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うろたえているでかいのを引っ張ってカウチに座らせる。背もたれに押し付けて膝の上に乗りかかり、見下ろした。
「――くらしまさ」
「昼間だからちょっとだけな」
シャツのボタンを開け、露出した首筋にくちづける。浅黒いなめらかな肌の感触にうっとりする。
和の膝から降りて、僕は床にそのまま座り込んだ。膝と膝をひらかせ、そこに身体を入れる。ベルトを外し、ボトムスの前をくつろげる。中に穿いていたオリーブグリーンと水色の縞ボクサーは、僕が以前買ってやったやつ。恋人の家に来る彼氏として、そこはちゃんと合格だ。
勃ち上がりかけたものがパンツを押し上げている。布の上から唇を寄せた。
「……うあ……」
生唾が飲めるような声が頭上でした。頬ずりをすると、硬くなるのが分かる。布ごと銜え込み、湿った息で包む。恥ずかしさから、和は自分の頭を抱え込んでしまった。
布地のあいだから手を入れ、直接触れてやる。身体が大きいと持っているサイズもそれなりで、恋人のペニスは僕が今まで見た誰よりも大きいし、長さがある。だからちょっと苦労する。口でしようとすると、まず収まりきらない。
ゆっくり、焦らすように擦る。は、と荒い息が上から降る。感触を楽しみながら手を動かしていると、和のものが完全に勃起した。腰のゴムをずらして、取り出す。ここまで長いともう凶器で、でもそれが僕の中に収まった時の感覚を思うと―震える。
「なあ、和」
先端に下唇を押し付けたまま喋った。
「恥ずかしがってないで、ちゃんと見てろよ」
上目づかいに恋人を見遣る。和はそーっと腕を下ろして僕を見下ろしたが、目が合うと途端に困った顔をした。「見てろよ」と念を押し、恋人の顔を見ながら舌を這わせ指を添えた。
宙をさまよっていた腕は腿のあたりに落ちて、ボトムスの生地をぎゅっと掴む。その右手に左手を重ねた。指を絡ませてつなぐ。
僕が言ったことは、和には絶対だ。和は言うことを聞いて僕を見た。目尻が赤く染まって、めちゃくちゃ色っぽい。腰が疼き、自分のものに触れたくなったが、膝を擦り合わせるだけで今は我慢する。
「―あ、」思いついて、脇へ腕を伸ばした。「ローション買っといたんだ。使おうぜ」
一年もあいだが空くと前に使っていたものは買い直しになる。コンドームと揃えて通販で買っておいたものを、箱に入れっぱなしで放置していた。僕の位置からでは手が届かなくて、和が取った。フィルムを剥いて僕に渡す時の顔は弱り切っていて、つい笑ってしまう。
「――い、意地悪だ、倉島さん」
「だあっておまえそんな顔するから」
「ベッドがいい。ぼくも触りたい」
「だめ。それは夜」
ベッドになんか行ったら、ふかふかの起毛シーツと恋人の手で絶対に出たくなんかなくなる。それと和のサイズだと、どうしても手短に馴らして挿入、というわけにいかない。よく濡らして広げて受け入れないと、途中で痛くてやめる羽目になる。つまり、僕らのセックスは時間がかかるのだ。
今日は他にもしたいことがある。せっかく来たんだから、前に電話で「行ってみたい」と言われた地中海料理屋で飯にするつもりだった。それから服屋に行って、和に似合うんじゃないかと思っていたシャツを試着させたい。時計屋にも行く。今年のプレゼントは奮発した、それを取りに行って、ベルトのサイズを和の手首に合わせてもらわなければ。
言い聞かせるように先端に音を立ててキスをすると、和は息を詰めた。
ローションを垂らし、ぐちゃぐちゃと擦る。浮き上がる筋に舌を添わせて辿る。拗れには蜜が滲み、苦みが舌を刺すようになってきた。潜りこませるように舌を押し込む。指と舌を器用に使い、和を追い詰めていく。
