忍者ブログ
ADMIN]  [WRITE
成人女性を対象とした自作小説を置いています。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


 久しぶりに大学の近くまで来ていた。授賞式があったのだ。慈朗のではない。恩師が出版した写真集が写真界で権威のある賞を受賞し、その祝賀パーティに呼ばれた。慈朗はこういう場では尻込みしてしまう性質だから一度はパーティへの出席を断ったのだが、恩師に「こういう場に顔を出して自分の作品と自身を知ってもらうことがこの業界では大事だ」と言われて考えを改めた。名刺とスナップ写真をいくつかポケットに忍ばせ、慣れないジャケット姿で参加した。思いがけず「あなたの作品好きですよ。いつか一緒に仕事をしたいと思っていました」という声がかかったときは嬉しく、こういうことだよな、と交換した名刺を見ながら思った。
 夜が深くならぬうちに帰途に就こうと思っていたが、知り合った人と深く話し込んでしまい、ホテルを取った。柾木に連絡を入れる。こんな時間だからもう休んでいるのかもしれないと思って電話ではなくメッセージを入れるにとどめたのだが、それは即座に既読になり、ご丁寧に柾木から返事の電話がかかって来た。
『ちょうどいい。おまえ明日は朝一でT行きのバスに乗れ』と柾木は言う。
「え? なに?」
『Sから直行バスが出ている。それはTのバスセンターが終点だ。朝一に出れば昼頃には着くだろう。バスセンターにカフェが隣接してる。おれはそこで待ってる』
 予定は決定事項だった。柾木の方からああしろ、こうしろと予定を指示されることはこういう仲になってからはなかったので(学生時代ならあったのだが、あのときは教師と生徒の関係だった)珍しい。狭いホテルの一室で、襟から抜いたタイを弄りながら電話に応答する。「なんでT?」
『候補地は色々と考えたんだよな。でもまあ、土産も充実してるし見物するものもあるしめしも美味い。いまおまえがいるところから直行で行けて、おれも車で行ける。なら交通の便もいいわけだ。いい選択だろ』
「そうだけど、そういうことが聞きたいんじゃなくて」
『じゃあなんだ?』
「……ええと、目的?」
『観光、旅行、ちょっとした遠出。そんなところだ』
「理、明日は学校だろ?」
『休み。修学旅行で二年がいなくて、他の学年はテストだけで済ますんだ。美術科はテストないし、テスト監督はあったけど、代わってもらえた。だから問題ない。それともおまえは問題があるのか?』
 そう言われてスケジュール帳を改めて開く。明日は平日でその翌日と翌々日は連休になる。仕事はさほど過密に詰まっているわけではない。
「……問題ない」
『なら決まりだ。朝一のバスだ。逃すなよ』
 現地で落ち合うことにして、電話は切れた。柾木の意図がさっぱり見えない。見えないが、どうやらこれはバカンスらしいと気付いた。
 慈朗に拒否する理由もない。


→ (2)




拍手[10回]

PR


 
 去年のことを夢に見たような気がした。はっと目覚めるとそこは学校の、美術準備室内だった。目を閉じて痛みをこらえているうちに眠ってしまったらしい。頭痛が先ほどよりひどくなっているので、今日の仕事を諦めて理は帰ることにした。
「帰られますか?」と同じ部屋にいた先輩教師が訊ねる。
「明日は使いものにならなくなっている気がします」
「お大事に」
 挨拶をして職員室に寄り、理由を告げてからかかっている名札をひっくり返した。裏返しにすることで教師の不在が分かるようになっている。教員用の玄関から表へ出ると夏の暑さに飲み込まれた。弱っている身にはきつい日差しで、目の奥がまた鋭く明滅した。
 帰宅しても、慈朗はいなかった。今日は遠くの街へ家族写真を頼まれて撮影に行っている。体調不良のメッセージだけ送っていつもの一階の和室に布団を敷き、着替えもそこそこに横になった。発熱のペースが速い。どんどん身体が重く、どんどん動きづらくなる。寝返りを打つのもおっくうで、動かすと痛みが走った。
 それでもうとうととして、目が覚めると陽が暮れていた。台所が明るい。慈朗が帰宅しており、調理台でうどんを煮ていた。
「起きた?」と起きあがった理を見て、慈朗は不安そうな顔を見せた。
「熱は?」
「測ってない」
「とりあえず着替えようか。身体も拭こう」
「ああ」
「明日も熱が下がらなかったら病院連れてく」
「ああ」
 もたつきながらも「お中元」用の箱から必要なあれこれを取り出し、理を着替えさせる。濡らしたタオルで身体を拭われて、気持ちがよかった。されるままになっていたが、ふと思いついて「最近は」と慈朗に話しかける。
「ん?」
「あいつと連絡取ってるのか」
「あいつ? 誰?」
「去年うちに来た」
「ああ、キュー?」
 慈朗は「たまに連絡は来るけどそれぐらい」と答えた。
「お兄さんにすまないことしたって、連絡が来るたびに言ってるよ」
「そう」
「なんでキュー?」
「思い出したから」
「ああ」慈朗も去年を思い出して、苦笑した。
「今年はそういうこと、ないから」
「そうしてくれ」
 慈朗の手で浴衣に着替え、さっぱりとした心地でまた横になる。慈朗は洗濯ものを抱えて部屋を出て行ったが、今度は布団を抱えて戻ってきた。
「今夜はおれもこっちがいい」と言い、理の隣に布団を敷く。
 別にそんなことしなくても大丈夫だ、と言いかけて、理はやめた。その代わり、「好きにしろ」とだけ答えた。


