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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 送り盆も済ませ、四季の夏休みもじきに終わるという頃に、ちょっと遠出をした。四季に「海に行きたいなあ」とせがまれ、北海道旅行なんか行ったんだから我慢しろ、と言ったのだが、「だってヤツカくんとは出かけてないじゃん」と言われる。近場で済まそうとしたら静穏が「車出そうか」と言い出して、そこにえっちゃんも加わって四人で日帰り海水浴となった。海水浴と言っても八月の終わりでは海はだいぶ危険が多い。海のすぐ傍にある水族館がメインの行先で、海は海岸を歩く程度にした。
「いいのセノさん、展覧会中なのに」と訊く。静穏が宿坊で行っている彫刻の展示会は、おかげさまで盛況で、坊主の好意で会期が延びた。
「毎日会場に張り付いてる必要もないから」
「制作もあるだろうに」
「いいんだ。おれも海が見たかった」
 言葉少なに静穏は八束を見る。隈なく見る。そんなに見るなよ、と思うぐらいに見る。
 目は口ほどにものを言い、というけれど、静穏の目が何を言おうとしているのかさっぱり読めない。ただ、その瞳の輝き方は万華鏡でも覗くかのようなおびただしい色彩と規則性の連なりであるような気はした。八束の中になにかを見ようとしている。
 水族館は混んでいた。夏休みだから当たり前と言えばそうだろう。自由研究のためのコーナーが設けられていたりして、ターゲットを少年少女に絞っていた。大水槽を見て、深海生物のコーナーを見て、でかいイカやカニの標本を見て、デッキでハンバーガーを食べた。四季はお土産コーナーでマンタのぬいぐるみを欲しそうに見ていて、結局静穏が「記念にね」と言って買い与えていた。なんか甘くないか、とちょっと焦れる。
 海岸のできるだけ人のいないような砂場を歩いた。海の家もだいぶ営業が静まっている様子だ。四季と静穏が流木や貝殻やシーグラスを拾うのに夢中になりはじめ、えっちゃんはつかず離れずの距離で写真を撮っていた。八束はなんだか面倒になり、海の家近くに据えられた日陰のベンチに座ってアイスキャンディを舐めた。三人の向こうに煌めく夏の終わりの海が見える。やがて静穏だけがやって来て、「あげる」と言って赤いシーグラスを手のひらに乗せた。
「赤は珍しいんだそうだ」
「……確かに赤いガラスそのものを目にしないよな」
「それひと口ちょうだい」
 八束の口にしていたアイスキャンディを、静穏は躊躇いなく口にした。それを戻して、また静寂がやって来る。波の音、風の音、それらが全てで、静穏は何も発しない。
 波打ち際に目をやると、四季とえっちゃんが足並みを揃えて歩いているのが見えた。軽く手を握っている様子だ。夏の終わりの、若いカップルになんて似合いのロケーションだろうか。これで夏休みが終われば四季はまた寮に戻るし、そうなればえっちゃんともしばらくさよならだ。そういう感傷があるのかどうか、波打ち際で水をすくったり、押し寄せて引く波と追いかけっこしたり、手を離したり繋ぎ直したりで、はしゃいでいる。
 静穏が喋らないので、こちらもなんとなく黙る。隣で静穏はやはり八束と同じ方向を見ているようだ。何を考えているのか全く分からない。そっと隣を窺うと、気づいた静穏と目が合った。
 夏の盛りの花のような生命力と一心さで、八束を見ている。自分も見られているということを、意図はしていないだろう。
「……宇宙船に乗って帰ってきたのは、おふくろでも姉でもなくて、きみの方だよな、」
「え?」
「前とこんなに雰囲気が違う。言いたいことを隠して黙っているというより、言葉を忘れたみたいだな、きみは。言語での表し方を忘れたっていうか」
「……」
「そろそろ戻ろうか。帰りも渋滞してそうだし」
「八束」
 踏み出しかけた足は静穏に手を取られて止まった。いま、呼び捨てだったな。
「今夜空いてる?」

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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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