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いま聞いたことが、欠けたパズルのピースを埋めるように、樹生の脳内にはまっていく。樹生の父が不在の理由、茉莉が父を憎む理由。
「さっき」と樹生は口を開いた。
「父が山で滑落死して、それが母の死と関連すると言いましたが、そもそも母は交通事故死でした」
そう言うと、晩は「うん」と言って、樹生に先の話を促した。
「なぜここが繋がるんですか?」
途端、晩は眉根を寄せ、やるせない、苦しそうな顔をした。腕組をして、低く唸る。
「――あの日、直生は山荘の仕事を休んで、山に登っていた。H岳連峰だよ。秋雨の続いた中にひょっと出た晴れ間の日でね。歩くのにとてもいい日だった。……けれど途中の岩場で足を滑らせて、滑落した。目撃者の話だと、山の谷間へ真っ逆さまだった、って」
ふ、と晩は息を吐く。聞いているこちらも不快だが、晩もあまり話したくないのだろう。
「連絡が来た時には、目撃者から山岳警備に救助要請がされた後だった。僕はしばらく迷って、……美藤さんに連絡を入れた。彼女は『すぐそちらへ行きます』と言ってね。子どもたちは連れずに、ひとりで車を出した。その頃にはまた雨が降り始めて、道中、視界も悪かった。そこで彼女は向こう側からやって来た乗用車に気付かず、事故を起こした。あっけなく逝った。……こういうのを二次災害、と言うのかな」
最後のピースがはまり、樹生は身震いした。心臓が痛む。母の死の理由も、その後に付随した出来事も、胸にひたひたと迫り、苦しい。
結果的に親をふたり同時期に失って、高校卒業を間近に控えた姉は自立し、弟は「早先生と惣先生」に引き取られたのだ。
それが自分たちの境遇だった。
「それで遺体が、見つかってないのですね」と茉莉が言う。その声は小さく震えていて、哀れだった。
「そうだ。見つかったのは、岩場に引っかかっていたジャケットと腕の一部。まあ、山の事故なら、こういうことはそんなに珍しいことじゃない。……残された人間には、辛いだけだけどね」
晩はまた段ボールを探って、ジッパーのついた透明のビニール袋を取り出した。その中にはぼろぼろの赤い布が入っていた。黒ずみ、ちぎれ、穴が開いたり、繊維がほつれていたりする。
「これが、……遺品だ」
「……」
「僕はね、毎年H岳連峰に登って、直生の遺体を探している」
そう言った晩の目は、強かったが、淋しかった。直感的に樹生は、この人のよりどころはまだ父親にあるのだと知る。
とっくに死んだ人間の遺体を探し続けている。親や兄弟でもないのに。
「ただ、まあ、……僕も年を取った。体力的にはあと数年のトライで終わりそうだと思う。生きているということは、そういうことだね。直生も美藤さんも亡くなったけど、僕は違うから、年を取る。……きみたちも一緒に探すかい?」
その問いには答えられなかった。樹生には父に対するそこまでの執着がなかったし、茉莉も父親のことは「見つけ出す」と言ったが、「復讐」を成し遂げられないなら、意味がない。
姉弟が黙っていると、晩は「そうだね」と言った。
「きみたちにとって直生はそういう存在だ。残念ながらね。けれど、僕は違う。……違うんだ」
しばらく場に間が出来た。やがて樹生は口を開く。
「なんでそんなに、父に親身になるんですか」
「単純な理由だよ」
晩は疲労を滲ませた顔を、だがしっかりと樹生に向けた。
「僕は直生が大好きだったんだ」
「……」
「正直なことを話すよ。僕は初め、直生が僕を頼ってくれたことがとても嬉しかった。奥さんと子どもを置いて山荘にやってきてくれた時に、この時間が永遠だといいなと思ったものだよ。彼を二度とあの家庭に帰したくない、とも思った。本当に、彼のことが好きなんだよ。だから、」
晩は言葉を区切り、自嘲する笑みを浮かべた。
「直生が事故に遭った時、そのことをほとんど周囲には知らせなかった。美藤さんにさえ知らせたくなんかなかったよ。美藤さんを殺したのはある意味、僕だったのかもしれないね。あなたがたをこんな境遇にしたのも、僕。直生の子どもたちのことは気にしなかった。どうでもよかったんだ。直生じゃないなら、僕の人生に意味がないから」
「――あなた、」
瞬時に茉莉が怒りで震えたことが分かった。事務机の上に転がっていたボールペンを咄嗟に掴み、そのペン先を晩に振り下ろそうとしたので、樹生は慌ててその腕を取り体を羽交い絞めにした。
→ 58
← 56
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「ああ、そうだね。中学のクラスが一緒だった。高校で分かれてしまったけど、それでも頻繁につるんでいた」
