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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 ベッドで横になれば波が引いてゆくように熱が下がってゆくのが分かった。日野は結局、仕事を休んだ。自営業だからと言って個人の都合で自由自在に休んでいい仕事ではない、決して。ただ高坂の気まぐれで風呂場でファイトに持ち込んでしまった――いま考えるとよっぽど酔っていた。たったそれだけのことで日野の仕事を奪って自分の面倒を看させていることに、いまさらながら後悔している。普段だったらこんなばかな真似はしなかった。あるいはせめて、日野が帰って来た時に服さえ着ていれば。
 キッチンから日野が戻って来た。手の中にはつめたいレモン水の入ったグラスがある。高坂が普段愛飲しているもので、まめに作っては冷蔵庫に置いておく。先程一杯飲んで、高坂が欲しがったからこれは二杯目だ。やって来た日野に合わせて身体を起こすと、日野はしかめ面で「大丈夫なの」と聞いた。
 せっかく日野に似合っていた青いセーターを、高坂が濡らしたおかげで着替えるはめになっている。黒のTシャツも似合うのだけどあれが良かったな、とは思ったが言わなかった。そうさせたのは自分で、そう言えるほど厚かましくもないし、というよりも自責の念でいっぱいでとてもじゃないけれどそんなのんきなことなど言えない。
「――わるかった」
「本当にね」
 グラスの受け渡しはスムーズ、怒っているよりも呆れる、という口調だ。
「怒ってる?」念のために訊ねてみると、日野は息を長く吐いて「少し」と答えた。こういう会話は前にもしたなと思い出す。
「酔いは?」
「とっくに醒めたよ」
「身体は?」
「どこも痛くないしだるくない。――あのさ、夏」
 日頃喋らない男が過干渉にしてくるのが、なんだか微笑ましい。喜びを感じている場合なんかじゃないと分かっていて、嬉しかった。
「夏人がそんなにおれの身体を心配するのって、夏人の中に『おれを失うことの恐怖』みたいなものがあるからなんだよな」
 そう言うと日野は目をまるくして、それから考え込んだ。高坂の寝ているベッドにとさりと腰を下ろす。
「――ってこないだ柳田と瑛佑が来た時に指摘されて、気付いた」
「こないだって、集まりの時の?」
「そう、それ」
「当然だろ」
「ん?」
「おれにとって滋樹がいなくなることは耐えられないほどきついことなんだ」
 いつもなら日野との恋愛を「怖い、怖い」と拒絶するのは高坂の方で、日野は恋に前向きなんだと捉えていた。だがお互いがお互いをいつか失うかもしれない恐怖は、どこかに歴然と存在する。高坂と日野の違いは、そこを超えてだからこそ恋はしたくないのだと諦観するか、超えた先に未来を考えるかにある。高坂は前者で、日野は後者だ。
 だが高坂も変わったのだ。怖がってばかりはいない。日野との日々を望んだから、変に拒絶することはやめた。失うことばかり考えていたら日野まで手放してしまう、それは本能に逆らうことだと分かったから、高坂は自分に素直さを求めた。欲しいものは欲しいとちゃんと言う、率直な生き方、人生。
「夏人にもちゃんと怖いもんってあるんだな」
「そりゃあるよ。おれをなんだと思ってる?」
「夏人にはいつも教えられてばっかりだからさ。師匠? 的な」
「おれ八歳も年下なんだけどな」
 日野はようやく笑った。
 その笑み方に高坂はひどく安堵する。いとおしくてたまらない、日野のことが。
「でも今日のはさすがに無茶苦茶だったな」
「――まあ、滋樹のやることって、毎回そう思うよ」
「自分じゃそんなつもりないんだけどな」
「滋樹はもっと、おれに大切にされてるっていう自覚を持ってほしい」
 素直な本心をほろっと出されて、猛烈に反省した。「ごめん」
「ご迷惑をおかけしております」
「とんでもございません」
 高坂の手の中でレモン水の氷は融けはじめている。それを日野が引き取って、一気に煽った。空のグラスをヘッドボードに置いて、日野は「ところで」と仕切り直した。
 その目が濡れて、あやしくゆらめいている。確実に分かる予兆に、高坂の背筋は総毛立った。
「おれ、今日はもうサボり決定でさ」
「――うん」
「どうせなら徹底的にサボるって決めた。さっきのアレ、かなり欲求不満なんだけど」
 日野の体重が移って、ぎ、とベッドが鳴った。高坂の喉も鳴った。高坂もそうしてほしいと思っていた。
「して、夏」
 日野のうなじに手をひっかけ、日野をベッドに誘い込む。高坂に重なった日野は、高坂の上で微笑んだ。
「ゆっくりだよ」
 日野はそう言い、長いキスからまたやり直した。


End.