「――く、らしまさ」
不意に両手が僕の頭を掴んだ。そのまま勝手に使われるのかと思ったが、そうじゃない。口の中に含んでいたものがぶるっと外へ飛び出てしまった。
「やっぱりベッド行こう」
「――あっちょっ――こら、かずっ」
僕の腋へ手が入り、簡単に身体を持ち上げられる。手を取り、さっきまでの半べそ状態とは真逆の積極性でベッドへ連れ込まれた。僕を座らせてから、自分は中途半端に脱げたシャツを脱ぐ。広い肩幅や胸板を大胆に露わにしておきながら、ず、と洟をすする仕草が幼い。刺激が強すぎて泣いたから、洟まで垂れてきたらしい。
靴下まで全部脱いだ。脱がせるのが楽しいから自分からは脱ぐなと普段は言ってある。反抗期だ。
「倉島さん、好きです」
和がベッドへ乗り上げる。ぎし、とベッドが軋んだ。
「倉島さんは大人で余裕だから、……やっぱりぼくばっか切ない。ずるいよ」
「……ばっか、そんなわけないだろ」
押し倒したいのかぐずりたいのか。和が微妙に重なったままうなだれた。
でかいくせにな。どう見てもかわいくて、和の顎先に手をかけ、顔をあげさせた。
「俺のも脱がせろ、和。キスしろ」
「……うん」
「身体中ぜんぶ、……キスしろ」
ぎこちなく唇を寄せる恋人のやり方が、僕はとても好きなのだ。
大きな手がセーターの裾から侵入する。背中へ両腕をまわし、しがみついた。
前 次
「――くらしまさ」
「昼間だからちょっとだけな」
シャツのボタンを開け、露出した首筋にくちづける。浅黒いなめらかな肌の感触にうっとりする。
和の膝から降りて、僕は床にそのまま座り込んだ。膝と膝をひらかせ、そこに身体を入れる。ベルトを外し、ボトムスの前をくつろげる。中に穿いていたオリーブグリーンと水色の縞ボクサーは、僕が以前買ってやったやつ。恋人の家に来る彼氏として、そこはちゃんと合格だ。
勃ち上がりかけたものがパンツを押し上げている。布の上から唇を寄せた。
「……うあ……」
生唾が飲めるような声が頭上でした。頬ずりをすると、硬くなるのが分かる。布ごと銜え込み、湿った息で包む。恥ずかしさから、和は自分の頭を抱え込んでしまった。
布地のあいだから手を入れ、直接触れてやる。身体が大きいと持っているサイズもそれなりで、恋人のペニスは僕が今まで見た誰よりも大きいし、長さがある。だからちょっと苦労する。口でしようとすると、まず収まりきらない。
ゆっくり、焦らすように擦る。は、と荒い息が上から降る。感触を楽しみながら手を動かしていると、和のものが完全に勃起した。腰のゴムをずらして、取り出す。ここまで長いともう凶器で、でもそれが僕の中に収まった時の感覚を思うと―震える。
「なあ、和」
先端に下唇を押し付けたまま喋った。
「恥ずかしがってないで、ちゃんと見てろよ」
上目づかいに恋人を見遣る。和はそーっと腕を下ろして僕を見下ろしたが、目が合うと途端に困った顔をした。「見てろよ」と念を押し、恋人の顔を見ながら舌を這わせ指を添えた。
宙をさまよっていた腕は腿のあたりに落ちて、ボトムスの生地をぎゅっと掴む。その右手に左手を重ねた。指を絡ませてつなぐ。
僕が言ったことは、和には絶対だ。和は言うことを聞いて僕を見た。目尻が赤く染まって、めちゃくちゃ色っぽい。腰が疼き、自分のものに触れたくなったが、膝を擦り合わせるだけで今は我慢する。
「―あ、」思いついて、脇へ腕を伸ばした。「ローション買っといたんだ。使おうぜ」
一年もあいだが空くと前に使っていたものは買い直しになる。コンドームと揃えて通販で買っておいたものを、箱に入れっぱなしで放置していた。僕の位置からでは手が届かなくて、和が取った。フィルムを剥いて僕に渡す時の顔は弱り切っていて、つい笑ってしまう。