「――私は、なぜあの男が私たち家族の元から離れたのか、母を捨てたのか、知りたいんです」
きっぱりと茉莉は晩に言ったが、晩は「うーん」と唸って苦笑するだけだった。
「あの、」と樹生は口を挟む。「右腕だけって、どういうことですか」
「ああ、そうかそれが途中だったな。あなたがた家族には衝撃的な話になってしまうけど、……直生は山で死んだんだ。滑落死」
「……」
「そしてそのことがきっかけで美藤さんも亡くなってしまった」
晩は椅子の下に置いた段ボールを探り、中から一枚の写真を取り出した。
角が取れたぼろぼろの写真に写っていたのは、赤子を抱いた女性だった。髪がほつれていたが肌は滑らかで美しく、茉莉によく似ていた。赤子は頬を真っ赤にして、ふくふくと抱かれている。目はまだ開かない、新生児のようだ。傍にはすらりと手足の長い少女が立っていて、カメラを睨んでいた。
「これは、美藤さんとあなたがただね」
と、晩はこの写真を茉莉に渡す。
「直生は繰り返し何度もこれを眺めていた。だからもうぼろぼろでね。これ以上ぼろぼろにさせないためにも額に入れたらと僕は言ったんだけど、すると携帯できなくなるからと、直生は拒んだ」
樹生は晩の言葉を頭の中で咀嚼しながらも、姉の手の中にある写真を眺めた。この新生児は樹生だということだ。母に抱かれて写っている写真など樹生は一枚も持っていないし、見たことがない。そういう意味で自分を客観視するのは、とても新鮮に感じる。
そしてこの写真を撮ったのが若き父だったのだろう。
「順を追って初めから説明するよ」と晩が言った。
「僕のところへ直生から連絡があったのは、樹生くん、あなたが生まれて間もない頃だったかな。直生は病んでいた。精神的な病で、『このままだとおれは妻や子どもを殺してしまう』と言っていた。原因はよく分からない。昔のことを思い出せば彼は基本的には物静かな男だったけど、たまにひどく攻撃的になったり、気分が高揚するところがあった。それを僕は思春期だからかな、とか思っていたんだけど、大人になっても鬱や躁の状態を繰り返していたから、彼本来の性質がそういうものだったんだろうね。
就職先があまり良くなかったこともあると思う。大学を出て彼が就職したのは大きな百貨店だったんだけど、彼の配属先はお客さんからのクレームを取りまとめる部署でね。毎日ありとあらゆる苦情の対応をするんだ。彼の性分にそれは全く合わなかったけど、やるしかなかった。美藤さんのおなかの中には茉莉さんがいて、とにかく働かねば、という気持ちがあったんだね。真面目で、責任感のあるやつだった。
樹生くんが生まれるころには、何度目かの鬱の後の、躁の状態だった。何日も眠らず平気で活動して、目を血走らせてね。体はがりがりで、でもどこからそんなエネルギーを漲らせるんだかね。怖かった。彼は悩んでいたよ。ちょっとしたことで感情にスイッチが入ってしまって、怒りに支配されてしまう、って。産後で疲労している美藤さんに何度か暴力をふるったと言って、とても悔いていた。きっと、……茉莉さん、あなたの記憶によく残っているのは、この頃の直生じゃないかな」
晩の言葉に、茉莉はため息をついて返事をした。
「確かにあの男が母に暴力をふるっているところを、私は何度も見ている。私も一度突き飛ばされて、テーブルの脚に頭をぶつけて、怪我をしたことが」
「え」と樹生は思わず茉莉を見た。「そんなことあったの、」
「あんたが知らないのは仕方がないわ。……傷はまだ残ってる。後頭部を触るとね、そこだけ少し膨れているのよ」
そう言って茉莉はその場所に自分の指で触れた。晩が「うん」と頷く。
「そう、……そのことも直生は気にしていた。なんてことをしたんだろうって、うろたえていたな」
晩はコーヒーを口にした。それから両手を膝頭で組んで、しばらく上を向いた。
「母に暴力をふるっていたと思ったら、ある日突然ぱたっと消えた」と茉莉が言う。
「それにあなたが絡んでいるのね?」
「そうだ。僕へ連絡を寄越した直生と、ひとまず会って話した。美藤さんも一緒に、三人で。元々直生は精神科へ通院していたんだけど、そこへ入院して、しばらく家族から離れようと思うと、言った。それを聞いて僕は、精神科の閉鎖病棟なんかやめろと言った。ストレスを薬でコントロールされて、身も心も本当にぼろぼろになって、生きているのに死んでいるみたいな、そんな風になると思った。今はもっと医療が進んでいるからね、そんな風には思わなくなったけど、あの頃、あの時代、精神科にかかる奴なんてきちがい、そういうイメージだったよ。
