した。
 なんと説明したらいいものか。行為は嫌じゃなくてむしろ良くて、でも透馬の口の中に出すのが問題で、というかしょっぱなからこれで申し訳なくて。言えずに迷っていると、透馬は眩しそうに目を細め、「一緒にしてもいい?」と訊いてきた。
「……いい、」
「……じゃあ、おれのも」
 透馬自身も穿いていたスエットを下げ下着の中から性器を取り出す。瑛佑のスエットと下着は一気に抜き取られた。昂ぶりの裏側にぴったり合わせ、一緒に握りこまれる。
「――っ」
 目を開けていると天井のライトがやたらと眩しく感じて、目を閉じた。明かりを絞っておくべきだった。片腕で顔を覆う。自分の荒い呼吸と、透馬の呼吸と、先走りをなすりつけるように動く手指からぬめる音。性感がぐぐっと駆けあがり、擦り合っているだけなのにたまらなかった。
 足を抱えあげられ、太腿の下に透馬の太腿が差し込まれる。挿入と同じ動きで透馬は腰を振り、瑛佑も透馬の腰を足で抱え込んだ。射精まであっという間だった。二度・三度と勢いよく噴き出た濃い体液が瑛佑の顎の先まで飛んだ。
「うわっ、……やば、ごめん……服、」
 余韻に浸る間もなく透馬が身体を伸ばし、ティッシュで瑛佑の身体や衣類に飛んだ白濁を拭った。とっとっと、と走る心臓がやけに響く。ぼうっとしたまま透馬を見上げると、透馬は「そんな顔」と言って顔を寄せてきた。
「瑛佑さん、いま凶悪にセクシーですよ」
 キスをされた。ちゅ、ちゅ、と音を立ててあちこちを吸われる。色めいた顔をしているのは透馬の方だと言いたいが言えない、言えたとしても多分言わない。口の中にもポイントがあって、そこに舌を伸ばされるとまた背筋がぞわりとした。
 透馬の手がシャツの下に這い、太腿はいったばかりの性器を押してくる。キスをやめた透馬に、首筋の匂いを嗅がれた。
「透馬、待って」
「無理、すいません」
「電気絞って欲しい」眩しいのがやたらと気になってしょうがなかった。全部余すところなく見せている、という状況が。
「……消したら見えないじゃないですか」
「そりゃおれも同じだって……眩しいんだよ」
「……スタンドつけてていい?」
「いい。透馬も脱げよ」
 瑛佑の上からようやく退いて、部屋の明かりを消しに行った。一瞬の真っ暗闇、すぐに枕元のスタンドをつける。
 結局、瑛佑が脱ぐ前に透馬が覆いかぶさって来た。べたべたとキスをしながら、わざわざの苦労をしてシャツを脱ぐ。透馬の服は、瑛佑が脱がせた。案の定真っ白い肌をしていて、その分ほくろが目立ち、瑛佑よりもやや細身だった。手足と首がすらりと長い。
 男の身体なんだと強く意識した。確かな骨格を確かな肉と皮膚とでくるんで出来ている、直線的な造形。いやだとは思わなかった。むしろ普段は服の下に押し隠している身体がこうだったという事実と、瑛佑の身体に興奮している事実にそそられた。
 こうばしい香りを立ちのぼらせている身体を寄せ合って、深く長くキスをした。いつまでも出来そうだった。
 透馬の身体はじっとりと汗を浮かせていて、そのことが瑛佑には安心だった。走る心臓の音が聞こえるのもいい。確かな重みも、硬く骨の当たる身体も、息遣いも、生身の人間に触れていることが心地いいと思った。
 透馬が腰を揺すりだし、今度は瑛佑もそこに触れた。
 その夜はそれまでで、しかしとても長かった。手と口をつかってお互いに施しただけ。大人になったからこそできる速度と熱量で進むセックスは、心まで満ちた。うとうとと眠りに落ちる寸前に透馬の言った「すき」に、心の底から「ありがとう」と言った。


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 帰宅するまでほぼ無言で、「無口上手」の透馬も喋らなかった。途中、コンビニエンスストアに寄りたいと言って入ったが、透馬の向かった生活雑貨のコーナーにいたたまれなさを感じて、瑛佑は意味もなくドリンクを選んでいた。外で待っていればよかったと思いながら二人分の清涼飲料水を購入した。
