忍者ブログ
ADMIN]  [WRITE
成人女性を対象とした自作小説を置いています。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 当たり前に「八束」って呼ばれた。散々「さん」付けだったのに、再会したらニュートラルに呼び捨て。心の底をなかなかあらわにしない男の深いふかい水底に光が当たってちょっと透けて見えた気がした。つまり言葉にはしないけれど心の中では八束を「八束」と呼んでいたのか、と。
 三年間まるきり聞けなかった声で、名を呼ばれた。人混みに酔って疲弊している状況だったけれど、八束を見て安堵したか懐かしかったか、とにかくマイナスの要因は生まれなかったらしい。低くてちょっと転がるような、甘える響き。それを聞いて背筋のてっぺんから真下まで星が落ちたかのような衝撃が走った。正直、それだけで射精に至りそうだった。
 この男は睦む関係がはじまる前に八束に触れたがそれきりで、キスはしたが身体を求められることはなかった。だからやっぱり男相手に性欲なんか湧かないんだな、と諦めるような気持ちもあったのは確かだ。そういう関係でもいい。世の中にセックスレスのカップルは多いんじゃないかと思う。心さえ通っていれば――でもなかなか本音を明らかにはされなかったし、黙り込むことも多かった。それに肉欲を別で処理されていたとすれば諦めることなく絶対に嫉妬や怒りで詰め寄ったはずだから、八束自身の性癖に添えないのは仕方がないとしてやっぱり触れられたかった。
 再会した夜にセックスがしたいよ、と言われたから、本当に嬉しかったけど、信じられない気持ちもあった。髭を剃って思わぬ若い顔立ちを見てしまったせいかもしれない。精悍に引き締まった、肉とか余計な感情とか無駄なものの一切を削ぎ落としたソリッドな顔立ち。ミナミ倉庫を貸し出していた五年間で付き合いのあった穏やかでのんびりとした馴染みの顔とは全く違った。ただあの彫刻と全く同じ顔立ちで、でも彫刻より生々しくて余計に混乱した。彫刻家鷹島静穏だというのは理解したが、「セノさん」と同一なのかと本気で分からなくなった。
 戸惑いは興奮を加速させ、じかに肌に触れられて、そのとき多分ようやく納得したと思う。この男は「セノさん」で、イコール「彫刻家・鷹島静穏」だ、と。馴染み深い匂いがしたのだ。いつもセノから嗅ぎ取っていた木材のやわらかく香ばしい匂いと、鉄や油の工業的な匂い。それとセノ自身の汗や体臭が混ざった、八束にとってくらくらする匂い。そしてまろやかな低音で名を呼べと求められて、自分と交わり発情をさらけ出している相手はこの男なんだな、と。八束に桃の実の彫刻を贈ってくれた男。怪我の手当が上手な、器用で不器用な男。
 あのとき、名を呼んだら屈託ない顔で静穏は笑った。無邪気さに似ているけれど違う、思春期も青年期も経てちゃんと大人になった人が純粋に喜ぶ時の顔だった。胸が絞られて心臓が鋭く痛み、この痛みで死んだらめちゃくちゃ後悔するなと溢れかえる性感でいっぱいになりながら歯を食いしばった。行為の最中に死ぬなんて冗談じゃない。まだこれからもっと、ものすごく、この人のことを知りたいし傍にいたいのに。
 帰郷、と呼んでいいのかどうか、とにかく静穏はミナミ倉庫に戻ってきた。抱えていった荷物を幾分か軽くして、あるいは重くして。八束の父とも契約を済ませ直し、また正式に南波の管理する不動産の店子となった。急な戻りに焦ったのはスペースの問題。四季が家を出て寮生活をはじめてから、実家にいるよりは倉庫にいる時間が増えた。とにかく本を積み上げては読み散らかしていたから、静穏の生活圏の確保はちょっと大変だった。そのままにしておけばいいよ、とは言われなかった。笑えないぐらい本で埋まっていた。静穏は呆れていたと思う。困った顔で「別の物件探した方がいいのかな?」と八束にとっては冗談でも受け取れない台詞を口にした。
「じゃあいっそうちに下宿でもするか? 部屋空いてるし風呂あるし」
「うーん、でも資材置き場は確保しないといけないしなあ。作業スペースも」
「わかってる、ジョークだ。ごめん、すぐ片付ける」
「どこに運ぶの?」
「実家の土蔵。足りなければ親父から空きを借りる」
「おれがそっちへ移ろうか?」
「いや、きみはここにいろ」
 ふ、と静穏は笑った。
「――親の留守中に悪さしてた小学生みたいでさ」
「連絡を寄越さず唐突だったきみも悪い」
「責めてるわけじゃない。おれがいなくてもちゃんとここで生活しててくれたんだって、嬉しかった」
 高く積まれた本の表紙を静穏は撫でた。留守番ありがとう、ということか。だったら僕を撫でてくれよ、と言いたくてさすがに言わなかった。四十路が近いおっさんの台詞じゃないだろ、と。
 改めて荷物を運び直して、鷹島静穏は三年ぶりにミナミ倉庫での暮らしをはじめた。