だからその時僕は、僕の山荘へおいでと言った。家族と離れて療養するのにちょうどいいよって。実際、そういう雰囲気の客もいなくはなかったしね。K高地の僕の山荘の、従業員寮にひとつ部屋を当てて、直生をあなたたちから離した。直生は最初のうちは部屋で横になっているだけだったけれど、調子のいいときは山荘の雑務を手伝ってくれるようになってね。調子が悪いとまた部屋にこもったけど、まあ、そんなこんなでゆっくり治っていった、と僕には見えたよ。何より僕自身が、直生が傍にいる生活が楽しかった」
そこで晩は息をつき、少し淋しそうに「調子のよいとき、彼は美藤さんに会いに山を下りた」と言った。
「――え?」
聞き返したのは茉莉だった。
「母さんに会ってた?」
「うん。あなたがたには会わなかったみたいだけど、美藤さんには会っていた。僕の方から、山荘を手伝ってくれた分に関しては労働の対価として賃金を渡していたから、それを美藤さんには渡していたようだよ」
「……」
「それから子どもたちの様子を聞いて、また山荘に戻って来た。そういう生活の繰り返し」
それきり、晩は黙ってしまった。
→ 57
← 55
「――私は、なぜあの男が私たち家族の元から離れたのか、母を捨てたのか、知りたいんです」
きっぱりと茉莉は晩に言ったが、晩は「うーん」と唸って苦笑するだけだった。
「あの、」と樹生は口を挟む。「右腕だけって、どういうことですか」
「ああ、そうかそれが途中だったな。あなたがた家族には衝撃的な話になってしまうけど、……直生は山で死んだんだ。滑落死」
「……」
「そしてそのことがきっかけで美藤さんも亡くなってしまった」
晩は椅子の下に置いた段ボールを探り、中から一枚の写真を取り出した。
角が取れたぼろぼろの写真に写っていたのは、赤子を抱いた女性だった。髪がほつれていたが肌は滑らかで美しく、茉莉によく似ていた。赤子は頬を真っ赤にして、ふくふくと抱かれている。目はまだ開かない、新生児のようだ。傍にはすらりと手足の長い少女が立っていて、カメラを睨んでいた。
「これは、美藤さんとあなたがただね」
と、晩はこの写真を茉莉に渡す。
「直生は繰り返し何度もこれを眺めていた。だからもうぼろぼろでね。これ以上ぼろぼろにさせないためにも額に入れたらと僕は言ったんだけど、すると携帯できなくなるからと、直生は拒んだ」
樹生は晩の言葉を頭の中で咀嚼しながらも、姉の手の中にある写真を眺めた。この新生児は樹生だということだ。母に抱かれて写っている写真など樹生は一枚も持っていないし、見たことがない。そういう意味で自分を客観視するのは、とても新鮮に感じる。
そしてこの写真を撮ったのが若き父だったのだろう。
「順を追って初めから説明するよ」と晩が言った。
「僕のところへ直生から連絡があったのは、樹生くん、あなたが生まれて間もない頃だったかな。直生は病んでいた。精神的な病で、『このままだとおれは妻や子どもを殺してしまう』と言っていた。原因はよく分からない。昔のことを思い出せば彼は基本的には物静かな男だったけど、たまにひどく攻撃的になったり、気分が高揚するところがあった。それを僕は思春期だからかな、とか思っていたんだけど、大人になっても鬱や躁の状態を繰り返していたから、彼本来の性質がそういうものだったんだろうね。
就職先があまり良くなかったこともあると思う。大学を出て彼が就職したのは大きな百貨店だったんだけど、彼の配属先はお客さんからのクレームを取りまとめる部署でね。毎日ありとあらゆる苦情の対応をするんだ。彼の性分にそれは全く合わなかったけど、やるしかなかった。美藤さんのおなかの中には茉莉さんがいて、とにかく働かねば、という気持ちがあったんだね。真面目で、責任感のあるやつだった。
樹生くんが生まれるころには、何度目かの鬱の後の、躁の状態だった。何日も眠らず平気で活動して、目を血走らせてね。体はがりがりで、でもどこからそんなエネルギーを漲らせるんだかね。怖かった。彼は悩んでいたよ。ちょっとしたことで感情にスイッチが入ってしまって、怒りに支配されてしまう、って。産後で疲労している美藤さんに何度か暴力をふるったと言って、とても悔いていた。きっと、……茉莉さん、あなたの記憶によく残っているのは、この頃の直生じゃないかな」
晩の言葉に、茉莉はため息をついて返事をした。
「確かにあの男が母に暴力をふるっているところを、私は何度も見ている。私も一度突き飛ばされて、テーブルの脚に頭をぶつけて、怪我をしたことが」
「え」と樹生は思わず茉莉を見た。「そんなことあったの、」
「あんたが知らないのは仕方がないわ。……傷はまだ残ってる。後頭部を触るとね、そこだけ少し膨れているのよ」
そう言って茉莉はその場所に自分の指で触れた。晩が「うん」と頷く。
