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高校二年に進学して、幼少期にしか現れていなかったアトピーが酷くなった。とにかくいろんなものを刺激と受け取り、全身が真っ赤に腫れ、それは呼吸器へも及んだ。入院治療を余儀なくされ、ようやく学校へ戻れたころ、級友たちは卒業していき、僕は留年が決定した。
『青葉西高等学校四十期生A組 同窓会のお知らせ
「荻原さーん、この領収書もお願いしまーす」
風船を持っているキャンペーンガールもいて、彼女は子どもに社名ロゴの入った手持ち風船を渡していた。カラフルな色合いが、春の日差しの目に留まる。春先のぽかぽか陽気の日でよかったな、と思う。冬場のキャンペーンガールなどやったら大変だ。ユニフォームに防寒もへったくれもないだろう。ぺらっぺらの衣装で、真冬に試供品を配る彼女らを想像すると、気分だけで風邪をひきそうに思えた。
さしずめ、キャンペーンガールというよりはキャンディガールと言ったところか。宇宙人みたいな格好のひとりから、飴をもらった。友山一路(ともやまいちろ)は、早速それを口に放り込む。花粉症ではなかったが、もらった手前、すぐに処理しないとぐずぐずに溶けるまで放置し結局は捨ててしまうと分かっていた。
駅前から延びる商店街へと進む。ここの一角で一路の友人が衣料品店を営んでおり、そこに用事があるのだ。久しぶりに来た街だったので道をひとつ間違え、さらに修正を誤り、商店街を右往左往した。商店街の外れにもキャンディガールはいた。白く瞬いているからよく目立つ。駅前で見かけた子らより背が高いように思えた。彼女はにこにこ笑いながら、というよりも笑顔だけで、キャンディをぽんぽん配っていた。
一路が通り過ぎようとすると、キャンディを持った手がさっと伸びる。一路はとっさに頬を指さし、「もらったよ」の合図をしようとした。普段ならこんな人懐こいことをしないのに、ついジェスチャーしてしまったのは、彼女の笑顔につられたからだ。キャンディガールはにこっと笑って、一路と目線を合わせた。途端、その瞳がひらかれる。一路はとっさに、脳の奥に衝撃のようなものを感じた。記憶がスパークしている。どこかで会ったことのある子。そんな気がした。
キャンディガールはすぐ笑顔を取り繕い、もう動作を次の客へと向けていた。週末の晴れた昼下がりだったので、客はいくらでも通った。一路は茫然としながら、来た道を戻り、商店街へと引き返す。ここまで完ぺきに迷子になってしまったら、友人に電話するしか仕方がなかった。
コールが鳴っているあいだ、彼女の見開いた目や、表情なんかを反芻していた。やはりどこかで会っているが、この違和感はなんだろうか。しばらくして友人が応答したので、それきり考えるのをやめた。帰りの電車で再び思いだしたとき、一路はその衝撃に、混雑する車内で思わず「あ!」と声をあげてしまった。
――穂積伯幸(ほづみたかゆき)。
あの商店街外れのキャンディガールの正体は、女装した男だ。
穂積伯幸は、一路の講義を受ける側のひとりだった。学生ではなく、社会人聴講生というかたちで講義を聞きに来ていた。穂積は熱心な聴講生で、最前列に必ず席を取ったからよく覚えている。一路の話に頷いたり、ジョークを面白がってくれたりした。聴講生だからレポート提出は必要なかったのに、毎回真面目にノートを取り、それ以外のときは、一路を見つめていた。
一方で物静かで、おとなしい性格をしていた。手を挙げて発言することは絶対になかったし、講義後に質問に来ることもなかった。出欠席は手を挙げるだけで済ませていたから、そういえば一路は彼の顔と名前をよく知っていても、声は知らない。
いくつだろう。どういう身分で聴講生などやっていたんだろう。キャンディガールが穂積だと分かった途端、興味がもくもくと湧いてきた。見た目だけで言えば、女性に劣らない肌白さだったし、いつもシャツをだぼつかせているので、体格は華奢で小柄な方だろう。髪は真っ黒く長めで、眼鏡をかけていた。もしかするとカモフラージュだろうか。女装と、穂積とがばれないための。
残念だったなあ、とも思う。大学から遠いところをわざわざ選んでの彼の地のキャンディガールだったに違いないのに、一路がのこのこと出かけてしまったおかげで、正体が知れてしまった。まさか女装していることを周知しているわけではあるまい。あったとして、親しい人に限るだろう。あの表情は、予想外の人に出会ってしまった、それそのものだった。
しかし、と一路は思いなおす。穂積が聴講生として参加していた講座は、一月末をもってすでに今年度の講義を終えている。単純に考えれば、今後は会わないだろう。今回の件は、これで終わりそうだと思った。さよならキャンディガール。ちょっとだけ未練がましく思ったのは、笑顔が素敵だったからだ。