「――い、意地悪だ、倉島さん」
「だあっておまえそんな顔するから」
「ベッドがいい。ぼくも触りたい」
「だめ。それは夜」
ベッドになんか行ったら、ふかふかの起毛シーツと恋人の手で絶対に出たくなんかなくなる。それと和のサイズだと、どうしても手短に馴らして挿入、というわけにいかない。よく濡らして広げて受け入れないと、途中で痛くてやめる羽目になる。つまり、僕らのセックスは時間がかかるのだ。
今日は他にもしたいことがある。せっかく来たんだから、前に電話で「行ってみたい」と言われた地中海料理屋で飯にするつもりだった。それから服屋に行って、和に似合うんじゃないかと思っていたシャツを試着させたい。時計屋にも行く。今年のプレゼントは奮発した、それを取りに行って、ベルトのサイズを和の手首に合わせてもらわなければ。
言い聞かせるように先端に音を立ててキスをすると、和は息を詰めた。
ローションを垂らし、ぐちゃぐちゃと擦る。浮き上がる筋に舌を添わせて辿る。拗れには蜜が滲み、苦みが舌を刺すようになってきた。潜りこませるように舌を押し込む。指と舌を器用に使い、和を追い詰めていく。
「――く、らしまさ」
不意に両手が僕の頭を掴んだ。そのまま勝手に使われるのかと思ったが、そうじゃない。口の中に含んでいたものがぶるっと外へ飛び出てしまった。
「やっぱりベッド行こう」
「――あっちょっ――こら、かずっ」
僕の腋へ手が入り、簡単に身体を持ち上げられる。手を取り、さっきまでの半べそ状態とは真逆の積極性でベッドへ連れ込まれた。僕を座らせてから、自分は中途半端に脱げたシャツを脱ぐ。広い肩幅や胸板を大胆に露わにしておきながら、ず、と洟をすする仕草が幼い。刺激が強すぎて泣いたから、洟まで垂れてきたらしい。
靴下まで全部脱いだ。脱がせるのが楽しいから自分からは脱ぐなと普段は言ってある。反抗期だ。
「倉島さん、好きです」
和がベッドへ乗り上げる。ぎし、とベッドが軋んだ。
「倉島さんは大人で余裕だから、……やっぱりぼくばっか切ない。ずるいよ」
「……ばっか、そんなわけないだろ」
押し倒したいのかぐずりたいのか。和が微妙に重なったままうなだれた。
でかいくせにな。どう見てもかわいくて、和の顎先に手をかけ、顔をあげさせた。
「俺のも脱がせろ、和。キスしろ」
「……うん」
「身体中ぜんぶ、……キスしろ」
ぎこちなく唇を寄せる恋人のやり方が、僕はとても好きなのだ。
大きな手がセーターの裾から侵入する。背中へ両腕をまわし、しがみついた。
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おじゃまします、と和が部屋に上がる。狭い玄関に大きなスニーカーが増える。恋のきっかけだからか、僕はこの光景にちょっと弱い。頬が緩む。
和から受け取った土産の紙袋はずっしり重たかった。言った通りのものが中からあれこれ出てくる。全部僕のためだ。笑いながら中身を改めている間に和は部屋を歩き回って、窓際の日当たりのいい場所に花を置いた。
「倉島さん、見て」
「――へえ、」
「花瓶がないから。皿、借りたよ」
僕が使っている食器の中で一番大きくて深い白地の皿に、和は上手にミモザを生けた。リースみたいに丸くしたものを水を張った皿に置き、変化をつけるように房や葉を散らす。恋人はこういうことに抜群のセンスを発揮する。だったら自分の身なりを整えろと言いたいが、それはともかく、上手い。感心する。
「相変わらずこういうことが得意な、おまえは」
「ちょっとは花もいいと思った?」
「うん、いま思った」
いい香りがする。ミモザといえば、芳香剤や洗剤の香料として名前を目にする花だ。黄色いぽんぽんがやっぱり甘そうに見える。食べられそうだ。