「そう、……そのことも直生は気にしていた。なんてことをしたんだろうって、うろたえていたな」
晩はコーヒーを口にした。それから両手を膝頭で組んで、しばらく上を向いた。
「母に暴力をふるっていたと思ったら、ある日突然ぱたっと消えた」と茉莉が言う。
「それにあなたが絡んでいるのね?」
「そうだ。僕へ連絡を寄越した直生と、ひとまず会って話した。美藤さんも一緒に、三人で。元々直生は精神科へ通院していたんだけど、そこへ入院して、しばらく家族から離れようと思うと、言った。それを聞いて僕は、精神科の閉鎖病棟なんかやめろと言った。ストレスを薬でコントロールされて、身も心も本当にぼろぼろになって、生きているのに死んでいるみたいな、そんな風になると思った。今はもっと医療が進んでいるからね、そんな風には思わなくなったけど、あの頃、あの時代、精神科にかかる奴なんてきちがい、そういうイメージだったよ。
だからその時僕は、僕の山荘へおいでと言った。家族と離れて療養するのにちょうどいいよって。実際、そういう雰囲気の客もいなくはなかったしね。K高地の僕の山荘の、従業員寮にひとつ部屋を当てて、直生をあなたたちから離した。直生は最初のうちは部屋で横になっているだけだったけれど、調子のいいときは山荘の雑務を手伝ってくれるようになってね。調子が悪いとまた部屋にこもったけど、まあ、そんなこんなでゆっくり治っていった、と僕には見えたよ。何より僕自身が、直生が傍にいる生活が楽しかった」
そこで晩は息をつき、少し淋しそうに「調子のよいとき、彼は美藤さんに会いに山を下りた」と言った。
「――え?」
聞き返したのは茉莉だった。
「母さんに会ってた?」
「うん。あなたがたには会わなかったみたいだけど、美藤さんには会っていた。僕の方から、山荘を手伝ってくれた分に関しては労働の対価として賃金を渡していたから、それを美藤さんには渡していたようだよ」
「……」
「それから子どもたちの様子を聞いて、また山荘に戻って来た。そういう生活の繰り返し」
それきり、晩は黙ってしまった。
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八.凍土
――岩永直生は死んでいる。
晩の言葉はとても静かに響いた。それを聞いた瞬間に樹生の耳から周りの雑音が消えてしまった。
この場には樹生と、茉莉と、晩しかいないような。
嘘、と茉莉が呟く。晩はそれ以上何も言わなかったが、瞳の色を深くして姉弟を見つめ返してきた。それは恐ろしく澄んだ目で、樹生は瞬時に悟る。樹生を問い詰めた時の暁登のまなざし、これも強い深度だったと思い出す。
この男は本当の事しか言っていない。
トーストと温かい飲み物が運ばれたが、三人ともそれを口に出来なかった。隣に座る茉莉の肩が震える気配がして、樹生はそちらを向く。茉莉の顔は血の気がなく真っ白で、咄嗟に樹生は姉の背に手を添えた。
「違うでしょう。あなたは嘘を言っている」
口を開いたのは茉莉だった。
「嘘じゃないよ。……断定は出来ないけれどね」
「どういう事ですか、」
「直生の遺体は見つかってないからさ」
晩はようやくコーヒーカップを持ち上げ、一口飲んだ。春間近の光線がガラス戸を透かして晩に降り注いでいる。
「遺体がなくてどうして死んだと言えるの?」
「遺体の一部なら見つかっているから」
「どういう、」
「見つかったのは直生が着ていたジャケットの一部と、腕。右腕だ」
と、晩は手を上げて店員を呼んだ。「申し訳ないけれど、これを持ち帰りにしてもいいかな?」と聞き、トーストやコーヒーをあっという間に手提げ袋に収めさせた。
「話が長くなりそうだし、ここじゃ落ち着いて話せない。僕の事務所に行こう」
そう言い、晩は会計を済ませて店を出た。
店の駐車場から、晩の運転する四駆を追いかけて車を出す。五分程で着いた晩の事務所は中心市街地にほど近い所にあった。こじんまりとした建物で、入口に山荘名が掲げてあった。
鍵を開けて、晩は屋内に入る。茉莉、樹生と続いた。中は事務机や電話機が据えられた、いかにも事務所という造りで、壁にはたくさんの写真が貼られていた。
「このストーブは性能がいいからすぐに暖まるよ。どうぞ」
そう言って晩は椅子を二つ、ストーブの傍に出してくれた。だが茉莉は座らない。茉莉が座らないので樹生も座らず、立ったまま壁に貼られた写真を眺めた。
山の写真ばかりだった。登頂記念に山頂で撮ったもの、山荘の前で撮ったもの。従業員らしきメンバーと山荘の前に並んでいる写真もあった。
その中の一枚に目がとまる。赤や青の色味がきついそれに写っている人物のうちのひとりを、樹生ははじめ「自分だ」と勘違いした。
