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去年のことを夢に見たような気がした。はっと目覚めるとそこは学校の、美術準備室内だった。目を閉じて痛みをこらえているうちに眠ってしまったらしい。頭痛が先ほどよりひどくなっているので、今日の仕事を諦めて理は帰ることにした。
「帰られますか?」と同じ部屋にいた先輩教師が訊ねる。
「明日は使いものにならなくなっている気がします」
「お大事に」
挨拶をして職員室に寄り、理由を告げてからかかっている名札をひっくり返した。裏返しにすることで教師の不在が分かるようになっている。教員用の玄関から表へ出ると夏の暑さに飲み込まれた。弱っている身にはきつい日差しで、目の奥がまた鋭く明滅した。
帰宅しても、慈朗はいなかった。今日は遠くの街へ家族写真を頼まれて撮影に行っている。体調不良のメッセージだけ送っていつもの一階の和室に布団を敷き、着替えもそこそこに横になった。発熱のペースが速い。どんどん身体が重く、どんどん動きづらくなる。寝返りを打つのもおっくうで、動かすと痛みが走った。
それでもうとうととして、目が覚めると陽が暮れていた。台所が明るい。慈朗が帰宅しており、調理台でうどんを煮ていた。
「起きた?」と起きあがった理を見て、慈朗は不安そうな顔を見せた。
「熱は?」
「測ってない」
「とりあえず着替えようか。身体も拭こう」
「ああ」
「明日も熱が下がらなかったら病院連れてく」
「ああ」
もたつきながらも「お中元」用の箱から必要なあれこれを取り出し、理を着替えさせる。濡らしたタオルで身体を拭われて、気持ちがよかった。されるままになっていたが、ふと思いついて「最近は」と慈朗に話しかける。
「ん?」
「あいつと連絡取ってるのか」
「あいつ? 誰?」
「去年うちに来た」
「ああ、キュー?」
慈朗は「たまに連絡は来るけどそれぐらい」と答えた。
「お兄さんにすまないことしたって、連絡が来るたびに言ってるよ」
「そう」
「なんでキュー?」
「思い出したから」
「ああ」慈朗も去年を思い出して、苦笑した。
「今年はそういうこと、ないから」
「そうしてくれ」
慈朗の手で浴衣に着替え、さっぱりとした心地でまた横になる。慈朗は洗濯ものを抱えて部屋を出て行ったが、今度は布団を抱えて戻ってきた。
「今夜はおれもこっちがいい」と言い、理の隣に布団を敷く。
別にそんなことしなくても大丈夫だ、と言いかけて、理はやめた。その代わり、「好きにしろ」とだけ答えた。
End.
←(6)
番外編、もう少し更新します。
去年のことを夢に見たような気がした。はっと目覚めるとそこは学校の、美術準備室内だった。目を閉じて痛みをこらえているうちに眠ってしまったらしい。頭痛が先ほどよりひどくなっているので、今日の仕事を諦めて理は帰ることにした。
「帰られますか?」と同じ部屋にいた先輩教師が訊ねる。
「明日は使いものにならなくなっている気がします」
「お大事に」
挨拶をして職員室に寄り、理由を告げてからかかっている名札をひっくり返した。裏返しにすることで教師の不在が分かるようになっている。教員用の玄関から表へ出ると夏の暑さに飲み込まれた。弱っている身にはきつい日差しで、目の奥がまた鋭く明滅した。
帰宅しても、慈朗はいなかった。今日は遠くの街へ家族写真を頼まれて撮影に行っている。体調不良のメッセージだけ送っていつもの一階の和室に布団を敷き、着替えもそこそこに横になった。発熱のペースが速い。どんどん身体が重く、どんどん動きづらくなる。寝返りを打つのもおっくうで、動かすと痛みが走った。
それでもうとうととして、目が覚めると陽が暮れていた。台所が明るい。慈朗が帰宅しており、調理台でうどんを煮ていた。
「起きた?」と起きあがった理を見て、慈朗は不安そうな顔を見せた。
「熱は?」
「測ってない」
「とりあえず着替えようか。身体も拭こう」
「ああ」
「明日も熱が下がらなかったら病院連れてく」
「ああ」
もたつきながらも「お中元」用の箱から必要なあれこれを取り出し、理を着替えさせる。濡らしたタオルで身体を拭われて、気持ちがよかった。されるままになっていたが、ふと思いついて「最近は」と慈朗に話しかける。
「ん?」
「あいつと連絡取ってるのか」
「あいつ? 誰?」
「去年うちに来た」
「ああ、キュー?」
慈朗は「たまに連絡は来るけどそれぐらい」と答えた。
「お兄さんにすまないことしたって、連絡が来るたびに言ってるよ」
「そう」
「なんでキュー?」
「思い出したから」
「ああ」慈朗も去年を思い出して、苦笑した。
「今年はそういうこと、ないから」
「そうしてくれ」
慈朗の手で浴衣に着替え、さっぱりとした心地でまた横になる。慈朗は洗濯ものを抱えて部屋を出て行ったが、今度は布団を抱えて戻ってきた。
「今夜はおれもこっちがいい」と言い、理の隣に布団を敷く。
別にそんなことしなくても大丈夫だ、と言いかけて、理はやめた。その代わり、「好きにしろ」とだけ答えた。
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拍手コメントでお名前のなかった方へ
読んでくださってありがとうございます。
このブログを開設したのが2011年だったかと記憶するのですが、始めたころの文章には「淡彩画のよう」とか「水彩画」というようなコメントをよく頂いておりました。だいぶ年数経てそのようなコメントは頂かなくなったのですが、このふたりの関係をそう表していただけて、それを久しぶりに思い出しました。原点回帰ではありませんし、意識したつもりもないのですが、以前のような「色の見える水っぽい文章」というものは書けなくなっているような気がしていましたので、そういう観察がすこしは文章に表れてくれたかな、という気がしています。
更新はこれで終わるつもりだったのですが、もう数話だけ更新いたします。あと数日、お付き合いいただけると嬉しいです。
拍手・コメントありがとうございました。
このブログを開設したのが2011年だったかと記憶するのですが、始めたころの文章には「淡彩画のよう」とか「水彩画」というようなコメントをよく頂いておりました。だいぶ年数経てそのようなコメントは頂かなくなったのですが、このふたりの関係をそう表していただけて、それを久しぶりに思い出しました。原点回帰ではありませんし、意識したつもりもないのですが、以前のような「色の見える水っぽい文章」というものは書けなくなっているような気がしていましたので、そういう観察がすこしは文章に表れてくれたかな、という気がしています。
更新はこれで終わるつもりだったのですが、もう数話だけ更新いたします。あと数日、お付き合いいただけると嬉しいです。
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プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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