 この辺ではお盆といえば旧暦に合わせた八月になる。四季が成人するまではきちんと行事は行おう、と言ったのは思いのほか早くに妻も娘も亡くした父だった。だから八月十三日から三日間はきちんと休みを取る。仏壇の前に精霊棚を作り盆灯籠を組み立て、花や菓子を供え、きゅうりの馬となすの牛を作る。墓参りに行き、近くに自生している常緑樹の枝を折り、それを背負うようにして連れて帰る。父の教えではこれに仏様が乗っているから背負うのだと言う。そして家の前で迎え火として樺の樹皮を燃やす。樺は油分を含んでいるので簡単に火がつく。その煙を見上げ、暮れかかる空に「戻ったか?」と言ってやる。
 盆の夜の食事は寮から戻った四季がこしらえた。夏野菜の天ぷらは母の好物で、姉が好きだったいなり寿司やかんぴょうの細巻きも並ぶ。台所に立っていた四季は「セノくんがすごい」と言って仏壇の置かれた和室の方向を指した。開け放たれた襖をくぐると、そこにはとうもろこしで作られた円盤状のオブジェ――というよりはきっとUFO、があった。
 八束に気付き、「お盆の行事をきちんとこなすのは久しぶりだ」と静穏は笑った。
「呼んでくれてありがとう」
「いやそれはいいんだけど、……とうもろこしの未確認飛行物体?」
「おれの実家、盆っていかに発想力と創造性を発揮するかが重点だったんだよな。ズレてるのもいいとこだろ」
 そう言いながら野菜の屑をまとめはじめる。
「早く帰ってきて欲しいからきゅうりの馬、ゆっくり帰ってほしいからなすの牛、だろ?」
「ああ」
「そしたらまだガキだったおれら兄弟におふくろがさ、『このご時世牛で移動しないし馬で移動もしないわよね』って言い出して。その発言に火がついた親父がきゅうりでバイクを作ったんだよ。レーサー用のバイクだった」
「おお」それは一般的な家庭にはなかなかない発想だった。
「それでおれら兄弟は、ゆっくり帰るための乗り物として三輪車を拙い感じで作ってね。でもそれはおふくろいわく『自力で漕がなきゃいけない乗り物なんて疲れるから却下よ』だそうだから。野菜で遊ぶなって話だけど、毎年楽しかったよ。ブロッコリーでロケット作ったり、リアルなロバを彫ってみたり」
「それで今年はUFO?」
「帰りは豪華客船のつもり」
 その豪華客船とやらは貰いすぎて持て余していた冬瓜で作るようだ。ナイフを片手に静穏はまた作業に没頭する。四季を手伝って夕飯を呼ぶ頃には、それらは完成していた。
「そうか、うちのばあさんと五紀(いつき)は、今年は極楽浄土からじゃなくて宇宙からやって来るんだな」と父はとうもろこしのUFOを見て満足そうに笑った。
「楽しそうで何より」
「おばーちゃんもおかーさんもいつの間に宇宙飛行士なんかなったんだろう」
「いや、宇宙飛行士が乗って来るのは空飛ぶ円盤じゃなくてロケットだろう」
「帰りは世界一周して帰るのかな。いーなー旅行」
「このあいだ北海道行ったばっかりだろうに」
 変わった点といえば、とても静かになった。こういうとき、以前だったら静穏もきちんと口を挟んだものだけれど、いまはあまり言葉にしない。口角をそっと上げてこちらを見ている。ただじっと、見ている。その目は時折きつく光る。見えないはずの衣服の内側の肌や、その肌の内側の肉や内臓、骨、髄、そういうものまで見ようとしているかのようなきつさに、心臓がヒヤッとする。
「セノさん、あの宇宙船の操縦者はやっぱりグレイタイプなの」と、あえて話題を振ってみる。
 静穏ははっと目に現実を映して、穏やかさをじわじわと染み出すように滲ませて微笑んだ。
「そうだな、そこまで考えてなかったかな。四季ちゃん、料理の腕前上がったね。美味しい、この卵。味噌漬け?」
「あ、違うのそれ。それ漬けたのヤツカくん」
「へえ?」顔を直視された。
「私が寮生活はじめたら自分でもちょっと作るようになったらしいよ。これ、茹でて漬けとくだけじゃん。硬めに茹でとけばお弁当のおかずにもなるからいいんだって」
「え、八束さん弁当まで自分で作るようになったの?」
 あれ、さん付けに戻った。
「白米と卵とソーセージとレンチン野菜をタッパーに詰める。以上」
「それでもすごいよね。あんなにぶきっちょ面倒くさがり代表選手だったヤツカくんが」
 えらいえらい、と姪は頭を撫でてくれた。その行動が姉にそっくりですごいな、と思った。遺伝子ってすごい。姉は四季が六歳の時に亡くなっているというのに。
「うん、すごいな。――えらいね」
 静穏も同意して、夏野菜のスープに口をつけた。えらいね、の後に言葉は続かなかった。やっぱり静かになった。この人には一体どんな変化があったんだろう。
 それをちゃんと訊きたいのに、迫力に負けて口にできない。鷹島静穏という人間の凄みが満々と身体に溢れかえっていた。夏の盛りの草木が、容赦ない陽光を受けて鮮やかに繁茂するように。
 不意にハイビスカスの花を連想した。真夏の真っ赤な花。陽気なイメージは受けないけれど、その色合いは生命のみなぎる赤だと思った。
 こんなに静かに燃え盛っている極彩色の赤。