見透かすように「食べちゃだめだよ」と和が言った。
「この枝はばあちゃんが消毒をした。おなかこわすからだめだよ」
「においがいい。洗面台にも置いとけよ」
「――気に入った?」
「わりと」
和は満足げな顔を僕に向けた。ああ、この顔。和のうなじを掴んで引き寄せて、背伸びをした。身長差があるからこれぐらいしないとキスが出来ない。
おずおずと和も応じてくる。キスが出来るようになったのは、付き合って一年経った頃だった。えらく長かった。手をつなぐようになるだけで半年かかっていたわけで、セックスまでは二年かかった。
したのは軽いキスだけ。でも和の頬がじんわりと熱くなっているのが伝わる。これだけで照れるのがかわいい。
わざと音を立てて唇を離すと、音に和の肩がびくりと震えた。至近距離で目があく。見る間に頬を赤らめ、動揺を瞳に浮かべた。初めてキスをした中学生並みに顔をそむけ、くちびるには手を当てている。
もう、どれだけうぶなんだおまえ。
逃げる恋人を追いかけてキスをした。舌をねじ込み、絡ませる。「ん」と鼻にかかった声が和から漏れて、下腹がずきっと来た。声に自分で驚いた和は、慌てて僕の肩を抑え離してしまう。
「……ああ、……どーしよ」
呟いたと思ったら、大きな手で頭を掴まれ、胸に抱え込まれた。
どっどっどっど、と走る心音が聞こえる。
「なんかぼくばっかり倉島さんをすきな気がする」
髪に和の吐息がかかる。腹にかたく当たる感触がある。
ぼくばっかり、という台詞は大間違いだ。どう訂正しようか。楽しく考えていると和が再び「どうしよう」と呟く。くっついていると色々まずいらしい。
「そこ、座れよ。口でしてやるよ」
今度こそ和は耳まで真っ赤になった。
前 次
そもそもまっとうな恋人同士である僕らがなんで一年に一度の七夕伝説みたいなことをしているかというと、全部和のせいだ。
僕らが出会ったのは六年前。和が二十二歳で僕が二十七歳の時。僕はいまと同じ会社のいまとは違う部署にいて、仕事に手一杯だけど遊びも大事だった。和は近くの大学の四年生で、実家を継ぐべく農学部で勉強していた。
飲み屋で僕らのいる会社員連中と和のいる学生連中のテーブルが隣同士だった。僕らはお互いそれぞれの端っこに座っていて、据え付けの長椅子で隣り合っていた。僕はしたたかに酔っぱらっていて、この時の記憶は今でも思い出せない。気が付いたら和の部屋で、朝だった。
後で和から聞いた話によれば、酔っぱらった僕はいつの間に和と話しこんでいて、そのまま酔いつぶれて放置されたのを和が介抱してくれたという。話を聞き、すぐに謝罪した。その時まともに相手の顔を見た。なんとも牧歌的で、こんな都会で四年も大学生をやっている人間とは思えないほどのんびりとしていた。
大学四年の和に、社会人とは、みたいなことを酔いながら説教していたようだ。和は何が面白かったのか、僕になついた。遊べるならそれでいいやと思い、弟分が出来たようで楽しくて、僕も色々と構いこんだ。何より和は気が楽だった。側にいて苦にならない奴。
ある日いつものように居酒屋で飲んで酔っ払って、さあ帰るかという段になり座敷を降りた。和の靴が僕の靴と並んでいる。白地に青いラインのスニーカー。おおきい、と意識したら急にずきっときた。
前を歩く背中が広いとか、狭い階段を降りるときにそっと振り向いてくれるとか、傘を差しかけてくれる手が骨ばっているとか、普段は低い声が笑う時だけちょっと上がるとか。案外釣り目だったとかコートの袖口から手首の骨の出っ張りを見てしまったとか細い腰だとか襟足のくせ毛だとか。
びっくりした。恋がいきなりやってきた。それ以降なにを見てもときめいてしまって、心臓がどきどきした。
