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summer fever
久しぶりに実家から荷物が届いた。両親で旅行に行き、その土産を現地から送ってくれたのだ。旅行費用を用立てたのは遠海と弟だった。仕送りは毎月行っているのだが、それとは別に旅行でもプレゼントしたら喜ぶんじゃないかと言い出したのは弟の律だった。
「ほら結婚して三十年とかじゃん? その間どっこにも旅行なんか行ったことないんだよ、あの人たち。近場の温泉旅行一泊二日程度でいいからさ、そのくらい出したげようよ。金あんだろ、にいちゃん」
「潤沢にあるわけじゃないよ」
「枯渇はしないんだろ?」
苦笑しつつも、それもそうだと思って律に金を託した。大した額ではない。受け取った金と自身で出した金とで旅行の計画を律は企て、両親に渡したらしい。本人たちの喜びようは分からなかったが、こうして旅行土産を送ってくれる辺りでは満足してくれたのだろうと思う。海辺の温泉街だったからか箱の中身は海産品だった。脂の乗った大きな魚のひらきがぺらりと入っている。
母に電話をかける。一応、礼でも言っておこうと思ったのだ。あまり実家には帰らないし、帰ってこいとも言われない。電話さえも疎遠だが、母は久しぶりの電話の向こうで相変わらず無垢な少女のような声を出した。
『もう届いたの』
「あんな大きなひらき、ひとりじゃ食えない。でもありがとう」
『つい懐かしくなっちゃって。干物って安いでしょう? 日持ちもするし。あなたがお腹にいた頃よく食卓に出してた。大きな干物を買ってちょっとずつ切って焼いて何日もしのぐの』
そんな貧乏暮らしの思い出の品なんか息子に送るなよ、と思ったが、こういう母なので黙っていた。
『部屋にはお風呂がなかったから、お風呂に入りに行って、帰りに夕飯の食材を買って帰るの。帰宅して魚を焼いている間にお父さんはよく耳かきをせがんだから、よく耳掃除もしたのよ。お腹のあなたが動くと嬉しそうだった。そういうこと思い出しちゃった。それも入れといたから』
「それ?」
『お土産屋さんで買った耳かき。海辺で拾ったシーグラスはおまけね』
「……それはどうもありがとう」
さすが我が母、と思いながら通話を終えた。いつだって我が道しか知らない母は、こうして意味も脈絡も不明なものを平気で寄越す。しかもそれを人が喜ぶと思っているのだからほとほと不思議だ。けれどこういう純度100%の天然素材が父には心地良かったのかもしれない。
干物と共に入っていた封筒には、いくつかの砂つぶと一緒に確かに耳かきと薄っぺらいシーグラスが入っていた。一緒に入れるかな。潮でべたつきそうとか思わないんだよな。耳かきは竹製で、先端に白い綿毛がほわほわと揺れる。こんなのそこらへんで買えるわ、と思ってしまう。
三倉に「美味い魚があるので焼いてください」とメッセージを送り、テーブルに耳かきはそのまま、部屋の中をざっと掃除してからシャワーを浴びることにした。真夏の夕暮れ、冷房を止めて窓を全開にして生活音に耳を澄ます。冷房があまり好きではなかった。正確には音が。古いせいかもしれないが、通奏低音みたいなものが響く気がしてどうにも気になるので切ってしまう。だから夏場の遠海の部屋は平気で外気温並みだったりする。特にこういう日暮れから明け方は。三倉からは再三「干乾びたところなんか見たくないから干乾びないでね」と言われている。
シャワーを浴びていると部屋の扉が開く音がした。合鍵で三倉がやって来たようだ。確認のために水を止めて浴室から顔だけ出す。案の定で、仕事帰りと思われる三倉が鞄と買い物袋を片手に靴を脱いでいた。紺色のポロシャツにベージュのチノパン。ズボンはともかく、こんなレディメイドのポロシャツなんか前は着なかった。
「お帰りなさい」
「ただいま。シャワー?」
「うん。すぐ出ます。適当にしててください」
「ありがとう。急がなくていいから。でもその後はおれにも使わせて。汗かいた」
「冷房入れていいですよ」
「うーん、家主の意向に添いたいから、いいかな」
靴下まで脱ぎ、ぺたぺたと三倉は廊下を進む。だが途中でくるりと振り返り、こちらへ戻って来た。
「誘ってんのか、って感じ」
「なにが?」
「そういうところだよね」
触るよ、と三倉は言った。ほぼ同時に三倉の手が遠海の肩に触れる。あっと思う間もなく三倉は首筋に顔を寄せ、濡れた遠海の、肌に弾く水滴をぺろりと舐めた。
「――っ」
「冷蔵庫、勝手に漁るよ」
言い置いて三倉は廊下の先を進む。遠海は三倉が舐めた肌に手をやって浴室に引っ込む。ただ舐められただけなのに蚊に刺されたみたいなちいさな違和感でむず痒い。
シャツとハーフパンツに着替えて浴室から出ると、キッチンで三倉は一杯やりながら干物を焼いていた。大きすぎるので割いて、グリルで焼いているらしい。遠海に気づくと「美味い魚って聞いて楽しみにしてた。これどうしたの?」と嬉しそうに訊いて来た。
「実家から送られて来ました。旅行土産だそうです」
「これならビールよりも冷酒の方が良かったかな?」
「なんでもいいです、飲めれば」
中身の半分ぐらい残ったビール缶と菜箸を渡され、三倉は「後は任せた」と言って着替えとタオルを引っ掴む。「タイマーかけたから、鳴ったらひっくり返して弱火で五分。シャワー借りる」
三倉の飲みかけのビールはすこしぬるかった。タイマーが鳴り、言われた通りに魚をひっくり返して火加減をいじる。パチパチと弾ける脂が美味そうだった。冷蔵庫を覗くといつの間にやらおかずが追加されている。ほうれん草の白あえと、モッツァレラと冷やしトマトのマリネ、たたききゅうりの塩昆布和え。今夜はこれで、というつもりだろう。さすが手際がいい。
焼けた干物を皿に盛り、食器を用意して三倉を待つ。テーブルに置かれた耳かきを仕舞おうとして、三倉がかけていた眼鏡を目にする。以前、羞明対策に使っていた色付きレンズの眼鏡を、サングラスの代わりになるかなと言ってこの夏三倉はよく使用していた。羞明の症状自体はとうに治まっている。三倉が元気ならそれでいい。眼鏡を手に取り、ふとそれをかけてみた。三倉がどんな視界でものを見ていたのかが気になった。
薄いブルーの視界は、水に潜っているかのような暗さだった。これに頼るしかなかった三倉のかつての心中を想像するとやはり辛い。色を青く塗り替えて、安心を得たようには思えなかった。
眼鏡をかけてぼんやりとしていると、シャワーを終えた三倉がやって来た。五分袖のシャツにハーフパンツで、眼鏡をかけた遠海を見て「お」と声を上げた。
「鴇田さんがかけると迫力ってか、凄みが増すね」と言う。
「似合ってないってことでしょうか」
「鴇田さんは変に眼鏡をかけるより裸眼がいいなって意味。ああ、それよりさ、綿棒ない?」
「メンボウ?」
きょとんとしていると、三倉は耳に指を突っ込んで「耳掃除したくて」と言った。
→ 2
「ほら結婚して三十年とかじゃん? その間どっこにも旅行なんか行ったことないんだよ、あの人たち。近場の温泉旅行一泊二日程度でいいからさ、そのくらい出したげようよ。金あんだろ、にいちゃん」
「潤沢にあるわけじゃないよ」
「枯渇はしないんだろ?」
苦笑しつつも、それもそうだと思って律に金を託した。大した額ではない。受け取った金と自身で出した金とで旅行の計画を律は企て、両親に渡したらしい。本人たちの喜びようは分からなかったが、こうして旅行土産を送ってくれる辺りでは満足してくれたのだろうと思う。海辺の温泉街だったからか箱の中身は海産品だった。脂の乗った大きな魚のひらきがぺらりと入っている。
母に電話をかける。一応、礼でも言っておこうと思ったのだ。あまり実家には帰らないし、帰ってこいとも言われない。電話さえも疎遠だが、母は久しぶりの電話の向こうで相変わらず無垢な少女のような声を出した。
『もう届いたの』
「あんな大きなひらき、ひとりじゃ食えない。でもありがとう」
『つい懐かしくなっちゃって。干物って安いでしょう? 日持ちもするし。あなたがお腹にいた頃よく食卓に出してた。大きな干物を買ってちょっとずつ切って焼いて何日もしのぐの』
そんな貧乏暮らしの思い出の品なんか息子に送るなよ、と思ったが、こういう母なので黙っていた。
『部屋にはお風呂がなかったから、お風呂に入りに行って、帰りに夕飯の食材を買って帰るの。帰宅して魚を焼いている間にお父さんはよく耳かきをせがんだから、よく耳掃除もしたのよ。お腹のあなたが動くと嬉しそうだった。そういうこと思い出しちゃった。それも入れといたから』
「それ?」
『お土産屋さんで買った耳かき。海辺で拾ったシーグラスはおまけね』
「……それはどうもありがとう」
さすが我が母、と思いながら通話を終えた。いつだって我が道しか知らない母は、こうして意味も脈絡も不明なものを平気で寄越す。しかもそれを人が喜ぶと思っているのだからほとほと不思議だ。けれどこういう純度100%の天然素材が父には心地良かったのかもしれない。
干物と共に入っていた封筒には、いくつかの砂つぶと一緒に確かに耳かきと薄っぺらいシーグラスが入っていた。一緒に入れるかな。潮でべたつきそうとか思わないんだよな。耳かきは竹製で、先端に白い綿毛がほわほわと揺れる。こんなのそこらへんで買えるわ、と思ってしまう。