→ 



拍手[9回]

PR
 荒い呼吸のまま八束を抱えて寝転ぶ。しばらくじっとしていたが、八束は私の胸の上で「これで終わりたくない」と言った。
「もっとされたい……」
「うん」前回の遠すぎる記憶が蘇る。
「……だからって無限に性欲があるわけじゃない。あったらいいのにな。……次出したら、僕は寝落ちる」
「お互いいい歳だからな」
「セノさん、」
「いいの?」
 八束は私の手を自身の最奥へと導いた。熱いはざまの奥底に、もっと熱い箇所がある。
「少しならせば入る、と思う。……ローションないけど」
「見ていい?」
「えっ」
「いや、見たいだろ」
 導かれた場所を、精液のぬめりを借りてなぞる。八束は悶えながら「見ていいもんじゃないと思う」と抵抗を示した。
「嫌? なんで?」
「……女性と違うし、若くもない」
「そんなこと分かってるしおれもそうだよ。でもならなんでおれは、八束にこんなに興奮してるんだろうな」
 八束は困った顔をして、そのままそっぽを向いた。
「見たい。見せろ、八束」
 指を進ませると、ぐうっと熱い中に沈んでいった。ならせば入る、と言ったから、ならす必要があるんだろう。指を浅く小さく動かす。
「んっ、……ふっ、」
「八束のここに、おれが入るのか、見たい」
「……っ」
「いい?」
「……全部脱がせて、それで、きみも全部脱げ」
「うん」
 指を抜き、下半身に纏うものを脱いで丸めて投げた。八束の目が怒っているかのようにきつく尖る。あるいは見ようとして目をすがめているのだろう。八束のものもひと息におろして傍に投げた。膝を立たせ、ひらかせ、奥まっている場所をあらわにする。本当にしっかり見たいと思ったら腰を浮かせて足を上にさせなければならなかったが、今日はそれを諦めた。それよりも触れて入れたかった。
 八束の口に手を当てると、意図を察したか八束は熱心に私の指を舐めた。たっぷりと濡らして、狭間に指を這わせる。ねっとりと私の指を咥え込んで、八束は腰を揺らした。もう性器が力を戻し、ピンピンと張っている。たまらず喉が鳴った。
 ここに入れたら絶対に気持ちがいい、と分かる。私も八束も。
 あとは獣のやり方だった。あらかたかき回して性急に八束と交合した。八束は白い身をくねらせてよりいっそう深くへと私を許す。じわじわと透明な液が先端からは垂れ続け、八束は口を閉じられない。
 繋がった箇所をじっと見た。めいっぱいに広がって私のものを受け入れ、あさましく収縮する。性感がつま先から頭の先までいっぱいに満ちて、私は気持ちがいい。肌のぬめり気が、熱の重さが、八束の断続的な声が、私を快楽へと引きずり落としていく。
「セノさん」と呼ばれ招かれるままに、八束の上に重なる。太ももを深く折り畳まれて苦しそうだったが、構うものかとキスをした。
「あっ、セノさん、気持ちいいっ……――」
「八束、」
 腰を揺らす。引いて、穿つ。八束が呻く。
「八束、目をあけろ。おれを見ろ」
 外れかけて用を成さない眼鏡を外し、顔を覗き込む。
「誰が八束を抱いてるか、言ってみ」
「……セノさん、」
「フルネーム」
「……鷹島静穏、」
「うん」
 私は笑った。切羽詰まってそんな状況でもなかったのに、無性に嬉しかったのだと思う。
 八束の腰を掴み直して、思うままに腰を入れた。八束の嬌声が上がる。それはいつしか尾を引き、私も八束も二度目の射精をお互いの思う場所で思うがままに果たした。