 部屋まで戻り、飼い猫にいつもの挨拶をして、風呂を入れ替わりでつかう。抵抗があって、二人とも風呂上りでも服はきちんと着た。すべての準備万端、あとは実践するだけ、というムードのない状況に、そうするしかなくてつい笑った。「なんだろうな、これ」
「あ、瑛佑さんちょい待った」
 ベッドに微妙な間をあけて腰かけると、透馬が立って鞄を引っ張り出した。
「先に群青、見ていいすか」
「――ああ」
 どうぞ、という意味合いで頷くと同時に包みをひらく。冴え冴えと白い蛍光灯の下では群青は黒ずんで見え、それでも透馬が小瓶を振ると時折気まぐれに煌く。冬の夜空を閉じ込めたような瓶。これは冬、透馬の誕生日にあげたかったと今更思った。
「嬉しいな」隣に腰かけた透馬が、瓶をかざしながら幼く言う。「群青ですよ、群青」
 言い方がたまらなく思えて、瑛佑は手で顔を覆いながら後ろへひっくり返った。
「瑛佑さん?」
「喜んでくれて、ほんとうに何よりだ」
「……瑛佑さんも嬉しい、すか」
「嬉しいよ」
「そか……」
 こん、と小瓶をローテーブルに置く硬い音がやけに耳に響いた。透馬がそっと覆いかぶさってくる。手を伸ばしてうなじに触れ、後ろ髪を指で弄る。ごく軽くくちびるを触れ合わせ、二度目、瑛佑の方から舌を伸ばした。
 透馬の呼吸が一瞬詰まったのが分かった。多分いま目を開けたらびっくりしているまんまるの黒目にぶち当たる、とまぶたの裏に想像する。
 透馬も積極になり、くちびるを離して舌だけ絡ませ合い、また深く入り込む。吐息が湿り、唾液で口の周りがべとべとになっても続く。口蓋を舌でなぞられるとむずむずして、疼きが背骨のてっぺんから終わりまで流星のように駆け下りた。
 
「でも今日は、触るだけにします」
 至近距離で、透馬はそう宣言した。
「……触るだけ?」言葉の曖昧さに、瑛佑は首をひねった。
「おれのこと触れますか、瑛佑さん」
 瞳が不安げに揺れる。男同士ははじめてだと言うことを、瑛佑以上に気を遣っているらしかった。透馬も緊張している、と分かると、なんかだほっとした。そうだ、人間同士の行為だ。透馬は絶対に自分を雑に扱わない、むしろ怖がって必要以上に丁寧に触るのだろう。と考えると、もうどこまででも許せてしまえる気がした。
 ばかだな、と言うと、透馬はせつなそうに笑った。きゅうっと胸が絞られる笑顔だ。近くでその表情をするのはずるい、と思った。
「たくさん触っていいですか」
「いいよ……おれもそうするから」
 キスを再開した。
 透馬の身体が、瑛佑にすっかり乗りかかる。足の間にしっかりと身体を差し込んで、股間と股間を密着させ、ごく軽く揺すられた。びくんと身体をふるわせるとキスが止まり、見下ろされた。
 肘を瑛佑の耳の横について、ぽってりと赤く濡れた唇で「止まんない」と囁いた。下半身はゆらゆらと動いている。性器は徐々にかたちが変わり始めていた。
「キス、きもちいい、よね」
「ああ」
「……もっとします」
 いちいち言わないでも、と思ったが言わなかった。目を閉じると、くちびるを優しく食まれる。投げ出していた右手にはいつの間にか透馬の左手が絡み、深く握り合っていた。
 透馬の動きが次第に大胆になってくる。
 自由な手が瑛佑の身体をまさぐって、着ていたスエットの下でゆっくりと脇腹を撫でられた。こんな時でも透馬の指はつめたく、身体が竦んで寒気のような性感が走った。腰があまったるく揺れる。透馬は瑛佑の足を大きくひらかせ、突くように、性器と性器を布越しに擦り合わせる。硬くなった性器が下着の中でひたすら窮屈だった。
 これをなんとかしたい。
「――あー、と、あの、」
「……」
「触ります、ね……」
 だからいちいち言わないでいい。かろうじて「ばか」と答えたがかすれて音声にはならなかった。透馬は後ろへずり下がり、瑛佑のスエットと下着を下げる。ごく、と息を飲む音が聞こえた。
「……たまんね、」
