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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「寮は食堂と風呂とトイレは共同でしたん。ようシロー誘って風呂入りましたわ。決まって長風呂でな。ぬるっこい湯に浸かっておれがシロー相手にぺらぺら喋っとっただけやったんだけど、シローもよう付きおうてくれた。シローが再入寮した日、また風呂入ろうやって一緒に入った。で、気付いたんですけどね。シローの背中に痣あってん。赤紫の痣が肩甲骨の辺りかな? 二・三ついとんねん。はじめ虫にでも刺されたん思てけど、こんな春先に背中に虫なんつくかな? 思てな。おまえ背中になんか痣っぽいのあるけどどしたんやて聞いたん。そしたらシロー、しばらく考えてな。それからあっとか言うて思い出したっぽいけど、理由は言わんかって。おれも考えて、こりゃ鬱血痕ちゃうかって行きついたん。キスマークや、キスマーク。それからシローのやつ、あからさまに一緒に風呂入らんくなった。そしたらなおさら気になりますやん。着替えとかたまに一緒になる風呂とかでよおチェックしとったんやけど、シローのやつ、決まって長期休みから帰って来ると痕つけてん。こりゃ休み中に恋仲のやつのとこ会いに行ってた証拠やて、勝手に思っとった。背中に痕つけるぐらいの彼女ってどんな積極的なやつなん、てな。あれを妙に覚えてんのや」
 その肌を思い出すかのように上に立花は目線を向ける。理は黙っていた。それをしたのは間違いなく自分だ。大学が休みに入るたびに帰って来る恋人を抱き、数日の滞在を惜しんでは熱心に痕をつけたのは、遠距離だったせいもある。だがそんなことを立花に知らせる必要はない。
 恋人の肌を赤の他人に注視されていたと思うと、妬けてくる思いはあるが、口にはしない。
「いまもそういうやつ、おるんですかね。情熱的な、コイビト」
「慈朗本人にお聞きください」
「せやから聞いても言わんと、お兄さんに訊いとるんです」
「なおのことです。本人が言わないことを私がぺらぺらと喋ることはしません。事実があろうがなかろうが、なんだろうが、慈朗のことは慈朗にお聞きください。本人ももういい歳した大人ですから、そこらへんの判断は自分でするでしょう」
「そういう口ぶりなん、お兄さんはシローに恋仲がおるん、知っとるんですね」
「私から申し上げることはありません」
「まあ、ええですけど。……おれ、たまにあいつ妬ましくてたまらんくなるんですよ」
「妬ましい?」
「本人には言わんでくださいよ。って、お兄さんのその性格なら言わんか。せやから、なんでも持ってるように見えるあいつのこと。妬ましいってか、眩しいってか、なんやそんな気分になる。えらい自信にあふれてて、魅力的で、魅力的な画ぇ撮って、人惹きつけてかなわん。たまにえらい暴力的な感情になるときあってん。あいつが誰のもんか知らんけど、あいつ食っておれも魅力的な画ぇ撮れるようにならへんかな、ってな」
「……」
「たとえですよ。たーとーえ。おれホモちゃうし。けど、せやけど、あいつの魅力にはかなわん。内側からびっかびかに輝いとるやつ、どうしたって羨ましくなるやん。自分がみじめに思えてしゃあないねん。それでもあいつに会いとうなる。自分のこと嫌んなるのに、あいつの動向は知りたいねん。そういう感情、……まあ、一生こうなんかな、おれは、あいつには」
 立花の吐露した感情を、理は懐かしい思いで聞いていた。自分にも確かに覚えのある感情だった。羨ましくて、妬ましい。尊敬しながら、嫌悪している。嫉妬しながら、固執し、愛している。――それはまさしく、理が赤城に抱き続けていた思いそのものだった。
 理の中にその感情はある。過去のものになったが、存在している。過去にしたのは慈朗の存在だった。慈朗によって理は救われた。
 この青年の軽やかな口調の裏にも、愛憎がある。だからと言って慈朗を渡すことはない。絶対に。
「――まあ」理は立ちあがる。
「そこまで自己分析が進んでいるなら、あとは感情をとどめることに腐心することですね」
「……なんやお兄さん、上からですね」
「あなたがたよりは何年か長く生きてはいるので、経験値というものです。あとは教師という職業柄、指導には慣れているだけ。――私はこれで休みます」
「ああ、具合悪いんでしたね。どうもすみません」
「いえ」
 隣の六畳間の襖を開ける際、ひときわ大きな頭痛に襲われて理は動けなくなった。急激に痛みはじめる。だらだらと長く身体の内側にいたものが、ようやく本領発揮しはじめた、と思えた。
「お兄さん? 大丈夫です?」
 立花の心配とともに、廊下の奥から足音が聞こえた。慈朗が風呂から上がってこちらへ顔を覗かせた。襖の前で固まっている理とそれを怪訝そうに見ている立花とで、異変を察知したようだった。「どうした?」
「あ、なんやお兄さんが急に動けなくなったぽくて、」
「――いや、大丈夫だ」
「大丈夫なことあります? 顔真っ白やん。夜間医かかった方が、」
 咄嗟に慈朗が動き、理の身体を支えた。近い距離に心配そうに、けれど怖じすこちらを見通すまなざしがある。理はその身体に縋りつきたくなる。
「理、熱測った? 熱いよ」
「……悪かった」
「え?」
 それだけ言うのが精いっぱいだった。痛む頭を押さえつつ、慈朗の身体をなんとか剥がして部屋に入る。
 崩れるように布団に潜り、しばらくして節々が痛み始めた。目の奥も痛む。熱が上がって来た。
(くそ……)
 かまうなと言ったことを、きちんと謝りたいのに、身体はどんどん沼に沈んでいくかのように、理を責める。そういう夜だった。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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