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summer fever


 久しぶりに実家から荷物が届いた。両親で旅行に行き、その土産を現地から送ってくれたのだ。旅行費用を用立てたのは遠海と弟だった。仕送りは毎月行っているのだが、それとは別に旅行でもプレゼントしたら喜ぶんじゃないかと言い出したのは弟の律だった。
「ほら結婚して三十年とかじゃん? その間どっこにも旅行なんか行ったことないんだよ、あの人たち。近場の温泉旅行一泊二日程度でいいからさ、そのくらい出したげようよ。金あんだろ、にいちゃん」
「潤沢にあるわけじゃないよ」
「枯渇はしないんだろ?」
 苦笑しつつも、それもそうだと思って律に金を託した。大した額ではない。受け取った金と自身で出した金とで旅行の計画を律は企て、両親に渡したらしい。本人たちの喜びようは分からなかったが、こうして旅行土産を送ってくれる辺りでは満足してくれたのだろうと思う。海辺の温泉街だったからか箱の中身は海産品だった。脂の乗った大きな魚のひらきがぺらりと入っている。
 母に電話をかける。一応、礼でも言っておこうと思ったのだ。あまり実家には帰らないし、帰ってこいとも言われない。電話さえも疎遠だが、母は久しぶりの電話の向こうで相変わらず無垢な少女のような声を出した。
『もう届いたの』
「あんな大きなひらき、ひとりじゃ食えない。でもありがとう」
『つい懐かしくなっちゃって。干物って安いでしょう? 日持ちもするし。あなたがお腹にいた頃よく食卓に出してた。大きな干物を買ってちょっとずつ切って焼いて何日もしのぐの』
 そんな貧乏暮らしの思い出の品なんか息子に送るなよ、と思ったが、こういう母なので黙っていた。
『部屋にはお風呂がなかったから、お風呂に入りに行って、帰りに夕飯の食材を買って帰るの。帰宅して魚を焼いている間にお父さんはよく耳かきをせがんだから、よく耳掃除もしたのよ。お腹のあなたが動くと嬉しそうだった。そういうこと思い出しちゃった。それも入れといたから』
「それ?」
『お土産屋さんで買った耳かき。海辺で拾ったシーグラスはおまけね』
「……それはどうもありがとう」
 さすが我が母、と思いながら通話を終えた。いつだって我が道しか知らない母は、こうして意味も脈絡も不明なものを平気で寄越す。しかもそれを人が喜ぶと思っているのだからほとほと不思議だ。けれどこういう純度100%の天然素材が父には心地良かったのかもしれない。
 干物と共に入っていた封筒には、いくつかの砂つぶと一緒に確かに耳かきと薄っぺらいシーグラスが入っていた。一緒に入れるかな。潮でべたつきそうとか思わないんだよな。耳かきは竹製で、先端に白い綿毛がほわほわと揺れる。こんなのそこらへんで買えるわ、と思ってしまう。
 三倉に「美味い魚があるので焼いてください」とメッセージを送り、テーブルに耳かきはそのまま、部屋の中をざっと掃除してからシャワーを浴びることにした。真夏の夕暮れ、冷房を止めて窓を全開にして生活音に耳を澄ます。冷房があまり好きではなかった。正確には音が。古いせいかもしれないが、通奏低音みたいなものが響く気がしてどうにも気になるので切ってしまう。だから夏場の遠海の部屋は平気で外気温並みだったりする。特にこういう日暮れから明け方は。三倉からは再三「干乾びたところなんか見たくないから干乾びないでね」と言われている。
 シャワーを浴びていると部屋の扉が開く音がした。合鍵で三倉がやって来たようだ。確認のために水を止めて浴室から顔だけ出す。案の定で、仕事帰りと思われる三倉が鞄と買い物袋を片手に靴を脱いでいた。紺色のポロシャツにベージュのチノパン。ズボンはともかく、こんなレディメイドのポロシャツなんか前は着なかった。
「お帰りなさい」
「ただいま。シャワー?」
「うん。すぐ出ます。適当にしててください」
「ありがとう。急がなくていいから。でもその後はおれにも使わせて。汗かいた」
「冷房入れていいですよ」
「うーん、家主の意向に添いたいから、いいかな」
 靴下まで脱ぎ、ぺたぺたと三倉は廊下を進む。だが途中でくるりと振り返り、こちらへ戻って来た。
「誘ってんのか、って感じ」
「なにが?」
「そういうところだよね」
 触るよ、と三倉は言った。ほぼ同時に三倉の手が遠海の肩に触れる。あっと思う間もなく三倉は首筋に顔を寄せ、濡れた遠海の、肌に弾く水滴をぺろりと舐めた。
「――っ」
「冷蔵庫、勝手に漁るよ」
 言い置いて三倉は廊下の先を進む。遠海は三倉が舐めた肌に手をやって浴室に引っ込む。ただ舐められただけなのに蚊に刺されたみたいなちいさな違和感でむず痒い。
 シャツとハーフパンツに着替えて浴室から出ると、キッチンで三倉は一杯やりながら干物を焼いていた。大きすぎるので割いて、グリルで焼いているらしい。遠海に気づくと「美味い魚って聞いて楽しみにしてた。これどうしたの?」と嬉しそうに訊いて来た。
「実家から送られて来ました。旅行土産だそうです」
「これならビールよりも冷酒の方が良かったかな?」
「なんでもいいです、飲めれば」
 中身の半分ぐらい残ったビール缶と菜箸を渡され、三倉は「後は任せた」と言って着替えとタオルを引っ掴む。「タイマーかけたから、鳴ったらひっくり返して弱火で五分。シャワー借りる」
 三倉の飲みかけのビールはすこしぬるかった。タイマーが鳴り、言われた通りに魚をひっくり返して火加減をいじる。パチパチと弾ける脂が美味そうだった。冷蔵庫を覗くといつの間にやらおかずが追加されている。ほうれん草の白あえと、モッツァレラと冷やしトマトのマリネ、たたききゅうりの塩昆布和え。今夜はこれで、というつもりだろう。さすが手際がいい。
 焼けた干物を皿に盛り、食器を用意して三倉を待つ。テーブルに置かれた耳かきを仕舞おうとして、三倉がかけていた眼鏡を目にする。以前、羞明対策に使っていた色付きレンズの眼鏡を、サングラスの代わりになるかなと言ってこの夏三倉はよく使用していた。羞明の症状自体はとうに治まっている。三倉が元気ならそれでいい。眼鏡を手に取り、ふとそれをかけてみた。三倉がどんな視界でものを見ていたのかが気になった。
 薄いブルーの視界は、水に潜っているかのような暗さだった。これに頼るしかなかった三倉のかつての心中を想像するとやはり辛い。色を青く塗り替えて、安心を得たようには思えなかった。
 眼鏡をかけてぼんやりとしていると、シャワーを終えた三倉がやって来た。五分袖のシャツにハーフパンツで、眼鏡をかけた遠海を見て「お」と声を上げた。
「鴇田さんがかけると迫力ってか、凄みが増すね」と言う。
「似合ってないってことでしょうか」
「鴇田さんは変に眼鏡をかけるより裸眼がいいなって意味。ああ、それよりさ、綿棒ない?」
「メンボウ?」
 きょとんとしていると、三倉は耳に指を突っ込んで「耳掃除したくて」と言った。


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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
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