 言うなり、透馬は瑛佑の腰元へ屈み込み、先端を舐めた。
「――あっ、ちょ、……透馬っ……」
 触るだけって言わなかったか。抗議の意味合いで透馬の名前を呼んだが、無視された。ちろちろと舌をよく使って上から下まで舐めまわされ、また先端へ戻ってねっとりと銜え込まれた。完全な勃起を、愛おしむように舌で包む。先端の窪みを突かれたり、くびれのすぐ下をくすぐられたりと技巧豊かでもたない。口をすぼめ圧をかけられるとまた良くて、いい位置に足を持ってゆきたいのにスエットの位置が中途半端でもどかしい。
 くちびるを上下に激しく動かされ、頭が真っ白に霞む。「透馬、透馬、」と行為の一時中断を申し出た。



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「へへ」と透馬が笑った。「手え、つないじゃいましたね」
「確信犯か」
「いや、そーんな考えないです、ふわふわしてるからいま。……こういう縁石の上歩くと目線変わって、楽しいじゃないすか」
「よろけて転ぶなよ。転ぶと、群青を割る羽目になる」
「あーそれじゃ、ちゃんと歩かなきゃなー」
 瑛佑と繋いでいる手をぶんぶんとまわしながら橋を渡り、先の信号機で右に折れ、また先の路地で右に折れ、元の道へと戻る。人通りの多くなる駅前に戻る頃には手を離したが、透馬はまだ足取りが覚束ない。人に当たりそうになっては「すみません」と謝るも、楽しそうだった。
「瑛佑さん」
 駅まであと少し、のところで透馬が瑛佑を呼んだ。足取りがさらにゆっくりになる。
「なに?」
「おれいま酔っぱらってるから、酔っぱらってる勢い借りて言っちゃうんですけど」
「うん?」
「このまま帰るのヤだなーって、思ってます」
「うち泊まってけばいいよ」
「……や、そうなんですけど、そうじゃ、なくて」
 ぜひそうしたいですけど、とか、でも、とか瑛佑には分からないことを呟いている。ついには歩みが止まり人の流れに淀みが出来てしまったので、脇に見つけたビルの緑化スペースに透馬を引っ張り込んだ。
 「どうした?」と訊ねると、透馬は「デートだからさ、」と言う。
「瑛佑さんともうちょっと長くいたいていうか、触りたい、です」
 うつむいたまま言ったが、顔を上げて「セックスしたいです」とはっきり言い直した。「嫌、ですか」
 驚いて声が出なかったがそこはポーカーフェイスが素なので、顔には表れなかった。嫌ですか、と訊かれれば、嫌ではない――と思う。実際に透馬の身体を目の前にしてちゃんと反応するのかどうかの自信はない。ていうかセックスって、なにがあれでどんなだ。高坂に言われていたくせに考えを後回しにしていたおかげで、具体的な行為についてリサーチがあまくて想像不可能。
 透馬を目の前に、急に心臓がばくっと鳴った。うわ、いてえ、と高鳴りを自覚する。
 無言の瑛佑に透馬は「無理ならいいんです」と歩き出そうとするので、慌てて手首を掴んだ。
「嫌じゃない。ただ、女性と勝手が違うんだろうなと考えたら緊張した」
「……そりゃ、女の人とは、」
「比べてどっちがいい、って優劣つけたいわけじゃないからな。要はおれ、男同士ははじめてだから……――ってよく考えたら、そうでもないな」
「えっ」短く鋭い、悲鳴のような声を出された。「なに、いつどこ? 経験あんですか??」
「違うって……。社員寮にいた頃だよ、先輩たちに誘われて半ば強引に、AV鑑賞でぬきあい、ってやつ」
「……ああ、そう、」
「それ一回しかないけど、カウントすんのかな。そういえば秀実もたまに見ようぜって持ってくるんだよな。応じたことないけど、特に体育会系のやつらでああやって集団で見たがるのは一体どういう心理なんだ……って、悪い、なにを喋ってんだかな」
「いや、よく喋ってて面白い」
「緊張してる」
 はは、と透馬が笑った。それから改めて「瑛佑さんち行きたいです」と言われた。今までなんであんなに平気に家へ誘っていたか、疑えるほどはっきりと裏の言語が同時通訳された。