だがこいつは卒業が決まっている。卒業したら実家に帰って跡を継ぐのだ。桃だかぶどうだか梨だかを作っている果樹園を。男だしな、言っても仕方ない。僕がひっそりと恋を諦めようとしていた矢先、和は「すきだと思うんですが」と非常にあいまいな告白をしてきた。
どうしていま言うのか、三月だぞ。こっちは大人の態度で諦めようと必死だったのにこいつ――言われて真っ先にそう思ったし、言ってしまった。つまり俺も好きだと告げたのと同じだったわけだが、和は自分の告白に手一杯で、両想いというこの重大な事実に気付いてくれなかった。
「――その、好きになった人に好きだって言うの初めてで、どうしたらいいのかよく分からなくて」
「え?」
「記念だと思って、聞いておいてください。ぼくは倉島さんが好きです。今までありがとうございました」
勝手に過去形にして、頭を下げやがる。和のつむじをまじまじと見ながら、ふつりと怒りが沸いた。
何事にも逆らってみたいのが僕の性格の面倒なところだ。自己完結で幕引きをする和を叱り飛ばし、説得して、僕らは付き合いを始めた。始めて三日で和は大学を卒業した。引っ越して、遠くなった。
農家っていうのは思っていたより忙しい職業だった。朝が早い。夜も早い。農繁期は休みもない。おまけに初めの数年は、給料もなかった。家を直すとか機械を買うとかいまは我慢の時期だからとかなんとかで、自分の小遣いは別口のアルバイトで稼いでいた。
はじめはもっとマメに会おうと努力もしたが、数年が過ぎたら自然とペースが出来た。のんびり和に合わせた、一年に一度の、慰安旅行みたいな恋の仕方だ。
会えるときは精一杯お互いの時間に尽くした。和が二週間まるまる僕の部屋にいたときもあった。去年はなんだか忙しくて外で会うだけだったが、その代わりに夜景で有名なホテルで豪遊した。和の言う二年ぶりはその通りだ。そういえば今年はいつ帰るのか、泊まっていくならどこにいるつもりなのか。ミモザに気を取られて聞くのをすっかり忘れていた。
前 次
駅の改札口、かかしが黄色い花を携えて立ちんぼしていた。一年で最も冷え込むこの季節、グレーや白、黒、なんて地味な色合いが多い中で黄色の花束はとても目立つ。まるで星を抱えているような眩しさだ。
のっぽが花束。認識した途端、僕は「よし、帰る」とまわれ右をした。背が高いだけで目立つのに、あんな花束、ばかじゃないのか。注目されるに決まっている。待ち合わせの相手がおとこだと知れた時の周囲の目を想像するだけで背筋がぞわぞわする。
ところがやつは目がいい。両目2.5を誇り、視野が広く、動体視力もいい。僕はあえなく見つかって、大声で「倉島さん!」と呼ばれた。
長い足で人混みを難なく進む。距離があった気がしたのに、彼の歩幅ではここまで五歩だった。
一年ぶりに会う恋人の顔を、僕は少々複雑な気持ちで見上げた。
「その花、なに」
恋人――和(かずし)がなにか言いたげに口をひらいた、息を吸うその瞬間を狙って僕は喋った。このタイミングを制すると、相手は大体黙る。口うるさい上司の意見を遮りたいときにこの手を使う。
手の中にあるのは、黄色のふさふさした花。まるい花がしっぽのように房になっており、和の長い腕の中でぽんぽんと揺れている。辺りに少しだけ花が散る。
星というよりは、あまい砂糖菓子を抱えているようにも見えてきた。子どもが齧るたまごボーロを連想した。
「ミモザアカシア。時期はもう少し先なんだけど、間違って折っちゃった枝をハウスに置いといたら花狂いして咲いた。綺麗だから、倉島さんに持ってきた」
「綺麗だよ。綺麗だがおまえばかか。どうするんだよこの花」
「だから、倉島さんの部屋に飾るとか職場に持ってくとか、どうかな」