End.


(6)




番外編、もう少し更新します。



拍手[11回]


 明け方、誰かが襖を開けて部屋に入って来る気配で目を覚ました。目を開けると慈朗がこちらを覗き込んでいた。理が起きたことを確認して、慈朗は黙ったまま理の半身を支えて起こした。浴衣の前をはだけ、腋窩に体温計を差し込まれる。
 いまどき珍しい水銀タイプの体温計は、壊れないから幼い頃より柾木家にあるものだ。三十八度を超えて三十九度近い数値を示す。慈朗はため息をつく。
「――おれ、これからキューを駅まで送って来る。けど、すぐ戻るから。そしたら医者連れてくよ」
「……必要ない。毎年、このぐらいは上がる。寝てればそのうち下がる」口が渇いている。それを慈朗も察したのか、水差しを口元に運んでくれた。それを飲む。やけに美味かった。
「……理のおかげで病人の面倒みるの、少しはまともになったよな」
「……まだまだだけど」
「ねえ、理。苦しいときは苦しいってさ、言ってよ」
「……」
「痛いのに痛くないって言って、理はひとりで治そうとするけど、じゃあおれはどうしたらいいのって、不安になる。おれは疎いから、言葉通りにしか受け取れない。理が辛いときに何もできないことがいちばん辛いよ。頼りになんないけど、少しぐらい頼ってくれよ」
「……」
「かまうな、なんて、言わないで……」
 理の身体を抱いて、慈朗はうなだれる。理は熱で腫れぼったい手を動かして、慈朗の肩をぽんぽんと叩いた。叩くたびに身体に痛みが走ったが、それでも手を動かす。
「おまえの冷たい手、当ててくれ」
 そう言うと慈朗は怪訝そうな顔をした。
「目元が熱いんだ。……かまうなってのは、つい言っちまったけど、反省している。悪かった。……こんな夏風邪、ひとりで治せると思ってるんだけど」
「理」
「……おまえがいないとどうしようもなくなってるのも、本当だ」
「……」
「悪かったよ……」
 そう言うと、慈朗の手がすぐに理の目元に当てられた。相変わらず低い体温の、手指のぬるさが心地よい。しばらくそうしていたが、慈朗が当てている手の手首の辺りにぷくりと腫れを見つけて、手を外した。
 蚊に食われた、と慈朗は苦笑した。
「あんまり掻くなよ。傷になる」
「うん。でも気になっちゃって」
「……慈朗、」
 理は慈朗の手首をつかむ。虫刺されで腫れた箇所に唇を当てる。
 そこを軽く噛んできつく吸い上げる。
 ふと部屋の襖の方を見る。いつまで経っても出発しようとしない慈朗に焦れた立花が様子を見に来たのだ。襖はわずかに開いていて、慈朗の手首を吸っている理と、目が合った。
 その目が大きくひらかれている。見られたな、と思った。だが構わず理は慈朗の手首に唇を当てる。吸った後は名残惜しくまた噛んで、唇を離した。
 見てはいけないものを見た、というように、いつの間にか立花はそこからいなくなっていた。けれど目撃はされた。
 どうでもいい、と思う。熱に浮かされているせいかもしれない。
「……理、」
「立花くんが待ってる。行ってやれ」
「……あんまりおれを甘やかさないでよ。だからいつまで経っても学習しないんだ」
「ばか。甘やかせって言ったのはおまえの方だろうが」
「そうだけど……」
「いいんだよ、おまえは。おれにはそれで、いい」
 そう言うと慈朗は理の身体をきつく抱きしめた。理は熱い目を閉じてされるがままになる。抱きしめ返せない身体の弱り方がもどかしい。早く元に戻りたいと、このときようやく思った。
「行ってくる」
「……ああ」
 慈朗は照れを隠すようにばたばたと物音をさせながら玄関を出て行った。外からは立花の明るい声が聞こえた。空回りするほどばかに明るく聴こえた。そして車は去り、家の中は静けさに包まれる。
 それから三日、理は寝込んだ。うつらうつらとする意識の中で、やけに慈朗に甘やかされた記憶がある。その年の夏風邪は、いつまで経っても完治には至らなかった。


