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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「これからいいところだったんですけど」
「あれは? あれ弾ける? 魔笛」
 なんとなく身体の感覚を離す必要がある気がして話題を変えた。これ以上無邪気なまま演奏されても身がもたない。
 鴇田はきょとんとしてみせたが、すぐに真面目な顔で「オペラですね」と答えた。
「有名なアリアの部分しか覚えがないです」
「あ、でも弾けるんだ?」
「オケパートも歌手のソロも全部を弾けるわけではないですけど、多分」
「おれ、魔笛だけは観に行ったんです。だから覚えてる」
 寝転んで笑うと話を聞く気になったようで、鴇田も隣に寝そべった。
「もっともおれも鴇田さんと同じで、有名なアリアのところしか覚えてない。夜の女王が歌うところ」
「ソプラノ歌手最大の技術が試されるところですよね」
「うん。ものすごい高い音を人間が出してるのがすごい。大学の授業で行ったんだ」
 そう言うとそれが意外だったのか、鴇田は身じろいだ。
「……蒼生子さんと観劇に行ったのかと」
「彼女とオペラを見に行ったことはないです。大学のね、一般教養の授業だったんですけどね。音楽と文化を楽しむみたいな内容で。魔笛の公演が近くの劇場であるから来れるなら来なさい、レポート出したら今後の出席がなくてもこの授業の単位は認定にします、っていう授業だった。オペラを聴きに行くんだからちゃんとした格好でって言われて、入学式に着たリクルートスーツで行ったよ。当時付き合ってた彼女に『塾講師のバイトの面接にでも行くの?』って笑われました」
「……蒼生子さんではない彼女?」
「うん。大学一年のときに付き合ってた彼女……あ、いやですね、こういう話は」
「いえ、」
「ごめん、やめようか」
「違います。話してください。大学時代のあんたの話を聞きたい」
 暖は目を閉じる。またやってしまったと反省したが、彼女のことを久々に思い出した。蒼生子との生活が長すぎたせいで思い出せないかと思うような存在だったが、なんとなくまるっこい身体つきの朗らかな子だったな、と思い出せた。思い出せてよかった。
「ふたりで観に行ったんですか?」と鴇田は訊く。
「いや、同じ授業を取ってたから、その授業の選択者みんなで観に行きましたよ。……彼女と席は隣だった。彼女は緑色のワンピースを着ていてさ。照れ臭くてつい『あなたは孔雀みたいだね』って言っちゃったんだけど、本当はあの派手な緑が似合ってた。そう言うべきだったな」
 思い出すだけ思い出して、目を開ける。鴇田がこちらを険しい目つきで覗き込んでいた。頭の後ろに手を引っ掛けて、顔を近づける。「ただの思い出話ですから」と伏し目がちに囁く。
「よくないよね、おれのこういうところ」
「いえ、……蒼生子さん以外の人の話を聞いたからびっくりしたけど、新鮮で面白かった」
 鴇田の顔はそのまま暖の胸板の上に収まった。
「違う人の話を聞けて、実はすこしほっとした。全部あの人だったわけじゃないんだなって」
 言うなり鴇田は起き上がり、暖を見下ろすようにして腹の上に手を置いた。タン、と指を下ろす。二本の腕、五本ずつの指を順番に暖の上に落としていく。
「夜の女王のアリア。うろ覚えですけど、弾きましょうか」
「うん……」
 答えると、トトトトと勢いよく左手がリズムを刻んだ。右手がアリアを歌う。歌のはじめを思い出せなかったが、リズムと運指と、歌そのものの力強い指で次第に音を追えるようになった。夜の女王がアリアを歌う。一番高いところへ、もっと高いところへ。さらにその先へ――胸元でわだかまっていたシャツが鴇田の指を邪魔してつまずかせ、鴇田は大事な音が鳴らないことへ苛立つかのように「服が邪魔」と言った。
「脱いで」
「……おれが脱ぐならあなたも脱いで」
「どうして?」
「そういうものだから」
 鴇田の手でシャツを剥かれ、その指で鴇田は自身のシャツも脱いで半裸になった。スタンドの暖色系の明かりに素肌が照らされ、濃い陰影が落ちる。キスをしたいと思ったが叶えられず、また横たえられて、鴇田は暖の胸から腹を自在に叩く。
 夜の女王が歌う。外部ではなんの音もしないのに、身体の内側で彼女は激しく身を震わせて歌っていた。
「……ん、」
「しっとりしてきた」
 アリアを肌の上で鳴らしながら、鴇田が呟く。
「三倉さんの肌が熱い」
「こんなに触られたらだめになるんだって」
「感触がやわらかくて弾きやすい。いつまでも弾けそう」
「だめ。そんなことされたらおれはもたない。……もういいから、」
 動く鴇田の手を握る。期待を込めて指の動きを止めると、あっさりと握り返された。指を絡ませ、目を見合って唇を合わせる。触れ合う熱と弾力にうっとりした。こんなに薄い唇なのに鴇田とするキスは気持ちがいい。
 腕を鴇田の背にまわす。裸の胸同士がぴったりと密着した。暖は笑う。「ん?」とキスを解いて鴇田が訊ねる。
「だんだんあなたのことが分かってきたな、って思ったからさ。こことここが」
 そう言って暖は背に回した手を鴇田の胸に置いた。
「きちんと触れ合うとあなたは安心する。これを嫌だって思う夜はもう触れられないけど、今夜は嬉しいと思ってる。もっと触りたがってる。……そうだよね」
「……当たり。よく分かりましたね」
「観察と気づきのたまもの。ご褒美が欲しい」
 そう言うと、鴇田は暖の胸にダイレクトに頭をつけた。心臓の音を聴いている。それから胸の先を指で遊び、転がして口に含んだ。舌でしゃぶられて暖は声を堪えられない。
 熱を帯びはじめた下半身をお互いに擦り付けるように揺らす。鴇田の指はスウェットの中に入り、暖の指もそれを追って重なった。自分のを触らせながら、男のものもまさぐる。下着をずらして性器を露出させると、ひとまとめに握り込まれ、息が詰まる。
「もっと奥」暖は鴇田の手を最奥へと触れさせた。「触って」
「……明日仕事だよ。辛くない?」
「辛くないようにしてよ」
「難しいな」
 鴇田は困ったように笑った。
「加減が分からなくなるんだ。三倉さんは僕でこうなってしまうんだと思うと、……際限なく触りたいと思う。ここを押したらどうなるとか、擦るとこうなるとか、なんでも知りたいし、鳴らしたい」
「……じゃあ、明日はふたりでさぼってしまおう」
「たまんない提案だな……」
「来て。してよ……――」
 鴇田の指は迷うそぶりだったが、腰を揺らすと明確な意図を示して暖の奥を押した。伸び上がって枕元に置いてある引き出しからジェルを取り出す。それを垂らし、手の中で遊んでからぬるりと指が進入してきた。もう準備もなしに指を飲み込める。鴇田をどこまで信用してしまうんだろうかと、怖くなるような。
「ん、……んう、」
「もっとひらけ……」
 上下に揺すられて鴇田の望み通りに身体はひらいていく。もう鴇田の指だったら何本でも飲み込めそうで、貪欲になっていく入口に別のものが欲しくてたまらない。指では届かない奥の奥を侵せるものを望んで、熱心に後ろを探る鴇田の耳を食んだ。


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プロフィール
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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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