よく晴れた日の川と山を背にこちらに微笑んでいるのは、赤いジャケットを着た長身の男と青いジャケットを着た小柄な男。
茉莉もそれに気付く。二人して言葉なくそれを眺めている間に、晩は事務所の奥に消え、今度は段ボール箱を一つ抱えて戻ってきた。
「その写真、いいでしょう」と晩が言う。
「僕と直生だよ。二十五年ぐらい前になるかな。この時の直生は調子がよかったんだ。こうやって笑顔で写真に写ってくれるなんてのはね、これ一枚しかない」
晩は壁から写真を外し、樹生にそれを渡した。
「本当によく似ているね」
「……」
「座ろう」
再度椅子を促され、今度こそ姉弟はそこに座った。
紙袋からコーヒーやココアを出し、晩はそれを二人に渡す。「食べるかい?」と紙袋に入ったパンを指して訊かれたが、樹生は食べる気がせず、首を横に振った。
「じゃあ、土産に持って帰るといい。僕はもらうね」
そう言って晩は自分でオーダーをかけたトーストを紙袋から取り出し、残りの紙袋自体を樹生に寄越す。樹生は手の中のココアをすすった。ぬるく、甘く、舌に残った。
晩はトーストだけさっさと食べ終え、コーヒーを飲んで息を吐いた。
「さて、何から話そうかな」
晩は顎を撫でる。先ほどから黙ったきりの茉莉がようやく口を開き、「あなたはあの男の同級生だったと聞きました」と言った。
→ 56
← 54
晩の言葉はとても静かに響いた。それを聞いた瞬間に樹生の耳から周りの雑音が消えてしまった。
この場には樹生と、茉莉と、晩しかいないような。
嘘、と茉莉が呟く。晩はそれ以上何も言わなかったが、瞳の色を深くして姉弟を見つめ返してきた。それは恐ろしく澄んだ目で、樹生は瞬時に悟る。樹生を問い詰めた時の暁登のまなざし、これも強い深度だったと思い出す。
この男は本当の事しか言っていない。
トーストと温かい飲み物が運ばれたが、三人ともそれを口に出来なかった。隣に座る茉莉の肩が震える気配がして、樹生はそちらを向く。茉莉の顔は血の気がなく真っ白で、咄嗟に樹生は姉の背に手を添えた。
「違うでしょう。あなたは嘘を言っている」
口を開いたのは茉莉だった。
「嘘じゃないよ。……断定は出来ないけれどね」
「どういう事ですか、」
「直生の遺体は見つかってないからさ」
晩はようやくコーヒーカップを持ち上げ、一口飲んだ。春間近の光線がガラス戸を透かして晩に降り注いでいる。
「遺体がなくてどうして死んだと言えるの?」
「遺体の一部なら見つかっているから」
「どういう、」
「見つかったのは直生が着ていたジャケットの一部と、腕。右腕だ」
と、晩は手を上げて店員を呼んだ。「申し訳ないけれど、これを持ち帰りにしてもいいかな?」と聞き、トーストやコーヒーをあっという間に手提げ袋に収めさせた。
「話が長くなりそうだし、ここじゃ落ち着いて話せない。僕の事務所に行こう」
そう言い、晩は会計を済ませて店を出た。
店の駐車場から、晩の運転する四駆を追いかけて車を出す。五分程で着いた晩の事務所は中心市街地にほど近い所にあった。こじんまりとした建物で、入口に山荘名が掲げてあった。
鍵を開けて、晩は屋内に入る。茉莉、樹生と続いた。中は事務机や電話機が据えられた、いかにも事務所という造りで、壁にはたくさんの写真が貼られていた。
「このストーブは性能がいいからすぐに暖まるよ。どうぞ」
そう言って晩は椅子を二つ、ストーブの傍に出してくれた。だが茉莉は座らない。茉莉が座らないので樹生も座らず、立ったまま壁に貼られた写真を眺めた。
山の写真ばかりだった。登頂記念に山頂で撮ったもの、山荘の前で撮ったもの。従業員らしきメンバーと山荘の前に並んでいる写真もあった。
その中の一枚に目がとまる。赤や青の色味がきついそれに写っている人物のうちのひとりを、樹生ははじめ「自分だ」と勘違いした。
よく晴れた日の川と山を背にこちらに微笑んでいるのは、赤いジャケットを着た長身の男と青いジャケットを着た小柄な男。
茉莉もそれに気付く。二人して言葉なくそれを眺めている間に、晩は事務所の奥に消え、今度は段ボール箱を一つ抱えて戻ってきた。
「その写真、いいでしょう」と晩が言う。
「僕と直生だよ。二十五年ぐらい前になるかな。この時の直生は調子がよかったんだ。こうやって笑顔で写真に写ってくれるなんてのはね、これ一枚しかない」
晩は壁から写真を外し、樹生にそれを渡した。
「本当によく似ているね」
「……」
「座ろう」
再度椅子を促され、今度こそ姉弟はそこに座った。
紙袋からコーヒーやココアを出し、晩はそれを二人に渡す。「食べるかい?」と紙袋に入ったパンを指して訊かれたが、樹生は食べる気がせず、首を横に振った。
「じゃあ、土産に持って帰るといい。僕はもらうね」