 あ、なんだっけ、これ。
 それは覚えのある形をしているような気がした。居間のローテーブルの上に何かが載っているのだが、下から中途半端に見あげているだけなのでよく見えない。私の片腕は痺れて感覚がなかった。八束の頭が載っており、本人はすうすうとよく眠っているからあまり動かしたくもなかった。
 朝の音がしていた。鳥が鳴き、セミが鳴き、新聞配達と思われるバイクの音が聞こえる。夜明けとともに今日も太陽が容赦ないらしい。朝の冷気はたちまち追いやられて気温は上昇しているようだ。
 その、テーブルの上に載ったものが何かを確かめるべく、なんとか動く方の腕を伸ばしてみる。あと少し、少し、と手を伸ばすと、爪先がそれを引っ掻いた。引っ掻いて転び、それはぼとっと畳へ転がり落ちた。八束がみじろぎ、目を少しだけあけたが、すぐに閉じて眠りに入る。私の腕には飽きたようで、ごろりとあっちへ向いて転がった。
 感覚のない腕を揉みながら、私は身体を起こす。全裸で眠る八束に昨夜着ていたシャツをかぶせた。それから八束の向こうに転がった「それ」を手にする。
 ああ、これか。
「それ」は私が八束に贈った誕生日祝いの品だった。桃の実の彫刻。私が贈ったものをどうしていたのか、それはただの置き物とはならなかったらしい。たくさん触れたかうすい塗装は剥げ、地の木目が艶を帯びて光っていた。そうか、これは八束なりの形で、大事にされていたみたいだ。
 こんなに日常に溶け込んで、当たり前にそこにある芸術。私にはいまだに芸術とは何かが分からない。なんのためにあるのかさっぱりと不明だ。私自身のためにあったはずなのに、こうして八束の手元ですり減るほど触れられている。
 芸術が、なんのためにあるのかが分かるのはいつだろうか。一生かけて分かるものだろうか。答えが見つかる日は来るのか。私自身のためだけじゃないなら、誰のためにもなるのか。
 私の名前は、鷹島静穏。彫刻家を名乗ってはいるが、これからどうなるかはいつだって不明だ。今日の予定すら決まっていない。
 だが、これからどうなるかだなんて、この世の中の誰にもわからないことなのだ。
 ひとつ確かなこと、横に眠る男は私を信じてはばからない。私の彫刻を愛しぬき、心酔してやまない。そして私自身のことも、心から好いてくれている。きみをひとりにしたくないと何度も口にして行動したぐらいに。
 ならばこの人のための芸術というものが存在してもいいのだろう。私のことばかりだった私が、他人に触れて変化する。鉱物が別の元素に触れて性質を変化させるかのように。
 それは新しい心持ちで、ちっともいやじゃなかった。そうだな、と桃の彫刻をテーブルの上に戻す。
 今日もとりあえず展示会場に出向こう。八束を連れて行こう。それで八束をよく観察する。どんな表情で、どんな目で、なにを考えて見ているのかを私は知りたい。どんな声で、なにを語るのか。あるいは語らない言葉があるのかさえ。
 かつて私が水を描きたくて、風を知りたかったことと同じことだ。この人をいちから隈なくちゃんと知りたいと思った。
 いつか生み出されるはずの、新しい芸術のため。つまりは私たちのために。