「やだ。散るからめんどうくさい」
僕の言葉に、黄色い砂糖菓子を抱えたまま和はしょぼんと下を向く。
花に隠れて見えなかったが、和の腕にも荷物がかかっている。銀色の波模様がプリントされた紙袋。中から酒の瓶らしき包装紙やお菓子みたいな四角い箱が見える。
そっちなに、と聞いたら、和は「おみやげ、です」としょぼけたまま言った。
「地元のお酒、まえに倉島さんが美味しいって言ってた酒造のやつ。こっちがジャム。うち去年から加工品も始めてさ、これが美味く出来たんだ。あとドーナツ、駅で売ってて美味しそうだったのと、こっち生姜ののど飴と、地元で有名な画家のポストカードと電車のピンバッジがかっこよかったからそれと」
「おまえおれのかあちゃんか!」
呆れた。でかい紙袋にそれだけ入れてきたとは。知らなかった、おまえはおれの恋人だと思っていたが母ちゃんだったんだなぁと、縦に長い男を上から下までしげしげと眺める。
恋人、各務和は二十八歳。身長は百八十八㎝もあり、百六十三㎝の僕とはなんと二十五㎝も開きがある。身長の割に体重がなく、ひょろひょろと長く見える。肩幅は広いが厚みがないので重いコートが似合わない。自由に跳ねた癖毛は短く、薄い顔でぼんやりと笑っているから印象に残りにくい。名前と見た目で仲間内には「かかし」と呼ばれている。確かに田んぼに立っていたら鳥と仲良くなれそうだ。
(もっともかかしが鳥と仲良しじゃいけないんだけど。)
首にぐるりと巻いた雪柄のマフラーはおととし僕があげたやつだ。僕より5つも若いんだからそういう色柄を与えれば多少は洒落ると思ったのに、こいつには野暮にしかならなかった。今日はちょうちょ結びになっている。田んぼのかかしが首の下で手ぬぐいを縛るが、あれの結び目に見えないこともない。
これでも、僕の恋人なのだ。
重たそうな紙袋を差し、「それどうすんの」と聞いた。和はそっと顔を上げる。
「だから、倉島さんにお土産、です」
「今日はこのままメシ食いがてら出かける予定だったんだけど、」
「あ、……じゃあ、ロッカーに預けてくるよ」
「花も?」
今日は今年一番の冷え込みで、とニュースで言っていた。目立つし、あまりそのまま出歩きたくない。大体、地方から出てくる人間は生花なんか持って来ない。電車だけで四時間かかる道のり、耐える花も花だ。
仕方がないので和の右腕に下がった紙袋を引っ張った。
「部屋、先行くよ」
「え」
「え、てなんだ、え、って」
「今日は寄らせてくれないんだと思った。倉島さんはぼくが行くの嫌がるから」
「仕方ないだろ。花は持ち歩けない」
年に一回程度しか会わない僕らのデートは基本的に外だ。理由は腹が立つから。身長のせいで僕がぶつけない場所で頭をぶつける。僕がぴったりの椅子で膝を余らせてやっぱりぶつける。長くて邪魔。可哀想に見えるし羨ましくもあるし腹立たしいから、部屋には呼ばない。
部屋に行けると分かった途端、和は嬉しそうに「二年ぶりだ」と呟いた。そうだったか。
「倉島さんの部屋、変わったかなぁ。前はカーテンが水色だったなぁ」
「なあ、それ夏用のシーツの色だったと思うけど」
「そうだっけ?」
「そんな色のカーテンは使ったことないよ。あと、そのシーツは処分した。いまは白い」
「そんな無難すぎるの、倉島さんらしくないよ」
「起毛のふわっふわに変えたの。今年は寒くてつらい」
紙袋を持とうと思ったのに、和は花を寄越してくる。絶対に嫌だから拒む。結局、荷物は全部和が引き受けた。僕より若い農家は、これぐらいの荷物はどうってことないらしい。やっぱり複雑な気分だ。
次
To see, to hear, to touch, to kiss, to die.