三倉に「美味い魚があるので焼いてください」とメッセージを送り、テーブルに耳かきはそのまま、部屋の中をざっと掃除してからシャワーを浴びることにした。真夏の夕暮れ、冷房を止めて窓を全開にして生活音に耳を澄ます。冷房があまり好きではなかった。正確には音が。古いせいかもしれないが、通奏低音みたいなものが響く気がしてどうにも気になるので切ってしまう。だから夏場の遠海の部屋は平気で外気温並みだったりする。特にこういう日暮れから明け方は。三倉からは再三「干乾びたところなんか見たくないから干乾びないでね」と言われている。
シャワーを浴びていると部屋の扉が開く音がした。合鍵で三倉がやって来たようだ。確認のために水を止めて浴室から顔だけ出す。案の定で、仕事帰りと思われる三倉が鞄と買い物袋を片手に靴を脱いでいた。紺色のポロシャツにベージュのチノパン。ズボンはともかく、こんなレディメイドのポロシャツなんか前は着なかった。
「お帰りなさい」
「ただいま。シャワー?」
「うん。すぐ出ます。適当にしててください」
「ありがとう。急がなくていいから。でもその後はおれにも使わせて。汗かいた」
「冷房入れていいですよ」
「うーん、家主の意向に添いたいから、いいかな」
靴下まで脱ぎ、ぺたぺたと三倉は廊下を進む。だが途中でくるりと振り返り、こちらへ戻って来た。
「誘ってんのか、って感じ」
「なにが?」
「そういうところだよね」
触るよ、と三倉は言った。ほぼ同時に三倉の手が遠海の肩に触れる。あっと思う間もなく三倉は首筋に顔を寄せ、濡れた遠海の、肌に弾く水滴をぺろりと舐めた。
「――っ」
「冷蔵庫、勝手に漁るよ」
言い置いて三倉は廊下の先を進む。遠海は三倉が舐めた肌に手をやって浴室に引っ込む。ただ舐められただけなのに蚊に刺されたみたいなちいさな違和感でむず痒い。
シャツとハーフパンツに着替えて浴室から出ると、キッチンで三倉は一杯やりながら干物を焼いていた。大きすぎるので割いて、グリルで焼いているらしい。遠海に気づくと「美味い魚って聞いて楽しみにしてた。これどうしたの?」と嬉しそうに訊いて来た。
「実家から送られて来ました。旅行土産だそうです」
「これならビールよりも冷酒の方が良かったかな?」
「なんでもいいです、飲めれば」
中身の半分ぐらい残ったビール缶と菜箸を渡され、三倉は「後は任せた」と言って着替えとタオルを引っ掴む。「タイマーかけたから、鳴ったらひっくり返して弱火で五分。シャワー借りる」
三倉の飲みかけのビールはすこしぬるかった。タイマーが鳴り、言われた通りに魚をひっくり返して火加減をいじる。パチパチと弾ける脂が美味そうだった。冷蔵庫を覗くといつの間にやらおかずが追加されている。ほうれん草の白あえと、モッツァレラと冷やしトマトのマリネ、たたききゅうりの塩昆布和え。今夜はこれで、というつもりだろう。さすが手際がいい。
焼けた干物を皿に盛り、食器を用意して三倉を待つ。テーブルに置かれた耳かきを仕舞おうとして、三倉がかけていた眼鏡を目にする。以前、羞明対策に使っていた色付きレンズの眼鏡を、サングラスの代わりになるかなと言ってこの夏三倉はよく使用していた。羞明の症状自体はとうに治まっている。三倉が元気ならそれでいい。眼鏡を手に取り、ふとそれをかけてみた。三倉がどんな視界でものを見ていたのかが気になった。
薄いブルーの視界は、水に潜っているかのような暗さだった。これに頼るしかなかった三倉のかつての心中を想像するとやはり辛い。色を青く塗り替えて、安心を得たようには思えなかった。
眼鏡をかけてぼんやりとしていると、シャワーを終えた三倉がやって来た。五分袖のシャツにハーフパンツで、眼鏡をかけた遠海を見て「お」と声を上げた。
「鴇田さんがかけると迫力ってか、凄みが増すね」と言う。
「似合ってないってことでしょうか」
「鴇田さんは変に眼鏡をかけるより裸眼がいいなって意味。ああ、それよりさ、綿棒ない?」
「メンボウ?」
きょとんとしていると、三倉は耳に指を突っ込んで「耳掃除したくて」と言った。
→ 2
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「いや、こういうとき、いつもなにか敷いておこうと思うんだ。シーツは濡れるし、濡れたらそのまま眠れないから。でも忘れる」
「そっち行きます?」
「うん」
「待って、身体拭きましょう」
鴇田にタオルで拭われ、暖は目を閉じる。それから汚れた暖の布団から抜け出て、乾いた鴇田の布団に潜り込んだ。横向きになり、暖の肩甲骨から腰の辺りに顔を押し付けるようにして鴇田の腕が絡んだ。吐息が背中に当たる。暖は満ち足りた思いでうっとりと目を閉じる。
「――ああ、もう一時まわってる」
スマートフォンの時計を確認すると鴇田は苦笑した。
「明日休もうかな」
「本当にいいの?」
「あんたも休めますか?」
「うーん、取材が立て込んでいる日だったからな……」
答えるとしばらく間があった。やがて鴇田は「やっぱり行こう」と言った。
「三時間後にはもう起きなきゃいけないけど、それが生活だから」
「そうだね……」
「残業なしで帰ってきます。ここで寝てていい?」
「勿論」
ふあ、と同時にあくびをして、同時に微笑む。
「寝ようか」
「うん」
体勢を入れ替え、鴇田の腕枕で眠った。裸の胸に顔を押し付けて眠れることは鴇田にとってどれほどの衝撃だったんだろうか。そんなことを考えた。
「そっち行きます?」
「うん」
「待って、身体拭きましょう」
鴇田にタオルで拭われ、暖は目を閉じる。それから汚れた暖の布団から抜け出て、乾いた鴇田の布団に潜り込んだ。横向きになり、暖の肩甲骨から腰の辺りに顔を押し付けるようにして鴇田の腕が絡んだ。吐息が背中に当たる。暖は満ち足りた思いでうっとりと目を閉じる。
「――ああ、もう一時まわってる」
スマートフォンの時計を確認すると鴇田は苦笑した。
「明日休もうかな」
「本当にいいの?」
「あんたも休めますか?」
「うーん、取材が立て込んでいる日だったからな……」
答えるとしばらく間があった。やがて鴇田は「やっぱり行こう」と言った。
「三時間後にはもう起きなきゃいけないけど、それが生活だから」
「そうだね……」
「残業なしで帰ってきます。ここで寝てていい?」
「勿論」
ふあ、と同時にあくびをして、同時に微笑む。
「寝ようか」
「うん」
体勢を入れ替え、鴇田の腕枕で眠った。裸の胸に顔を押し付けて眠れることは鴇田にとってどれほどの衝撃だったんだろうか。そんなことを考えた。
激しいフェーン現象の後にやって来たのは冬の風だった。日に日に寒さを増して、衣類を突き通るような風が吹く。身震いして上着の襟をかき合わせ、足早に道を急ぐ。店の前まで来ると暖色のライトで看板がぽっと照らされていて、それだけでほっと息をつく。
店内に進むとカウンター席で出番を待つ鴇田の後ろ姿を見つけることが出来た。暖房の効いた店内とはいえ、黒シャツ一枚では寒そうだと思ってしまう。鴇田自身は体温というものにかなり無頓着だ。暑かろうが寒かろうが上着を変える程度で、中に来ているシャツは一年を通してもあまり変化がない。多分。
暖を認めた伊丹がカウンターの中でにこりと微笑んだ。ちょいちょいと指を指された先にある壁には、音楽仲間で撮った写真の数々が大きな一枚のフレームに収められ飾られていた。いまより若い伊丹がピアノの前に座る姿もあれば、有名なジャズミュージシャンが来日した際に店で演奏したという驚くべき写真もある。その中の新しい一枚に先月暖が撮った集合写真もあった。モノトーンで撮影しているのであまり誰とはっきり分からないようになっているが、この店の記念として残せてもらえて嬉しいと思う。
鴇田の隣に着き、スパイスの効いたホットワインとビーツのスープを頼む。温かいものを食べたかった。
「今日は寒いですね」と言うと、隣の男は「そうですか?」と真顔で訊いて来た。
「うん。昼前ぐらいから急に寒くなった。そういう日に限って外で取材があったりするんだ。あなただって外に出る仕事だろうに」
「でも基本いつも汗かいて仕事をするので」
「……そういえば冬服の鴇田さんのイメージないな」
「僕だって冬服の三倉さんのイメージはないですよ」
そう言われて、そうかと思い至る。まだ共に冬を過ごしたことがないせいだ。出会ってからの年月で言えば一年はとうに経過しているのに。
背の高いドラマーがやって来て「ふたりのところすみません」と声をかけて来た。
「あ、ごめんケント。行くよ」
「ケントさん、子育てどうですか?」
訊ねるとケントは真面目な顔で「very angel」と答えた。
「こうして店で演奏出来る時間は減りましたが、減る以上の価値が彼女にはあります」
「名前、なんて言うんでしたっけ」
「Nina。日本でもオーストラリアでも呼びやすい名前を考えました」
「ニナちゃんかあ。かわいらしい。いつか会わせてくださいね」
ケントは目尻を下げて嬉しそうに頷いた。「僕は毎晩歌を歌っています」と続ける。
「トーミからのリクエストですから、彼女には歌を覚えて欲しいのです」
「将来のボーカリストですね。楽しみがたくさんだ」
「日本で育てるのは大変だと思ったんです。子育てには息苦しい社会だと思います。住宅も狭いです。けれどいまはここで育てます。彼女がもうすこし大きくなったら、みんなで考えたいと思います」