end.


← 60


約二か月ほど、ありがとうございました。明日からは番外編をちょこちょこと更新します。

拍手[12回]

「おれたちってまだ続いてる?」
「この距離でそんなこというきみの神経が知れない」
「じゃあ、おれはちゃんと、八束を抱きたい。いま、抱きたい。うやむやにする、とかの意味じゃなくて」
「……分かるよ、」
 八束は軽く、労うようにぽんぽんと背を叩いた。
「うん。八束とセックスしたい。……おれは口下手で、肝心なことを言葉にできない。もうあんまり喋らせるな」
「ん……」
 八束の口を塞ぐのは簡単だった。向こうも求めて口をひらいてきたからだ。私の頬から頭をまさぐる八束の手が気持ちいい。舌を目一杯伸ばし、八束の口腔を舐めまわした。そこに甘い蜜でも仕込んであるのを探るかのように。もっと舌が長ければいいのにと歯痒くなりながら。
 下唇を吸い、首筋を舐め降りていく。襟元をくつろげて鎖骨をあらわにさせると、八束の夏の肌にはうっすらと傷跡が滲んでいた。
 また変なところで遊んでいたのかと胃が煮える。だがよく見れば新しい傷でもなさそうだった。そこを吸うと八束は吐息を漏らし、笑った。
「昔遊んで作った傷だ。背中も残ってるのかな、……前にきみが丁寧に処置してくれたところ」
「見るよ」
「ん……信じろよ、もう誰とも遊んでない。新しい傷はない。処置してくれる人もいなかったからな」
「それは、怒ってる?」
「いや、……今日を待ってた」
「……」
「ずっと待ってたんだ。傷、どうなってるのか見てくれよ」
 シャツをたくしあげ、背中をあらわにする。古い傷がうっすらとあったが、白い肌だからなんとなくわかるだけで、時間経過で消える傷だとわかる。唇をつけ、強く吸引する。傷跡をねぶりながら八束を下にした。畳の上になだれて、八束より先に私は自らのシャツを引っ張って脱いだ。八束のシャツのボタンをぷちぷちと外していると、八束の腹筋が震え出す。泣いているのか笑っているのか判断つかず、顔を覗き込んだ。
「やっぱり信じられない」と八束は言った。
「あの自己像の彫刻の通りだ。すごい身体をしてるんだな、きみは」
「すごかないよ。職業柄ちょっと腕がたくましいぐらいだ」
「本当に鷹島静穏とやろうとしてるんだと思ったら信じられなくて、でも現実きみはなんか僕の上にいるわけだし、……それだけで僕はいきそうだ」
「それはちょっと見たいな」
 笑うと八束も笑い、「嘘、触って」と私の手を中途半端なシャツの下に潜り込ませる。触れた素肌は熱く汗ばみ、さらに速い鼓動が伝わった。
 ようやく脱がせて薄い腹に唇をつける。臍をねぶると八束は声をあげて身悶えた。こんな感じ方をしてよくひとりで身体を治めてこられたものだと思う。ベルトを外し、チノパンのボタンと合わせをひらいて、下着に手を入れる。びくびくと跳ねる熱塊があり、八束の言うことは間違っていなかったのだと知る。
 それを数回扱き、口に含んだ。「あっ」と八束のつま先が反る。
 男のものを咥えた経験はなかったが、同じ性を持つと相手の感じるところも分かるもんだなと感心した。自分でするときに好んで擦る場所を舌先で包むと、それは硬度を増し、八束の身体も引き攣った。
「あ、んっ……くっ」
 唾液を足してじゅぶじゅぶと水音を立てながら性器を長く咥え込む。八束の手が私の髪を引っ張った。少し痛かったので顔を上げ、濡れたそこを指で作った輪っかで数度扱いた。
「んっ……」
「おれのも一緒にしていい?」
「……いい、……僕もセノさんの触りたい」
 起きあがり、八束は私の肌に軽く爪を立てる。私は後ろ手をついて畳にあぐらをかいた。ズボンのホックは八束が外した。
 八束と同じように熱く反応している私の性器を取り出し、八束もまたためらいなく口に含んだ。
「――っ」
 正直、八束は上手かった。そこは経験値の差なのかもしれない。焦らすように幹を辿り、先端をざりざりと舐める。猫が脚先を舐めている、あれを連想した。液を滲ませるささやかな窪みにまで舌こじ入れるようにされて、息がつまる。こんなことは過去誰からもされたことがなかった。
 それが甘美な食べ物であるかのように、美味しそうに夢中でしゃぶる。幹の下のふくらみまで丁寧になぶられて、たまらず八束の髪を引っ張り返した。
「……なんだよ、」
「一緒にしたいから。そのままだと出る」
「出せばいい。僕は構わない」
「いや、まあ。……次な」
 八束の腰を引き寄せ、足を絡めて座る。ふたり分をまとめて握り、一緒に擦った。
「……っ、懐かしい、前も、こう、だった」
「……最初のとき、」それきり、最後だったとき。
「次の日、の、朝っ、……付きあおうって、ひどい顔で、言われたんだ……もう、出る」
「……おれもいきそ」
 八束の背を抱き、八束は私の肩に頭を埋めた。お互いに沸騰のことしか考えられなくなる。手指のスピードを早めると八束は呻いた。手の中で熱いものがはしけ、それは私もほぼ同時で、たっぷりと吐精した。