*
あの目で一路を一心に見ている。
一路の一挙手一投足を記録でもするかのように見つめている。
こんな講義、集中できるはずもなかった。長すぎるほど長い九十分だった。「本日はこれまでとします」と、一路は五分早く講義を切り上げた。眠たいような雰囲気だった教室が一気にざわめく。穂積は立ちあがり、一路に目くばせをして、そっと部屋を出て行った。一路は慌てて追いかける。
廊下を出ると、前進する穂積の後ろ姿があった。学生らに紛れて小さくなっていくのを、操られでもしたかのように、一路は追いかけずにはいられなかった。穂積は階段をずんずんのぼっていく。やがて屋上へ出た。途端に風に吹きあげられ、一路は一瞬目を細める。
屋上まで来ると、穂積は一路を振り返った。まじまじと正面から一路を見つめた後、「ごめんなさい」と深く頭を下げた。はじめて聞いた穂積の声は、やわらかくか細く、ハスキーだった。
「なんで謝るの、」
「気分の悪いものを見せたかと。……気づいていらっしゃいますよね。三月の、S商店街にいたキャンペーンガール」
「謝るためだけにあの講義に紛れ込んでいたのか?」
「……いえ、先生には、ちゃんと知ってほしくて。……おれ、普段からああなんです」
「ん?」
「女装するのが、趣味。あのキャンペーンガールは正式に雇われているものじゃなくて、嘘っぱち、偽物なんです。ネットだったらなんでも手に入りますから、好みの衣装買って、女装して、化粧して、ああやって便乗して、っていうのが、好きなんです。キャンペーンガールって、注目されるでしょう。それが、……普段のおれは地味だから、そういうの、たまらなくて」
一路は言葉が出なかった。穂積はさらに続ける。
「正直、先生には憧れていました。偶然取ってみた講義だったけど、先生の声聴けるの、毎回嬉しかったです。……気持ち悪いですよね、こんな話されても。もう大学には来ませんから――本当にすみませんでした」
「待った、待った。だからどうして謝るんだ」
一路は慌てる。気分の悪いものを見せられたとか、気持ち悪い思いをさせられたとか、そんなのはちっとも思っていなかった。好意のようなものを寄せられているという部分においても、同じだった。
「確かに僕はきみの女装姿を目撃してしまったわけだけれど、それでなにか被害を被ったわけでもないだろう? 謝るのは、変だ」
「でも、気分の悪い思いをさせたのは」
「そりゃきみの思い込みだ。僕は別に、気分なんか悪くしていない。むしろあのキャンディガールは、とても素敵だったよ。こっちまで春の気分で、つられて笑顔になったぐらいだ」
「……」
穂積は恥ずかしそうにうつむき、身じろいだ。伏せがちの睫毛が長い。頬がぱあっとばら色に染まったのを見て、一路にまた衝撃が走った。今度は脳ではなく、心臓の方が、ずきっと痛む。
ちゃんと言わねばならないと思った。言わなければあのキャンディガールはもう、二度と一路の前には現れまい。
「あのさ、あのキャンディガール。あの子に伝えてよ。笑顔がとてもよかったから、また会えないかな、って」
「……それは、」
「どんな格好で現れても、多分素敵だと思うから、ぜひ一緒にお茶でもして、きみの話を聞いてみたいって、伝えてくれないか。いくつなのか、とか、普段はどうしているんだ、とか、色々」
「現れたのが、ださいシャツとズボンの、そこらへんにいるような野暮ったい男でも、ですか」
「うん、それはそれで、いいんじゃないかな。なんでも、どっちでも」
「……」
「僕はね、穂積くん。もう一度あの子の春みたいな笑顔を見てみたいんだ」
そう言ったら、穂積は笑い出した。腹に軽く手を当て、くつくつと可笑しそうに。顔をあげると、そこにはとびきりの笑顔があった。目尻にはうっすらと涙が滲んでいたが、それがかえって、瞳を怪しい煌めきにしていた。
「伝えておきます、その、『キャンディガール』に」
「ああ、ありがとう」
「きっとその子、嬉しくなっちゃって。とびきりの服装で来るから、覚悟しておいた方がいいですよ」
穂積は「ふふ」と意地悪く笑った。その笑顔もやはり素敵だと思った。いまきっと穂積は、肯定されて、その喜びが溢れている。だから彼をそんな魅力的な顔にする。
コーン、とチャイムが鳴って、しまった、と一路は慌てた。次の時間も講義があるのだ。それを穂積に告げると、「あ、すみません」と言って彼はまた深く頭を下げた。「おれ、これでもう行きます」
「じゃあ、また」
「うん」
さよならキャンディガール、と心の中で一路は呟く。また会おう。またがあるのだから、さよならじゃない。でも去っていく穂積には、そう挨拶して、それから大きく伸びをした。次の講義は始まるが、心地よい春の屋上から、なかなか去れなかった。
End.
