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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 明け方、誰かが襖を開けて部屋に入って来る気配で目を覚ました。目を開けると慈朗がこちらを覗き込んでいた。理が起きたことを確認して、慈朗は黙ったまま理の半身を支えて起こした。浴衣の前をはだけ、腋窩に体温計を差し込まれる。
 いまどき珍しい水銀タイプの体温計は、壊れないから幼い頃より柾木家にあるものだ。三十八度を超えて三十九度近い数値を示す。慈朗はため息をつく。
「――おれ、これからキューを駅まで送って来る。けど、すぐ戻るから。そしたら医者連れてくよ」
「……必要ない。毎年、このぐらいは上がる。寝てればそのうち下がる」口が渇いている。それを慈朗も察したのか、水差しを口元に運んでくれた。それを飲む。やけに美味かった。
「……理のおかげで病人の面倒みるの、少しはまともになったよな」
「……まだまだだけど」
「ねえ、理。苦しいときは苦しいってさ、言ってよ」
「……」
「痛いのに痛くないって言って、理はひとりで治そうとするけど、じゃあおれはどうしたらいいのって、不安になる。おれは疎いから、言葉通りにしか受け取れない。理が辛いときに何もできないことがいちばん辛いよ。頼りになんないけど、少しぐらい頼ってくれよ」
「……」
「かまうな、なんて、言わないで……」
 理の身体を抱いて、慈朗はうなだれる。理は熱で腫れぼったい手を動かして、慈朗の肩をぽんぽんと叩いた。叩くたびに身体に痛みが走ったが、それでも手を動かす。
「おまえの冷たい手、当ててくれ」
 そう言うと慈朗は怪訝そうな顔をした。
「目元が熱いんだ。……かまうなってのは、つい言っちまったけど、反省している。悪かった。……こんな夏風邪、ひとりで治せると思ってるんだけど」
「理」
「……おまえがいないとどうしようもなくなってるのも、本当だ」
「……」
「悪かったよ……」
 そう言うと、慈朗の手がすぐに理の目元に当てられた。相変わらず低い体温の、手指のぬるさが心地よい。しばらくそうしていたが、慈朗が当てている手の手首の辺りにぷくりと腫れを見つけて、手を外した。
 蚊に食われた、と慈朗は苦笑した。
「あんまり掻くなよ。傷になる」
「うん。でも気になっちゃって」
「……慈朗、」
 理は慈朗の手首をつかむ。虫刺されで腫れた箇所に唇を当てる。
 そこを軽く噛んできつく吸い上げる。
 ふと部屋の襖の方を見る。いつまで経っても出発しようとしない慈朗に焦れた立花が様子を見に来たのだ。襖はわずかに開いていて、慈朗の手首を吸っている理と、目が合った。
 その目が大きくひらかれている。見られたな、と思った。だが構わず理は慈朗の手首に唇を当てる。吸った後は名残惜しくまた噛んで、唇を離した。
 見てはいけないものを見た、というように、いつの間にか立花はそこからいなくなっていた。けれど目撃はされた。
 どうでもいい、と思う。熱に浮かされているせいかもしれない。
「……理、」
「立花くんが待ってる。行ってやれ」
「……あんまりおれを甘やかさないでよ。だからいつまで経っても学習しないんだ」
「ばか。甘やかせって言ったのはおまえの方だろうが」
「そうだけど……」
「いいんだよ、おまえは。おれにはそれで、いい」
 そう言うと慈朗は理の身体をきつく抱きしめた。理は熱い目を閉じてされるがままになる。抱きしめ返せない身体の弱り方がもどかしい。早く元に戻りたいと、このときようやく思った。
「行ってくる」
「……ああ」
 慈朗は照れを隠すようにばたばたと物音をさせながら玄関を出て行った。外からは立花の明るい声が聞こえた。空回りするほどばかに明るく聴こえた。そして車は去り、家の中は静けさに包まれる。
 それから三日、理は寝込んだ。うつらうつらとする意識の中で、やけに慈朗に甘やかされた記憶がある。その年の夏風邪は、いつまで経っても完治には至らなかった。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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