→ 61

← 59


拍手[9回]

 髪型も違えば髭もない。おまけに混雑していて暗がり。だから声をかけるまで誰だかわからなかった、と八束は言った。
「きみが来るんじゃないかとか、いるんじゃないかと思って、ずっと宿坊にいたんだ。きみの展示をしてあるところ。……入れ違ったのかな。いないし、会えないから、薬師如来の公開を見に移動したんだ」
「ありがとう」
 屋台で買ったらしく雫のついたままの冷えたお茶を渡された。寺のパーキング、八束の車の中だった。冷房ではなく窓をあけて風を通している。
「如来さん、見たか?」
「すごい人混みであんまりしっかりは見られなかった。でも公開は今日からしばらくやるからな。また見に来る――発車するよ。うちでいいか」
「いい。大家さんと四季ちゃんは?」
 訊ねると、八束はふっと自嘲気味な笑みをこぼした。
「気を遣われちまった」
「気?」
「四季は、ああ無事に高専に受かって去年の春から寮生活をしてるんだけどね。夏休みでこっちへ戻ってきて、早速えっちゃんと旅行に出かけた。と言ってもふたりきりはさすがにちょっと許可できないと向こうのご両親と相談したら、えっちゃんのご家族の旅行に誘ってもらえたんだ。親父も孫と遠出がしたいと言ってツアー組んでみんなでいまごろ北海道だよ。そんな流れだったから僕も誘われるかと思ったのに、四季が『ヤツカくんは鷹島静穏展に行くんでしょ』って。……初日から行きたいでしょ、初日ならセノくんいるかもしんないじゃんって言われて、その通りだったから意地はって行くとも言わなかった」
「……知っててくれたのか、展示。ろくに告知もしなかったんだけど」
「藍川さんの立体曼荼羅展、行ったんだ。最終日で藍川さんがいて、僕に気づいてくれた。きみはどうしてるとか色々と聞かせてもらって、そのうち作品公開になると思うよと言われて藍川さんからはまめに情報をいただいてた。あの倉庫にずっと寝かせてた木材だよな、薬師如来」
 ああ、と頷く。
「公開になるのがいつかとずっと待ってた」
 小一時間ほどで南波の家に到着した。車から降りて、懐かしさに頬を張られたような気になった。八束が鍵をあけ、先に立って家の明かりを灯していく。窓をあけて家の空気を入れ替えても、南波家の濃厚な気配は逃げずなお濃度を増して私の胸に迫ってきた。
 前よりちょっとものがなくて、本が多くなっていた。四季が家を出て、その分八束があちこちで本を読み散らかしているせいだという。いまは八束が管理しているミナミ倉庫も、似たようなことになっているらしい。
「そういえば、あいつどうした」と茶を入れながら八束は訊いた。
「あいつ?」
「宅間」
「ああ、逃げ出した」
「逃げた?」
「藍川先生の元でしばらく下っ端をやってたが、曼荼羅の制作が終わって自分も糸が切れたんだろうな。勝手にどっかへ行ったが、もう戻ることもないんだろう。そんな気がする」
「そうか」
 八束は冷茶を出してくれたが、どうすることも出来ずに手はつけられず、糸の切れた人形のように八束を手招いた。居間の座卓へと八束はやって来て、どっかりと私の上に崩れてきた。
「――いまになって震えが来る」と八束が漏らす。私は怯えながらも八束の身体を抱き込んでいた。指が勝手に八束の肌を滑る。
「……きみの作品の、自己像を見た。私を突き抜ける風。新しいのも古いのも両方見た。髭のない半裸のきみの彫刻を見て、こんな顔や身体をしている人だったかと半信半疑で、でも夢中で見た。貪るように見たよ。僕がいま待っている人は本当にこの人なのかと信じられない思いで見てた。それで、目の前にきみが現れて、……やっぱり信じられない」
 間近で顔を見合った。明るい場所で顔をようやく合わせて、先ほど視界の端に映ったのは八束の白髪だったんだなと急に納得した。白い髪を綺麗だと思った。眼鏡の奥の目が揺れていてぞくぞくする。
「僕は信じてなかったのかもしれない。きみが本物の鷹島静穏だって」
「……物理的な距離ってさ、離れると、どんな手段を使っていてもやっぱり実像には負けるんだと思う。心が離れるっていうか。いないことに折り合いつけちゃうっていうか」
「……きみ、まだひとりになりたいか?」
「抱きたいよ」
 呼気が混ざる距離で私はそう答えた。