「ああ、みんなってのはいい考えだと思いますよ。鴇田さんがひとりにならないから、僕も嬉しい」
そう言うとケントはにこりと笑った。鴇田はいつものすました顔で、でも僅かに淋しいような嬉しいような複雑な表情を見せた。いつまでも話を聞けてしまいそうだったがさすがにそうもいかないので「また後でお話聞かせてください」とミュージシャンふたりを送り出す。
「――あ、忘れてた」
ドラマーを先に追いやって、鴇田は左手に留めた腕時計を外した。それをこちらに寄越す。
「朝、出がけに暗がり探って出て来ちゃったので仕事に出てからあなたの時計だったと気づきました。すみません、困りましたよね。返します」
「してていいよ。鴇田さん間違えたんだろうなって思って、おれもあなたの時計してったし」
そう言って自身の左手に嵌まる時計を見せると、鴇田は面映いようで照れ臭そうに頭の後ろをカリカリと掻いた。
それから暖を見る。
「演奏する時はなにも身につけたくないので、持っててもらえますか?」
「分かった」
「なんかそれだけだったんですけど、今日は仕事が楽しかった。クリスマスも近いですし、そういう曲を弾きます」
「明るい気分の曲を?」
「プレゼントを贈りたくなるようなやわらかくて楽しい気分の曲を」
鴇田から時計を受け取り、背中を見送る。自分の腕に嵌まっている鴇田の時計と、返却された自身の時計を見比べる。暖の時計はいまの会社に決まった時に買ったもので、革バンドが擦り切れて一度交換したぐらいで、ずっと使っている。もう暖の腕に馴染んでいるはずのものを鴇田が一日嵌めていたと思うと、鴇田が言うように胸にじわりと喜びが湧く。
鴇田の時計はスポーツウォッチで、肉体労働者らしい選択だなと思う。ピアノを弾くときには外すので、ステージ衣装にはならない時計。それがいまは暖の腕に嵌まる。それぞれの生活の上で選び取ったものを、ふたりでいるから持ち寄る。
これから季節が進めばもっと寒くなるだろう。冬の鴇田をはじめて目にする。暖にとって神様からの贈り物のような男がピアノを鳴らしはじめた。贈り物だろうか。災厄だったかもしれない。鴇田と会わなければ妻とは別れなかったかもしれないし、そうなれば樋口ケントのように子どもを持ちでれでれと笑う自分もいたかもしれない。もうどこを探しても妻と子どものいる、温かな家庭を持つ自分はいない。鴇田といれば先がないことは確かだった。妻といたとき以上に。
けれどそれは妻と共にいる未来を想像することよりも、暖にとっては光が差している。空は変わらずずっと曇天で、海上はるか彼方まで雲が覆っている。その雲間から差し込む陽光や覗く空の青さを、暖はギフトだと思う。足元を浸す海はぬるく、どこまでも透明に浅い。天国と地獄を一度に味わうみたいな場所だと思う。
ここから先へは進めない。後戻りもしない。ぬるい水がひたひたと邪魔をする。重たい足元で繰り返し音楽が鳴る。轟々と唸って鳴りやまない。
寒い冬のさなかも体温を共有する。触れる喜びが滲む。荒天の中だったとしても傍で触れあえる。怖がりながら背を丸め、身体の内側に押し寄せるいとおしさの産声を聴く。鴇田の大好きなAの音を暖は覚えた。
音楽を耳にして、これまでに起こった最大の災厄や数々のギフトのことを考える。悪くないよ、と心の中で唱える。テーブルに置いた腕時計を見て、暖は温かなスープを口にした。
フェーン現象 End.
← 5
明日も更新します。
店内に進むとカウンター席で出番を待つ鴇田の後ろ姿を見つけることが出来た。暖房の効いた店内とはいえ、黒シャツ一枚では寒そうだと思ってしまう。鴇田自身は体温というものにかなり無頓着だ。暑かろうが寒かろうが上着を変える程度で、中に来ているシャツは一年を通してもあまり変化がない。多分。
暖を認めた伊丹がカウンターの中でにこりと微笑んだ。ちょいちょいと指を指された先にある壁には、音楽仲間で撮った写真の数々が大きな一枚のフレームに収められ飾られていた。いまより若い伊丹がピアノの前に座る姿もあれば、有名なジャズミュージシャンが来日した際に店で演奏したという驚くべき写真もある。その中の新しい一枚に先月暖が撮った集合写真もあった。モノトーンで撮影しているのであまり誰とはっきり分からないようになっているが、この店の記念として残せてもらえて嬉しいと思う。
鴇田の隣に着き、スパイスの効いたホットワインとビーツのスープを頼む。温かいものを食べたかった。
「今日は寒いですね」と言うと、隣の男は「そうですか?」と真顔で訊いて来た。
「うん。昼前ぐらいから急に寒くなった。そういう日に限って外で取材があったりするんだ。あなただって外に出る仕事だろうに」
「でも基本いつも汗かいて仕事をするので」
「……そういえば冬服の鴇田さんのイメージないな」
「僕だって冬服の三倉さんのイメージはないですよ」
そう言われて、そうかと思い至る。まだ共に冬を過ごしたことがないせいだ。出会ってからの年月で言えば一年はとうに経過しているのに。
背の高いドラマーがやって来て「ふたりのところすみません」と声をかけて来た。
「あ、ごめんケント。行くよ」
「ケントさん、子育てどうですか?」
訊ねるとケントは真面目な顔で「very angel」と答えた。
「こうして店で演奏出来る時間は減りましたが、減る以上の価値が彼女にはあります」
「名前、なんて言うんでしたっけ」
「Nina。日本でもオーストラリアでも呼びやすい名前を考えました」
「ニナちゃんかあ。かわいらしい。いつか会わせてくださいね」
ケントは目尻を下げて嬉しそうに頷いた。「僕は毎晩歌を歌っています」と続ける。
「トーミからのリクエストですから、彼女には歌を覚えて欲しいのです」
「将来のボーカリストですね。楽しみがたくさんだ」
「日本で育てるのは大変だと思ったんです。子育てには息苦しい社会だと思います。住宅も狭いです。けれどいまはここで育てます。彼女がもうすこし大きくなったら、みんなで考えたいと思います」
「ああ、みんなってのはいい考えだと思いますよ。鴇田さんがひとりにならないから、僕も嬉しい」
そう言うとケントはにこりと笑った。鴇田はいつものすました顔で、でも僅かに淋しいような嬉しいような複雑な表情を見せた。いつまでも話を聞けてしまいそうだったがさすがにそうもいかないので「また後でお話聞かせてください」とミュージシャンふたりを送り出す。
「――あ、忘れてた」
ドラマーを先に追いやって、鴇田は左手に留めた腕時計を外した。それをこちらに寄越す。
「朝、出がけに暗がり探って出て来ちゃったので仕事に出てからあなたの時計だったと気づきました。すみません、困りましたよね。返します」
「してていいよ。鴇田さん間違えたんだろうなって思って、おれもあなたの時計してったし」
そう言って自身の左手に嵌まる時計を見せると、鴇田は面映いようで照れ臭そうに頭の後ろをカリカリと掻いた。
それから暖を見る。
「演奏する時はなにも身につけたくないので、持っててもらえますか?」
「分かった」
「なんかそれだけだったんですけど、今日は仕事が楽しかった。クリスマスも近いですし、そういう曲を弾きます」
「明るい気分の曲を?」
「プレゼントを贈りたくなるようなやわらかくて楽しい気分の曲を」
鴇田から時計を受け取り、背中を見送る。自分の腕に嵌まっている鴇田の時計と、返却された自身の時計を見比べる。暖の時計はいまの会社に決まった時に買ったもので、革バンドが擦り切れて一度交換したぐらいで、ずっと使っている。もう暖の腕に馴染んでいるはずのものを鴇田が一日嵌めていたと思うと、鴇田が言うように胸にじわりと喜びが湧く。
鴇田の時計はスポーツウォッチで、肉体労働者らしい選択だなと思う。ピアノを弾くときには外すので、ステージ衣装にはならない時計。それがいまは暖の腕に嵌まる。それぞれの生活の上で選び取ったものを、ふたりでいるから持ち寄る。
これから季節が進めばもっと寒くなるだろう。冬の鴇田をはじめて目にする。暖にとって神様からの贈り物のような男がピアノを鳴らしはじめた。贈り物だろうか。災厄だったかもしれない。鴇田と会わなければ妻とは別れなかったかもしれないし、そうなれば樋口ケントのように子どもを持ちでれでれと笑う自分もいたかもしれない。もうどこを探しても妻と子どものいる、温かな家庭を持つ自分はいない。鴇田といれば先がないことは確かだった。妻といたとき以上に。
けれどそれは妻と共にいる未来を想像することよりも、暖にとっては光が差している。空は変わらずずっと曇天で、海上はるか彼方まで雲が覆っている。その雲間から差し込む陽光や覗く空の青さを、暖はギフトだと思う。足元を浸す海はぬるく、どこまでも透明に浅い。天国と地獄を一度に味わうみたいな場所だと思う。
ここから先へは進めない。後戻りもしない。ぬるい水がひたひたと邪魔をする。重たい足元で繰り返し音楽が鳴る。轟々と唸って鳴りやまない。
寒い冬のさなかも体温を共有する。触れる喜びが滲む。荒天の中だったとしても傍で触れあえる。怖がりながら背を丸め、身体の内側に押し寄せるいとおしさの産声を聴く。鴇田の大好きなAの音を暖は覚えた。
音楽を耳にして、これまでに起こった最大の災厄や数々のギフトのことを考える。悪くないよ、と心の中で唱える。テーブルに置いた腕時計を見て、暖は温かなスープを口にした。
フェーン現象 End.