← 前編 



拍手[66回]

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 一度出かけた日野が戻って来た時、高坂は風呂に浸かりながら本を読んでいた。本の他には白ワインベースのカクテルもグラスに作って持ち込んである。久々の贅沢だった。
 今日は休みだ。一方で日野は仕事である。ランチタイム・ディナータイムと営業がある店で夕方は少しばかり時間が空くことは知っているが、家まで帰るには駅を二駅ほど戻らねばならない。なにかよっぽどの用がなければ帰ってこないのがいつもだ。足音が脱衣所まで近付く。日野がやって来た気配を感じて、高坂は風呂場から脱衣所の方向へ「どうした?」と声をかけた。
 昨夜、高坂の帰宅はいつも通り深夜だった。それから日野の体温でぬくまっているベッドに潜りこんで昼過ぎまで寝ていた。寝室を共有しているとはいえ、昼前に出かけた日野とはすれ違って挨拶も交わしていない。すなわち今日高坂が喋るのははじめてだ。声量を誤ったのか浴室だったせいか、自分の声が思いのほかわんと響いた。
 風呂場の曇りガラス越しに日野がこちらを振り向いたのが分かる。その黒っぽい影は近付いて、風呂場の扉を押し開けた。
 顔を覗かせた日野は「Tシャツってもう乾いてたっけ」と高坂に訊ねるも、高坂の手元を見てむっと唇を引き結んだ。
「飲みながら入ってんの?」
 日野にそう聞かれ、不機嫌の理由が判明した。風呂と読書と飲酒をいっぺんに、なんて贅沢、と高坂は思って実行しているのだが、日野はあまり快く思っていない。風呂に浸かれば酔いがまわりすぎて悪影響、と信じ込んでいる。日野自身、普段がアルコールにとことん弱い身体であるから仕方がないのかもしれなかった。
 日野の機嫌に構わず、「Tシャツって、いつも仕事で着るアレ?」と訊ねる。高坂を叱ることは諦めて、日野は大人しく頷いた。
「そう、コックコートの下に着るやつ。洗い替え」
「なに、忘れたの」
「忘れた。忘れたまま仕事したけど、暑いし透けるし、落ち着かなくて」
 そう言いながら脱衣所に置いてある洗濯乾燥機の中身を探る。上着を着たままだが、日野が内側に着ている衣服が見えた。なるほど、今日の日野は細かい模様編みの丸襟セーターを一枚で着ており、その濃紺は背の高い日野によく似合う、高坂も気に入りの姿なのだが、上からあの分厚いコックコートを着たのでは仕事し辛いに違いなかった。しかしTシャツなど、その辺で買えば良かったものを。そう笑ってやると日野も静かに笑いながら「今日は滋樹が家にいるなと思ったからさ」と答えた。
「だったらおれにおつかいでも頼めば良かったのに」
「あ、そうだね」
 いま思いつきました、という顔で日野は答えた。こういう調子で素直に感情をさらけ出されるから、日野との暮らしに馴れや惰性が訪れない。参ってんなあ、と自分で自分の熱に浮かされる。やっぱり少し酔いのめぐりが早いのかもしれない。
 それにしても今日の日野は。名前からして夏のイメージの強い男だが、冬の日野も高坂は好きだ。あの厚手の青の下にどんな肉体と精神を隠し持っているか、想像が膨らむから。はじめて会った時も冬だった。そういえばあの時も日野の身体を想像した。
 明らかな性感を下半身に感じた。湿気た本を閉じて日野の名前を呼ぶ。手指がもう熱かった。「なに?」と穏やかな顔で振り向く日野に、「そこで着替えてってよ」と声をかけた。
 日野がすぐに戻らねばならないことは知っているのに、右手は勝手に性器を探る。
「店で着替えるか部屋で着替えてくか知らないけどさ、見せるのもおれが見れないのももったいないから、いまここで着替えて」
 日野が戸惑いの表情を浮かべる。風呂の中で欲情している高坂に、どうしようか、と迷っている。腕時計を確認し、「あと十分で行かなきゃ」と言うから、高坂は性器を擦りながら「いいよ」と答えた。
「十分でいくから、着替えて。おれがしてるとこ、見てて」