 いいよ、と頷いたが、いつものように顔を見ては言えなかった。


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 日野洋食亭の用意してくれたメニューは瑛佑の好物と透馬の好物がちょうどよく入っていて、しかも値段も手ごろで、なにもかもがありがたいづくしだった。アスパラガスのポタージュのレシピを透馬は知りたがり、ビーフステーキの火の通り加減がただひたすら感激で瑛佑はいつにも増して無心で食べた。「えいちゃん飲めないもんなー」と言いながらも昇平が出してくれたグラスワインがまた、料理とよく合った。透馬はアルコールを注文し、飲めると分かってからはソムリエと話に花が咲いていた。
 よし、喜んでいる。笑ってんな。
 瑛佑の関心の行き先は、その一点だった。透馬が笑っていること。楽しそうに食事にありついていること。
 向かいの透馬が瑛佑を見て、充実のため息を吐いた。「やっぱりそれ、似合いますよ」と言う。
 今日瑛佑が来ているオフホワイトのサマーニットは透馬が選び、結局はプレゼントされた。前回のブランケット同様、仕事から帰宅したら包みが届いており、これを着てデートに来てほしい、という指定があった。夏場のTシャツだったら多少はあるが、白色の洋服をあまり着ない。模様編みも透かしもなにも入らないシンプルなニットは身体にぴったりと添い、左下に縫い付けられた紺色のタグがアクセントになっている。着てしまえば違和感はなく、透馬の見立ての良さに改めて感心した。
 ありがとうな、と笑ってやると、透馬は照れ臭そうに身を捩り、グラスのワインを口に含んでから「はじめてなんすよこういうの」と言った。
「……こうやってまともにデートすんのも、なんか買ってあげたり貰ったりってのをなんの厭らしい思惑なしにすんのも、……こそばいもんですね」
 耳の後ろを指でこすっていたが、そのまま片頬を手で覆い隠してしまった。今日は眼鏡をかけていない上に前髪を軽くあげているおかげで、表情が丸わかりだ。瑛佑もグラスの水を飲んでこみあげる照れを誤魔化した。透馬があまりにも素直だから、時々やりにくい。
 デザートはチョコレートのジェラートとチーズケーキ、という最後まで男の胃袋をがつんと掴んでくるものだった。それと、胃が痛くなりそうなほど濃いコーヒー。シェフ長を務める夏人は自身がスイーツ好きだけあって、こういうところは容赦ない。それが人気でもある。「濃い」「でも美味い」を何度か繰り返してそれらを胃に収め終えた頃、夏人が顔を見せた。
 窓側の眺めの良い個室をわざわざ用意してくれたことに、まず礼を言う。それから料理の感想を透馬が丁寧に述べる。夏人は黙って頷いていたが、最後に透馬が言った「最高でした」の表情に、いたく満足げに「ありがとうございます」と礼を述べた。
「次回の料理教室行きますね。オムライスだって聞いて、楽しみにしてんです。覚えたかったから」
「ありがとう。良かったら瑛佑くんも参加しなよ」
「おれはいいよ、どうせ透馬が振る舞ってくれるから」
 言い切る瑛佑に夏人がゆったり笑った。
 会計は瑛佑が引き受けた。店を出る頃、雨は止んでいた。
 立ったら急に酔いがまわったからのんびりでいいですか、と透馬が言うので、言う通りにのんびり歩いた。夜の階段は酔っ払いには危険と判断し、神社の参道は通らずに、坂を少しずつ降りてゆく。途中角を折れて四角く回り道をした。小さな川があり、その川を渡る橋の上、歩道と車道を分ける縁石をふらふらの足取りで透馬が行こうとするので、危なっかしくて手を取った。


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プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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