(5)

(7)




拍手[8回]

「寮は食堂と風呂とトイレは共同でしたん。ようシロー誘って風呂入りましたわ。決まって長風呂でな。ぬるっこい湯に浸かっておれがシロー相手にぺらぺら喋っとっただけやったんだけど、シローもよう付きおうてくれた。シローが再入寮した日、また風呂入ろうやって一緒に入った。で、気付いたんですけどね。シローの背中に痣あってん。赤紫の痣が肩甲骨の辺りかな? 二・三ついとんねん。はじめ虫にでも刺されたん思てけど、こんな春先に背中に虫なんつくかな? 思てな。おまえ背中になんか痣っぽいのあるけどどしたんやて聞いたん。そしたらシロー、しばらく考えてな。それからあっとか言うて思い出したっぽいけど、理由は言わんかって。おれも考えて、こりゃ鬱血痕ちゃうかって行きついたん。キスマークや、キスマーク。それからシローのやつ、あからさまに一緒に風呂入らんくなった。そしたらなおさら気になりますやん。着替えとかたまに一緒になる風呂とかでよおチェックしとったんやけど、シローのやつ、決まって長期休みから帰って来ると痕つけてん。こりゃ休み中に恋仲のやつのとこ会いに行ってた証拠やて、勝手に思っとった。背中に痕つけるぐらいの彼女ってどんな積極的なやつなん、てな。あれを妙に覚えてんのや」
 その肌を思い出すかのように上に立花は目線を向ける。理は黙っていた。それをしたのは間違いなく自分だ。大学が休みに入るたびに帰って来る恋人を抱き、数日の滞在を惜しんでは熱心に痕をつけたのは、遠距離だったせいもある。だがそんなことを立花に知らせる必要はない。
 恋人の肌を赤の他人に注視されていたと思うと、妬けてくる思いはあるが、口にはしない。
「いまもそういうやつ、おるんですかね。情熱的な、コイビト」
「慈朗本人にお聞きください」
「せやから聞いても言わんと、お兄さんに訊いとるんです」
「なおのことです。本人が言わないことを私がぺらぺらと喋ることはしません。事実があろうがなかろうが、なんだろうが、慈朗のことは慈朗にお聞きください。本人ももういい歳した大人ですから、そこらへんの判断は自分でするでしょう」
「そういう口ぶりなん、お兄さんはシローに恋仲がおるん、知っとるんですね」
「私から申し上げることはありません」
「まあ、ええですけど。……おれ、たまにあいつ妬ましくてたまらんくなるんですよ」
「妬ましい?」
「本人には言わんでくださいよ。って、お兄さんのその性格なら言わんか。せやから、なんでも持ってるように見えるあいつのこと。妬ましいってか、眩しいってか、なんやそんな気分になる。えらい自信にあふれてて、魅力的で、魅力的な画ぇ撮って、人惹きつけてかなわん。たまにえらい暴力的な感情になるときあってん。あいつが誰のもんか知らんけど、あいつ食っておれも魅力的な画ぇ撮れるようにならへんかな、ってな」
「……」
「たとえですよ。たーとーえ。おれホモちゃうし。けど、せやけど、あいつの魅力にはかなわん。内側からびっかびかに輝いとるやつ、どうしたって羨ましくなるやん。自分がみじめに思えてしゃあないねん。それでもあいつに会いとうなる。自分のこと嫌んなるのに、あいつの動向は知りたいねん。そういう感情、……まあ、一生こうなんかな、おれは、あいつには」
 立花の吐露した感情を、理は懐かしい思いで聞いていた。自分にも確かに覚えのある感情だった。羨ましくて、妬ましい。尊敬しながら、嫌悪している。嫉妬しながら、固執し、愛している。――それはまさしく、理が赤城に抱き続けていた思いそのものだった。
 理の中にその感情はある。過去のものになったが、存在している。過去にしたのは慈朗の存在だった。慈朗によって理は救われた。
 この青年の軽やかな口調の裏にも、愛憎がある。だからと言って慈朗を渡すことはない。絶対に。
「――まあ」理は立ちあがる。
「そこまで自己分析が進んでいるなら、あとは感情をとどめることに腐心することですね」
「……なんやお兄さん、上からですね」
「あなたがたよりは何年か長く生きてはいるので、経験値というものです。あとは教師という職業柄、指導には慣れているだけ。――私はこれで休みます」
「ああ、具合悪いんでしたね。どうもすみません」
「いえ」
 隣の六畳間の襖を開ける際、ひときわ大きな頭痛に襲われて理は動けなくなった。急激に痛みはじめる。だらだらと長く身体の内側にいたものが、ようやく本領発揮しはじめた、と思えた。
「お兄さん? 大丈夫です?」
 立花の心配とともに、廊下の奥から足音が聞こえた。慈朗が風呂から上がってこちらへ顔を覗かせた。襖の前で固まっている理とそれを怪訝そうに見ている立花とで、異変を察知したようだった。「どうした?」
「あ、なんやお兄さんが急に動けなくなったぽくて、」
「――いや、大丈夫だ」
「大丈夫なことあります? 顔真っ白やん。夜間医かかった方が、」
 咄嗟に慈朗が動き、理の身体を支えた。近い距離に心配そうに、けれど怖じすこちらを見通すまなざしがある。理はその身体に縋りつきたくなる。
「理、熱測った? 熱いよ」
「……悪かった」
「え?」
 それだけ言うのが精いっぱいだった。痛む頭を押さえつつ、慈朗の身体をなんとか剥がして部屋に入る。
 崩れるように布団に潜り、しばらくして節々が痛み始めた。目の奥も痛む。熱が上がって来た。
(くそ……)
 かまうなと言ったことを、きちんと謝りたいのに、身体はどんどん沼に沈んでいくかのように、理を責める。そういう夜だった。