 日野に見られて自慰をする。想像だけで性器は膨らみ、乳首が硬く凝った。バスタブの中で腰をみだらに揺すり、自分の好きなスピードと強弱で手を動かす。対して性感を逃すかのように日野はちいさく息をつき、浴室の扉に寄りかかって高坂を見つめた。
「……最後にしたのって、いつだっけ」
 荒くなり始めた呼気で訊ねる。日野は少しのあいだ考えて、「三週間前」と答えた。日野もまた頬が上気し始めている。少しだけ頭を傾けたおかげで見える白い首筋が、なまめかしい。
 日野のことをいいように視姦しては楽しんでいる高坂のことを、日野はどう見ているのだろう。
「三週間か」
「うん」
「おれ、あれから一度も自分じゃしてないよ」
 興奮が止まらない。湯船の水面をぱちゃぱちゃと波立たせ、手指を上下させる。
 高坂をただ黙視している日野の腰も左右に振れた。
「夏人がしてくんなきゃ、」
 そう言うと同時に日野が息を吐いた。諦めたのと、スイッチが入ったのとが分かる。尻のポケットからスマートフォンを取り出すと電話をかけ、「少し遅れる」と相手に説明した。おそらくは店のスタッフの誰かに。今夜の調理予定を事細かに指示し、通話を切る。
 そのままチノパンのジッパーを下げ、日野も自身の性器を取り出した。それはもう高坂が好ましいと思う長さをしていて、あれがほしいな、と思うとまた別の手が背後に伸びた。
 高坂自身は割と、というかかなり、性には奔放な性格だ。
 恋愛は苦手なくせに、肉体関係だけならけっこうな無茶をしている。そもそも日野とのきっかけもそんなのだった。目が合っただけの行きずりの男、とどう一晩過ごしてしまえるかを天性の感覚で知っている。本能にはとことんゆるい、食欲も性欲も睡眠欲も全部。
 今だって日野が浴室に顔を見せただけでこうなのだから、自分の理性のきかなさには呆れる。だが高坂がいまもこの先もずっとほしいと思うのは日野ひとりだ。日野だけは、たとえセックスが出来なくなっても傍にいてくれなければ。…できなくなったらそれはそれで困るけれども。
 日野も荒く息を吐きながら自身を擦っている。日野の姿を見て欲情した高坂の姿を見て。見せあって、でも距離は近付かない。もどかしい、興奮する。
 湯船の中、もう自分の中指じゃどうにもならないと悟って、日野を呼んだ。切羽詰りながらも日野が笑ったので、性感とは別の部分でこころが動いた。ああ好きだ好きだと感情が一気に膨れ溢れる。もったいぶるように日野は上着と靴下だけを脱いで、浴室へようやく侵入した。
「――あんまり時間ないんだ、本当に」
「……来て、」
 日野の状況など、正直おかまいなしだった。そこまで気の利くいい人間だったとしたら、そもそもが日野とこういう関係に陥ったりもしていなかった。高坂の上ずった声に、日野は目を細める。浴槽に膝立ちで立ち上がり、すり寄るようにして日野の股間に顔を埋めた。
 粘膜で日野の性器を包み込むとき、日野は頭上で短く鋭い息を吐いた。その息の吐き方に、脳髄がじんと痺れる。
 日野の性器に絡める舌とは裏腹に、自身を扱く手は雑で荒っぽかった。どうしてよいのかためらっていた日野の手は、高坂の肩に置かれる。かと思いきや頭を固定された。日野も覚悟を決めたようで、高坂の口の中を好きなように蹂躙してくる。
「……んっ、んっ、んんっ、んっ……――」
 日野のリズムに合わせてどうしても声が漏れる。漏れ出る声と同じく自分を擦る手も加速してゆくのだ。口の中に日野の吐き出したものを受け止めた時、高坂も湯の中に精を放った。味わうものではないけれど、ゆっくりと飲みこんで、湯船の縁に頭をもたせる。
 濡れるのも構わず日野は膝を折り、高坂を目線を同じにして覗き込んでくる。
「大丈夫?」
 は、と高坂は笑った。
「のぼせた。だりい」
 頬を包みこんでくる、蒸せた大きな手。顔が近付き、ああ、キスだ、と思った。思ったのだがそれをわざわざ振り切って日野の広い背に腕をまわした。腕を持ち上げるととことんだるくて重くて仕方がなかった。
「アタマ痛え」
「え」
「風呂、あがりたい」