→ 60

← 58


拍手[9回]

 取材を終え、寺の庫裡で買ったままになっていたモダン焼きを食べた。腹くちくなり横になる。夏の夕暮れ、法要が始まる頃で僧侶たちはみな緊張をまとっていた。薬師如来もお披露目の時間だ。宿坊を借りた展示は今夜だけは遅くまであけている。仏像を見た人がその足で私の展示もみられるように、という柏木の提案だ。
 法要は見ていこうと思っていた。ここに待機している理由もない。ゴミを片付け、手ぶらで庫裡から本堂へまわる。夏特有の青紫がかった夕闇で辺りは沈みかかっていた。
 本堂には椅子が置かれ、かなりの人で賑わっていた。立見の人間もたくさんいる。どうにか隅っこにスペースを見つけて身体を滑り込ませる。本堂の柱にもたれかかり、腕組みをして本堂に新たに据えられた薬師如来を見ていた。ようやく公開された新たな像を、拝んでいる人もいればカメラに収めている人もいた。ただぼんやり見ている人もいる。人の数だけ思う気持ちがあるのだろう。
 仏像は蝋燭の暖色に照らされてやわらかな表情を見せている。これでよかったのだろうか。まだ迷う。私にかつて備わっていたはずの自分を客観視する目はいつの間にかどこかへ行ってしまった。自信がないのだ。どの人にどんな反応をされても、私は私の芸術を成し遂げられた成果はあっても、その結果を受け入れるのに時間が必要だ。
 ――八束がこれを見たらどう思うだろう。
 まだ続いているのかどうかも曖昧な関係の中、八束に展示をする旨のDMは送れなかった。スマートフォンは通じているが、これもTに行って以降まったく連絡を取りあっていない。いまの南波家がどうなっているのか把握出来ていない。四季は進学が叶っていれば高専の二年になっているはずで、家を出ている可能性もある。大家さんは存命だろうか。八束がひとりになっている可能性も充分あり得た。
 資材を倉庫に置きっぱなしだから、いずれ連絡は取らねばならないと思う。ためらっているのは、これから先の私を想像するのが怖いからだ。どこかで制作拠点を構えたい。それをミナミ倉庫にしてよいものか。実家に帰ってもいいのだ。あるいは別の町へ。資材の調達さえ出来ればどこでも住める。もう大学講師の依頼もない。
 うだうだと考えているうちに法要がはじまった。僧侶が列をなしてやって来て並んで座り、一斉に読経が始まる。香木や線香の独特の匂いがただよい、火が焚かれる。読経は音楽だ。独特の音階とリズムで歌われるそれはキリスト教ならグレゴリアンチャントだろうか。聞き入ったまま、私はその場にへたり込んだ。膝を抱えてうずくまる。最後尾の壁際なので気に掛ける人間がいないのが幸いだった。こんなにエネルギーのある尊さに、私の作品はちゃんとふさわしかっただろうか。
 私は知ってしまった。藍川のアシスタントや今回の制作で。私たちが作るものに意味を見出す人がいるということを。柏木から依頼を持ちかけられた時にわかっていたはずで、でも全くわかっていなかった。あの像を拝めば癒される。身体や心に負った傷を癒してほしくて必死にここへ辿り着く若者がいる。あれがあるから今日も無事に過ごせる。そういう信心で寺の門前で茶屋を営む老人が本堂の方角へ向かって手を合わせてこうべを垂れる。そういう人たちに、私の制作したものはどうあれば正解だったのだろうか。