← 5
明日も更新します。
「入れてくれ……」
囁いて鴇田の性器を握る。上下に扱くとたまらないのは男も同じで、ぬるぬると先走りでぬめる。だからもうこれを入れられても痛くない。きっとものすごく気持ちがいい。
「僕も分かって来たんだ」と性器を入口にあてがって、鴇田は呟いた。
「三倉さんがどういう風に触れられて、どういう入れ方でどこを引っ掛けて擦れば、気持ちがいいか」
「あっ……ああぁ……――」
ゆっくりと差し込まれ、内壁を押し上げて鴇田が進んでくる。瞬間的に力んでしまってもなじんで鴇田の形になることをもうお互いが分かっている。膝裏を掴まれ、鴇田は長いストロークで抜き差しをはじめた。押し込むたびに当たる肌が卑猥に音を出す。
ぎりぎりまで引き抜いて、引っかかりで縁を擦られると、その後への予感でぞくぞくした。
「んっ、鴇田さん、」
「これで」
浅い所をぐりぐりと刺激され、物足りなくてつま先が揺れる。
「こうされると、あんたは気持ちがいい」
「あっ、ああっ、んっ」
散々焦らされ、ひと息に押し込まれる。奥までやって来た鴇田を迎合する。内部が締まり、視界が激しく暗転と来光を繰り返す。大きく引き攣った後の痙攣が止まらなかった。
痺れた下腹を撫で、鴇田が上からこちらを覗き込んで来た。快楽を堪え、けれど喜びで目を弧にして笑っている。
「――気持ちが良かった、よね」
「……ここまで教えたかな、おれは」
出した体液が鴇田の腹も汚していて、触れあうとにちゃにちゃと粘った。いったばかりで辛い身体もいたわることなく、鴇田は小刻みに腰を動かす。
「基礎を覚えたら復習して応用を」
「ピアノもそうやって覚えた?」
「うん」
「じゃあ許す……」
鴇田が触れるピアノのように、弦が擦り切れて切れるまで触ってもらえたら幸せだと思った。この身体はいつまでもつのか分からないけれど、触れられるあいだは触れていたい。鴇田がよそのピアノに興味を示さないように、どうかおれにも飽きないで、と思う。
「鴇田さんがよその人を弾くようになっちゃったら、おれは辛くて浮気も出来ない」
そう漏らすと、鴇田は汗を浮かせた顔を近付けた。
「……って思っちゃうぐらい、重たいやつになっちゃったな……」
「よそに行かないんですね」
「うん。おれ以外を知って欲しくないのは、狭いよなあ」
「いえ、……分かる気がします」
そう言って鴇田は暖の首筋の裏を舐めた。
「僕はあんたしか知りたくないです。全部あんたで覚えて、全部あんたで知った。未来のことを考えても分からないから仕方がないけど、他はどうとか、知りたいと思わない」
「おれの身体、好き?」
「とても。でもあんたを知らないまま知りたかったことではないです。あんたじゃないなら、知らなくていい。僕にとって触れることは、そういうこと」
「なら、あなたと会えてよかったな……」
肉の快楽を知らないままの鴇田。それで一生を終えるより、誰かとでもいいから知ってほしかったとはもう思えない。暖が教えた快楽でしか溺れない鴇田は、井の中の蛙なのかもしれない。大海を知らない。されど空の青さを知る。荘子の言葉に誰が後付けしたかまでは知らないが、そういう意味も悪くない。
暖のことならなんでも知っている。細胞核まで見えてしまうような繊細で根気強い観察で。
小刻みなリズムのままするキスは気持ちが良かった。角度を何度も変えて互いの口腔を貪る。肉の快楽と精神的な充足を一度に与えられて、暖はもう行き場がない。これ以上どこにも道はなく、ただ恐ろしいほどの深さだけが待っている。
びくびくと身体を引き攣らせながら鴇田の背を掻く。しがみつくことしか出来ない。息継ぎで唇を離した鴇田は、自身の欲を高めるために体勢を変える。ぐるりと反転してうつぶせにされた。
いったん引き抜いたものを、背後から押し込まれる。もう挿入になんの障害もない。本格的な注挿に背筋が痺れてたまらず、硬く張り詰めた自身の性器を握りこんだ。
「――あんたはこっちも感じる」
「んんっ」
押し潰すように内部を揉まれ、蹂躙される。これがちっとも嫌じゃない。いかれていると思うのだけど、鴇田とだから許してしまう。鴇田じゃない誰かとこんなのはあり得なかった。
鴇田の動きが激しさを増す。暖はそれに合わせて自身を懸命に扱く。シーツに顔を押し付けて、また沸点がちらつく。夢中で擦っていると手を取られ、後ろでまとめられてしまった。
「なんで……」
「触らないで」
「じゃあ鴇田さんが触ってよ……」
「いや、僕は」鴇田は両腕をしっかりと掴むと、腰を大きくスライドさせた。「触らない」
「あっ」
「あんたが一番気持ちがいいところを見たい」
「あっ、やだっ……」
「僕でおかしくなれるならなってほしい――」
あとはもう追い詰められるだけだった。普段は薄まって存在も分からないような性感を火で炙り、どんどんと濃く煮詰めていく。沸騰してぼこぼこと膨らんで破裂しているのに、もっと見たい、もっと鳴って、と鴇田は火を加え続ける。
その沸騰は、焦げ付かずにきちんと飲み干された。甘く粘った暖の性感を、鴇田は引き受ける。激しく何度も腰を打ち付けられ、届かない奥を許して、暖は声も出せずに痙攣する。その収縮に鴇田も身体を委ねて、一番奥で射精された。
鴇田の性器が脈打っているのさえ分かる。たっぷりと注がれて、戒められていた腕が解ける。高く上げていた腰が崩れ、鴇田の性器も抜けた。受け入れていた口から体液が流れ落ちるのが分かる。
荒い呼吸のまま、痺れた身体を無理に動かして鴇田にひざまずき、先ほどまで自分の中を苛んでいた性器を口に含んだ。
「ん……三倉さん、」
あえて卑猥な音を立てて、残滓を残らす吸引する。鴇田の手は優しく暖の髪をまさぐった。幹やその下の丸みまで丁寧に舐めて、暖は唇を離す。
「……うん、美味しくない」
感想を漏らすと鴇田は困った顔で笑った。舌を覗かせて見せると、そこに噛み付くようにしてキスをされる。暖が味わったものを鴇田も味わおうとしているかのようだった。舌を擦り合わせ、唇を押し付けて、ようやく離れる。
額同士を合わせて、目を見合う。何度見ても真夜中の鴇田の目は暗すぎて怖くなる。底の見えない凪いだ湖を覗き込んでいるかのような恐ろしさがある。しんと静かであるのに情熱が宿っていることもまた、暖を得体の知れない背徳に巻き込む。ぞくぞくする。
どちらからともなく布団に倒れ込む。身体もびっしょりと濡れているが、シーツも暖の放った精液や体液、ジェルなどで濡れている。鴇田が事後の後処理をしようと枕元のタオルに手を伸ばす。「やってしまった」と苦笑すると、鴇田は怪訝そうな顔でこちらを見た。
← 4
→ 6
囁いて鴇田の性器を握る。上下に扱くとたまらないのは男も同じで、ぬるぬると先走りでぬめる。だからもうこれを入れられても痛くない。きっとものすごく気持ちがいい。
「僕も分かって来たんだ」と性器を入口にあてがって、鴇田は呟いた。
「三倉さんがどういう風に触れられて、どういう入れ方でどこを引っ掛けて擦れば、気持ちがいいか」
「あっ……ああぁ……――」
ゆっくりと差し込まれ、内壁を押し上げて鴇田が進んでくる。瞬間的に力んでしまってもなじんで鴇田の形になることをもうお互いが分かっている。膝裏を掴まれ、鴇田は長いストロークで抜き差しをはじめた。押し込むたびに当たる肌が卑猥に音を出す。
ぎりぎりまで引き抜いて、引っかかりで縁を擦られると、その後への予感でぞくぞくした。
「んっ、鴇田さん、」
「これで」
浅い所をぐりぐりと刺激され、物足りなくてつま先が揺れる。
「こうされると、あんたは気持ちがいい」
「あっ、ああっ、んっ」
散々焦らされ、ひと息に押し込まれる。奥までやって来た鴇田を迎合する。内部が締まり、視界が激しく暗転と来光を繰り返す。大きく引き攣った後の痙攣が止まらなかった。
痺れた下腹を撫で、鴇田が上からこちらを覗き込んで来た。快楽を堪え、けれど喜びで目を弧にして笑っている。
「――気持ちが良かった、よね」
「……ここまで教えたかな、おれは」
出した体液が鴇田の腹も汚していて、触れあうとにちゃにちゃと粘った。いったばかりで辛い身体もいたわることなく、鴇田は小刻みに腰を動かす。
「基礎を覚えたら復習して応用を」
「ピアノもそうやって覚えた?」
「うん」
「じゃあ許す……」
鴇田が触れるピアノのように、弦が擦り切れて切れるまで触ってもらえたら幸せだと思った。この身体はいつまでもつのか分からないけれど、触れられるあいだは触れていたい。鴇田がよそのピアノに興味を示さないように、どうかおれにも飽きないで、と思う。
「鴇田さんがよその人を弾くようになっちゃったら、おれは辛くて浮気も出来ない」