 水が欲しかった。この世の終わりみたいな抱きとめ方で高坂に腕をまわした日野は、心が痛くなる声音で高坂を呼んだ。


→ 後編





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 きっかり一時間で新花が顔を見せた頃には、瑛佑は庭で炭を熾していた。透馬は洗濯をしながら野菜や肉の準備をしている。新花はさも知りませんという顔で(あるいは本当にばれなかったのか、ともかく藪の蛇をつつかない態度で)自然に合流した。ビールとワインと食後に小ぶりのスイカを用意してくれていて、「あったまっちゃったかもしれない」と透馬に氷を要求した。
 どこからか引っ張り出してきた桶に水を張り、氷とそれらを放り、きんきんに冷やす。「おっけーすよ」と透馬が台所から運んできた肉や野菜を受け取る。瑛佑を見て、透馬は本当に申し訳なさそうな顔で笑い、腹をそっと擦った。先程一発、そこに拳を入れてある。状況が大問題、今回の件は二度とごめんだ。
「……だって瑛佑さんが、誘う顔するから」
「……本当に怒ってるんだけど」
「冗談です、瑛佑さんのせいにするつもりはありません。ごめんなさい」
 笑いながら謝られても説得力がない。
 新花が「グラスがなーい」と台所から叫び、透馬が「ないわけないだろー」と家の中へ戻った。やがて揃って出てくる。「ほらあったじゃん」「だって普段はひとりぶんしか使わないもの」と言い合いながら出てくる様を見て、瑛佑はようやく和やかな気持ちになった。
 真夏よりは夕暮れが早くなった。暮れれば涼しい風が通る。アウトドア用のLEDライトを灯し、乾杯をした。
 肉は近所の精肉店で、地元産和牛が手に入った。野菜はスーパーマーケットで調達したもののほかに、新花が大学の購買で買って来たというトマトやとうもろこしが混ざる。地元唯一の国立大であるF大は十一の学部が存在する総合大学で、その一学部である農学部で作った野菜を安く売っているのだと言う。
「玉子もあるし、学祭の時にはチーズや日本酒も販売してたわ。私が学部生の頃から本当に変わらない。透馬の時はどうだった?」
「あったよ、スモークとかヨーグルトとか。……ほら新花ちゃん、これ食べたいって言ってた肉っしょ、焦げちゃうよ」
「瑛佑さん、取って」
「自分でやれっての」
 なんのかんのと言いながら透馬は新花の世話を焼いている。本当に仲が良いな、と感心さえしていた。ビールとウーロン茶とを交互に飲みながら、時折肉や野菜をひっくり返して、二人を眺める。夏も終わるというのに白い肌は二人とも共通でも、それ以外はまるでちがう人間だ。透馬のどんぐりまなこと違って新花は一重の細い目をしているし、笑い方も癖も違う。
「もう四年も会ってなかったのに、ひどい対応だと思わない?」アルコールで目尻を染めた新花が、瑛佑に言った。
「え、超やさしいでしょおれ」
 透馬も瑛佑に尋ねる。確かに優しい、と思って頷いた。
「四年とか、大した年数じゃないよ」
「言うじゃない、透馬」
「この人ね、瑛佑さんは、本当の母さんと十年ぐらい会ってなかったらしいよ」
「あら、そうなんだ?」
「ええ。五月にいきなり上京してきてお茶しましたが、それぐらいで」
「それじゃあ確かに四年って大した年数じゃないのね」
「そうそう」
「新花さんは四年イギリスにいらっしゃったんですか?」
 瑛佑からした初めての質問に、新花はにっこりと笑って「いたわ」と答えた。
「教授がね、そっちの大学に赴任になったからついて行って、また戻ってきたところよ」
「植物学、でしたっけ」
「そうなの。うち、というか青井の家は元々染料を扱っていたでしょう。植物染料っていうぐらいで、身近だったから。興味持っちゃったのよね」
「なるほど」
「……おれは全然すけどね。っつか家の話なんかするなよ、新花ちゃん」
 ビールをぐびぐびと煽りながら、透馬は「もっと面白い話しろよ」と言う。よっぽど家のことは話したくないらしい。
「あら、透馬だって好きじゃない、花」
「嫌い」
「あれば飾るし、昔はよく描いていたんでしょ、植物画」