間が悪いというのか、良いというのか、志摩の作戦的なものだったのか、その日はその年最後の講習日だった。仕事納めの日、というわけだ。忘年会は新年会と合わせて年明けに行う。新年の講習は四日からで、それまでの約一週間、志摩と会わない日が続くことになる。
そういえば志摩の携帯アドレスを知らないままだった、ということに気付いた。いままで志摩個人に用事が発生したことはないし、あったとして、画塾の事務室のナンバーをコールすればよいだけだ。飲み会や、それこそ「あまいお菓子を」食べあうお茶会など、個人に踏み込める機会はいくらでもあったのだから、聞いておけばよかった、と友臣は後悔した。志摩に会えないことで焦れている。会ったら、聞きたいことがある。
年末年始、友臣に帰省の予定はなかった。帰ればどうせ、母や親戚などから小言を言われるに違いなかった。無理を言ってまで美大に入ったが結果はアルバイト生活を続けていること。とりわけ、上の兄や姉が結婚して子どもが出来てから、両親の気がかりは友臣だけになった。それならほっといてくれよ、とも思うが、末っ子だけに心配が多いのか、しょっちゅう電話を寄越すし、友臣の暮らす町へも遊びに来る。ならば帰省してもしなくても一緒かな、と思った。だから帰らない。
仲間から忘年会の誘いや、スノーシューをやりにNまで行かないか、という誘いもあったが、なんとなく受ける気になれず、断った。頭の中を占めているのは志摩で、会いたいな、と思う。部屋の掃除も終えてあとは年を越すだけ、という段になった大晦日、唐突にお参りに行こうと思いつき、しっかりと防寒をして外に出た。そういえばデパートの前の広場で、カウントダウンイベントをやると、新聞広告にあった。顔を出したことはなかったが、出せば面白いかもしれない。広場の位置は、ちょうどお社と方角を同じにする。年末の特別営業をする店でもあったらそこに入って、一杯やるのもいい、と思った。
町は思いのほか静かで、しかし広場まで来れば、さすがに賑やかだった。そこに紛れるか、通り沿いで営業しているレストラン・バーに入るか、二年参りに出かけるかで迷っていると、本当に偶然、通りがかりの志摩とばたりと出くわした。志摩は暗い色のステンカラーコートにマフラーを折り目正しく巻いていて、きっちりとした身なりに、どきりと胸が高鳴った。会いたい、と思っていた人に突然会えたせいかもしれない。
志摩も目をまるくして、唐突な出会いに驚いている風だった。
「――志摩さん、」
「友臣くんもこの店に入るの?」
と、志摩は友臣が入店を迷っていたバーを指して、言った。友臣は素直に「どうしようか迷っていて」と答える。
「広場のカウントダウン行くか、お参りに行くか、」
「ああ。ひとりなの?」
「そう、ひとりです。志摩さんは?」
「俺もひとり。この店のスイーツを食べおさめてやろうと思って」
ライトに照らされた黒板を見る。デザートが幾種類か出せるようだと確認できた。
「ここのチーズケーキがたまらなく好きなんだ、俺」
「ほかにもありますか?」
「あとはブラウニーも美味しかったよ。お酒もいいしね、俺はよく来る」
黒板には「夜明けまで営業」と書かれている。「いいですね」と頷くと、志摩はふっと笑った。
「友臣くん。良ければ俺と、あまいお菓子はいかが?」
「いいですよ。喜んで」
ふたり揃ってちいさく笑いながら店に入る。程よく混んでいて、蒸していて、心地よかった。
テーブル席があいていたので、カウンターではなく、そちらへ座った。志摩はマフラーを取りコートを脱いだが、その下は、ブラックのシャツにジャケット、という「正装」だった。ノータイで、一番上のボタンは外されている。冠婚葬祭に出かけた感じではない。意外に思って目をひらく友臣に、志摩は苦笑してみせた。
「さっきまで仲間と別の店で、ライブをして来たんだ。カウントダウン前の余興」
「ああ、ゴスペル、でしたっけ」