めり、と音を立てて僕の心臓が裂けた。目の前で穏やかに、綾野は「終わらせよう」と言った。
「――なぜ?」
「転勤になった。海外」
「なぜ?」
「じゃあ訊くよ。これ以上どうして続けられる?」
僕は黙った。転勤で離れる云々の前に、根本的に間違っていること。――僕には一緒に暮らす「恋人」がいて、綾野には結婚を誓った幼なじみがいる。割り切った上での、都合の良いところばかりを汲んだ恋愛だった。……どうだろう、そもそも恋だったのだろうか。
ただ欲情していただけな気がする。性欲のはけ口にちょうどいい、飢えている、かつ後腐れのない相手。知り合ったのは学生時代の話だから随分と前になるけれど、はじめっからもうセックスしかなかった。それしかしなかった。
これを機会に結婚の運びとなるみたいだと、まるで他人事のように綾野は言った。それはおめでとうございますと、適当な返事をする。
顔を見れば、学習しない僕らはすぐにまたホテルになだれ込む。だから綾野の顔を僕は見なかったし、綾野もそれ以上は特に言わなかった。
僕は目の前のコーヒーをまるで飲む気がしなかったのだが、綾野はいつも通りにきちんと飲み干した。それからいつも通り、伝票を引き取って、立ち上がる。
これで終わるのか、そうか、終わるんだ。こんなにあっけないものなんだと、やっぱり僕も他人事のように思っていた。
じゃあなで綾野は去ろうとしたが、不意に足を止めた。店内にかかる古びた洋楽に耳を傾けているようで、僕も真似をしてみた。が、音源はノイズばかりで、メロディーさえも怪しい。
肉声だけの、重唱曲のようだった。綾野が「これ、聞いたことある」と言った。
「いつ?」
「出張で向こう行った時だったかな、男女混ざった少人数のグループが、街頭で歌ってた。…単純だろ、同じメロディーの繰り返し。長くてさ、聴いてるこっちは凍え死にそうだった」
「有名な歌?」
「よく知らね。……冒頭の歌詞が、印象的だった」
「どんな?」
「Come again, sweet love…再び来たれ、甘い恋よ、か。」
しばらくそうやって店内の音楽に耳を傾けていた。確かに同じ旋律がしつこく、やたらと長い。
それでも聞くのをやめる気にならなかった。かすかに届く透き通った歌声は美しかった。
『to see, to hear, to touch, to kiss, to die』
『I sat, I sigh, I weep, I faint, I die』
サビのメロディーを聞いていた綾野が、英語を流暢な字でさらりと店のナプキンに書きつけ、渡してくれた。
「いつか聞いた演奏は、すごかったよ。こんな内容だけど」
「……だからどういう内容だよ。……俺はお前と違って、英語は分かんねえんだって」
「見ること、聞くこと、触れること、キスすること、死ぬこと、それをあなたと再び。でないと私は、座り込み、息を吐き、すすり泣き、気が遠くなり、死んでしまう。―とことん未練の歌だ。演歌だな」
「……どの道死ぬのか。最悪だな」
「コーラスが凝っていて、真冬の街頭だろうがなんだろうが、ずっと聞いていた。投げ銭入れて、ずっと。……最後にしちゃつまんない話だな。悪かった。……じゃあ、元気で」
そしてあっという間に綾野は遠ざかる。立ち上がれないまま、走り書きされた英詩を眺めていた。
見て聞いて触れてキスして死んで。――たちまち蘇る、綾野の姿、声、触れた体温や手触り、逞しさ、唇の感触、……こんなのばかりでは死んでしまうとまで思い詰めた、情事のさなかの逼迫した鼓動。不意に見せる、あどけない笑顔、無防備な背中。
終われるはずもない。身体だけの約束が全て欲しいと、とっくに気付いていた。
「――綾野!!」
気付けば店を飛び出し、叫んで、端正な後姿にしがみついていた。―ああ駄目だ、僕はもう、この恋のために死んでしまう。
綿谷、と綾野が僕を呼んだ。引き剥がされて対面して、顔が合わさる。熱のはらんだ表情も、少し掠れた声も、もう後戻りできないと告げている。
畜生、と綾野は息を吐き、そのまま僕を腕の中に封じ込めた。捕食するような、すさまじい力で。
「全部捨てて、恋で死ぬのか。……ああ、」
「二人一緒に入れる棺桶ってあっかな」
その前にあの歌、ちゃんと聞きに行きたい。
そう告げたら、泣いたかと勘違いするような声で、綾野がそっと息を吐いた。じゃあ今度こそ、一緒に行こう、と。
end.