「――へえ」やっぱり絵を描くのだ。
「絵、残ってないのか」
「ないです。あっても見せません」
「絵を描くのってさ、おれは高校の授業が最後ぐらい、縁がないんだけどさ。やっぱり、日本画やっていたお母さんの影響?」
「……、……」
「誓子さんよりは真城の影響よね」
 不意に黙った透馬の隙を、すかさず新花が埋めた。真城。その文字は、何回か聞いているし見ている。
「伯父よ、一緒に住んでた。この家は元・真城家なの。植物画を描くのが上手くていまは――」
「新花ちゃん!」
「なに、べつに隠す必要もない事実でしょう」
「……話す必要だってないだろ、」
「それはどうかな」
 みるみるうちに二人は険悪な雰囲気になった。というより、透馬が一方的に機嫌を損ね、新花はけろりと涼しい顔をしている。瑛佑には全く分からぬ話で、首を突っ込んでいいのか悪いのかさえも判断つかない。つかないが、この場が楽しい方がいいだろうと思い、透馬の味方をした。「透馬、いまは絵を描かないのか?」
 しぶしぶ、というように透馬は応じた。
「……最近は、あんまり」
「今度、見たい。見せて」
「……あんまり面白くないですよ。好みもあるし、」
「知りたいだろ。見せろよ」
 じゅ、と肉汁が滴り落ちて炎が上がる。頃合いの肉を一枚二枚と透馬の皿に滑り込ませると、透馬は「はい、」と頷いて、ビールを煽った。
「今度」
「うん」
 それから肉にかぶりつく。


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「――新花さん、来るだろ、」
「そんなに早く来ないですよ。……ごめん、させて」
「おい、透馬、」
「がまんできなくなった」
 チノパンのフロントホックを外され、瞬く間に尻だけ露わにさせられた。逃げようと身を捩るが、強く性器を掴まれ身動き取れなくなった。指が上下運動に変わり、リズミカルに扱かれ、すんなり勃起した。透馬に与えられるすべての刺激は快感につながると、もう身体が知ってしまった。
 瑛佑をうつぶせに、尻だけ高く上げさせ、透馬はそこを舐めだした。汗でぬめっているというのにお構いなしだ。―こんな場所で、こんな恰好。強い羞恥に思考は焼き切れそうだった。ぬるぬると蠢く舌と、潜りこんでくる指とであっという間に追い詰められる。
 透馬の舌が離れ、瑛佑は横向きに崩れた。その頭の方へ透馬がやって来て、すでに長く伸びた性器を差し出す。「舐めて」と言われ、そうした。丹念に唾液をまぶし、舌でくすぐり、くちびるで圧をかける。そうして濡らした性器を透馬は瑛佑の後ろへあてがい、一気に貫いた。
「――――ああっ」
 獣の体位で繋がり、挿入と同時に性器がびくりと跳ねたのが見えた。透馬はすぐに腰を打ち付ける。同時に前も指で包み込まれ、簡単に気持ちよくなった。
 視界は真っ白なのか真っ赤なのかオレンジ色なのか。思い切って目をあけると物がごちゃごちゃに置かれた透馬の部屋だという事実が待っている。いつもつかうローションと唾液とでは違い、ふちがぴりぴりと痛むが、行為をやめる理由にはならない。
「うあっ……あっ、あっ……っ」
「瑛佑さん、」
 背後から名前を呼ばれ、振り向くとキスをされた。喉の奥まで届けようかと舌があらゆる場所へ伸びる。息も絶え絶えになりながら瑛佑も透馬に食らいつく。もうどうにでもなればいい――と思った直後、庭先から車のエンジン音がした。それは家のすぐ傍で止まる。
 新花だ。
 心臓が張り裂けるほど鳴った。この姿を見られたら、と考えてひややかな汗が身体中に噴き出す。透馬の部屋の襖は半開きになっている。ここは玄関すぐに構えられた部屋だ。玄関の扉を開けて入って来られたら、まず間違いなく見つかる。
 心配に反して、新花は縁側からやって来たようだった。先程瑛佑たちがいた部屋の方角から、「とうまー?」と呼ぶ声がする。
「瑛佑さーん? ちょっと荷物運ぶの手伝ってほし……」
「新花ちゃん!」
 即座に、透馬がびっくりするぐらいの声を張り上げた。「あと三十分待って!」
