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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 村上の帰宅が遅いな、と思っていた。いつも、よっぽどの遠出でない時なら六時をまわるころには帰って来るというのに、今夜はもう八時を過ぎている。別に村上は小学生ではないし、三崎もその親というわけではないから、好きに遅くなったっていいのだ。寄り道をいちいち断る必要はない。勝手に飲みに出かけようが、写真を撮りに出かけようが。しかしこれまでの村上は、遅くなる時は三崎に一言断った。それは三崎の眠る時間やタイミングを考慮してのことであり、「今夜遅くなるけどひとりで眠れるか?」という、知らない他人が聞けばなんとも甘ったるいメールの文面は、ひどい不眠の三崎を気遣ってのことだ。その優しいメールが、その夜はなかった。メールを打つ暇もないほど仕事が押しているとか、忙しくしているとか。理由をあれこれ考えて自分を納得させようとしたが、やはりどう考えても帰宅が遅かった。
 本来の終業時間よりも四時間ほど遅れたと思う。村上が帰宅したのは、夜九時をまわっていた。飼い猫ブチのブラッシングをしていた三崎は、玄関に現れた大きな影を見て、驚いて声を出し損なった。
「――ど、うしたの」しばらくしてかろうじて出せた。
「業務上の過失。わるい、荷物受け取ってくれ」
 そう言って村上は、三崎にバックパックを背中から下ろすように指示をした。声にはなんの傷もなかった。それだけ聞けば、いつも通りの村上だ。
 村上は元々、うざったい、と思うぐらいに髪を適当に伸ばしていた。その髪が、いまはさっぱり散髪されている。短すぎる、と思うぐらいだった。変化はそれだけではない。右目の上に大きな絆創膏を貼っていた。右頬はひょっとしたら少し腫れているかもしれない。血こそ滲んでいないが、擦り傷があるのが分かった。そして右手首に、包帯を巻いていた。明らかに重大な事故が起きている。
 三崎の困惑をよそに、村上はぐいぐいと廊下を進み、台所へ向かう。どうやら下半身には「業務上の過失」はなかったらしい。再度三崎は「どうしたの」と訊ねた。
 コップに水を汲んで、一気に飲み干してから村上は「男前になっただろう」と茶化した。
「ついでに散髪してきた」
「わけが分かんないよ」
「まあ、そんな長い話でもないぜ。仕事中に、荷物が崩れてきた。あと少しで荷を運び終える、ってときで、気が緩んでた。いま、人手が足りなくて人を多く雇ってるから、不慣れなやつが多いのも原因のひとつかも。バイトのひとりが巻き込まれそうになったのを、慌てて引っ張った。そいつは大丈夫だったんだけど、おれは頭かすっちゃって、倒れ込んだ時に手首も捻挫した」
「……大事故だよ、」
「周りの方が騒ぐんだ。もう、やかましいったらなかったよ。頭打ったから念のためって言って、精密検査をした。ちょっと切ってて、思ったよりも出血があって、一針縫ったよ。処置に邪魔だから髪切っちゃいますけどって言われて、まー不格好になったんで、伸びっぱなしもどうかと思ってたし、病院帰りに散髪してきた」
「……よく分かった」どうして怪我と散髪が同時だったのか。
「そりゃ良かった」
 そのまま村上は、ベッドに倒れ込んだ。ふーっと長いため息を吐く。疲労が色濃く伺えた。「お風呂とごはんは?」と訊いてみたが、「どっちもいらねえ」と返された。
「面倒くせえ」と少し怒ったような表情になったから、世話を焼かれるのがいやなのかと思ったが、その口はそのまま職場への愚痴へと切り替わった。
「荷の積み方が甘かったんだよ。労災扱いなのはいいけど、報告書も出さなきゃいけねえし、お客さんの荷物破損したから、始末書も、か。捻挫直るまで仕事は出来ねえしさ。手がつかえないのも、うっとうしい」
「額と、手首だけ?」
「ああ」
「ほか打ったとか、痛いとか、」
「ねえよ」
 それを聞いてほっとして、三崎は寝転んだ村上の胸の上に、そっと覆いかぶさった。心臓の上に頭を乗せて、唸りを聞く。どくどくといつもの音がした。なんの変わりもなさそうで、安心した。
 左手で、村上が三崎の頭を撫でた。指で耳をくすぐってくる。「不安にさせたか?」と訊かれた。
「……顔に傷が残らなきゃいいな、」
「ある程度は残るだろうよ」
「やだ。……おれ、村上の顔、好きだから」
「そりゃあ、……わるいことしたな、」
 ふ、と村上は吹き出した。三崎にとっては笑いごとじゃない。村上の胸にすがるように頬を押し付けると、村上は「ははっ」と声をあげて笑った。
「顔が好きとか、はじめて言われたな。こんな細い目ぇしてんのに」
「そこが好き」
「今夜、眠れそうか?」
「……眠れない、村上のせいだ」
 そう言うと、三崎、と名を呼ばれた。顔をあげる。村上は三崎の額にキスをひとつ落とし、「大丈夫さ」とまた枕元に頭を戻した。
「まあ、そういうわけでおれはしばらく休みだから、なんかどっかで遊べるといいんだけどな」
「……遊び、」
「あんたは仕事あるから、必ずってわけじゃないけど、考えといて。――来い、三崎」
 村上は身体の位置をずらし、隣に三崎が眠るスペースをつくる。電気を消してから、三崎はそこへ潜りこんだ。風呂に入っていないおかげで、普段より濃く村上の体臭がした。
 そうか、デートに誘われたのだ、と暗闇、村上の体温でぬくまる中でようやく思い至った。となると、元日の初詣以来となる。しかもあの時、三崎は村上から逃げたから、「きちんとしたお出かけ」になるのだろうか。だとしたら、はじめてかもしれない。
 村上の左手が、三崎の背を規則的に叩いている。こんな時でも、と三崎は思う。こんな時でも、村上は優しい。