そう言って晩は自分でオーダーをかけたトーストを紙袋から取り出し、残りの紙袋自体を樹生に寄越す。樹生は手の中のココアをすすった。ぬるく、甘く、舌に残った。
晩はトーストだけさっさと食べ終え、コーヒーを飲んで息を吐いた。
「さて、何から話そうかな」
晩は顎を撫でる。先ほどから黙ったきりの茉莉がようやく口を開き、「あなたはあの男の同級生だったと聞きました」と言った。
→ 56
← 54
「今日、僕は知人に呼び出されてここに来ている、と思っていたんだけど」
と晩は苦笑した。
「もしかして騙されたか、一芝居打たれたのかな」
「確かに、あなたを呼び出したのはあなたの高校時代の同級生の田内(たうち)という人でしたが、それはあなたをここに呼ぶために私の知人に名をかたってもらいました。そうですね、騙しました」
「酷いね」
「どうだか」
茉莉はふっと溜息をついた。
「あの男の行方をずっと追っていました。正確に言えば、知人に頼んで追ってもらっていたんですが。あなたに行き着いたのは去年の暮れぐらい。それでちゃんと話を聞いておこうと思って、知人に名をかたらせてそれらしい用件で、呼び出しました」
「僕が今ここで話すのを拒否して逃げたらどうするの、」
晩は、穏やかな笑みの端に鋭く激しい感情をちらつかせた。
「グラスの水浴びせて椅子でも蹴ってね。いくらでも逃げられる」
「弟が追うわ」
茉莉はもはや笑みさえ作らなかった。
「あなたは逃げられないでしょうね。私は母に似ているし、弟はあの男に瓜二つだし」
「……なるほどね」
晩は参った、というように両の掌を姉弟に向けてかざした。諦めたように息を吐く。「僕の好みを分かっているわけだ」
「そこまで何もかもわかってるわけじゃないわ」
「弱みも?」
「ええ。だから吐いてもらうの」
「まあ、……ここに来て抵抗する気もないよ。つい意地悪が出てしまう性分でさ。ドッキリを仕掛けられたものだから余計にね」
店員がおしぼりやカトラリーの類を持ってやって来たので、いったん話を区切った。店員が去っていくタイミングでグラスの水を一口飲み、樹生は口を開いた。
「茉莉、説明してくれないかな」
「何からどの説明が欲しいの、」
「……おれはなんにも把握していないから、さっぱりなんだ。全部、最初から」
そう言うと茉莉はため息をつき、「私だって全部の把握なんてできてないわ」と言った。
「失踪した父親の行方をずっと追っていたけど、どうしても見つからない。ようやく行きついたのがこの人だけど、この人があの人のなんなのか、何かを知っているのか、知らないのか、よく分からないのよ」
「……」ということは茉莉にも事の次第がよく分からないのだ。そんな頼りない状況でよくこんな所まで来たな、と樹生は内心で息をつく。
「ただ、……前にも話したけど、この人はあの男を匿っていたことは確実。だから話を聞くの。今頃あの男がどこで何をしているのか」
「……そう、」
樹生は目の前の男の顔を見る。小柄な男は深い緑色の地に灰色の切り替えしが入ったフリースを着ていて、それが妙に似合っていた。
晩も樹生に目を合わせる。「血は恐ろしいな」と彼は眉根を寄せた。
「ええと、茉莉さんと樹生くん。あなたたちは今いくつなんだろう?」と晩は尋ねた。
「私は四十歳、弟は三十歳です」
「……じゃあ、美藤さんが亡くなった時の年齢を、茉莉さん、あなたは超えたんだね」
「そうですね。母より長く生きている事になるわ」
「あの事故は、衝撃的だった。驚いて、声も出なかったな」
晩は目を伏せる。
「美藤さんが亡くなってからもう、……二十二年? 二十三年ぐらい経つか」
「母と会ったことが?」
「あるよ。結婚式に呼ばれているから、その時に見ている。随分と綺麗な嫁さんをもらったもんだと思ったね」
そこで晩は言葉を区切り、ふーっと息を吐いた。
「改めて自己紹介をしよう。僕は、晩、と言います。晩通孝(ばんみちたか)、がフルネーム。K高地にある山荘の社長と、山岳写真家としても活動しています。K高地に山荘を開いたのは僕の祖父だけど、母方の実家がこの辺りで、そこに事務所も移したから。山荘の冬期閉鎖のこの時期だけ、ここにいて雑務をしているよ。四月から山荘が営業再開をするから、今はその準備で、ちょっと忙しい」
なるほど、と樹生は思った。山小屋の主人ということならば接客にも長けているのだろう。晩の喋りは淀みなく滑らかで、するすると耳に入った。
「茉莉さん、あなたのおっしゃった通り、直生――あなたがたのお父さんを匿っていたのは、僕です」
ボールはいきなりストレートに変わった。隣の茉莉が体を硬くしたのが空気で伝わった。
「匿っていた、というのは、過去形?」と茉莉が尋ね返す。
「うん、過去形だ。結論から言ってしまおう。岩永直生は死んでいる」