「透馬、どこにいるの?」
「いま、風呂ー」
 風呂場からではないことは明らかだった…と思う。とにもかくにも、新花はしばらくの沈黙の後に「一時間したら来るわ」と宣言していなくなった。遠ざかる車のエンジン音を聞いて、緊張で動けなかった身体を確かめるように、指先からそっと動かしてみた。
「―瑛佑さん」透馬は一度結合をほどくと身体の向きを変え、瑛佑のズボンを取り払ってどこかへやると、正常位で再挿入した。
「――ああっ、あ、やっ」
「すいません、あとちょっと」
 多少余裕が出来たのか、良くない? と動きを止めて顔を覗きこまれた。
「――この、ばっか透馬」
「すいません、」
「ばか、」
「すいません、ごめん、」
 ごめん、と何度も謝りながらくちびるを寄せてくる。嫌だと顔を捩ると、頬を吸われた。
「ごめんここ……痕になっちゃいましたね、」
「知るか……あっ、」
腰を使われ、膝がびくんと揺れた。緊張で竦みきった前も一緒に扱かれ、再び喘ぐことしか出来なくなる。
「――っ、あっ、やっ、も……っ、透馬っ」
「……すいません、いきそう。瑛佑さんいける?」
 いきたい、という意味で頷くと透馬はがんがんに突いてきた。足を抱えあげられ、ゆらゆらと透馬の動きに合わせて爪先が揺れているのが見えた。内部はしっとりと透馬を締め上げ、こんな時なのに透馬の熱い塊が中をいっぱいに広げていることにひどく感じた。透馬、透馬と名を呼び、肩先を掴んで爪を立てる。そうでもしないとずり上がって逃げてしまう。
 いつもいく時と同じように「瑛佑さん」と名を呼び、ひときわ大きく突き上げて透馬はいった。ほぼ同時に透馬の手で瑛佑も射精する。
 シャツ、汚れたな、と霞む思考の奥底で思った。どのみち風呂と洗濯と、透馬にお説教だ。


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 透馬の育った家は、透馬の言うとおりものすごい田舎にあった。すぐ傍まで山が迫り、田畑はまだまだ元気に夏野菜を実らせ、流れる川は花崗岩が削られて出来た砂で白かった。町自体はさほど活気があるとは言えない。大きな橋を渡り川沿いの道をずいぶんと走ったところで山側へ折れ、果樹の畑道や空き地を進みに進んだところに、緑で埋め尽くされ窒息しそうな家があった。さらに先を行くととっぷりと森へもぐりこみ、湖があるのだと言う。
 典型的な日本家屋、平屋の造りをしていた。
 門扉と思しき石柱には「真城」というプレートがかかっていた。あついあついと言いながらも、都心とは全く空気が違う。車をすっかり庭に入れ、透馬が家の鍵を開ける。その間に瑛佑は庭に覆い繁る草木に圧倒されていた。趣味で登山をするから、緑の覆い繁る様が珍しいわけじゃない。透馬がこんな場所で育っていたことが驚きだった。Sヶ丘の青井の豪邸並みか、或いは全く普通の民家か、どちらかを想像していた。
 家自体に相当な築年数を感じる。木造家屋、年月を経てこげ茶に変化した木目が美しい。中はひやりと涼しく、透馬が扉を開け放って歩いているせいで風が通った。
 よく手入れされている、わけではなかった。むしろ放置に近い。新花の生活圏である台所と風呂場とその周辺がごちゃごちゃとしているだけで、他の部屋は家財が残るもののすべて埃をかぶっている。
「やべえ、まず掃除だ」そう言って透馬は家の中を案内しがてら、馴れた手つきで箒をかけ始めた。瑛佑も雑巾を持って後をついてゆく。ここはじいちゃんの部屋だったところ、ここが母親の部屋だったところ、いま新花ちゃんがつかってるみたい、ここは伯父さんの部屋、風呂、トイレは途中新しくした、こっち縁側、続いてる先が離れ。
「――で、ここがおれの部屋だったところ。元々は物置だったんですけど」
 いま現在も半分物置と化しているようだった。「寝泊まりはこっちの部屋にしましょう」と言って先ほど「伯父の部屋」と紹介された縁側から続く和室へ引っ張られる。そこを重点に掃除をした。文机とスタンド、重たい箪笥が残るだけでほかはなにもない。オレンジ色に焼けた畳の目に、点々と黒い染みがある。墨だろうか。