めり、と音を立てて僕の心臓が裂けた。目の前で穏やかに、綾野は「終わらせよう」と言った。
「――なぜ?」
「転勤になった。海外」
「なぜ?」
「じゃあ訊くよ。これ以上どうして続けられる?」
僕は黙った。転勤で離れる云々の前に、根本的に間違っていること。――僕には一緒に暮らす「恋人」がいて、綾野には結婚を誓った幼なじみがいる。割り切った上での、都合の良いところばかりを汲んだ恋愛だった。……どうだろう、そもそも恋だったのだろうか。
ただ欲情していただけな気がする。性欲のはけ口にちょうどいい、飢えている、かつ後腐れのない相手。知り合ったのは学生時代の話だから随分と前になるけれど、はじめっからもうセックスしかなかった。それしかしなかった。
これを機会に結婚の運びとなるみたいだと、まるで他人事のように綾野は言った。それはおめでとうございますと、適当な返事をする。
顔を見れば、学習しない僕らはすぐにまたホテルになだれ込む。だから綾野の顔を僕は見なかったし、綾野もそれ以上は特に言わなかった。
僕は目の前のコーヒーをまるで飲む気がしなかったのだが、綾野はいつも通りにきちんと飲み干した。それからいつも通り、伝票を引き取って、立ち上がる。
これで終わるのか、そうか、終わるんだ。こんなにあっけないものなんだと、やっぱり僕も他人事のように思っていた。
じゃあなで綾野は去ろうとしたが、不意に足を止めた。店内にかかる古びた洋楽に耳を傾けているようで、僕も真似をしてみた。が、音源はノイズばかりで、メロディーさえも怪しい。
肉声だけの、重唱曲のようだった。綾野が「これ、聞いたことある」と言った。
「いつ?」
「出張で向こう行った時だったかな、男女混ざった少人数のグループが、街頭で歌ってた。…単純だろ、同じメロディーの繰り返し。長くてさ、聴いてるこっちは凍え死にそうだった」
「有名な歌?」
「よく知らね。……冒頭の歌詞が、印象的だった」
「どんな?」
「Come again, sweet love…再び来たれ、甘い恋よ、か。」
しばらくそうやって店内の音楽に耳を傾けていた。確かに同じ旋律がしつこく、やたらと長い。
それでも聞くのをやめる気にならなかった。かすかに届く透き通った歌声は美しかった。
『to see, to hear, to touch, to kiss, to die』
『I sat, I sigh, I weep, I faint, I die』
サビのメロディーを聞いていた綾野が、英語を流暢な字でさらりと店のナプキンに書きつけ、渡してくれた。
「いつか聞いた演奏は、すごかったよ。こんな内容だけど」
「……だからどういう内容だよ。……俺はお前と違って、英語は分かんねえんだって」
「見ること、聞くこと、触れること、キスすること、死ぬこと、それをあなたと再び。でないと私は、座り込み、息を吐き、すすり泣き、気が遠くなり、死んでしまう。―とことん未練の歌だ。演歌だな」
「……どの道死ぬのか。最悪だな」
「コーラスが凝っていて、真冬の街頭だろうがなんだろうが、ずっと聞いていた。投げ銭入れて、ずっと。……最後にしちゃつまんない話だな。悪かった。……じゃあ、元気で」
そしてあっという間に綾野は遠ざかる。立ち上がれないまま、走り書きされた英詩を眺めていた。
見て聞いて触れてキスして死んで。――たちまち蘇る、綾野の姿、声、触れた体温や手触り、逞しさ、唇の感触、……こんなのばかりでは死んでしまうとまで思い詰めた、情事のさなかの逼迫した鼓動。不意に見せる、あどけない笑顔、無防備な背中。
終われるはずもない。身体だけの約束が全て欲しいと、とっくに気付いていた。
「――綾野!!」
気付けば店を飛び出し、叫んで、端正な後姿にしがみついていた。―ああ駄目だ、僕はもう、この恋のために死んでしまう。
綿谷、と綾野が僕を呼んだ。引き剥がされて対面して、顔が合わさる。熱のはらんだ表情も、少し掠れた声も、もう後戻りできないと告げている。
畜生、と綾野は息を吐き、そのまま僕を腕の中に封じ込めた。捕食するような、すさまじい力で。
「全部捨てて、恋で死ぬのか。……ああ、」
「二人一緒に入れる棺桶ってあっかな」
その前にあの歌、ちゃんと聞きに行きたい。
そう告げたら、泣いたかと勘違いするような声で、綾野がそっと息を吐いた。じゃあ今度こそ、一緒に行こう、と。
end.
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
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