 八束、君なら答えを知ってるんじゃないか。そういう妄想で、私は連絡を取っていいのか。今更。
 私の芸術は、常に私のためにあった。私自身を救済するためにあったのだ。制作をして発表することが私のアイデンティティで、私という自己表現であり、感情の吐き出し口だった。ままならない世の中への不満憤りや、自身の内側に湧きあがる声高に叫び出したい感情主張、美しいものを見た時の感動衝撃、そういった言語になりきらないものごとを好き勝手にかたちにしてきただけなのだ。私の叫びであり、私の悲鳴であった。私のわがままで作ってきたものを、八束、君はどう受け取っていたって言うんだ。
 見る人のことなんか考えて制作したことはなかった。十年前の私なら。なあ八束、芸術は誰のためにあるんだ?
 視界の端にキラッと光るものがあった気がして顔をあげるのと、誰かの手が肩先にそっと添えられるのが同時だった。添えてくれた人はびっくりした顔をして、眼鏡の奥の瞳はまんまるのままお互いに固まっていた。
「――……八束、」
「びっくりした、セノさん、か?」
「……ああ」
「髭がないから、……あ、いや」
 相変わらずの白髪頭の八束は、私の顔をまじまじと見て、自分に向かって何かを飲み込むように小さく頷いてみせた。
「具合が悪い人がいるのかなと思ったんだ、……具合、悪いのか」
「いや」想定外の再会に慌てるも、私は首を振った。「いや、違う。具合はよくない」
「……なんか日本語を忘れたみたいになってるけど、混乱してる? もしかして発作か? 誰か呼ぶか?」
「呼ばないで。……外の空気を吸いたい」
「……分かった。立てるか?」
 八束は中腰になり、手を差し出してきた。ものすごく当たり前に。いままでずっとそうしてきたみたいに。
 手を取って数年の距離をひと息に飛び越える。八束の肩にすがると身体を支えられた。
「酒でも飲んだか?」
「飲んでない。人に酔った」
「ああ、」読経を背後に八束は頷く。ゆっくりと本堂を出る。
「分かる。お祭り騒ぎの大フィーバー。信仰と崇拝の。君みたいな過敏な人間には辛い場所だろう。すごい熱気だな」
 触れている八束の身体も熱かった。きっと私も熱い。汗が出る。香木に混じって八束の汗の匂いを嗅いだ。久々に人の熱に触れていると実感した。
「遅くなってごめん。戻った」
「全くだ。ずっと待ってた」
「ごめん、――ただいま」

→ 59

← 57


拍手[10回]

«前のページ]  [HOME]  [次のページ»
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
カウンター
カレンダー
03 2025/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30
フリーエリア
最新コメント
最新記事
フリーエリア
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]

Template by wolke4/Photo by 0501