そう漏らすと、鴇田は汗を浮かせた顔を近付けた。
「……って思っちゃうぐらい、重たいやつになっちゃったな……」
「よそに行かないんですね」
「うん。おれ以外を知って欲しくないのは、狭いよなあ」
「いえ、……分かる気がします」
そう言って鴇田は暖の首筋の裏を舐めた。
「僕はあんたしか知りたくないです。全部あんたで覚えて、全部あんたで知った。未来のことを考えても分からないから仕方がないけど、他はどうとか、知りたいと思わない」
「おれの身体、好き?」
「とても。でもあんたを知らないまま知りたかったことではないです。あんたじゃないなら、知らなくていい。僕にとって触れることは、そういうこと」
「なら、あなたと会えてよかったな……」
肉の快楽を知らないままの鴇田。それで一生を終えるより、誰かとでもいいから知ってほしかったとはもう思えない。暖が教えた快楽でしか溺れない鴇田は、井の中の蛙なのかもしれない。大海を知らない。されど空の青さを知る。荘子の言葉に誰が後付けしたかまでは知らないが、そういう意味も悪くない。
暖のことならなんでも知っている。細胞核まで見えてしまうような繊細で根気強い観察で。
小刻みなリズムのままするキスは気持ちが良かった。角度を何度も変えて互いの口腔を貪る。肉の快楽と精神的な充足を一度に与えられて、暖はもう行き場がない。これ以上どこにも道はなく、ただ恐ろしいほどの深さだけが待っている。
びくびくと身体を引き攣らせながら鴇田の背を掻く。しがみつくことしか出来ない。息継ぎで唇を離した鴇田は、自身の欲を高めるために体勢を変える。ぐるりと反転してうつぶせにされた。
いったん引き抜いたものを、背後から押し込まれる。もう挿入になんの障害もない。本格的な注挿に背筋が痺れてたまらず、硬く張り詰めた自身の性器を握りこんだ。
「――あんたはこっちも感じる」
「んんっ」
押し潰すように内部を揉まれ、蹂躙される。これがちっとも嫌じゃない。いかれていると思うのだけど、鴇田とだから許してしまう。鴇田じゃない誰かとこんなのはあり得なかった。
鴇田の動きが激しさを増す。暖はそれに合わせて自身を懸命に扱く。シーツに顔を押し付けて、また沸点がちらつく。夢中で擦っていると手を取られ、後ろでまとめられてしまった。
「なんで……」
「触らないで」
「じゃあ鴇田さんが触ってよ……」
「いや、僕は」鴇田は両腕をしっかりと掴むと、腰を大きくスライドさせた。「触らない」
「あっ」
「あんたが一番気持ちがいいところを見たい」
「あっ、やだっ……」
「僕でおかしくなれるならなってほしい――」
あとはもう追い詰められるだけだった。普段は薄まって存在も分からないような性感を火で炙り、どんどんと濃く煮詰めていく。沸騰してぼこぼこと膨らんで破裂しているのに、もっと見たい、もっと鳴って、と鴇田は火を加え続ける。
その沸騰は、焦げ付かずにきちんと飲み干された。甘く粘った暖の性感を、鴇田は引き受ける。激しく何度も腰を打ち付けられ、届かない奥を許して、暖は声も出せずに痙攣する。その収縮に鴇田も身体を委ねて、一番奥で射精された。
鴇田の性器が脈打っているのさえ分かる。たっぷりと注がれて、戒められていた腕が解ける。高く上げていた腰が崩れ、鴇田の性器も抜けた。受け入れていた口から体液が流れ落ちるのが分かる。
荒い呼吸のまま、痺れた身体を無理に動かして鴇田にひざまずき、先ほどまで自分の中を苛んでいた性器を口に含んだ。
「ん……三倉さん、」
あえて卑猥な音を立てて、残滓を残らす吸引する。鴇田の手は優しく暖の髪をまさぐった。幹やその下の丸みまで丁寧に舐めて、暖は唇を離す。
「……うん、美味しくない」
感想を漏らすと鴇田は困った顔で笑った。舌を覗かせて見せると、そこに噛み付くようにしてキスをされる。暖が味わったものを鴇田も味わおうとしているかのようだった。舌を擦り合わせ、唇を押し付けて、ようやく離れる。
額同士を合わせて、目を見合う。何度見ても真夜中の鴇田の目は暗すぎて怖くなる。底の見えない凪いだ湖を覗き込んでいるかのような恐ろしさがある。しんと静かであるのに情熱が宿っていることもまた、暖を得体の知れない背徳に巻き込む。ぞくぞくする。
どちらからともなく布団に倒れ込む。身体もびっしょりと濡れているが、シーツも暖の放った精液や体液、ジェルなどで濡れている。鴇田が事後の後処理をしようと枕元のタオルに手を伸ばす。「やってしまった」と苦笑すると、鴇田は怪訝そうな顔でこちらを見た。
← 4
→ 6
「これからいいところだったんですけど」
「あれは? あれ弾ける? 魔笛」
なんとなく身体の感覚を離す必要がある気がして話題を変えた。これ以上無邪気なまま演奏されても身がもたない。
鴇田はきょとんとしてみせたが、すぐに真面目な顔で「オペラですね」と答えた。
「有名なアリアの部分しか覚えがないです」
「あ、でも弾けるんだ?」
「オケパートも歌手のソロも全部を弾けるわけではないですけど、多分」
「おれ、魔笛だけは観に行ったんです。だから覚えてる」
寝転んで笑うと話を聞く気になったようで、鴇田も隣に寝そべった。
「もっともおれも鴇田さんと同じで、有名なアリアのところしか覚えてない。夜の女王が歌うところ」
「ソプラノ歌手最大の技術が試されるところですよね」
「うん。ものすごい高い音を人間が出してるのがすごい。大学の授業で行ったんだ」
そう言うとそれが意外だったのか、鴇田は身じろいだ。
「……蒼生子さんと観劇に行ったのかと」
「彼女とオペラを見に行ったことはないです。大学のね、一般教養の授業だったんですけどね。音楽と文化を楽しむみたいな内容で。魔笛の公演が近くの劇場であるから来れるなら来なさい、レポート出したら今後の出席がなくてもこの授業の単位は認定にします、っていう授業だった。オペラを聴きに行くんだからちゃんとした格好でって言われて、入学式に着たリクルートスーツで行ったよ。当時付き合ってた彼女に『塾講師のバイトの面接にでも行くの?』って笑われました」
「……蒼生子さんではない彼女?」
「うん。大学一年のときに付き合ってた彼女……あ、いやですね、こういう話は」
「いえ、」
「ごめん、やめようか」
「違います。話してください。大学時代のあんたの話を聞きたい」
暖は目を閉じる。またやってしまったと反省したが、彼女のことを久々に思い出した。蒼生子との生活が長すぎたせいで思い出せないかと思うような存在だったが、なんとなくまるっこい身体つきの朗らかな子だったな、と思い出せた。思い出せてよかった。
「ふたりで観に行ったんですか?」と鴇田は訊く。
「いや、同じ授業を取ってたから、その授業の選択者みんなで観に行きましたよ。……彼女と席は隣だった。彼女は緑色のワンピースを着ていてさ。照れ臭くてつい『あなたは孔雀みたいだね』って言っちゃったんだけど、本当はあの派手な緑が似合ってた。そう言うべきだったな」
思い出すだけ思い出して、目を開ける。鴇田がこちらを険しい目つきで覗き込んでいた。頭の後ろに手を引っ掛けて、顔を近づける。「ただの思い出話ですから」と伏し目がちに囁く。
「よくないよね、おれのこういうところ」
「いえ、……蒼生子さん以外の人の話を聞いたからびっくりしたけど、新鮮で面白かった」
鴇田の顔はそのまま暖の胸板の上に収まった。
「違う人の話を聞けて、実はすこしほっとした。全部あの人だったわけじゃないんだなって」
言うなり鴇田は起き上がり、暖を見下ろすようにして腹の上に手を置いた。タン、と指を下ろす。二本の腕、五本ずつの指を順番に暖の上に落としていく。
「夜の女王のアリア。うろ覚えですけど、弾きましょうか」
「うん……」
答えると、トトトトと勢いよく左手がリズムを刻んだ。右手がアリアを歌う。歌のはじめを思い出せなかったが、リズムと運指と、歌そのものの力強い指で次第に音を追えるようになった。夜の女王がアリアを歌う。一番高いところへ、もっと高いところへ。さらにその先へ――胸元でわだかまっていたシャツが鴇田の指を邪魔してつまずかせ、鴇田は大事な音が鳴らないことへ苛立つかのように「服が邪魔」と言った。
「脱いで」
「……おれが脱ぐならあなたも脱いで」
「どうして?」
「そういうものだから」
鴇田の手でシャツを剥かれ、その指で鴇田は自身のシャツも脱いで半裸になった。スタンドの暖色系の明かりに素肌が照らされ、濃い陰影が落ちる。キスをしたいと思ったが叶えられず、また横たえられて、鴇田は暖の胸から腹を自在に叩く。
