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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「耳掃除なら耳かきがありますよ。綿毛つき」
「いやー、だめなんだよね、耳かき。綿毛なんかもってのほか。おれウェットだからか出来るだけ綿棒が良くて」
「ウェット?」
 分からない話に首を傾げる。
「あ、知らない? 耳垢ってドライとウェットに分かれるって」
「知らないです」
「日本人はドライが多いって話だしね。ええとね、耳垢が湿ってんの。だから普通の耳かきで掃除するより、水分を吸い取るイメージで綿棒使った方がおれの場合はすっきりするんだよね。だからおれは耳掃除は綿棒派。綿毛のほわほわなんか、べたべたしちゃうし」
「へえ。綿棒あったかな……」
 探すとどこかで貰った救急キットの中に綿棒が入っていたので、それを渡す。――前に思いついて、つい、「掃除してあげましょうか」と言っていた。
 三倉が目を丸くする。
「おれの耳?」
「いや、僕も人の耳掃除したことないのでうまく出来るかわかんないんですけど。ただ母との電話で、よく父の耳掃除をしたと言われて。そういえばそれは僕もちいさいころに見たことがある風景だったなと思い出して」
「してみたくなった?」
「はい」
「じゃあしてもらおうかな」
 三倉は嬉しそう、というよりは面白そうな顔をした。興味深い事柄に負ける顔。遠海は床に正座し、三倉がそこに頭を乗せる。向けられた耳にそっと綿棒を差し込んだ。痛くはしたくなかったから慎重に進める。「水分を拭き取るイメージでいいから」と三倉は指示する。
 内壁に綿棒の先を当て、すこし擦る。ごそごそとやっていると、黙ってされるままになっていた三倉は不意に「ASMRって知ってる?」と訊いた。
「いえ。なにかの略?」
「えーとね、Autonomous Sensory Meridian Response……合ってんのかな? 若い人には結構浸透してるらしいんだけど」
「訳せません」
「脳が気持ち良くなっちゃう反応、て感じ」
 耳から綿棒を抜き、逆側を向くよう示す。恋人とはいえ膝の上に人の頭が乗る感覚には慣れず、動かれるとちょっと落ち着かなかった。
「聴覚や視覚の刺激で、気持ちいいとか、ぞわぞわするけど嫌じゃないとか、そういう感覚のことらしい。ささやき声とか、キーボードのタイピングとか、焚き火の音とか、綿棒擦る音とか」
「ああ」
 それでいま思いついたのかと納得した。反対側の耳に綿棒を突っ込まれている三倉は、遠海の膝の上で気持ちよさそうに目を細める。猫なら喉でも鳴りそうだ。
「そういう動画もあるらしいよ」
「綿棒の動画?」
「綿棒には限らないだろうけど。人気なんだって。不眠の夜にいいとか、リラックスするとかさ。……なんか、そういうことをテーマにコラム書こうかなと思って調べはじめたはいいんだけど、これ絶対に性的快感も含むだろと思って書くのはやめた。気持ちいい音って、やっぱりこうどこかに背徳感はあるよな。病みつき、っていうか。食欲でもなんでも、欲求っていうものそもそもが快楽を求める行為だから。さすがにね、週刊誌のコラムだったら書けたかもしんないんだけど」
 と三倉は呟く。くすぐるように綿棒を動かすと、彼は鼻から息を吐いて笑った。これも三倉にはそのASMRになるのか、と思いながら綿棒を抜いた。
「ありがと」
「すっきりしました?」
「うん、した。上手だね」
「元々は器用な性質だと思うんです。微妙な力加減が分かるというか。やったことがないだけで」
「おれもしてあげようか」
「綿棒?」
「鴇田さんのASMRになるかな?」
 起き上がった三倉は意地悪そうに笑ったが、先ほど片付けかけた耳かきを指差し、「するなら耳掃除がいいです」とリクエストした。
「ああ、いいよ」
 三倉の膝の上に今度は遠海が横になる。晒された耳に新品の耳かきが滑り込んできた。「ドライの人の耳垢がおれには不思議」と頭上で三倉は楽しそうだった。さりさりと耳かきで皮膚を掻かれ、遠海も気持ちがよくて目を閉じる。こんな風に誰かに耳掃除をしてもらった経験って実はないのかもしれない。そりゃ全くないわけはないのだろうけど、幼少期、気づけば自分で耳掃除はしていた。
 何度か耳かきが細い器官を出入りし、ほわほわと綿毛でくすぐられ、「逆ね」と言われて身体を反転した。三倉の腹側に顔が向く。さっき自分はこれをさせたけど、これって結構な距離だよな、と自覚した。もしなにも着ていなかったらまんま自分は三倉にむしゃぶりつけるような距離。
 耳かきが押し込まれ、やさしく掻かれる。気持ちがよくて下腹がむずむずした。仕上げに綿毛の部分でほこほこと耳を払われ、遠海は瞬間的に三倉の腰を掴んだ。
「こら、動くと危ない」
 真剣に嗜める口調で三倉は耳かきを抜いたが、遠海はそこから離れなかった。顔を三倉の下腹部に押し付ける。ぐりぐりと鼻先を埋めると、シャワーを浴びて清潔なにおいでいる三倉の、三倉自身のにおいが奥底でした。
「ちょっと、鴇田さん、」
 制止を振り切ってなおも三倉の股間に顔を押し付ける。刺激にやわく膨らんでくるのが分かった。「だめだってば」と髪を引っ張られ、鴇田は顔を上げた。
「めし食おうよ。……どうしたの? 甘えたいの?」
「うん」
「お?」
「そりゃ僕だって性欲はあるんですよ。なんかぐらぐらする」
「ぐらぐら」
「くらくら? むらむらかな」
「そりゃ大変だ」
 三倉は笑った。でもだから、と言って触れさせてはくれなかった。
「めし食ったら獣になろうよ。きっちり窓閉めて」
「別にいま窓閉めたっていいんですよ」
「せっかく美味そうな魚あるんだし、まずは飲もうよ。鴇田さんが触りたがってるのおれは嬉しいけど、でも腹も減ってるし。おれは強欲だからね。食欲も性欲もどっちも満たしたいんだ」
 冷蔵庫から新しいビールを、とあしらわれて離れる。こういうときは年の功というのか経験値の差なのか、やはり三倉には敵わない。敵う気もないけど。
 テレビをつけて夕飯を食べた。ニュースでは今夜も熱帯夜でしょうと告げている。日暮れのままに部屋の明かりを消していたが、食べ終えてようやく明かりをつけた。途端に虫が寄って来て網戸に貼りつくのを三倉が嫌がる。窓を閉めて冷房を入れた。


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プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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