→ 55
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と晩は苦笑した。
「もしかして騙されたか、一芝居打たれたのかな」
「確かに、あなたを呼び出したのはあなたの高校時代の同級生の田内(たうち)という人でしたが、それはあなたをここに呼ぶために私の知人に名をかたってもらいました。そうですね、騙しました」
「酷いね」
「どうだか」
茉莉はふっと溜息をついた。
「あの男の行方をずっと追っていました。正確に言えば、知人に頼んで追ってもらっていたんですが。あなたに行き着いたのは去年の暮れぐらい。それでちゃんと話を聞いておこうと思って、知人に名をかたらせてそれらしい用件で、呼び出しました」
「僕が今ここで話すのを拒否して逃げたらどうするの、」
晩は、穏やかな笑みの端に鋭く激しい感情をちらつかせた。
「グラスの水浴びせて椅子でも蹴ってね。いくらでも逃げられる」
「弟が追うわ」
茉莉はもはや笑みさえ作らなかった。
「あなたは逃げられないでしょうね。私は母に似ているし、弟はあの男に瓜二つだし」
「……なるほどね」
晩は参った、というように両の掌を姉弟に向けてかざした。諦めたように息を吐く。「僕の好みを分かっているわけだ」
「そこまで何もかもわかってるわけじゃないわ」
「弱みも?」
「ええ。だから吐いてもらうの」
「まあ、……ここに来て抵抗する気もないよ。つい意地悪が出てしまう性分でさ。ドッキリを仕掛けられたものだから余計にね」
店員がおしぼりやカトラリーの類を持ってやって来たので、いったん話を区切った。店員が去っていくタイミングでグラスの水を一口飲み、樹生は口を開いた。
「茉莉、説明してくれないかな」
「何からどの説明が欲しいの、」
「……おれはなんにも把握していないから、さっぱりなんだ。全部、最初から」
そう言うと茉莉はため息をつき、「私だって全部の把握なんてできてないわ」と言った。
「失踪した父親の行方をずっと追っていたけど、どうしても見つからない。ようやく行きついたのがこの人だけど、この人があの人のなんなのか、何かを知っているのか、知らないのか、よく分からないのよ」
「……」ということは茉莉にも事の次第がよく分からないのだ。そんな頼りない状況でよくこんな所まで来たな、と樹生は内心で息をつく。
「ただ、……前にも話したけど、この人はあの男を匿っていたことは確実。だから話を聞くの。今頃あの男がどこで何をしているのか」
「……そう、」
樹生は目の前の男の顔を見る。小柄な男は深い緑色の地に灰色の切り替えしが入ったフリースを着ていて、それが妙に似合っていた。
晩も樹生に目を合わせる。「血は恐ろしいな」と彼は眉根を寄せた。
「ええと、茉莉さんと樹生くん。あなたたちは今いくつなんだろう?」と晩は尋ねた。
「私は四十歳、弟は三十歳です」
「……じゃあ、美藤さんが亡くなった時の年齢を、茉莉さん、あなたは超えたんだね」
「そうですね。母より長く生きている事になるわ」
「あの事故は、衝撃的だった。驚いて、声も出なかったな」
晩は目を伏せる。
「美藤さんが亡くなってからもう、……二十二年? 二十三年ぐらい経つか」
「母と会ったことが?」
「あるよ。結婚式に呼ばれているから、その時に見ている。随分と綺麗な嫁さんをもらったもんだと思ったね」
そこで晩は言葉を区切り、ふーっと息を吐いた。
「改めて自己紹介をしよう。僕は、晩、と言います。晩通孝(ばんみちたか)、がフルネーム。K高地にある山荘の社長と、山岳写真家としても活動しています。K高地に山荘を開いたのは僕の祖父だけど、母方の実家がこの辺りで、そこに事務所も移したから。山荘の冬期閉鎖のこの時期だけ、ここにいて雑務をしているよ。四月から山荘が営業再開をするから、今はその準備で、ちょっと忙しい」
なるほど、と樹生は思った。山小屋の主人ということならば接客にも長けているのだろう。晩の喋りは淀みなく滑らかで、するすると耳に入った。
「茉莉さん、あなたのおっしゃった通り、直生――あなたがたのお父さんを匿っていたのは、僕です」
ボールはいきなりストレートに変わった。隣の茉莉が体を硬くしたのが空気で伝わった。
「匿っていた、というのは、過去形?」と茉莉が尋ね返す。
「うん、過去形だ。結論から言ってしまおう。岩永直生は死んでいる」
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カーナビが示す方向へ車を滑らせる。道中は長かったので途中の道の駅でトイレ休憩をし、煙草を吸ってから、また発車した。進むにつれて辺りはどんどん雪深くなっていた。それでも道に雪はなく乾いていたので、難なく進むことが出来た。
