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きっかり一時間で新花が顔を見せた頃には、瑛佑は庭で炭を熾していた。透馬は洗濯をしながら野菜や肉の準備をしている。新花はさも知りませんという顔で(あるいは本当にばれなかったのか、ともかく藪の蛇をつつかない態度で)自然に合流した。ビールとワインと食後に小ぶりのスイカを用意してくれていて、「あったまっちゃったかもしれない」と透馬に氷を要求した。
どこからか引っ張り出してきた桶に水を張り、氷とそれらを放り、きんきんに冷やす。「おっけーすよ」と透馬が台所から運んできた肉や野菜を受け取る。瑛佑を見て、透馬は本当に申し訳なさそうな顔で笑い、腹をそっと擦った。先程一発、そこに拳を入れてある。状況が大問題、今回の件は二度とごめんだ。
「……だって瑛佑さんが、誘う顔するから」
「……本当に怒ってるんだけど」
「冗談です、瑛佑さんのせいにするつもりはありません。ごめんなさい」
笑いながら謝られても説得力がない。
新花が「グラスがなーい」と台所から叫び、透馬が「ないわけないだろー」と家の中へ戻った。やがて揃って出てくる。「ほらあったじゃん」「だって普段はひとりぶんしか使わないもの」と言い合いながら出てくる様を見て、瑛佑はようやく和やかな気持ちになった。
真夏よりは夕暮れが早くなった。暮れれば涼しい風が通る。アウトドア用のLEDライトを灯し、乾杯をした。
肉は近所の精肉店で、地元産和牛が手に入った。野菜はスーパーマーケットで調達したもののほかに、新花が大学の購買で買って来たというトマトやとうもろこしが混ざる。地元唯一の国立大であるF大は十一の学部が存在する総合大学で、その一学部である農学部で作った野菜を安く売っているのだと言う。
「玉子もあるし、学祭の時にはチーズや日本酒も販売してたわ。私が学部生の頃から本当に変わらない。透馬の時はどうだった?」
「あったよ、スモークとかヨーグルトとか。……ほら新花ちゃん、これ食べたいって言ってた肉っしょ、焦げちゃうよ」
「瑛佑さん、取って」
「自分でやれっての」
なんのかんのと言いながら透馬は新花の世話を焼いている。本当に仲が良いな、と感心さえしていた。ビールとウーロン茶とを交互に飲みながら、時折肉や野菜をひっくり返して、二人を眺める。夏も終わるというのに白い肌は二人とも共通でも、それ以外はまるでちがう人間だ。透馬のどんぐりまなこと違って新花は一重の細い目をしているし、笑い方も癖も違う。
「もう四年も会ってなかったのに、ひどい対応だと思わない?」アルコールで目尻を染めた新花が、瑛佑に言った。
「え、超やさしいでしょおれ」
透馬も瑛佑に尋ねる。確かに優しい、と思って頷いた。
「四年とか、大した年数じゃないよ」
「言うじゃない、透馬」
「この人ね、瑛佑さんは、本当の母さんと十年ぐらい会ってなかったらしいよ」
「あら、そうなんだ?」
「ええ。五月にいきなり上京してきてお茶しましたが、それぐらいで」
「それじゃあ確かに四年って大した年数じゃないのね」
「そうそう」
「新花さんは四年イギリスにいらっしゃったんですか?」
瑛佑からした初めての質問に、新花はにっこりと笑って「いたわ」と答えた。
「教授がね、そっちの大学に赴任になったからついて行って、また戻ってきたところよ」
「植物学、でしたっけ」
「そうなの。うち、というか青井の家は元々染料を扱っていたでしょう。植物染料っていうぐらいで、身近だったから。興味持っちゃったのよね」
「なるほど」
「……おれは全然すけどね。っつか家の話なんかするなよ、新花ちゃん」
ビールをぐびぐびと煽りながら、透馬は「もっと面白い話しろよ」と言う。よっぽど家のことは話したくないらしい。
「あら、透馬だって好きじゃない、花」
「嫌い」
「あれば飾るし、昔はよく描いていたんでしょ、植物画」
「――へえ」やっぱり絵を描くのだ。
「絵、残ってないのか」
「ないです。あっても見せません」
「絵を描くのってさ、おれは高校の授業が最後ぐらい、縁がないんだけどさ。やっぱり、日本画やっていたお母さんの影響?」
「……、……」
「誓子さんよりは真城の影響よね」
不意に黙った透馬の隙を、すかさず新花が埋めた。真城。その文字は、何回か聞いているし見ている。
「伯父よ、一緒に住んでた。この家は元・真城家なの。植物画を描くのが上手くていまは――」
「新花ちゃん!」
「なに、べつに隠す必要もない事実でしょう」
「……話す必要だってないだろ、」
「それはどうかな」
みるみるうちに二人は険悪な雰囲気になった。というより、透馬が一方的に機嫌を損ね、新花はけろりと涼しい顔をしている。瑛佑には全く分からぬ話で、首を突っ込んでいいのか悪いのかさえも判断つかない。つかないが、この場が楽しい方がいいだろうと思い、透馬の味方をした。「透馬、いまは絵を描かないのか?」
しぶしぶ、というように透馬は応じた。
「……最近は、あんまり」
「今度、見たい。見せて」
「……あんまり面白くないですよ。好みもあるし、」
「知りたいだろ。見せろよ」
じゅ、と肉汁が滴り落ちて炎が上がる。頃合いの肉を一枚二枚と透馬の皿に滑り込ませると、透馬は「はい、」と頷いて、ビールを煽った。
「今度」
「うん」
それから肉にかぶりつく。
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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
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お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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