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夏人の携帯電話へ直接予約を入れた。事情を訊いた夏人は「ではとっておきのディナー二名様ご用意させて頂きます」と営業口調で言ったが、すぐ後に「変な予約だな」と笑った。瑛佑の誕生日の段取りを瑛佑が取っている、のが可笑しいらしかった。
デート当日は誕生日当日から二日後にずれた。やさしい雨が降った。傘を差すか差すまいか迷うような弱雨、それでも街をゆく人間の大半がそうしているので傘を差して歩いた。透馬が残念そうに「目論見はずれた」とぼやく。
「雨じゃなかったら、手、どっかで繋いでやろうと思ってたのに」
「別にしたっていいよ」手は濡れるだろうが、構うほどの降りでもない。
「いや、……照れますから」
そう言って、瑛佑の側にある手で首の後ろを掻く。
食事は七時からの予約で、少し時間があったので大型ショッピングモールにでも入ろうか、と話しながら街を歩いた。ふと透馬が足を止めた。小さな路地には古本屋や和菓子屋が小さく店を連ねる。「ふるまち通り」と名付けられた通りは、昔ながらの商店が残っているようだった。
「ちょっと歩いていいすか」
うん、と頷く。何度かこの一角は歩いているのに、目的の店に行く以外は興味がなくて、こういう路地があることを知らなかった。
人形屋、文房具屋、喫茶店と、個人商店と住宅が混ざって静かだった。駅前にある商店街とはまた違い、総菜や食料を扱う店が少ないので人通りが穏やかだ。別れて商売をしましょう、という取り決めが過去に存在したのかもしれない。その通りに「ミタケ画材」という看板があるのを見て、透馬が読んだ。「画材・額縁ならミタケ……入っていいですか?」と言うので、驚いた。
「え、透馬って絵を描くのか?」
「昔から好きなんです、こういう店」
瑛佑はおよそ絵画や彫刻と言った芸術品とは無縁に生きている。画材店など入ったことがない。
「だっておれんち、絵具扱ってんですよ。創業当初は染・顔料の問屋だったんだし」
そう言われれば心底納得した。
店内は狭く、暗く、こんなんで色が分かるか、と正直思った。額縁、絵具(瑛佑にはどれがどう違う絵具なのかよく分からないが、とにかくたくさんの種類の)、鉛筆、紙、筆、オイル。どれも未知の製品だった。小学校の図画室と同じにおいがする。懐かしい。
ある一角で透馬は止まり、そこに置いてあったプラスチックの抽斗を開け閉めしては中に収められた絵具を眺めていた。絵具、と言っていいのか正直分からない。粉状で、小瓶に入っている。
「岩絵の具ですよ。見たことないすか?」と透馬が言った。
「ない。へえ、こんなんなんだ」
「この粉末を、膠っていう糊と混ぜて練って使うんです」
「詳しい」
「まあ、そこは一応、腐っても社長子息なんで」
とはいえうちじゃ岩絵の具は扱っていませんけど、と言う。
「おれの母親が、趣味でやってたんです。日本画」
「へえ」趣味で日本画とは風流だ。
「学生の頃は本気で日本画家になりたいと思ってたみたいですけど…。おれ、母親の実家に預けられていた、って言ったでしょう。母が若かった頃に使った絵具とかみんな、部屋に残ってたんです」
抽斗からひとつ小瓶を取って、顔の上にかざした。真っ青よりもさらに濃く深い。
「それを見つけて、伯父さんが、原料や色の名前を教えてくれた。辰砂、瑪瑙末、白群、これは群青」
透馬が小瓶を振る。さらさらと中の粉末が揺れた。
「原料はアズライトっていう鉱物です。岩絵の具は砕けば砕くほど細かくなって白っぽくなります。これはいちばん荒い」
瓶のラベルには「天然岩群青五番」と書いてある。十五グラムで四千円もしているのに驚いた。「高級品ですよ」と透馬は苦笑いした。
「辰砂と緑青と群青は高級品なんです。おれさ、中学の頃これが欲しくて。でも触ってるうちに割っちゃって。伯父さんにそらもう、怒られた」
「持ち物を勝手に触ったから?」
「それもあるけど、黙って持って行こうとしてたことを。……そりゃそうですよね。落ちた群青はガラスも混じっちゃってたから危ない、とにかく触るなって言われて、近づけなかったな。…あれ、捨てちゃったのかなあ」
「まだ欲しいと思ってる?」
「はい。これ、買おうかな」
瓶を振る透馬の横顔が、また透きとおっている。貸して、と透馬から瓶を受け取った。それをそのままレジへ持って行く。
「え? 瑛佑さん?」
「買ってやる。今度は割るなよ」
レジにて店主に「消費税分おまけします」と言われたがやっぱり高かった。小さな白い紙袋に入れられたそれを、透馬に渡す。
ちょうどよい時間になっていたので、店を出て歩き出した。
「懐かしいものがさ、欲しくなる時ってあるんだよな。おれ透馬に会って、昔飾ってたクリスマスオーナメントの木馬思い出して懐かしくなって、買ったんだ」
「……あ、鍵にぶら下がってるやつ、」
「そう、あれ」
あの木馬は結局、部屋の鍵につけた。鍵になにかつけたくて買った代物ではなく、結果的にそうなっただけ。意味がなくても、何故か手元に置いておきたいものがある。
「これぐらいの青って、透馬っぽいな。冬って感じがする」
「……そうですかね」
「もっと喜んでくれると、いい誕生日になるんだけど」
「いや、驚いてて。……瑛佑さん、格好良い大人すぎる」
嬉しいです、ありがとうございます。ビニール傘の下、紙袋を額に当てて、ひとり言のように呟いた。手を伸ばしてその髪先に触れ、軽くつまんで、引っ張る。
「――すげえ、群青だ」
その一言が心底嬉しそうで、良かった。
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粟津原栗子
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暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
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お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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