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シャワーを止めて浴室のすりガラスの扉を押した。不安そうな慈朗のしょげた顔があった。
「……具合、どう?」
「よくもないが悪くもねえ。動くから、ましかもな」
「ならいいんだけど、心配だな。……キューを帰せなくて、ごめん。おれの家でも、ないのに」
「おまえの家だろ。家主がおれだってだけだ」
タオルをかごから引っ張り出し、身体を拭いながら慈朗に言う。
「久しぶりに会ったんだろ。学生のころの話が出来て嬉しいんじゃないの。おまえの仕事も立て込んでないみたいだから、まあ、付きあってやったら。おれにはとにかく、かまうな」
「――」
「夕飯は適当にやっとけ。おれは休む」
「――なんだよ、それ」
思いのほか低い声が聞こえて、理は帯を結ぶ手を止めて慈朗を見た。
「なんでそんな言い方すんだよ。かまうなって、なに? こんなときに友達連れ込んでるおれも無神経だけど、理もおかしいよ。おれがどんだけ理を心配してんのか、分かってないだろ。なんで苦しいときにかまうななんて言えるんだ。おれは理の、なんだよ……」
慈朗はうなだれる。しまった、と思っても遅かった。頭痛が続いているせいでうまくフォローの言葉も出てこない。こういうときなにをどんなふうに言っていいのか、分からない。
「知らね。もう好きにする――」
そう言って慈朗は脱衣場から出て行った。残された理は茫然とし、しばらくして「くそ」と毒づいた。口が悪いのは認める。けれど慈朗はそれを許してくれているのだと甘えていた。
ただ、慈朗を追いかけてごめんと謝るには、身体の重さが面倒くささを引き起こした。
脱衣かごに衣類を放り、部屋に戻る。慈朗と立花の話し声が聞こえたが、彼らはやがて出て行った。夕飯は外で食べるつもりらしい。このまま慈朗が帰ってこなかったらそれはそれで楽かもしれない、と思った。考えるのが面倒だ。下手に動きたくない。
早めに眠り、また朝になって出勤する。立花はそのまま二日ほど柾木家に泊まった。夜は夜で慈朗と二階で話し込んでいるようで、一階にも笑い声が響いた。くそったれ、と思った。
仕事を終えて帰宅すると、立花が台所のダイニングテーブルに着いてスマートフォンをいじっていた。「おかえりなさい」と顔を上げる。慈朗はどこかと訊ねると、いま風呂を使っている、という。
「えらいご迷惑おかけしましたが、明日朝、ここを発ちます。朝飯、毎朝作ってくれてありがとうございました。簡単でしたけど、えらい美味かった」
「そうですか」未だにだるい身体を動かして水道の水を汲んで飲む。もう寝てしまおうかと考えていると、立花の方から「ちょっと話しませんか」と椅子を勧められた。
立花の目が光っている。嫌な目だなと思い、諦めて向かいに座った。
「飲みます?」と立花は傍に置いていたペットボトルの飲料を示したが、理は断った。
「こう暑いとね、ほんまは冷たいビールでも飲みたいとこですわ。この家は酒がないんですね。飲まれませんか?」
「調子がよければ飲む日もありますが、積極的ではありません」
「シローは学生のころから飲めへんやつでしたが、お兄さんもですか。いや懐かしいですわ。学生んころはね、寮が同じやってん、食堂とか談話室に毎日みんなで集まってなあ、ばかみたいに騒いどりました。いないやつがおったら、部屋ぁ呼び行ったりしてね」
それが原因か、と理は学生時代の慈朗の憔悴を理解した。こんなのに毎日毎晩囲まれていたら、そりゃ自分のしたいことも出来ないだろう。ひとりの時間が必要な人間はいて、慈朗や理は間違いなくそのタイプだった。理だったら即退寮するところだ。よく慈朗は戻ったな、と思う。
それは口にせず、黙って目の前のお喋りな男の話を聞いていた。
「お兄さん、結婚は?」
「それはあなたの話に関係しますか?」
「あー、しませんけど……いや、シローはいまええ人おんのかなってのを聞きたかったんですわ。それを話題にするなら、まずお兄さんのこと聞いとくがええんかなって思っただけです。お兄さんの前だと、迂闊な話も出来んですね」
ははは、と立花は笑ったがそれがこの人間特有の刺し方かと思えるぐらいに笑えない話だった。すました顔で理は笑いもしない。笑う気もなかった。
「で、ええ人おんのです?」
「慈朗に訊いたらいかがですか」
「話したがらんのですもん。あいつ、昔からそうやった。話には笑って頷いとるくせに、自分のことだけは頑なに秘密なんです。前にあいつ飲まして話聞き出そいう計画も盛り上がったんですけどね。なんですっけ、あいつ。ああ、青沼や。工芸科の青沼にきつく止められてん、やめましたわ。あいつはなんや、シローのことんなると保護者みたいやったな。科も違うのにしょっちゅう一緒やったから、あいつら出来てんのかって話もあったなあ。いまなんしとるんやろ。海外暮らししとんのやっけ? 変わらんと元気なんかな。懐かしなあ」
「……」
「せやけど、おれはシローには恋人ってのが確かにおったて確信しとんのですわ」
「そうですか」
「お兄さん知りませんか? あれはシローが休学から復帰する言うて、また入寮してきたころですわ。あん頃からなんやシローは逞しくなった言うか、変わった言うかな。それまではまあ、病気してな、あんま元気もなかったんですけど、帰って来たら見違えてまうようで、驚いた。ぴっかぴかしとんのですわ。なにもかも。ガクギョーも、作品も、本人も、すごい勢いで集中し出した言うか。感性が大爆発しとって、人をいちいち感動させてまう魅力で溢れとった。おれ、あいつに訊いたんですわ。休んでるあいだになんかあったんかて。あいつなんや嬉しそうに、気付いただけや言うてな。なんに気付いたん? て聞いたら、おれはおれだってことだって、……ようわからんでしたけど」
立花はペットボトル飲料をとぽとぽとグラスに注いで飲んだ。
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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
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短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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