「そういえば、新花さんは?」
 今夜だけは、新花も交えて庭で焼き肉をする予定になっていた。
「夕方になる、って言ってました。来なくてもいいんですけど」
「そう言うなって。ずっと会ってないんだろ」
「……新花ちゃんはお節介焼きなんですよ……」
 そう言って俯く。
 先日、新花からの伝言を透馬に伝えると、透馬はひどく淋しげな顔をした。怒りさえも混じるような、今までの比ではない深い悲しみ。なにかあったかと訊く前に、透馬は「もう会わねえっての」と吐き捨て、くるりと背中を向けて台所へ向かってしまった。そのあまりにも鬼気迫る気配に、その後のことは一切聞けなかった。
 あれ以来、新花の話題を出すと露骨に嫌な顔をするようになったが、今日は今日で予定を組んでくれたので、新花を嫌っているわけではなさそうだった。不思議な姉弟だが、実のところは安心していた。透馬から聞く限りでは透馬の環境は荒みきっている。だれかひとりでも味方がいてくれたことに、透馬をありがとう、とさえ思う。
 動いたからあちい、と声色を明るく変えて言うと、透馬はそのまま畳の上に大の字になった。扇風機がまわるだけの部屋は、九月といえども盛夏のころと変わらない気温まで上がる。それでも縁側を開け放ち通る風は、肌に心地よい。瑛佑も隣へ腰を下ろした。
 縁側の外、もくもくと湧き繁る草木、鳴くのは最後の蝉と、秋虫。この庭で焼き肉とは虫が多くて大変そうだが、楽しみでもある。そろそろ準備をしなければならない。
 ふと思い立ち、手洗いを借りたついでに元・透馬の部屋を覗いた。
 段ボール箱や本や衣装ケースやらが積まれていてパッと見ただけでは気付かなかったが、立派な机が置いてあった。広い天板の、学習机だ。上に乗ったものをよけると天板についた様々な傷が分かった。鉛筆の書き文字、カッター傷、定規で線を引いたまっすぐな痕。地球儀もあった。乗っていた埃を払い、今まで行ったことのある土地に目星をつけながらくるりとまわす。透馬はこれを見てなにを思っただろうか。
 壁には数年前のカレンダーがかけっぱなしで、草木のイラストが色あせている。必死で覚えたと見える英単語や数学公式のメモ、押し入れの隅に押し込まれていた紺色の学生鞄には「一年二組 青井透馬」と書かれた札が裏に挟んである。中学一年から透馬が生活した記録が、ここには詰まっていた。
 きゅうっと胸が苦しくなった。そうかここで育ったのかという、在りし日の透馬を想って湧き上がるノスタルジー。あまりにも浸っていたから、戸口に立った透馬が肘をぶつけて立てた音に、とても驚いた。
「なんにも面白いもんなんか、ないですよ」
 透馬も瑛佑の傍へ寄ってくる。
「面白いさ。色んな年代の透馬がいるな、って。中一から大学生まで?」
 訊くと、透馬はあいまいに笑った。
「……この部屋さ、物置用に北向きだから冬は寒くて、」
「うん、そういう話」
 寒くて凍えている学生時代の透馬、夏はどうだったのか、春は、秋は。祖父と伯父の三人、途中からは伯父との二人暮らしを、こんな静かでなにもない、だが豊かな場所で。だからこそ育まれた身体と心なのだと、本人を目の前にして実感する。
 感じ考えていることは山ほどあるのに言葉にならない。不意に透馬が抱きついて来た。すぐさまくちびるを重ねられる。ぐいぐいと力任せに押し付けてくる。段ボールにつまずいて、二人で盛大に転んだ。
 いてえ、と言う方が早かったのか再びキスされるのが早かったのか。明らかな気配を感じて、うろたえた。肌を粟立たせていると、耳元で透馬が「しよう」と囁き、力がかくっと抜けた。


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プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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