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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 髪型も違えば髭もない。おまけに混雑していて暗がり。だから声をかけるまで誰だかわからなかった、と八束は言った。
「きみが来るんじゃないかとか、いるんじゃないかと思って、ずっと宿坊にいたんだ。きみの展示をしてあるところ。……入れ違ったのかな。いないし、会えないから、薬師如来の公開を見に移動したんだ」
「ありがとう」
 屋台で買ったらしく雫のついたままの冷えたお茶を渡された。寺のパーキング、八束の車の中だった。冷房ではなく窓をあけて風を通している。
「如来さん、見たか?」
「すごい人混みであんまりしっかりは見られなかった。でも公開は今日からしばらくやるからな。また見に来る――発車するよ。うちでいいか」
「いい。大家さんと四季ちゃんは?」
 訊ねると、八束はふっと自嘲気味な笑みをこぼした。
「気を遣われちまった」
「気?」
「四季は、ああ無事に高専に受かって去年の春から寮生活をしてるんだけどね。夏休みでこっちへ戻ってきて、早速えっちゃんと旅行に出かけた。と言ってもふたりきりはさすがにちょっと許可できないと向こうのご両親と相談したら、えっちゃんのご家族の旅行に誘ってもらえたんだ。親父も孫と遠出がしたいと言ってツアー組んでみんなでいまごろ北海道だよ。そんな流れだったから僕も誘われるかと思ったのに、四季が『ヤツカくんは鷹島静穏展に行くんでしょ』って。……初日から行きたいでしょ、初日ならセノくんいるかもしんないじゃんって言われて、その通りだったから意地はって行くとも言わなかった」
「……知っててくれたのか、展示。ろくに告知もしなかったんだけど」
「藍川さんの立体曼荼羅展、行ったんだ。最終日で藍川さんがいて、僕に気づいてくれた。きみはどうしてるとか色々と聞かせてもらって、そのうち作品公開になると思うよと言われて藍川さんからはまめに情報をいただいてた。あの倉庫にずっと寝かせてた木材だよな、薬師如来」
 ああ、と頷く。
「公開になるのがいつかとずっと待ってた」
 小一時間ほどで南波の家に到着した。車から降りて、懐かしさに頬を張られたような気になった。八束が鍵をあけ、先に立って家の明かりを灯していく。窓をあけて家の空気を入れ替えても、南波家の濃厚な気配は逃げずなお濃度を増して私の胸に迫ってきた。
 前よりちょっとものがなくて、本が多くなっていた。四季が家を出て、その分八束があちこちで本を読み散らかしているせいだという。いまは八束が管理しているミナミ倉庫も、似たようなことになっているらしい。
「そういえば、あいつどうした」と茶を入れながら八束は訊いた。
「あいつ?」
「宅間」
「ああ、逃げ出した」
「逃げた?」
「藍川先生の元でしばらく下っ端をやってたが、曼荼羅の制作が終わって自分も糸が切れたんだろうな。勝手にどっかへ行ったが、もう戻ることもないんだろう。そんな気がする」
「そうか」
 八束は冷茶を出してくれたが、どうすることも出来ずに手はつけられず、糸の切れた人形のように八束を手招いた。居間の座卓へと八束はやって来て、どっかりと私の上に崩れてきた。
「――いまになって震えが来る」と八束が漏らす。私は怯えながらも八束の身体を抱き込んでいた。指が勝手に八束の肌を滑る。
「……きみの作品の、自己像を見た。私を突き抜ける風。新しいのも古いのも両方見た。髭のない半裸のきみの彫刻を見て、こんな顔や身体をしている人だったかと半信半疑で、でも夢中で見た。貪るように見たよ。僕がいま待っている人は本当にこの人なのかと信じられない思いで見てた。それで、目の前にきみが現れて、……やっぱり信じられない」
 間近で顔を見合った。明るい場所で顔をようやく合わせて、先ほど視界の端に映ったのは八束の白髪だったんだなと急に納得した。白い髪を綺麗だと思った。眼鏡の奥の目が揺れていてぞくぞくする。
「僕は信じてなかったのかもしれない。きみが本物の鷹島静穏だって」
「……物理的な距離ってさ、離れると、どんな手段を使っていてもやっぱり実像には負けるんだと思う。心が離れるっていうか。いないことに折り合いつけちゃうっていうか」
「……きみ、まだひとりになりたいか?」
「抱きたいよ」
 呼気が混ざる距離で私はそう答えた。

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粟津原栗子
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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
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