夜の女王が歌う。外部ではなんの音もしないのに、身体の内側で彼女は激しく身を震わせて歌っていた。
「……ん、」
「しっとりしてきた」
アリアを肌の上で鳴らしながら、鴇田が呟く。
「三倉さんの肌が熱い」
「こんなに触られたらだめになるんだって」
「感触がやわらかくて弾きやすい。いつまでも弾けそう」
「だめ。そんなことされたらおれはもたない。……もういいから、」
動く鴇田の手を握る。期待を込めて指の動きを止めると、あっさりと握り返された。指を絡ませ、目を見合って唇を合わせる。触れ合う熱と弾力にうっとりした。こんなに薄い唇なのに鴇田とするキスは気持ちがいい。
腕を鴇田の背にまわす。裸の胸同士がぴったりと密着した。暖は笑う。「ん?」とキスを解いて鴇田が訊ねる。
「だんだんあなたのことが分かってきたな、って思ったからさ。こことここが」
そう言って暖は背に回した手を鴇田の胸に置いた。
「きちんと触れ合うとあなたは安心する。これを嫌だって思う夜はもう触れられないけど、今夜は嬉しいと思ってる。もっと触りたがってる。……そうだよね」
「……当たり。よく分かりましたね」
「観察と気づきのたまもの。ご褒美が欲しい」
そう言うと、鴇田は暖の胸にダイレクトに頭をつけた。心臓の音を聴いている。それから胸の先を指で遊び、転がして口に含んだ。舌でしゃぶられて暖は声を堪えられない。
熱を帯びはじめた下半身をお互いに擦り付けるように揺らす。鴇田の指はスウェットの中に入り、暖の指もそれを追って重なった。自分のを触らせながら、男のものもまさぐる。下着をずらして性器を露出させると、ひとまとめに握り込まれ、息が詰まる。
「もっと奥」暖は鴇田の手を最奥へと触れさせた。「触って」
「……明日仕事だよ。辛くない?」
「辛くないようにしてよ」
「難しいな」
鴇田は困ったように笑った。
「加減が分からなくなるんだ。三倉さんは僕でこうなってしまうんだと思うと、……際限なく触りたいと思う。ここを押したらどうなるとか、擦るとこうなるとか、なんでも知りたいし、鳴らしたい」
「……じゃあ、明日はふたりでさぼってしまおう」
「たまんない提案だな……」
「来て。してよ……――」
鴇田の指は迷うそぶりだったが、腰を揺らすと明確な意図を示して暖の奥を押した。伸び上がって枕元に置いてある引き出しからジェルを取り出す。それを垂らし、手の中で遊んでからぬるりと指が進入してきた。もう準備もなしに指を飲み込める。鴇田をどこまで信用してしまうんだろうかと、怖くなるような。
「ん、……んう、」
「もっとひらけ……」
上下に揺すられて鴇田の望み通りに身体はひらいていく。もう鴇田の指だったら何本でも飲み込めそうで、貪欲になっていく入口に別のものが欲しくてたまらない。指では届かない奥の奥を侵せるものを望んで、熱心に後ろを探る鴇田の耳を食んだ。
← 3
→ 5
今日の一曲(別窓)
「あれは? あれ弾ける? 魔笛」
なんとなく身体の感覚を離す必要がある気がして話題を変えた。これ以上無邪気なまま演奏されても身がもたない。
鴇田はきょとんとしてみせたが、すぐに真面目な顔で「オペラですね」と答えた。
「有名なアリアの部分しか覚えがないです」
「あ、でも弾けるんだ?」
「オケパートも歌手のソロも全部を弾けるわけではないですけど、多分」
「おれ、魔笛だけは観に行ったんです。だから覚えてる」
寝転んで笑うと話を聞く気になったようで、鴇田も隣に寝そべった。
「もっともおれも鴇田さんと同じで、有名なアリアのところしか覚えてない。夜の女王が歌うところ」
「ソプラノ歌手最大の技術が試されるところですよね」
「うん。ものすごい高い音を人間が出してるのがすごい。大学の授業で行ったんだ」
そう言うとそれが意外だったのか、鴇田は身じろいだ。
「……蒼生子さんと観劇に行ったのかと」
「彼女とオペラを見に行ったことはないです。大学のね、一般教養の授業だったんですけどね。音楽と文化を楽しむみたいな内容で。魔笛の公演が近くの劇場であるから来れるなら来なさい、レポート出したら今後の出席がなくてもこの授業の単位は認定にします、っていう授業だった。オペラを聴きに行くんだからちゃんとした格好でって言われて、入学式に着たリクルートスーツで行ったよ。当時付き合ってた彼女に『塾講師のバイトの面接にでも行くの?』って笑われました」
「……蒼生子さんではない彼女?」
「うん。大学一年のときに付き合ってた彼女……あ、いやですね、こういう話は」
「いえ、」
「ごめん、やめようか」
「違います。話してください。大学時代のあんたの話を聞きたい」
暖は目を閉じる。またやってしまったと反省したが、彼女のことを久々に思い出した。蒼生子との生活が長すぎたせいで思い出せないかと思うような存在だったが、なんとなくまるっこい身体つきの朗らかな子だったな、と思い出せた。思い出せてよかった。
「ふたりで観に行ったんですか?」と鴇田は訊く。
「いや、同じ授業を取ってたから、その授業の選択者みんなで観に行きましたよ。……彼女と席は隣だった。彼女は緑色のワンピースを着ていてさ。照れ臭くてつい『あなたは孔雀みたいだね』って言っちゃったんだけど、本当はあの派手な緑が似合ってた。そう言うべきだったな」
思い出すだけ思い出して、目を開ける。鴇田がこちらを険しい目つきで覗き込んでいた。頭の後ろに手を引っ掛けて、顔を近づける。「ただの思い出話ですから」と伏し目がちに囁く。
「よくないよね、おれのこういうところ」
「いえ、……蒼生子さん以外の人の話を聞いたからびっくりしたけど、新鮮で面白かった」
鴇田の顔はそのまま暖の胸板の上に収まった。
「違う人の話を聞けて、実はすこしほっとした。全部あの人だったわけじゃないんだなって」
言うなり鴇田は起き上がり、暖を見下ろすようにして腹の上に手を置いた。タン、と指を下ろす。二本の腕、五本ずつの指を順番に暖の上に落としていく。
「夜の女王のアリア。うろ覚えですけど、弾きましょうか」
「うん……」
答えると、トトトトと勢いよく左手がリズムを刻んだ。右手がアリアを歌う。歌のはじめを思い出せなかったが、リズムと運指と、歌そのものの力強い指で次第に音を追えるようになった。夜の女王がアリアを歌う。一番高いところへ、もっと高いところへ。さらにその先へ――胸元でわだかまっていたシャツが鴇田の指を邪魔してつまずかせ、鴇田は大事な音が鳴らないことへ苛立つかのように「服が邪魔」と言った。
「脱いで」
「……おれが脱ぐならあなたも脱いで」
「どうして?」
「そういうものだから」
鴇田の手でシャツを剥かれ、その指で鴇田は自身のシャツも脱いで半裸になった。スタンドの暖色系の明かりに素肌が照らされ、濃い陰影が落ちる。キスをしたいと思ったが叶えられず、また横たえられて、鴇田は暖の胸から腹を自在に叩く。
夜の女王が歌う。外部ではなんの音もしないのに、身体の内側で彼女は激しく身を震わせて歌っていた。
「……ん、」
「しっとりしてきた」
アリアを肌の上で鳴らしながら、鴇田が呟く。
「三倉さんの肌が熱い」
「こんなに触られたらだめになるんだって」
「感触がやわらかくて弾きやすい。いつまでも弾けそう」
「だめ。そんなことされたらおれはもたない。……もういいから、」
動く鴇田の手を握る。期待を込めて指の動きを止めると、あっさりと握り返された。指を絡ませ、目を見合って唇を合わせる。触れ合う熱と弾力にうっとりした。こんなに薄い唇なのに鴇田とするキスは気持ちがいい。
腕を鴇田の背にまわす。裸の胸同士がぴったりと密着した。暖は笑う。「ん?」とキスを解いて鴇田が訊ねる。
「だんだんあなたのことが分かってきたな、って思ったからさ。こことここが」
そう言って暖は背に回した手を鴇田の胸に置いた。
「きちんと触れ合うとあなたは安心する。これを嫌だって思う夜はもう触れられないけど、今夜は嬉しいと思ってる。もっと触りたがってる。……そうだよね」
「……当たり。よく分かりましたね」
「観察と気づきのたまもの。ご褒美が欲しい」
そう言うと、鴇田は暖の胸にダイレクトに頭をつけた。心臓の音を聴いている。それから胸の先を指で遊び、転がして口に含んだ。舌でしゃぶられて暖は声を堪えられない。
熱を帯びはじめた下半身をお互いに擦り付けるように揺らす。鴇田の指はスウェットの中に入り、暖の指もそれを追って重なった。自分のを触らせながら、男のものもまさぐる。下着をずらして性器を露出させると、ひとまとめに握り込まれ、息が詰まる。
「もっと奥」暖は鴇田の手を最奥へと触れさせた。「触って」
「……明日仕事だよ。辛くない?」
「辛くないようにしてよ」
