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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 村上の上着のポケットを探ると、珍しいことに煙草が出てきた。封切られていて、二本しか残っていなかった。ピンク色のパッケージで、蝶の絵柄が描いてある。一目見て女性をターゲットにしていると分かる。まず煙草が出てきたことに驚いて、それからそれが女性向けであることに二重に驚いた。
 村上家の洗濯機を、三崎はよくまわす。三崎自身が洗濯という家事が好きであることと、村上が滅多にまわさないことに起因する。洗濯機はあるにはあるが、コインランドリーの方が手っ取り早くて便利だと言って、村上はあまり家の洗濯機を活用してこなかったから、型が古く、脱水の際にけたたましい音をたてる。でもその古さもひっくるめて、村上の家にぴったりな気がして、三崎には好ましかった。なんとなく村上の家に居ついてしまった三崎は、手持ち無沙汰なときに、よく洗濯ものを干したり仕舞ったりした。
 村上はズボンや上着のポケットになんでも放り込む癖がある。以前、なんにも気にせずに洗濯機をまわして、小銭どころかお札まで洗濯してしまい、アイロンをあてて乾かした。それがあってから、洗濯機をまわす前にポケットを探るのが習慣づいた。小銭はしょっちゅうで、他、免許証や診察カード、ポケットティッシュにごみ、とバラエティに富んでいる。だが煙草の箱が出てきたことはこれまでになかった。
 村上は煙草を吸わない。吸っているところは見たことがないし、吸っていいかと訊かれたこともない。三崎もそれは同じだ。だからこれはふたりのものではない。では誰のものか。
 昨夜、村上の帰宅は遅かった。仕事帰りに人に会ってくるから遅くなる、と言って、三崎の記憶では、帰宅は深夜零時をまわった。可能性としては、会って来た誰かが吸っていたと考える。そういえば確かに煙草くさかった。一体誰に会って来たのか、そこまでは聞いていない。
 火をつけないまま、煙草をたわむれに口に咥えてみた。すうっと吸うと、シトラスの香りがした。細めのボディは、やはり女性が好むものなんだろうな、と察する。いや別に男性が吸っていてもいいのか。パッケージさえ気にしなければ、若い男が吸っていてもおかしくはなさそうだ。だとしたらやはり村上が吸ったとか? いや趣味じゃなさそうだし――……訳が分からなくなってきた。
 聞けば良い、と考え、寝室に向かう。昨夜が遅かった村上は、深い呼吸で気持ち良く眠っていた。ベッドに肘をついて、寝顔をよく観察してみる。短くなった前髪を引っ張り、先日まで絆創膏の貼られていた額の傷跡を、撫でてみる。ぷくりと膨らんだその傷跡は、経過が良かったのか、大した傷としては残らなさそうだった。三崎の手がくすぐったかったらしく、村上の呼吸がすっと止まった。それから薄目を開け、また目を閉じて、寝返りを打って向こうを向いてしまった。
 なんだかつまらない。
 ちいさな庭に通じるガラス戸をあける。ここは物干し場も兼ねていた。部屋の縁に腰かけて縁石に足を下ろすと、外遊びに出ていた飼い猫がすり寄ってきた。それを一通り撫でてから、先ほど台所から持ってきたライターで、煙草に火をつけた。
 ひと吸い、深く吸いこむと肺に浸みた。ひと吐き、深く吐くと煙が細く長く吐きだされる。春の日差しの下、空気のいい中で吸う煙草は、悪い子になったようで、ほのぐらい後ろめたさが、少し気分よかった。そのまま煙草をぷかぷかと吸っていると、後ろからパーカーのフードを引っ張られた。見れば村上が立っている。「なにやってんだ、あんた」と寝起きでしか聞けないかすれ声で訊かれたから、縁石で煙草をつぶしてから、煙草の箱をポケットから取り出して振って見せた。
「ああ、」と村上は頷く。
「昨夜、誰と会ってた?」
 そう訊くと、村上は「姉貴」と答えながら三崎の隣に腰かけた。
「お姉さん、いたんだ」
「弟もいるぜ。一個ずつ違うんだ」
「お姉さんの煙草?」
「そう。たまに、猛烈に職場や旦那の愚痴を言いたい時があるみたいで、そういう時、呼び出される。昨夜もファミレスで散々聞かされてきた。その姉貴が忘れていった煙草だよ」
「お姉さん、仕事なにやってるの?」
「おれと似たようなもんさ。トラック運転手」
「え、すごい」三崎は職場でたまに運転する軽乗用車ですら怪しい。
「運転は楽しいって。ただ、女だからってなめられるのが悔しいんだと」
「おれの職場、女性が多いから、女の人には頭あがんないけどな」
「職種によるよな。性差と、向き不向き。おれんところは野郎ばっかりだけどさ、たまに女入って来ると、なんつーか、雰囲気変わる」
「浮ついたり?」
「するやつもいる。おれは姉貴見てるから、こういうところで働く女は怖えな、と思う」
「ふふ」
 村上も吸う? と煙草を渡してみたが、彼はそのパッケージをしげしげと眺めただけで、三崎に戻した。
「あんたが吸うんなら」
「おれは、もうこれでいいや」
「ていうか、あんた、吸う人だったんだな」
「大学のころ。寝るのがしんどいときに、吸ってた。就職してからは全然」
「だよな。吸ってるところ見たことなかったし」
「村上は?」
「おれは、高校の終わりから二十代はじめぐらいまで吸ってた。姉貴に教わって」
「いまはもう、吸わない?」
「吸わねえな。朗読のボランティアはじめて、やめた。いまは、むしろ姉貴なんか見てて、うんざりする」
「……じゃあ、おれにもうんざりした?」
「は、……そうじゃねえな、」
 不意に、村上の手が伸びた。パーカーの襟元を掴み、少しだけ布地を肩からずり下げる。剥き出た三崎の肌に、村上は鼻先をすり寄せた。唇が当てられる。と、そこをかりっと噛まれて、びっくりした。
「――な、なに?」
「いや、陽に当たって、光ってたから」
「……光ってれば、噛むの?」
「うーんとさ、」
 陽光を、目を細めて村上は見遣った。それから三崎に視線を戻し、「多分高校のころから」と言った。
「あんたには齧りつきたかった」
「よく分かんない、それ」
「食っちゃいたいほどかわいい、ってこういうのを言うんだろう」
 そう言って村上は笑った。惚れ落ちそうなほどのびのびと朗らかな笑みで、三崎はすっかり照れてしまう。その三崎の後頭部を手のひらで掴んで、村上は三崎の顔を胸に引き寄せた。火照った頬に村上の体温が近付いて、産毛が逆立つような感覚がした。
 顎を取られ、上を向かされた。村上の細い瞳と、視線が絡まる。そのままゆっくりと唇同士が重なりあった。三崎はそっと目を閉じる。
「あ」
 村上が至近距離で吐息を漏らした。
「なに?」
「煙草くさい」
 それだけ言って、また唇を塞がれた。