「そうそう。五曲ぐらい歌ってきたよ。こーんなのなんかつけてね」
そう言って志摩はポケットからえんじ色の蝶ネクタイを取り出した。それを襟もとでかざしてみせてくれる。愉快そうに「似合うだろ?」と言うので、友臣はおかしくて笑った。「口髭なんかあったらもっと似合ったかも」と冗談を口にする。
「その、お仲間さんは?」
「同じ店で飲んでいると思うよ。そのままカウントダウンするんじゃないかな、」
「抜けてきて良かったんですか?」
「大丈夫。ここのケーキをどうしても、と思っていたし、」
そこでメニューに落としていた目を友臣に向けた。
「――なんだか、ひょっこり偶然、こうして会えてしまったし」
志摩は笑ったが、明らかに照れ笑いだった。友臣は腰の据わらない感覚を味わう。
志摩はチーズケーキとスパークリングワインを頼み、友臣はブラウニーと、ウイスキーを炭酸でごくごく薄く割ってもらった。注文が届くと同時に日付が変わったらしく、店員に「ハッピーニューイヤー」と声をかけられ、ふたりで同じ文句を返す。志摩の言う通り、ブラウニーはしっとりと濃く、ほろ苦く、甘かった。志摩の頼んだチーズケーキも、土台のビスケット地がしっかりとしていて、見た目からも濃厚さが伝わって来た。
志摩がふと、「良かったよ」と笑った。
「新年早々、よいことがあった。まさかこんな風にあまいものを友臣くんと楽しめるとは思わなかったな」
「……それなんですけど、志摩さん、」
「うん」
「志摩さんはおれのこと、好きなんですか……?」
そう言うと志摩は、しばらく黙った後に「好きだよ」と答えた。こちらが面食らうほど、ストレートにぶつけてくる。心臓が高鳴ったが、怖気ている場合じゃないぞ、と友臣は口元を引き結ぶ。
「いつから、」
「いつ、からかなあ。気が付けばって感じだな」
「おれが聞きたいと思ったのは、そこらへん、志摩さんの気持ちなんです」
そう言うと、志摩は首をわずかに傾げた。
「志摩さん、おれにとって都合いいよ、みたいな言い方をしたでしょう。それってつまり、おれが淋しいって言ったらほいほい呼び出されて、きっとこうやって茶でもして、おれがすっきりしたら用済みで、さようならって言っても文句は言わない、ってこと?」
「そうだね」
「おれ、そこまでしてもらう理由がないです。志摩さんに見あわない」
「理由ならあるさ、俺がきみを好きだということ。こればっかりはね、仕方がない。俺はきみに惚れているから。惚れた弱みっていうやつだ」
「……」
「俺がこうやって相手になることできみが淋しくないんだったら、それは俺の喜びになるんだよ」
「……たとえばおれが、これっぽっちも志摩さんのこと、好きじゃなくても……?」
「感情はいつだって、同量にはならない。仮に両想いの恋人同士でも、片想いなんだ。っていうのが俺の経験則。そうやってあまいところを吸ったり利害を一致させたりして、みな一緒にいる。大方のカップルがそうさ」
「……」
「俺は本当にきみが好きで、大事で、参ってるんだ。きみはそれを逆手に取ればいいんだと思うよ。なんだこの変態野郎、男に勃起なんかしやがって、って罵ったっていいし、かこつけられるようならかこつけて、あまいものでも奢ってもらえばいい」
なんだか志摩らしかぬ露骨な表現を聞いた気がして、友臣は顔を赤くして「志摩さん!」と志摩に抗議する。志摩も笑い、「だって本当にそうなんだよ」と困った顔をした。
「俺だって、きみを好きでいることの利益をちゃんと受け取ってる。わるくない話だと思うよ。さあ、どうかな、」
「……」
「ちなみに余裕ぶっているように見えるかもしれないけど、いま俺の心臓は、ステージに立つ時よりもずっと緊張している。音、すごいよ。聞く?」
「人がいます。どうやって、」
「手でも当ててみたら伝わるんじゃないかな、」