「難しいな」
鴇田は困ったように笑った。
「加減が分からなくなるんだ。三倉さんは僕でこうなってしまうんだと思うと、……際限なく触りたいと思う。ここを押したらどうなるとか、擦るとこうなるとか、なんでも知りたいし、鳴らしたい」
「……じゃあ、明日はふたりでさぼってしまおう」
「たまんない提案だな……」
「来て。してよ……――」
鴇田の指は迷うそぶりだったが、腰を揺らすと明確な意図を示して暖の奥を押した。伸び上がって枕元に置いてある引き出しからジェルを取り出す。それを垂らし、手の中で遊んでからぬるりと指が進入してきた。もう準備もなしに指を飲み込める。鴇田をどこまで信用してしまうんだろうかと、怖くなるような。
「ん、……んう、」
「もっとひらけ……」
上下に揺すられて鴇田の望み通りに身体はひらいていく。もう鴇田の指だったら何本でも飲み込めそうで、貪欲になっていく入口に別のものが欲しくてたまらない。指では届かない奥の奥を侵せるものを望んで、熱心に後ろを探る鴇田の耳を食んだ。
← 3
→ 5
今日の一曲(別窓)
「クーンは作曲家としての名声を得ていくんだけど、オムトとゲルトルートの婚姻はうまく続かなかった。オムトは次第に酒に溺れるようになる。ゲルトルートは実家に戻ってきてね。それでも彼を愛しているから、ちょっと離れるだけだと言い張る。クーンはオムトに会いにいく。ふたりでとびきりはしゃいで、その翌日にオムトは自殺する」
「……」
「ゲルトルートはオムトの葬儀で涙を見せなかった。徹底して強く美しい女性として描かれるんだよ。クーンは友人を失い、ゲルトルートに純粋な恋をしたまま……そんな話」
鴇田は黙った。ヴァイオリンをケースに仕舞う。仕舞いながら「難しいですね」と言った。
「そんなに純粋な気持ちのままで人を好きになれない。好きになった人が友人と結婚してしまったら僕はやりきれないと思う。……違うか。あんたに当てこするわけじゃないけど、僕はやりきれなかった」
「……いい。あなたに辛い思いをさせたのは事実だから」
「謝ってほしいわけじゃないですからね。……でも、だからやっぱり、それでも友情を保とうとした主人公はたまらないだろうし、やりきれないですね」
「うん。おれもそう思う。……彼は音楽に救われている、と思っておれは読みました。音楽があるからゲルトルートへの恋を友情に出来たし、オムトとも友情でいられた。音楽はいいねっていう雑な感想になってしまうのは避けたいけれど、やはりその人の精神に豊かに流れるものだと思う。――オムトの言だけど、人生は老いた方が豊かになる、というようなことを言っていて」
「若い方が辛いってこと?」
「焦ってろくなことがない、というようなことかな。余裕がない。オムトは老いる前に自死を選ぶのだけど、クーンはちゃんと老いて、母親とか、友人の妹とか、いろんな人の死を看取る。そのときクーンもオムトの言葉を回想するんだ。それで、終わる」
「どっちがいいのかなんて、分からないですよ」
「そうだね。若くして死ねば惜しまれることが多いけれど、その人それぞれに寿命はあるから。まあ、死ぬ時に苦しくなければいいなってぐらいをおれは思うかな」
「面白そうですね」
「ん?」
なにに対して言われているのかが分からず、鴇田を見る。
「本。僕もやっぱり読んでみようかな」
「いいと思いますよ。いろんな訳も出ていて、こういう全集じゃない方が読みやすいと思う。良さそうなのを探しておきましょうか」
「うん。ありがとう」
鴇田は頷いた。時計を見ると午後十一時をまわろうかという時間だった。
「あなたは明日仕事だったね。いつまでも喋ってないで休もうか」
「あんたも仕事ですか?」
「うん。でもおれはあなたほど早くはないからね」
「泊まってっていい?」
「聞くなそんな野暮なこと」
リビングの電気を消し、隣室に移る。ここへ越してきたばかりのころはベッドはなく、床に直に布団を敷いて寝ていた。鴇田とこうなったからダブルベッドを買おうか、という考えもあった。けれど現状、ベッドを運び込む手間を惜しんで結局は床に布団を敷いて眠っている。シングルの布団を二組敷く旅館スタイル。でもベッドから落ちずに隣へ移動できるからわりと気に入っている。
スタンドの明かりだけを灯して、部屋の電灯は消す。揃ってそれぞれの布団に潜ったが、すこしして鴇田が「そっち行っていい?」と訊いてきた。
「歓迎」
布団の上掛けを持ち上げると、鴇田が隣へ潜り込んでくる。鴇田には触れることがどうしても怖くて抵抗のある時と、無性に触れたくてたまらなくなる時とがあるようで、今日は後者だったな、と嬉しく思う。普段の生活に触れ合いが全くないわけではないけれど、鴇田のコンディションを誤るとお互いに面白くない思いをすることだけは分かったから、出来るだけ飢えは素直に伝えて、その上で了解します、出来ません、というようなやりとりをするようになった。鴇田はこの「むらっ気」を嫌に思っているようだが、いつでもウェルカムで触れられるより暖はこの状況を楽しんでいる。暖を大事に思いながら苦悩する鴇田を、ひとりで悩ませるよりはずっといい。飢えを伝えて叶えられない時は淋しいと思うし身体も辛いが、それでも鴇田はその時出来る最大限で暖を許す。その許容が暖には優しい。
鴇田は暖の身体を抱くと、首筋に顔を埋めた。今日は徹底して触れたいバージョンらしい。シャツの襟首から鼻先を突っ込み、ちらりと舐める。ぞくぞくして声が出た。
「鴇田さんって、そういえば」
髪を梳きながら呼ぶと鴇田は首筋に頬をくっつけたまま「なに?」と答えた。
「クラシックも弾けるんですよね」
「入口はそこでしたから。もっとも歌謡曲も唱歌もカントリーミュージックも、好きならなんでもですけど」
「モーツァルト弾ける?」
「モーツァルトのなにを?」
「なんだろ? おれもクラシックに明るいわけじゃないんだけど、なにか。なんでも」
「モーツァルトは色々と有名な曲がありますよ。どうして?」
そう訊かれたので暖は目を閉じたまま笑った。
「『ゲルトルート』にたびたび出てくるから」
「さっきの小説?」
「うん。曲じゃないけど、文言がね」
鴇田はしばらく考え、身体を起こした。布団を剥ぎ、暖をうつ伏せに寝転がすと、シャツをたくし上げて背中をあらわにさせた。
「なに?」
「弾くので当ててください」
「モーツァルトを?」
「うん」
とん、と鴇田の指が力強く背中の一点に落ちる。指の腹で思いのほか強い音が鳴った気がした。実際には肌を弾かれているだけなのだけど、鴇田から受けるいつどんな愛撫よりも心臓に迫って苦しくて、下腹部がずきりと痛んだ。
トン、ト、トン、と独特のリズムが背中で踊る。刻まれたリズムで瞬間的に閃くものがあった。
「知ってるけど曲名が出てこない。ラー、ララー、ララララララー、てやつ」
「当たり」頭上で微笑むような吐息の音がした。指は強弱をつけながらリズミカルに落とされる。
「アイネクライネナハトムジーク。第一楽章、アレグロ」
「ああ、それ。どういう意味?」
「小夜曲、だそうです。ちいさな夜の曲」
「いまみたいな?」
「かもしれません」
左手で素早くリズムを刻まれ、尾骶骨の辺りが怪しくなる。うつぶせにされているのが惜しかった。仰向けで腹の上で演奏されていたら演奏に夢中になる鴇田の表情をよくよく眺めることが出来たかな、と。もっとも自分の顔まで見られるのは恥ずかしいからこのままでいいか。
音の鳴らない背を叩かれて、暖は自身が鳴らす喉の音やなまめかしい吐息の方が聞こえてしまうんじゃないかと気が気ではなかった。鴇田は構わないのかひたすら指を落とす。彼の中に響いているだろう音楽のことを想像し、出来る限りで同調を試みた。しばらくして指は止まり、続いて「第二問」と言って別のリズムが叩かれた。
はじめは単純だった。右手も左手もとてもシンプル。けれど急に曲でも変わったのかと思うぐらいに指が跳ね回り、冗談でなく声が出た。指はぱちぱちと暖の肌を情熱的に跳ねる。かと思いきや大人しくなり、とはいえ左手が凄まじい運指で背骨を伝い下りる。なんの曲を鳴らされているのか分からず、指の腹で押されても、爪先で弾かれても、なにをされても感じてしまうのは大いに問題だった。
「分かんない」漏れ出そうになる声を押し隠して平常のふりで喋る。
「知ってるはずですよ。きらきら星」
「え? ホント?」確かに知っている。
「指の動きだけ追ってたら想像つきませんか? きらきら星変奏曲っていう曲です。いろんなバリエーションのきらきら星の曲」
「これもモーツァルト?」
「僕の記憶が正しければ」
