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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 風呂に浸かったとき背中がぴりっと痛んで、村上は思わず浸かりかけていた湯から身体をあげた。背中の、肩甲骨のあたりだろうか、両側が痛んだがとりわけ左側がひりひりした。手で触れてみると、線状にぷくぷくと傷が出来ているのが確認できた。それも二・三本、平行に。なんだろうな、打撲傷じゃない。たとえば職場で狭い通路を進んで、背中を擦ったとか。そんなのはしょっちゅうだったので充分考えられた。ああ、じゃああの時の傷だ、と今日の仕事を振り返る。今日はとある会社のオフィスの引越しで、賃貸のちいさなビルから広い新社屋へ移ったのだけれど、その賃貸ビルの通路が狭かった。しかもエレベーターがなかったから、階段を何往復もした。机など重たい荷物を仲間と組んで運んだとき、背中を壁に接する機会はあったから、そのときにつくったのだろうと結論づけた。それにしても肌に傷をつくって、制服は無事だったんだろうか。棘でも刺さっているかもしれない。こんな仕事なので、いつどこでどういう傷をつくるかは、予測できても防ぎきれない。
 風呂で困ったことと言えば、石鹸水が沁みてあかすりでこすると痛いことだった。それでも我慢できないほどではない。いつもよりは短めに風呂からあがり、すぐに衣類かごに投げ込んだ制服を確認した。脱衣所では暗かったので寝室へ持って行くと、電気をともしたまま、三崎はベッドに沈み込んで目を閉じていた。すうすうと規則正しい吐息が漏れる。眠っているみたいに見える。
 不眠、不眠とは聞いていたけれど、最近の三崎はそんなことない、と思う。村上の隣に潜り込めば、本を数行も読み進めないうちに眠る。夜間の睡眠の質がどうなのかは知らないが、困っている様には見えなかった。それは三崎にとっていいことだろうけれど、村上にとっては、少し残念なことでもあった。声を、必要とされている感じが好きだった。誰かと無謀なセックスに及ばれるよりは断然いいか。
 寝室の電気を絞り、村上は台所へ向かった。あかるくして、制服の布地を確認する。背中に入った社名のロゴは多少掠れていたが、大きな傷はなく、なにか刺さっているわけでもなかった。着ていたアンダーウェアはどうだっただろうか。また脱衣所へ向かおうと立ちあがると、ふすまがあいて、三崎が顔を覗かせた。
「――寝たんじゃなかったのか」
「んん……起きた、」
 村上が手にしていた制服を見て、どうしたの、と三崎が訊ねる。村上は「は、」と笑ってやった。
「大したことねえ。ただ、背中に擦り傷つくったっぽいから、」
「いつ? 仕事で?」
「多分」
 そう言うと、三崎はあからさまに不安そうな、もしくはいやそうな顔をした。以前、春のはじめころ、怪我をして帰宅したことがある。病院沙汰になった傷で、額に傷跡が残った。あれは三崎にとってなかなかの衝撃だったようで、いまでも時折、額の傷跡は触れられる。こわごわ、でも確認せずにはいられない、というふうに。
「ただの擦り傷だぜ」と言っても、三崎は納得しかねる、といった顔でしばらく黙っていたが、やがて「見せて」と言った。
「背中、見せて」
「大丈夫だって。風呂でちょっと沁みた程度で、大げさな」
「確認。――おれが安心したいだけ」
 三崎という男は、思いのほか声に色が出る。不安そうな、かつ固い意思ある声音で言われると、そんなに拒否する理由もなかった。シャツの襟元を指でひっかけ、首から引き抜くと同時に後ろを向いて見せた。「肩甲骨の下あたり」と具体的に言うと、背中をしげしげと見た後、三崎はちいさく「あっ」と声をあげた。
「――なに、なんかあったか?」さすがに不安になった。
「違う、……違います。ごめん、ごめんなさい、……」
「……なに?」
 背中にぺたりと手のひらが当てられる。三崎の手は、少し汗ばんでいた。「これ、おれだ」と言いにくそうに言うので、村上は思わず後ろを振り返った。
「あんたがつけた傷?」
「そう……」
「いつ、」
「いつって、……」と口をひらきかけて、また閉ざした。それを二回繰り返し、頬まで赤くする。その態度で、村上もさすがに察した。だから昨夜。村上と三崎が没頭していたこと。
「……気が付かないもんだな」
「……ごめん、なさい。……気を遣わなかった、」
「いや、まあ、うん。いいよ。夢中だったし」
 と言うと、額をこつっと肩先に押し付けてきた。ますます顔を赤くして、三崎はうつむく。日ごろはなにを考えているのか分からぬような茫漠とした瞳が、睫毛の下で潤んで光るさまが想像できた。村上はふっと笑い、うつむいてこちらを向いた頭のてっぺんに軽いキスを落とす。
「大して痛くない。おれだって噛んじまうときある。あれの方が痛いだろ」
「……」少し考えて、三崎は首を縦に振った。「うん」
「痛い。けど、村上のは、いやじゃない」
「じゃあそれとおんなじだ」
「……」
「それに、妙に冷めて気を逸らされるよりずっといい」
「そう……」
 三崎は照れて、恥じて、ただ恐縮してみせた。気にすんな、と、その身体を抱きしめる。三崎はう、とちいさく唸って、それでも身を委ねてくれた。
 背中に腕がまわり、村上の傷を撫でた。三崎だけがつけることのできる、村上のささやかな傷。
「寝ようぜ」
「……」
「それともまたあたらしく引っかいてみるか?」
 その申し出は、消えるようにちいさな「ばか」の言葉で却下される。そんな顔で言われても説得力ねえよな、と村上は、悠々とした気分で笑ってみせる。


