忍者ブログ
ADMIN]  [WRITE
成人女性を対象とした自作小説を置いています。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


 済んでシャワーまで終えると、日が暮れかかっていた。日は徐々に長くなりはじめているが、日差しは弱く寒いことこの上ない。セックスを始めたらやっぱり長くて、疲れて出かけたくない。ぬくぬくとベッドで転がっていたい。
 声のあげすぎで少し喉がひりついた。飲み物取ってくる、と和は僕から離れたが、すぐに「なんにもなかった」と言って水道水をグラスに取って戻ってきた。
「――そうか、買い出し行かなきゃ。はらへった」
「ドーナツ齧る?」
「えー、いまドーナツって気分じゃねえなぁ。もっと軽いの…あの花食えたらなぁ」
 和が持ってきた花は、僕の中で完全に甘い設定になっている。さくさくと歯触りよく、舌の上でさっと溶ける。事後に食べるにはちょうどよさそうだ。和は困った風に笑った。
「ぼくもおなかがすいた。なにか買ってこようか?」
「んー……」
「出かける?」
「んー……」
 行くなら地中海料理屋で、酒。あと服屋。時計屋と、通りに新しく出来た店のチョコレートも食わせたかった。色々思うが、寒さと心地よい疲労とで考えるのが嫌になる。決まらないままぐだぐだと和にもたれ、時間が過ぎて、結局は近所のカレー屋になった。和は喜んだので、まあいいか、と僕も満足する。
 持ってきた日本酒を部屋で飲もうと言って、コンビニで買い物もして、来た道を戻る。そういえばいつまでいるの、と今更聞くと、和は「……明日、かも」と歯切れ悪く言った。
「――えっ!!」油断していた。言わないし、最低でも三日はいてくれると思っていた。
「吉野の出産が近いんだ。大丈夫だと思うんだけど」
「――はあっ!!!?」
 なんだ出産て。吉野は誰だ。妹の名前は違ったはず、もしや俺は振られる話か、と慌てていたら、こっちの焦りも知らずにのんびりと「ヒツジの出産は初めてで」と言う。
 なんだヒツジか。――ほっとして、悔しくもなって、背中をばんと大きく叩く。
「――いった」
「本当に明日帰る?」
「……吉野次第。今夜生まれるならもう間に合わないけど、まあ、明日の朝には」
 それではこちらの目論見が全部崩れる。時計すら渡せないのでは意味がない。明日朝って、今日はもう夜で、九時をまわっていて――付き合いはじめを思い出して切なくなった。付き合って三日で遠距離になった。無理をしないと会えない距離で、また電話とメールの日々に戻るのか。
 和の右手を取り、手をぎゅっと繋いだ。「飼い羊のお産ぐらいで帰るな」と不満を言ってやる。いや、農家に家畜の出産は重要事項かもしれないが、いやそもそもこいつ果樹園経営者だし、たまに会うおれとヒツジどっちが……いや、いや。考えつめないために首を横に振る。
 要するに、明日帰ると言われているのが嫌でたまらない。帰るな、ともう一度言う。甘えすがる声が出た。
「……うん、」手が強く握り返される。「帰るの、嫌だなぁ」
 そのまま黙考の姿勢でいるので、僕も黙っていた。
多少の人目があっても、部屋までは手を離さなかった。マンションの扉をあけると、途端に花が香った。マフラーを解きながら、和は「明日帰るのはやめる」と宣言した。
「倉島さんといる。倉島さん、明日は?」
「日曜日だよ。休み」
「明後日は?」
「出勤。……おまえ、明後日は?」
「帰りたくない」
「明々後日」
「帰りたくない。ずっとここにいたい」
 じゃあ住んじゃえば、と言いたくなる。ここで僕と暮らせばいい。だが、無理な話だ。片道四時間かけて農家は出来ないし、逆だったとしたら、僕が嫌だ。
 僕は今の仕事が大好きで、毎日とても充実している。和も同じだ。離れたから遠距離恋愛をしているが、たとえば大学卒業後に和が実家へ帰らなくても、僕らの付き合うペースは、こんなもんだったんじゃないだろうか。
 とにかく、和は明日帰らない。明日帰らないなら、今日はそれでいいか。コートまでハンガーにかけ、僕らはカウチに座り込む。酒を飲むためにグラスやつまみを広げる。
「――まあ、でも」
「ん?」
 鋏がほしい、と立ち上がりかけた和に、声をかけた。のんびりと奴が振り向く。
「今年はもうちょっとぐらいがんばってもいいか」
「なにを」
「会う回数。GWはおまえのとこ行こうかな」
 お、と驚いた顔の後で和は笑った。「待ってる」と言った顔が本当に嬉しそうで、僕も嬉しくなる。大したことは言っていないのに。
 キッチンから鋏を持ち、ついでにつまみの類をきちんと皿にあけ、和は僕の隣へ戻ってきた。
「明日は、帰らないんだな」
「うん」
「お産でも火事でも帰るなよ」
「いっそ雪でも降ったら帰れなくなるのにな、って思うぐらいだよ」
 恋人が笑ったのを見て、明日のデートの予定を語って聞かせた。
 雪なんかごめんだ。晴れるといい。


End.










拍手[79回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
Lさま(拍手コメント)
こんにちは。いつもありがとうございます!
本当にあり得ない二人ですよねぇ。こんなやつらいるかぁ!と思いながら書いてました。
お互いに好きなこと大事なことが他にもあると、充実した恋人といるのが楽しい、風になるのかな、と思います。この二人はそんな感じです。
(ですが余談ですが、私の脳内妄想では倉島くんは5年ぐらい残して早期退職し、和くんにぶうぶう文句を言いながら農家を手伝ったり在宅の仕事をしたりします。死ぬ時は一緒というアレですw)
吉野のくだり、いるのか?と思いましたが楽しかったのでいれてしまいましたw
Lさんの思うとおりのGWだと思いますよ。早く春が来るといいですねぇ。
またぜひいらしてください!
粟津原栗子 2013/02/09(Sat)08:05:59 編集
りんさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。

始めの構想がとても暗かったので、春だし!と言い聞かせて180度方向転換しました。和くんののんびりが書けて良かったですw
他のカップルも考えるのですが、なかなかのってこなくて。こういうのは時期を待つしかないのでしょうかね。そのうち、つかをお待ちください。
コメントありがとうございました!
粟津原栗子 2013/02/09(Sat)08:09:42 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
カウンター
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
最新記事
フリーエリア
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]

Template by wolke4/Photo by 0501