指は止まらず、散々跳ね回っては暖の肌を粟立たせる。もう変化は悟られているような気がして、鴇田の指から剥がれるように身体を転がして無理に音楽を止めた。仰向けになると下になっていた箇所に風が通って、すうすうと涼しく感じた。鴇田と目が合う。演奏を途中で止められて不満そうだった。
← 2
→ 4
今日の一曲(別窓)
今日のもう一曲(別窓)
「……」
「ゲルトルートはオムトの葬儀で涙を見せなかった。徹底して強く美しい女性として描かれるんだよ。クーンは友人を失い、ゲルトルートに純粋な恋をしたまま……そんな話」
鴇田は黙った。ヴァイオリンをケースに仕舞う。仕舞いながら「難しいですね」と言った。
「そんなに純粋な気持ちのままで人を好きになれない。好きになった人が友人と結婚してしまったら僕はやりきれないと思う。……違うか。あんたに当てこするわけじゃないけど、僕はやりきれなかった」
「……いい。あなたに辛い思いをさせたのは事実だから」
「謝ってほしいわけじゃないですからね。……でも、だからやっぱり、それでも友情を保とうとした主人公はたまらないだろうし、やりきれないですね」
「うん。おれもそう思う。……彼は音楽に救われている、と思っておれは読みました。音楽があるからゲルトルートへの恋を友情に出来たし、オムトとも友情でいられた。音楽はいいねっていう雑な感想になってしまうのは避けたいけれど、やはりその人の精神に豊かに流れるものだと思う。――オムトの言だけど、人生は老いた方が豊かになる、というようなことを言っていて」
「若い方が辛いってこと?」
「焦ってろくなことがない、というようなことかな。余裕がない。オムトは老いる前に自死を選ぶのだけど、クーンはちゃんと老いて、母親とか、友人の妹とか、いろんな人の死を看取る。そのときクーンもオムトの言葉を回想するんだ。それで、終わる」
「どっちがいいのかなんて、分からないですよ」
「そうだね。若くして死ねば惜しまれることが多いけれど、その人それぞれに寿命はあるから。まあ、死ぬ時に苦しくなければいいなってぐらいをおれは思うかな」
「面白そうですね」
「ん?」
なにに対して言われているのかが分からず、鴇田を見る。
「本。僕もやっぱり読んでみようかな」
「いいと思いますよ。いろんな訳も出ていて、こういう全集じゃない方が読みやすいと思う。良さそうなのを探しておきましょうか」
「うん。ありがとう」
鴇田は頷いた。時計を見ると午後十一時をまわろうかという時間だった。
「あなたは明日仕事だったね。いつまでも喋ってないで休もうか」
「あんたも仕事ですか?」
「うん。でもおれはあなたほど早くはないからね」
「泊まってっていい?」
「聞くなそんな野暮なこと」
リビングの電気を消し、隣室に移る。ここへ越してきたばかりのころはベッドはなく、床に直に布団を敷いて寝ていた。鴇田とこうなったからダブルベッドを買おうか、という考えもあった。けれど現状、ベッドを運び込む手間を惜しんで結局は床に布団を敷いて眠っている。シングルの布団を二組敷く旅館スタイル。でもベッドから落ちずに隣へ移動できるからわりと気に入っている。
スタンドの明かりだけを灯して、部屋の電灯は消す。揃ってそれぞれの布団に潜ったが、すこしして鴇田が「そっち行っていい?」と訊いてきた。
「歓迎」
布団の上掛けを持ち上げると、鴇田が隣へ潜り込んでくる。鴇田には触れることがどうしても怖くて抵抗のある時と、無性に触れたくてたまらなくなる時とがあるようで、今日は後者だったな、と嬉しく思う。普段の生活に触れ合いが全くないわけではないけれど、鴇田のコンディションを誤るとお互いに面白くない思いをすることだけは分かったから、出来るだけ飢えは素直に伝えて、その上で了解します、出来ません、というようなやりとりをするようになった。鴇田はこの「むらっ気」を嫌に思っているようだが、いつでもウェルカムで触れられるより暖はこの状況を楽しんでいる。暖を大事に思いながら苦悩する鴇田を、ひとりで悩ませるよりはずっといい。飢えを伝えて叶えられない時は淋しいと思うし身体も辛いが、それでも鴇田はその時出来る最大限で暖を許す。その許容が暖には優しい。
鴇田は暖の身体を抱くと、首筋に顔を埋めた。今日は徹底して触れたいバージョンらしい。シャツの襟首から鼻先を突っ込み、ちらりと舐める。ぞくぞくして声が出た。
「鴇田さんって、そういえば」
髪を梳きながら呼ぶと鴇田は首筋に頬をくっつけたまま「なに?」と答えた。
「クラシックも弾けるんですよね」
「入口はそこでしたから。もっとも歌謡曲も唱歌もカントリーミュージックも、好きならなんでもですけど」
「モーツァルト弾ける?」
「モーツァルトのなにを?」
「なんだろ? おれもクラシックに明るいわけじゃないんだけど、なにか。なんでも」
「モーツァルトは色々と有名な曲がありますよ。どうして?」
そう訊かれたので暖は目を閉じたまま笑った。
「『ゲルトルート』にたびたび出てくるから」
「さっきの小説?」
「うん。曲じゃないけど、文言がね」
鴇田はしばらく考え、身体を起こした。布団を剥ぎ、暖をうつ伏せに寝転がすと、シャツをたくし上げて背中をあらわにさせた。
「なに?」
「弾くので当ててください」
「モーツァルトを?」
「うん」
とん、と鴇田の指が力強く背中の一点に落ちる。指の腹で思いのほか強い音が鳴った気がした。実際には肌を弾かれているだけなのだけど、鴇田から受けるいつどんな愛撫よりも心臓に迫って苦しくて、下腹部がずきりと痛んだ。
トン、ト、トン、と独特のリズムが背中で踊る。刻まれたリズムで瞬間的に閃くものがあった。
「知ってるけど曲名が出てこない。ラー、ララー、ララララララー、てやつ」
「当たり」頭上で微笑むような吐息の音がした。指は強弱をつけながらリズミカルに落とされる。
「アイネクライネナハトムジーク。第一楽章、アレグロ」
「ああ、それ。どういう意味?」
「小夜曲、だそうです。ちいさな夜の曲」
「いまみたいな?」
「かもしれません」
左手で素早くリズムを刻まれ、尾骶骨の辺りが怪しくなる。うつぶせにされているのが惜しかった。仰向けで腹の上で演奏されていたら演奏に夢中になる鴇田の表情をよくよく眺めることが出来たかな、と。もっとも自分の顔まで見られるのは恥ずかしいからこのままでいいか。
音の鳴らない背を叩かれて、暖は自身が鳴らす喉の音やなまめかしい吐息の方が聞こえてしまうんじゃないかと気が気ではなかった。鴇田は構わないのかひたすら指を落とす。彼の中に響いているだろう音楽のことを想像し、出来る限りで同調を試みた。しばらくして指は止まり、続いて「第二問」と言って別のリズムが叩かれた。
はじめは単純だった。右手も左手もとてもシンプル。けれど急に曲でも変わったのかと思うぐらいに指が跳ね回り、冗談でなく声が出た。指はぱちぱちと暖の肌を情熱的に跳ねる。かと思いきや大人しくなり、とはいえ左手が凄まじい運指で背骨を伝い下りる。なんの曲を鳴らされているのか分からず、指の腹で押されても、爪先で弾かれても、なにをされても感じてしまうのは大いに問題だった。
「分かんない」漏れ出そうになる声を押し隠して平常のふりで喋る。
「知ってるはずですよ。きらきら星」
「え? ホント?」確かに知っている。
「指の動きだけ追ってたら想像つきませんか? きらきら星変奏曲っていう曲です。いろんなバリエーションのきらきら星の曲」
「これもモーツァルト?」
「僕の記憶が正しければ」
指は止まらず、散々跳ね回っては暖の肌を粟立たせる。もう変化は悟られているような気がして、鴇田の指から剥がれるように身体を転がして無理に音楽を止めた。仰向けになると下になっていた箇所に風が通って、すうすうと涼しく感じた。鴇田と目が合う。演奏を途中で止められて不満そうだった。
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プロフィール
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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
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お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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