(4)

(6)




拍手[8回]


 シャワーを止めて浴室のすりガラスの扉を押した。不安そうな慈朗のしょげた顔があった。
「……具合、どう?」
「よくもないが悪くもねえ。動くから、ましかもな」
「ならいいんだけど、心配だな。……キューを帰せなくて、ごめん。おれの家でも、ないのに」
「おまえの家だろ。家主がおれだってだけだ」
 タオルをかごから引っ張り出し、身体を拭いながら慈朗に言う。
「久しぶりに会ったんだろ。学生のころの話が出来て嬉しいんじゃないの。おまえの仕事も立て込んでないみたいだから、まあ、付きあってやったら。おれにはとにかく、かまうな」
「――」
「夕飯は適当にやっとけ。おれは休む」
「――なんだよ、それ」
 思いのほか低い声が聞こえて、理は帯を結ぶ手を止めて慈朗を見た。
「なんでそんな言い方すんだよ。かまうなって、なに? こんなときに友達連れ込んでるおれも無神経だけど、理もおかしいよ。おれがどんだけ理を心配してんのか、分かってないだろ。なんで苦しいときにかまうななんて言えるんだ。おれは理の、なんだよ……」
 慈朗はうなだれる。しまった、と思っても遅かった。頭痛が続いているせいでうまくフォローの言葉も出てこない。こういうときなにをどんなふうに言っていいのか、分からない。
「知らね。もう好きにする――」
 そう言って慈朗は脱衣場から出て行った。残された理は茫然とし、しばらくして「くそ」と毒づいた。口が悪いのは認める。けれど慈朗はそれを許してくれているのだと甘えていた。
 ただ、慈朗を追いかけてごめんと謝るには、身体の重さが面倒くささを引き起こした。
 脱衣かごに衣類を放り、部屋に戻る。慈朗と立花の話し声が聞こえたが、彼らはやがて出て行った。夕飯は外で食べるつもりらしい。このまま慈朗が帰ってこなかったらそれはそれで楽かもしれない、と思った。考えるのが面倒だ。下手に動きたくない。
 早めに眠り、また朝になって出勤する。立花はそのまま二日ほど柾木家に泊まった。夜は夜で慈朗と二階で話し込んでいるようで、一階にも笑い声が響いた。くそったれ、と思った。
 仕事を終えて帰宅すると、立花が台所のダイニングテーブルに着いてスマートフォンをいじっていた。「おかえりなさい」と顔を上げる。慈朗はどこかと訊ねると、いま風呂を使っている、という。
「えらいご迷惑おかけしましたが、明日朝、ここを発ちます。朝飯、毎朝作ってくれてありがとうございました。簡単でしたけど、えらい美味かった」
「そうですか」未だにだるい身体を動かして水道の水を汲んで飲む。もう寝てしまおうかと考えていると、立花の方から「ちょっと話しませんか」と椅子を勧められた。
 立花の目が光っている。嫌な目だなと思い、諦めて向かいに座った。
「飲みます?」と立花は傍に置いていたペットボトルの飲料を示したが、理は断った。
「こう暑いとね、ほんまは冷たいビールでも飲みたいとこですわ。この家は酒がないんですね。飲まれませんか?」
「調子がよければ飲む日もありますが、積極的ではありません」
「シローは学生のころから飲めへんやつでしたが、お兄さんもですか。いや懐かしいですわ。学生んころはね、寮が同じやってん、食堂とか談話室に毎日みんなで集まってなあ、ばかみたいに騒いどりました。いないやつがおったら、部屋ぁ呼び行ったりしてね」
