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 透馬と過ごす夏休みは、九月のあたまに決まった。二泊三日でFにある透馬の母親の実家へ。山深く湖の近い別荘地の傍にあると言い、「だから別荘に泊まりに行く気分でいてください」と言われた。「ただしとんでもなく古いですよ」とも。
 その前に、宣言通りというか、透馬の読み通りともいうか、市瀬新花が職場へやって来た。フロントまですっすっと小さな背をきっちり伸ばして迷いなく進み、「瑛佑さん、何時上がり?」と後輩のいる前で堂々と聞いて見せた。後輩と後輩が応対している客の会話のテンポがつまずいたことに苦笑しつつ、瑛佑は新花にティールームを示した。「甘いものがお嫌でなければ、あそこのフレンチトーストは絶品です。――四時半にはあがります」
「あら、良さそう。仕事しながら待ってるから、時間は気にしないで」
 論文でも書くのか書類の作成でもあるのか、新花は重たげなビジネスバッグをそっと上げてみせた。瑛佑が頷くと同時にくるりと向きを変えてティールームの方へと歩き出す。
 後輩がなにを思ったのか気を利かせてくれたので、新花のために十分ほど早く上がれた。ティールームの中ほどのテーブルで新花はノートブックを広げていた。瑛佑を見て、時計を見て、ゆったりと微笑した。
「――どうもありがとう」
「なにに、でしょうか」
「急な遊びの誘いに応じてくれて」
 瑛佑は笑った。本気で遊ぶつもりだったことにだ。
「食事をしながらゆっくりお話でも、と思っているの」
「なにが食べたいですか?」
「瑛佑さんにお任せするわ」
 それで、夏人の店に行くことにした。透馬が気に入っている西洋料理店で、主催している料理教室に行くほどだと話すと、新花は「そんなになの!」と明るい声をあげた。
「あの子、よく料理つくるの?」
「はい、おれが作らないので、よく。好きみたいですし」
「そうね、昔からね――あ、こっちの道の方が楽しそう。少し歩いても?」
「――どうぞ、」
 笑いをこらえるのに必死だった。透馬がよく遊ぶ、神社への表参道を新花が指した。思考がよく似ている。
 女性と歩くということは、透馬と違って歩幅が合わないことを久々に実感する。ゆっくりと上がり、上がりきる頃には新花はふうふうと汗をかいていて、「やっぱり歩くもんじゃなかった」と呟いたのが可笑しい。
 バスをつかえば良かった、という後悔を忘れるぐらいに日野洋食亭は快適に冷房が効いており、すぐさま出てきたビールを新花は美味そうに飲んだ。瑛佑もソーダ水を貰って、メニューをあれこれと頼む。身体に似合わず新花は大食らいで、女性なら半分も食べないで残しそうな分厚いポークステーキの皿をぺろりと平らげ、酒のあてにと取ったマッシュポテトとソーセージの皿にもよく手が伸びた。もちろんデザートも欠かさない。桃のコンポートバニラアイスクリーム添えを、瑛佑の分まで食べた。
「楽しいわ」
 食事の終わり、ろくに会話もなかったのに新花は満足げに呟いた。
「そういえば夏休みに、透馬とFへ行きます」
「聞いてる。わたしのことはあまり気にしないで、好きにやってちょうだい」
「F大にお勤め、なんですよね。またなぜこちらへ?」
「そうは言っても一応、こっちには顔を出さなきゃいけなくなるのよ、父親がうるさくてね。…なんて、透馬が元気でやってるか知りたいだけ。それから透馬のあたらしいひとにも」
 瑛佑を真正面からとらえ、小首を傾げて微笑む。
「あの子のこと信じてる?」
「信じる、ですか?」
 なにを疑えというのだろう?
「一緒にいて楽しい?」
「はい、とても」
「どんなところが?」
「……おれには思いつかないような発想をしているところ、ですかね」
 新花にも思い当たるらしく、にこりと笑った。「そうね、発想力がいいわよあの子は」
「ほかになにか透馬について、思うことない?」
「なにか……なんでも?」
「なんでも聞きたい」
 好奇心の塊だな、と新花を見て思った。
「よく遠い顔してるなって。淋しげというか、物憂げというか。あれを……綺麗だと見惚れてしまう自分と、なんとかしてやりたいと思う自分とがいて、よく分からなくなります」
 透馬のことを話しているつもりだったのに自分のことにすり替わっている。つい「すみません」と謝ると、新花は首を横に振って「話して」と促す。
「男に綺麗もなにもないんですが、横顔にはっとさせられる時が」
「たしかにあるわ。あの顔は、誓子さんに似たの」おそらくは透馬の母親の名だろう。
「それでこちらを向いて、笑ってみせるんです。その一連が切ないというか、一向に馴れてくれないなと思います」
「なれてくれない」新花がそっくりそのまま復唱する。
「肝心なところで遠慮があるというか。…べつにあったっていいんです、他人だから。でも、おれたち付き合っている訳で。――うまく言えなくなってきました。要は、透馬が笑ったらおれも嬉しいんだってことを、信じてほしい」
「……瑛佑さんって、透馬に押し切られてお付き合いしてるんじゃなかったかしら」
「そうですね、はじめは」
「本当に良い人なのねえ」
 新花はしみじみとそう言って、グラスの水を飲んだ。
「透馬を大切に想ってくれてとても嬉しい。わたし、瑛佑さんが気に入った」
 新花はきっぱりとそう言った。
「だから瑛佑さんの味方よ」
「? ありがとうございます」
「なにがあっても味方をするから、これからもいまの気持ちを忘れないであげてね」
「はい」
「透馬に伝言をお願いしていいかしら。真城と柄沢も帰って来てる。柄沢の実家にしばらくいるから。会いに行くか行かないかは透馬次第だけど」
「それを、言えばいいんですか?」
「ええ、言えば分かる」
「誰なんですか」
「透馬に聞いて。言わなければそのうち機会をみて話すわね」
 新花はやや複雑そうな表情を浮かべ、それが気になった。なんのことなのかさっぱりだ。マシロ、カラサワ、と頭の中で復唱する。
「あ、でもことづてを頼みたいからって瑛佑さんを呼び出したわけじゃないから」
 考え込む瑛佑に、新花は表情を改め直す。
「わたしが楽しいことをしたかっただけよ。――美味しかったわね」
 ごちそうさまでした、ときちんと手を合わせて頭を下げるから、瑛佑も真似をして頭を下げた。



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小百合さま(拍手コメント)
はじめまして。読んでくださってありがとうございます。
極上とは、またうれしい言葉を頂きました。読んでくださる方がほっと一息つける時間をご提供できればいいなと思って書いているので、お言葉とてもうれしかったです。
ちなみに「花と群青」ですが、文章の作法にのっとって整えた程度で、変更は特にしておりません。物語の内容やセリフまでは変えていませんので、新花ちゃんのセリフもそのままです。
変わった、という印象があるとすれば、文章の間を少し変えているせいでしょうか。
ともあれ、再び読み返していただけて、とてもうれしいです。
そして小粋なHNでお寄せくださって、ありがとうございました!
また更新の際はぜひ、よろしくお願いいたします。
粟津原栗子 2014/08/05(Tue)09:40:03 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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