End.



このふたり:
この夜が明けたら
うららかに春の光が降ってくる


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konさま(拍手コメント)
おはようございます。いつもありがとうございます。
煙草を見つけて、三崎としては少し面白くなかったはずです。村上はそういうことを察しない人。だから出来ちゃうこともありますね。なんだかんだで上手くやっているようです。
ちなみに村上家のDNAですが、私はかなり妄想しています。お姉さんは酒も煙草も大好きで、トラック運転手という仕事も大好きで、20歳ぐらいでとっとと結婚した、少しヤンキーの入る人かな、と。対して弟さんは高技専あたりを出て地元の精密機器メーカーに就職、姉や兄と違って手堅く確実に稼いでいる、という想像です。konさんのご想像はどうだったんでしょうね。良ければまたお聞かせくださいw
拍手・コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2015/02/21(Sat)08:10:18 編集
nさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
嬉しいお言葉を頂戴いたしました。五感、というものをものすごく大切にしており、そういうものが書き表せられたら素敵だな、と思いながら書いているので、nさんのお言葉すごく嬉しかったです。こちらこそ読んでいただいてありがとうございます。
今回のお話は、道端に煙草の空き箱が落ちていたのを見て着想したもので、私は煙草を吸いません。なので「懐かしかった」と仰っていただけて、想像が間違っていなかったようだとこれも嬉しくなりました。
村上宅はずいぶんと居心地のよいところであるようなので、引っ越さない、はずです。またそんなのも書けたらいいなと思うふたりと一匹です。
拍手・コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2015/02/21(Sat)08:19:51 編集
Fさま(拍手コメント)
こんばんは。読んでくださってありがとうございます。
いただいたコメントを読んで、思わずにやりとしてしまいました。村上氏には、あまり噛んでやるなと、よく言い聞かせておきます(笑)
初春の光、早い地域だともう感じられるでしょうか。村上・三崎のシリーズのテーマは「陽光」だと思いながら書いていますので、光を感じ取っていただけて嬉しいです。また、三崎が愛らしい、とのコメントも嬉しかったです。三崎はとにかくぼんやりの子で、すっとぼけたところもありますが、魔性の部分もあったりして、書いてて楽しいキャラクターです。(村上が絡んでくるとなおのこと楽しいです。)
またお時間あるときにでも読みに来てやってください。
拍手・コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2015/02/21(Sat)17:58:40 編集
mochaさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
なんとなくシリーズ化してしまったふたりです。続編希望、と前回の更新にコメントいただきましたが、いただかなくても書いていたかもしれないな、と思います。
傷が治ったふたりの春を確認いただけたでしょうか?w
mochaさんのご指摘は意外でした。私としては意識して書いたわけではなく、口の悪い細目の男(村上)には、ぼんやりでも魔性の子(三崎)を当てよう、ぐらいにしか考えていませんでした。お役所勤めが共通しているところは、私がそういう手堅い職業が好きだからです(笑)年齢も異なるので、私の中では重なる部分はあまりないのですが、言われてみれば確かに、たとえば「魔性」のあたりは共通しますね。それからものごとをぐちゃぐちゃと頭の中で考えられるあたり。
こういうご指摘は非常に興味深く、意識してこなかったことを考えるのが楽しいです。三崎・一朗分析を自分でもしてみようと思いますw
またお暇な時にでも覗いてやってください。
拍手・コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2015/02/22(Sun)08:16:26 編集
はるこさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
なにやら興奮した様子が伝わってきて、微笑ましくなりましたw このお話で、はるこさんになにか化学反応みたいなものが起こっていたら、嬉しく思います。
拍手・コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2015/02/23(Mon)17:25:27 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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