 それが原因か、と理は学生時代の慈朗の憔悴を理解した。こんなのに毎日毎晩囲まれていたら、そりゃ自分のしたいことも出来ないだろう。ひとりの時間が必要な人間はいて、慈朗や理は間違いなくそのタイプだった。理だったら即退寮するところだ。よく慈朗は戻ったな、と思う。
 それは口にせず、黙って目の前のお喋りな男の話を聞いていた。
「お兄さん、結婚は?」
「それはあなたの話に関係しますか?」
「あー、しませんけど……いや、シローはいまええ人おんのかなってのを聞きたかったんですわ。それを話題にするなら、まずお兄さんのこと聞いとくがええんかなって思っただけです。お兄さんの前だと、迂闊な話も出来んですね」
 ははは、と立花は笑ったがそれがこの人間特有の刺し方かと思えるぐらいに笑えない話だった。すました顔で理は笑いもしない。笑う気もなかった。
「で、ええ人おんのです?」
「慈朗に訊いたらいかがですか」
「話したがらんのですもん。あいつ、昔からそうやった。話には笑って頷いとるくせに、自分のことだけは頑なに秘密なんです。前にあいつ飲まして話聞き出そいう計画も盛り上がったんですけどね。なんですっけ、あいつ。ああ、青沼や。工芸科の青沼にきつく止められてん、やめましたわ。あいつはなんや、シローのことんなると保護者みたいやったな。科も違うのにしょっちゅう一緒やったから、あいつら出来てんのかって話もあったなあ。いまなんしとるんやろ。海外暮らししとんのやっけ? 変わらんと元気なんかな。懐かしなあ」
「……」
「せやけど、おれはシローには恋人ってのが確かにおったて確信しとんのですわ」
「そうですか」
「お兄さん知りませんか? あれはシローが休学から復帰する言うて、また入寮してきたころですわ。あん頃からなんやシローは逞しくなった言うか、変わった言うかな。それまではまあ、病気してな、あんま元気もなかったんですけど、帰って来たら見違えてまうようで、驚いた。ぴっかぴかしとんのですわ。なにもかも。ガクギョーも、作品も、本人も、すごい勢いで集中し出した言うか。感性が大爆発しとって、人をいちいち感動させてまう魅力で溢れとった。おれ、あいつに訊いたんですわ。休んでるあいだになんかあったんかて。あいつなんや嬉しそうに、気付いただけや言うてな。なんに気付いたん? て聞いたら、おれはおれだってことだって、……ようわからんでしたけど」
 立花はペットボトル飲料をとぽとぽとグラスに注いで飲んだ。


(3)

(5)




拍手[7回]

«前のページ]  [HOME]  [次のページ»
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
カウンター
カレンダー
06 2025/07 08
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
最新記事
フリーエリア
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]

Template by wolke4/Photo by 0501