目的のカフェは、雑木林の中にあった。
感じとしては早の家を思わせる。木立の中にある黒っぽい建物だった。林の中なのであまり除雪が行き届かず、ここは所々凍っていた。道も狭く、道路の脇は舗装が剥がれかけている。駐車場も砂利を敷いただけだ。日曜日の昼時であったせいかスペースを見つけるのに難儀した。人気の店であると知れる。
店内は樹生には狭いと感じたが、茉莉は店構えを見て「さすがね」とため息をついた。大きな本棚があるのが印象的だった。店主の趣味か、客の趣味か。旅行記が多いようだった。
茉莉は辺りをぐるりと見渡し、店の奥へと目を向ける。そこへすたすたと歩いていくので樹生も後を追った。四人掛けの大きなテーブルに一人、小柄な男がついていた。本を読んでいるようだ。その向かいの席に当たり前のようにするりと茉莉は座る。樹生が驚いて足を止めると、男も振り向いた。
五十代は過ぎただろう、六十代か。白髪の混じる頭をさっぱりと短く刈り込んだ男は、樹生を見て目を丸くした。
茉莉が「こっちへ来て、座って」と自らの隣の席の椅子を引く。
「茉莉、」
「いいから座って」
「茉莉、これ、どういう……」
樹生には全く見えない成り行きだった。「あの男」がいたとされるKという土地で、茉莉が誰かと待ち合わせをしていて、それに付き合わされている事だけなんとなく理解出来た。だが目の前で目を開いている小柄な男に樹生は見覚えがない。もちろん、「あの男」などではない。
一番あり得るとしたら、茉莉の数多くいるボーイフレンドのうちの誰かで、Kの土地勘に詳しい誰か、だと推測した。「あの男」について懸命に追ってくれていた男かもしれない。茉莉の探し物の進展について知っている男という可能性は高かった。
茉莉の隣に腰を下ろす。姉がマフラーを外し上着まで脱いだので短く終わる話ではないことが分かり、樹生も真似て上着を脱いだ。店員が水とメニューを持ってやって来たが、茉莉はメニューも見ず「ブレンドとココアを」とオーダーをかけてしまった。
男も一緒に注文をした。「僕もブレンドと、バタートーストを」と言うのを聞いて、店内に漂う飲食の香ばしいにおいに胃を動かされたこともあって、樹生の腹が鳴った。
「やだ、お腹空いたの?」と茉莉が呆れるように言った。
「何か頼もうか。ごめんなさい、やっぱりメニューを、」
「ここのおすすめはホウレンソウのカレーとナンのセットです」
店員にメニューを見せてもらうように頼んだ茉莉に声をかけたのは、目の前の男だった。
「軽食ならバタートースト。ですが春メニューとして出している桜餡のあんぱん、あれも美味そうですね。甘い物がお好きならそちらでもいいかも」
と言って男はカウンターの上に大きく据えられた黒板を示した。そこにはメニューが英語混じりで書かれており、確かに「この春の新メニュー」の所にパンがいくつか表記されていた。
この男の正体はさっぱり分からない。だがそれを理由に食事を諦める程、樹生のメンタルに打撃を与える事ではなかった。
「あ、じゃあ桜あんぱんと、クリームパンと、えーと、シナモンドーナツを」
「そんなに食べるの?」
「腹減ったんだ」
「口の中甘くならない? ほんと、好きだよね」
「まあね。茉莉こそなにか食べなよ」
「後でね」
メニューを取り終えた店員が下がる。初めこそ姉弟を見て目を丸くしていた男も、目尻を下げてゆったりとこちらを見ていた。
「初めまして、岩永の長女の茉莉です」と、改めて男を向いて茉莉は頭を下げる。
「こっちは弟の樹生」
「……初めまして。晩(ばん)、といいます。いや、あまり初めましてでもないんだけど」
美藤(みふじ)さんによく似ている、と男が言って、樹生の肌に鳥肌が立った。美藤、それは亡くなった母の名前だった。
久々に聞いた名だ。
「あなたもそっくりですね」と男が樹生を向いて言った。
「直生(なおき)が帰ってきたのかと錯覚してしまった」
直生、と男は確かに発音した。瞬間的に茉莉は目を閉じた。樹生は顔を上げる。
名を口にすることを禁じてきた、と言える、姉弟にとっての呪いのような言葉。
「あの男」と呼んだ、二人の父の名前だった。
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プロフィール
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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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