そう言って志摩は、友臣に手を差し出した。催眠術でもかけられたかのように、抗えない、と感じながら、友臣は志摩の手のひらの上に手を重ねた。その手はテーブルの向かいの、志摩の胸の上に乗せられる。志摩の指はつめたかったがそれは表面だけのようで、シャツ越しに志摩の熱い体温が伝わって来た。
遠くでとくとくと、志摩の心臓が唸っている、ということを意識した。友臣の体温は人肌に触れて、一気に上昇した。いつまでも触れていたいような気持ちになったが、いつまでもこうしているわけにはゆかなかったので、友臣の方から手を引っ込めた。志摩もそれを咎めはせず、離れた手はワイングラスのステアに着地して、志摩は一口、ワインを口にする。
友臣は口元を押さえた。気持ちが悪いのではなく、むしろ逆、にやけてしまいそうだったから、押さえた。こんな風にして人から想われるのはいいものだな、と感じた。いまの心臓の感覚で確信する。志摩は本当に友臣の望むとおりに行動するのだろう。友臣を裏切らないのだろう。
憐れにも思ったし、嬉しくもあったし、なによりも喜びに深々と打ち抜かれた。ひとりではない、という、絶対的な味方の存在。友臣は手を口元から自身の心臓の上に移動させて、息を長く吐いた。席の向かいから志摩が「大丈夫?」と心配そうに声を寄越した。
「酔った? 気持ちわるい? それともやっぱり、俺がだめ?」
「そうじゃ、ないです」
「でも、具合が悪そうだよ」
「いや、……具合は、いいです」
なんだかおかしくなってきて、友臣はふふふ、と笑った。志摩がびっくりした顔をしている。
「酔いました。酔っぱらうとおれ、笑い上戸なんです」
「そうか」
「ふふ」
「なんだか、いいことを聞いたな。きみは笑うとかわいいから、笑わせたいな、と、いつも思っていた。それであまいお菓子はいかが? なんて言ってた」
なんだ、そうだったのか。友臣はまた笑う。幸福な気持ちでいっぱいだ。新年になんてふさわしいのだろう、と思う。
夜明けより少し前に店を出て、志摩と一緒に近所の神社を参拝した。いちばん冷え込む時間帯だからか人影はまばらで、せっかく設営された露店のほとんどは、ビニールシートを下げて営業を停止していた。
志摩と並んで賽銭を投げ、礼をして、目を閉じる。再び頭を下げ終わっても、志摩はまだ手を合わせたままだった。しばらくの後に、志摩が一礼して顔を上げる。熱心にお参りしていた内容はなんだと訊くと、志摩は「そりゃ決まっているだろう」と白い息を吐きながら答えた。
「俺の賭けに、きみが乗ってくれますように、だ。真剣だよ、もう。今年で四十になるっていうのに、こんなにばかみたいに神頼みする日が来るなんて思わなかった」
「叶うといいですね」
「他人事だな」
「いや、もう答えは決まってるんです」
そう答えると、志摩は急に顔つきをこわばらせた。
「……きみは、おじさんの心臓をコントロールするのが上手い。心筋梗塞でも起こしそうだ」
「あー、緊張してます?」
「そりゃあ」
ちか、と視界の端になにか輝くものがあって、それは、太陽だった。初日の出だ。赤い光線は徐々に上昇し、志摩も友臣も、同じ色に染められてゆく。
志摩が、「友臣くん、」と答えを催促した。友臣は微笑む。まだ酔いが残っているような、足元から浮く感覚がある。
「とりあえず今日これからあいているようなら、おれんちに来ません?」
志摩は瞬時に目をまるくしたが、そのままの表情で「行く」と即答した。
End.
←前編
年が明けました。昨年は色々と変化の年でありましたが、いままで通りおつきあいいただいた方々も、あたらしくおつきあいいただいた方々も、本当にありがとうございました。
また今年一年、どうかよろしくお願いいたします。みなさまの一年が、実りあるものでありますよう。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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