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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「あの鷹島静穏が、十年ぶりの沈黙を破っての作品発表。それも依頼品の仏像彫刻と同時に、自身の彫刻の発表まで数点。規模は小さいけれど、これはファンにはとても待ち遠しかったよ。当然、記事にしたくてね」
「宿坊の方はなんていうか、とにかく同時に作品発表をしたいからどこか空いてるスペースを展示に使わせてくれないかと柏木さんに相談したら都合よく叶ってしまった感じで。点数も少ないし、画商を通しているわけでもなく、だから広告に金をかけたわけでもなくて、あくまでも私信に近い発表です。あまりおおっぴらに発表と言えるのかと疑問でしたけど、芸術は見てもらわないとですから。だから、こうやって作品発表に至れて嬉しいです。いや、反面だいぶ怖いです」
「はは、怖いか。いい傾向じゃないか。自信作だと胡座かくよりずっとね。僕も嬉しいよ。ようやく鷹島静穏の新作にお目にかかれた。朝イチで行ったら会場には藍川さんがいらしたよ。もう挨拶はした?」
「藍川先生には設営も手伝っていただいたので。Tからなんて遠いし、こんなに小規模の展示なのに、わざわざ」
「それはそれだけ君の作品を心待ちにしていたのが藍川さんだったってことでしょう。聞いたよ。薬師如来は藍川さんのアトリエで大日如来制作の合間に作業していたとか」
「おおかたのところまでです。あとは実家で制作してました」
「てことは、酷夜先生の元で?」
「親父は本当に石しかやらない人だから、手出しはされなかったけどかなり助言をもらいました。あれは助かった。おれは恵まれていますね」
「それはますます貴重な出来だね。会場に移動してお話訊いても?」
「もちろん」
 頷いて、会場として借りている門前の宿坊に移動した。



 宿坊の玄関や大広間、あらゆる場所に彫刻を置いている。その場の雰囲気に合いそうなものを今回は小品合わせて七点だ。Kにある美術館から過去作品を借りてこられたのが大きな成果だった。これはどうしても同じ空間で展示したいと思っていた新作があった。
 広間の、戸板を外して広くした板間に、点々と距離を置いて彫刻を置いている。それらを丁寧に見ながら相澤の質問はとび、私はそれに答える。大広間の中心までやって来て、相澤は嬉しそうに息をついた。そこには等身大の彫刻が置かれている。下半身はズボンを身につけてはいるが、半裸である。私自身を写しとった作品で、だが私の腹から背中の肩甲骨へと突き抜けるようにして流体をかたどった彫刻が施してある。それは風であるかの造形で、しかし目を凝らせば具象的なものがさまざまに彫られかたまって風の流れとなっている。冬に見た椿、リボンのような平紐、小型の鳥、薬缶とこぼれ滴る水等々。それらに混ざって腕が、ちょうど胸の辺りから背中へと羽であるかのように突き抜けていた。なめらかな手は背中で咲き、流れるように収束を知らず広がっている。
 これに、タイトルをつけてある。「私を突き抜ける風(Re;)」というものだった。
「これはいまの鷹島くん自身ということかな」と相澤は微笑んだ。
「こっちに過去作があるから、見比べて展示を見ることができて非常に興味深い。なんていうのか、自己像であるのは同じなんだけど、君はなんだかシビアに洗練されたんだなと思わざるを得ない。昔から超絶技巧で人を唸らせていたくせにね。いままで以上に慎重で精度が高い。そしてここに表現されている君自身の表情が、呆然自若なように見えるのも興味をそそられる。戸惑っているのか、悦びにも見えるような」
「藍川先生にも同じことを言われました。ぎらついていない分、見る人を選ばない。丸くなったといえばそうなんでしょうけど、おれとしてはこうやって芸術の傍にやって来られたっていう感謝? 神様への報告? みたいなものを込めたいな、と。制作にも時間をかけました。おれはせっかちなのですぐ形にならないとしびれを切らすんですけど、そういうのもまるごと入れたかった。いまの私が思う私自身の表現なので」
「これ、前には腕なんか現れなかったモチーフだよね。それはなぜ?」
 訊かれて少し、返事に窮した。
「……ひとりがいいと言ったのにひとりにはされなくて、背中に手を当ててもらった記憶の、表現でしょうか。結局、ひとりでは生きていけないし、そっと傍にいてもらえたら胸が詰まって嬉しいから」
「ああ、そうか」
 相澤はぐるりと彫刻の周りを一周する。
「だからあの腕の表現は、どれもしなやかで優しいんだな」
「そうですか?」思わぬ指摘だと思った。
「そう。優しくしたい君なのか、優しくされて嬉しい君なのか。どの手も別の人のものだとわかるのに、優しい」
 ありがとうございます、としか言うことが出来なかった。相澤は朗らかに笑う。
「おめでとう、ようこそおかえり」
 芸術の傍へやって来られたこと。ようやく思うような表現ができて喜ばしいこと。まだ戸惑っていること。これきりかもしれなくても、芸術の神様はいまこの瞬間だけは私に笑いかけたこと。
 それを相澤に告げられた、と感じた。

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粟津原栗子
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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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