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 透馬の育った家は、透馬の言うとおりものすごい田舎にあった。すぐ傍まで山が迫り、田畑はまだまだ元気に夏野菜を実らせ、流れる川は花崗岩が削られて出来た砂で白かった。町自体はさほど活気があるとは言えない。大きな橋を渡り川沿いの道をずいぶんと走ったところで山側へ折れ、果樹の畑道や空き地を進みに進んだところに、緑で埋め尽くされ窒息しそうな家があった。さらに先を行くととっぷりと森へもぐりこみ、湖があるのだと言う。
 典型的な日本家屋、平屋の造りをしていた。
 門扉と思しき石柱には「真城」というプレートがかかっていた。あついあついと言いながらも、都心とは全く空気が違う。車をすっかり庭に入れ、透馬が家の鍵を開ける。その間に瑛佑は庭に覆い繁る草木に圧倒されていた。趣味で登山をするから、緑の覆い繁る様が珍しいわけじゃない。透馬がこんな場所で育っていたことが驚きだった。Sヶ丘の青井の豪邸並みか、或いは全く普通の民家か、どちらかを想像していた。
 家自体に相当な築年数を感じる。木造家屋、年月を経てこげ茶に変化した木目が美しい。中はひやりと涼しく、透馬が扉を開け放って歩いているせいで風が通った。
 よく手入れされている、わけではなかった。むしろ放置に近い。新花の生活圏である台所と風呂場とその周辺がごちゃごちゃとしているだけで、他の部屋は家財が残るもののすべて埃をかぶっている。
「やべえ、まず掃除だ」そう言って透馬は家の中を案内しがてら、馴れた手つきで箒をかけ始めた。瑛佑も雑巾を持って後をついてゆく。ここはじいちゃんの部屋だったところ、ここが母親の部屋だったところ、いま新花ちゃんがつかってるみたい、ここは伯父さんの部屋、風呂、トイレは途中新しくした、こっち縁側、続いてる先が離れ。
「――で、ここがおれの部屋だったところ。元々は物置だったんですけど」
 いま現在も半分物置と化しているようだった。「寝泊まりはこっちの部屋にしましょう」と言って先ほど「伯父の部屋」と紹介された縁側から続く和室へ引っ張られる。そこを重点に掃除をした。文机とスタンド、重たい箪笥が残るだけでほかはなにもない。オレンジ色に焼けた畳の目に、点々と黒い染みがある。墨だろうか。
「そういえば、新花さんは?」
 今夜だけは、新花も交えて庭で焼き肉をする予定になっていた。
「夕方になる、って言ってました。来なくてもいいんですけど」
「そう言うなって。ずっと会ってないんだろ」
「……新花ちゃんはお節介焼きなんですよ……」
 そう言って俯く。
 先日、新花からの伝言を透馬に伝えると、透馬はひどく淋しげな顔をした。怒りさえも混じるような、今までの比ではない深い悲しみ。なにかあったかと訊く前に、透馬は「もう会わねえっての」と吐き捨て、くるりと背中を向けて台所へ向かってしまった。そのあまりにも鬼気迫る気配に、その後のことは一切聞けなかった。
 あれ以来、新花の話題を出すと露骨に嫌な顔をするようになったが、今日は今日で予定を組んでくれたので、新花を嫌っているわけではなさそうだった。不思議な姉弟だが、実のところは安心していた。透馬から聞く限りでは透馬の環境は荒みきっている。だれかひとりでも味方がいてくれたことに、透馬をありがとう、とさえ思う。
 動いたからあちい、と声色を明るく変えて言うと、透馬はそのまま畳の上に大の字になった。扇風機がまわるだけの部屋は、九月といえども盛夏のころと変わらない気温まで上がる。それでも縁側を開け放ち通る風は、肌に心地よい。瑛佑も隣へ腰を下ろした。
 縁側の外、もくもくと湧き繁る草木、鳴くのは最後の蝉と、秋虫。この庭で焼き肉とは虫が多くて大変そうだが、楽しみでもある。そろそろ準備をしなければならない。
 ふと思い立ち、手洗いを借りたついでに元・透馬の部屋を覗いた。
 段ボール箱や本や衣装ケースやらが積まれていてパッと見ただけでは気付かなかったが、立派な机が置いてあった。広い天板の、学習机だ。上に乗ったものをよけると天板についた様々な傷が分かった。鉛筆の書き文字、カッター傷、定規で線を引いたまっすぐな痕。地球儀もあった。乗っていた埃を払い、今まで行ったことのある土地に目星をつけながらくるりとまわす。透馬はこれを見てなにを思っただろうか。
 壁には数年前のカレンダーがかけっぱなしで、草木のイラストが色あせている。必死で覚えたと見える英単語や数学公式のメモ、押し入れの隅に押し込まれていた紺色の学生鞄には「一年二組 青井透馬」と書かれた札が裏に挟んである。中学一年から透馬が生活した記録が、ここには詰まっていた。
 きゅうっと胸が苦しくなった。そうかここで育ったのかという、在りし日の透馬を想って湧き上がるノスタルジー。あまりにも浸っていたから、戸口に立った透馬が肘をぶつけて立てた音に、とても驚いた。
「なんにも面白いもんなんか、ないですよ」
 透馬も瑛佑の傍へ寄ってくる。
「面白いさ。色んな年代の透馬がいるな、って。中一から大学生まで?」
 訊くと、透馬はあいまいに笑った。
「……この部屋さ、物置用に北向きだから冬は寒くて、」
「うん、そういう話」
 寒くて凍えている学生時代の透馬、夏はどうだったのか、春は、秋は。祖父と伯父の三人、途中からは伯父との二人暮らしを、こんな静かでなにもない、だが豊かな場所で。だからこそ育まれた身体と心なのだと、本人を目の前にして実感する。
 感じ考えていることは山ほどあるのに言葉にならない。不意に透馬が抱きついて来た。すぐさまくちびるを重ねられる。ぐいぐいと力任せに押し付けてくる。段ボールにつまずいて、二人で盛大に転んだ。
 いてえ、と言う方が早かったのか再びキスされるのが早かったのか。明らかな気配を感じて、うろたえた。肌を粟立たせていると、耳元で透馬が「しよう」と囁き、力がかくっと抜けた。


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粟津原栗子
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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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