End.


このふたり:
この夜が明けたら
うららかに春の光が降ってくる
春と煙草




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はるこさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
三崎は確かにネコ科。だから飼い主(村上)にひっかき傷、という思いつきはないままに書いていたもので、はるこさんに指摘されてにやりとしてしまいましたw 私も腑に落ちました!
もう、村上から見たら三崎はどんなにかかわいいのか、というお話でしたが、きゅんとしていただけて嬉しいです。
拍手・コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2015/03/03(Tue)08:29:31 編集
Beiさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
Beiさんの「きゅん」の仕方がおかしくて、つい笑ってしまいましたw そうなんです、三崎はかわいいんです! 村上・三崎組、仲良く順調にやっているようです、というお話でした。
また、私の体調に関してもご心配いただき、感謝します。あれからまた日が経って、いまは通常運転です。おかげさまで、大丈夫です。お騒がせしました。
拍手・コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2015/03/03(Tue)08:33:32 編集
konさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
「あまーい」叫びをありがとうございますw このふたりを書くのが本当に楽しく、読者を置き去ってでもあまいところを書きたかったという感じでしたが、このような反応をいただけて嬉しく思います。
そう、次回はね、……三崎は気にしてしまうでしょう(笑) こちらこそ美味しいコメントをご馳走様でしたw
拍手・コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2015/03/04(Wed)08:46:33 編集
Lさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
いい感じに熟成してきたふたり、です。そう、村上の細い目に笑ってもらえるのが、三崎にはたまらないことです。Lさんが仰る通り、べたぼれ、というやつです。笑
村上は「あんた」ばかりで三崎の本名(フルネーム)をちゃんと知っているかどうかも怪しいです。下の名前で呼ばれる日が来たら、三崎は飛び上っちゃうんじゃないでしょうか。村上とLさんとの耐久レース、勝つのはどっちか、采配は私の手にかかっているかと思うとにやりとしてしまいますw
また更新したいふたりです。そのときはお付き合いをお願いします。
ありがとうございました!
粟津原栗子 2015/03/07(Sat)08:18:13 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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