→ 2


三崎と村上:「この夜が明けたら




付きあいはじめてひと月ぐらい。





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はるこさま(拍手コメント)
読んでくださってありがとうございます。今回はお名前があって(w)良かったです。
もっと遅れて更新する予定だったのですが、書けてしまったのでえい、と更新に踏み切りました。デート編と言えるかどうか怪しいのですが、楽しんでいただけると嬉しいです。
本日も更新ですので、お楽しみに。
拍手・コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2015/02/08(Sun)08:09:50 編集
Lさま(拍手コメント)
何度も拍手や、メールフォームにもコメントを送ってくださって、嬉しいです。ありがとうございます。
はい、更新してしまいました。サプライズのつもりはなかったんですが、思いのほか多くの方から反応をいただけて、にやにやしています(笑)
もうすっかり同棲状態のふたり、という感じです。
そうでしたね、Lさんはご経験が豊富ですね。私はと言えば業者さんにお願いした引越しは経験がなく、聞いた話をあれこれ想像して書く、という有様だったのですが、その想像があまり違ってはいないようだったので、ほっといたしました。あと、村上くんの怪我のくだりは元・職場の同僚の方の体験談を拝借しております。
いずれにせよ、業者さんも依頼主の方も大変ですね……。
朗読会、いかがでしたでしょうか? またレポートお待ちいたしております。私も朗読会に行きたくなりました。
拍手・コメント、ありがとうございました!


粟津原栗子 2015/02/08(Sun)08:23:26 編集
konさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。ここにもサプライズに驚いてくださった方がいらっしゃって、嬉しいですw
確かに忙しく(慌ただしく?)しておりますが、書く時間はとても楽しいものです。リクエストがあったら弱いですw ご配慮いただいてありがとうございます。
そんな三崎くんと村上くんですが、相変わらずでやっているようです。些細な不安や事件もひっくるめて日常ですね。それらを共に乗り越えられる相手がいて、良かったな、と思います。そんな短編になります。
あまり無茶しないように、とは、村上氏によく言い聞かせておきます(笑)
本日も更新です。お楽しみに。
拍手・コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2015/02/08(Sun)08:34:07 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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