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 翌日、SのバスターミナルからTのバスセンターへと飛んだ。長距離のバス移動を最近ではしないので、昔を思い出して懐かしかった。大学時代、柾木の家に通う際には、安いからという理由でTから高速バスを利用したものだ。あのころはバスの車内にいろんな感情を詰め込んでいた。いまから会える期待、共に過ごせる時間への喜び、帰るときの名残り惜しさ、淋しさ、どうしようもないせつなさ。
 渋滞にはまることもなくすいすいとバスは進み、予定時刻より早くバスセンターに着いた。指定されたカフェに向かう。柾木は窓際のシートに座って頬杖をついて外を見ていた。その横顔があまりにも浮かないもので、これから旅行なのになんでそんな顔してんだよと、危うげな感じに心動かされついシャッターを切った。隠し撮りだ。
 柾木は音に気付かない。窓の外から目線を外したのは、音に気付いたからではなく、時計を確かめたからだった。その顔が持ち上がって慈朗を捉える。手を挙げると柾木も軽く手を挙げて合図をした。
「なにか飲むか」
 そう訊かれてメニューを渡されたが、柾木の手元にある、おそらくコーヒーが入っていたと思われるカップは空だった。「それより腹減ったな」と言うと、時間を再び確認して「そうだな」と頷き、柾木は立ちあがった。シャツに薄手のニットを着ていたが、その上に上着を羽織った。
「ここから少し歩くが、地場産の牛肉を食える店がある。あとはラーメンとカフェとベーカリーと食べ歩き。どれがいい?」
「迷うなあ」
「じゃあ歩きながら決めてくれ」
 店を出る。車はどこに停めたのかと訊くと、宿の駐車場をつかわせてもらっているとの返事だった。宿、ということはここに泊まるのだ。本当に旅行なんだな、と不思議な感覚に陥る。そういえば柾木とこうやって揃って出かけるのははじめてだった。
 駅前をまっすぐ進むと商店街に出た。商店街の裏手はすぐ川になっている。橋を渡ると唐突に古い町並みが並んでいて驚いた。ここはかつて江戸幕府の直轄地であり、古い家々は現在では景観条例を出して保護している町並みだという。
 そのくせに並んでいる店は食べ物を商うものばかりだ。団子、コロッケ、串焼きにビール、からあげ、汁粉、ソフトクリームには金箔が貼られている。苦笑しつつこういう場所は嫌いではなかった。柾木の方がこういうところは嫌がりそうだと思ったが、本人は慈朗の心配をよそに「色々あるな」と呟く。
「食べ歩こうよ。でさ、夕飯に豪勢なの食おうぜ」
「ああ」
 串焼きの店で焼いた肉を買い、今夜はここに宿泊で車の運転もないと言うのでビールを買った。もっとも慈朗はあまりアルコールには強くないし、柾木も積極的には飲まない。だから一杯のビールをちびちびとふたりで分けながら飲んだ。
 団子は焼きたてで、メンチカツもその場で揚げてもらえた。観光客は多かったがほとんどが外国人観光客のようで、日本人の方がかえって少ない。少しでもぼうっとしていると即座に英語で語りかけられる始末だ。適当なところでベンチを見つけてそこに腰掛ける。結構腹は膨れた。
 さわさわと秋の風が吹き抜ける。アルコールのおかげで身体が火照っていて、心地よい。
「シロ、酔った?」
「んー、ちょっと」
「宿、行くか?」
「もう少しこの町歩きたいな。写真撮りたい」食べ歩きだと手が塞がるので、カメラを構えることは出来なかった。
「じゃあ、もう少しここで休んでから」そう言って柾木は遠くを見た。まただ、と思う。今日は何度も見ている。柾木の視線が、表情が遠い。物憂げで普段以上に静謐。もしくは澄んだ水底に沈んだ澱。つまり、秘して黙していることがある。
 なにか思うことがあってのこの旅行なのかと考えるが、自分の関することでは原因を思いつくことは出来ない。なにかあれば話すだろうと思い、柾木のリアクションを待つことにした。
 結局そのベンチにしばらくいて、写真は撮らずに酔い覚ましに歩いて宿まで戻った。「急に取ったからいい部屋じゃない」と言うだけあって、狭くて施錠も不安になるような和室だった。旅館自体は様々な民芸品が雑多に置かれていてその秩序のなさがかえって楽しい。ただ慈朗たちの部屋は壁も薄く、隣の部屋から細々と読経が聴こえてくるのには閉口した。寺社が近い。
 気分転換に内湯に向かった。部屋にはトイレしかついておらず、身体を流すには大浴場に行くしかなかったのだ。時間が早かったせいか人はおらず、贅沢に使えた。髪と身体を洗って鈍色の濁り湯に浸かる。大きく開いたガラス窓の向こうに山並みが見え、そこへ陽が落ちていく。「落日」と柾木が呟いた。
「こういう風景は見慣れないな」と言う。柾木と慈朗の暮らす町にはそもそも山並みがない。
「理は海派? 山派?」
「分からん。考えたこともない。そういうのは育ちが影響しそうだとは思う」
「海の傍で育っていれば海派?」
「まあ、海を身近に感じれば郷愁の要因にはなりそうだよな。山も同じ」
「おれらの町、なんもないもんな。中途半端で」
 山はなく、海も遠からずされど近からず。平野のど真ん中にあって、広い川が流れている。柾木の生家は樹木だけは旺盛だ。そういう意味では、彼にとって植物は身近なものかもしれない。見せてもらったことはないが、そういうものをモチーフに描いていた、と学生時代を振り返って聞いたことがある。



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マロンさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
そしてすみません、柾木が「さま」付けだったり、ファンクラブを作りたいだったりと、マロンさんのコメントにはいつもつい笑ってしまいます(本当にすみません)。これだけ柾木というキャラクターを好きになってくださる方が現れるとは想像外で、驚くと同時にやはり嬉しいものです。柾木の相手が慈朗でよかったのかと危惧するぐらいです(笑)
単純に誘われて嬉しい慈朗はのこのこと旅先へ出向いたわけですが、心からなんの心配もいらない旅とはいかないようです。とはいえさほど話数は多くありません。今日含めあと2話で終わります。最後までぜひお付き合いください。
最後まで柾木のファンでいられるよう、精一杯柾木という男を入念に書きたいと思います。
拍手・コメントありがとうございました。
粟津原栗子 2019/09/07(Sat)05:49:57 編集
プロフィール
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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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