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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 ベッドで横になれば波が引いてゆくように熱が下がってゆくのが分かった。日野は結局、仕事を休んだ。自営業だからと言って個人の都合で自由自在に休んでいい仕事ではない、決して。ただ高坂の気まぐれで風呂場でファイトに持ち込んでしまった――いま考えるとよっぽど酔っていた。たったそれだけのことで日野の仕事を奪って自分の面倒を看させていることに、いまさらながら後悔している。普段だったらこんなばかな真似はしなかった。あるいはせめて、日野が帰って来た時に服さえ着ていれば。
 キッチンから日野が戻って来た。手の中にはつめたいレモン水の入ったグラスがある。高坂が普段愛飲しているもので、まめに作っては冷蔵庫に置いておく。先程一杯飲んで、高坂が欲しがったからこれは二杯目だ。やって来た日野に合わせて身体を起こすと、日野はしかめ面で「大丈夫なの」と聞いた。
 せっかく日野に似合っていた青いセーターを、高坂が濡らしたおかげで着替えるはめになっている。黒のTシャツも似合うのだけどあれが良かったな、とは思ったが言わなかった。そうさせたのは自分で、そう言えるほど厚かましくもないし、というよりも自責の念でいっぱいでとてもじゃないけれどそんなのんきなことなど言えない。
「――わるかった」
「本当にね」
 グラスの受け渡しはスムーズ、怒っているよりも呆れる、という口調だ。
「怒ってる?」念のために訊ねてみると、日野は息を長く吐いて「少し」と答えた。こういう会話は前にもしたなと思い出す。
「酔いは?」
「とっくに醒めたよ」
「身体は?」
「どこも痛くないしだるくない。――あのさ、夏」
 日頃喋らない男が過干渉にしてくるのが、なんだか微笑ましい。喜びを感じている場合なんかじゃないと分かっていて、嬉しかった。
「夏人がそんなにおれの身体を心配するのって、夏人の中に『おれを失うことの恐怖』みたいなものがあるからなんだよな」
 そう言うと日野は目をまるくして、それから考え込んだ。高坂の寝ているベッドにとさりと腰を下ろす。
「――ってこないだ柳田と瑛佑が来た時に指摘されて、気付いた」
「こないだって、集まりの時の?」
「そう、それ」
「当然だろ」
「ん?」
「おれにとって滋樹がいなくなることは耐えられないほどきついことなんだ」
 いつもなら日野との恋愛を「怖い、怖い」と拒絶するのは高坂の方で、日野は恋に前向きなんだと捉えていた。だがお互いがお互いをいつか失うかもしれない恐怖は、どこかに歴然と存在する。高坂と日野の違いは、そこを超えてだからこそ恋はしたくないのだと諦観するか、超えた先に未来を考えるかにある。高坂は前者で、日野は後者だ。
 だが高坂も変わったのだ。怖がってばかりはいない。日野との日々を望んだから、変に拒絶することはやめた。失うことばかり考えていたら日野まで手放してしまう、それは本能に逆らうことだと分かったから、高坂は自分に素直さを求めた。欲しいものは欲しいとちゃんと言う、率直な生き方、人生。
「夏人にもちゃんと怖いもんってあるんだな」
「そりゃあるよ。おれをなんだと思ってる?」
「夏人にはいつも教えられてばっかりだからさ。師匠? 的な」
「おれ八歳も年下なんだけどな」
 日野はようやく笑った。
 その笑み方に高坂はひどく安堵する。いとおしくてたまらない、日野のことが。
「でも今日のはさすがに無茶苦茶だったな」
「――まあ、滋樹のやることって、毎回そう思うよ」
「自分じゃそんなつもりないんだけどな」
「滋樹はもっと、おれに大切にされてるっていう自覚を持ってほしい」
 素直な本心をほろっと出されて、猛烈に反省した。「ごめん」
「ご迷惑をおかけしております」
「とんでもございません」
 高坂の手の中でレモン水の氷は融けはじめている。それを日野が引き取って、一気に煽った。空のグラスをヘッドボードに置いて、日野は「ところで」と仕切り直した。
 その目が濡れて、あやしくゆらめいている。確実に分かる予兆に、高坂の背筋は総毛立った。
「おれ、今日はもうサボり決定でさ」
「――うん」
「どうせなら徹底的にサボるって決めた。さっきのアレ、かなり欲求不満なんだけど」
 日野の体重が移って、ぎ、とベッドが鳴った。高坂の喉も鳴った。高坂もそうしてほしいと思っていた。
「して、夏」
 日野のうなじに手をひっかけ、日野をベッドに誘い込む。高坂に重なった日野は、高坂の上で微笑んだ。
「ゆっくりだよ」
 日野はそう言い、長いキスからまたやり直した。


End.


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美冬さま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
男性のセーターいいですよね!たっぷりしているものでもぴったりめでも、なんでも似合うから素敵だと思っています。日野くんの濃紺セーターも高坂さんにはたまらないのでしょうw
そしてこの二人は、恋愛においては日野くんの方がよっぽど大人ですが、あっち(w)に関しては高坂さん本当に奔放です。日野くん、今回みたいな苦労はしょっちゅうしているのかもしれません。
短編はお正月あたりに更新出来るかもしれません。お楽しみにw
またメールをいたします。コメントありがとうございました!
粟津原栗子 2013/12/26(Thu)07:38:47 編集
ellyさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
仕事、休んじゃだめですよねえ(笑)
時間軸としては本編、秀美くん失恋会の後ら辺、ということになっています。いつまでもこういう付き合いをしていくの、理想でもあり、難しくもあり、でも彼らにはそうしていってほしいなという願いがあります。
読んでくださってありがとうございましたw
またメールをいたします!
粟津原栗子 2013/12/26(Thu)07:42:23 編集
ななしさま(拍手コメント)
読んでくださってありがとうございます。
高坂さんが相当にお気に召されたご様子、嬉しいです。「夏」という呼び方、私も好きです。ここに萌えて頂けると書き手冥利に尽きますw
花と群青も読んでくださったようで、ありがとうございます。こちらは瑛佑くんファンがまたひとり増えたということで、喜んでいます。高坂さんの言う「リベラル」はひとつキーワードになっていたかと思うんですが、そこをきちんと掬い上げて頂けたようで、ほっといたしました。
一連のお話を読んで頂き、ありがとうございました。また良ければお越しくださいw
粟津原栗子 2014/07/02(Wed)07:33:49 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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