忍者ブログ
ADMIN]  [WRITE
成人女性を対象とした自作小説を置いています。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

「三崎(みさき)」と肩をそっと叩かれて、重たいまぶたをあけた。横に細長い視界に、野口(のぐち)の顔が映っている。
「俺、もう行くから。鍵、よろしくな」
 野口は部屋のローテーブルの上を指差す。そこに野口の部屋の鍵が置いてあるようだった。三崎は頷くふりで、また目を閉じる。とても眠い。
 ひどい不眠症だ。睡眠までの導入に時間がかかる上、睡眠の質が悪い。深く眠った経験がほとんどない。常にだるく、眠い、と感じる。そのせいか全般にしてぼーっとしている、というのが三崎という男だ。
 誰かの体温があるのがいいのか、それとも疲労が効くのか、あるいは「出したら眠くなる」男の性なのか、セックスをすると、深く眠れる。これに気付いてから、不眠の夜が続くと、野口にセックスを求めるようになった。それが三年ほど前のこと。
 だから、記憶は曖昧だが、昨夜もいつものように野口の部屋にやって来て、セックスしたんだろうな、と思っていた。
 ところが野口は「村上(むらかみ)にもよろしく言っといて」という。村上? 聞いたことがあるような、ないような名前だ。少しだけ意識が覚醒する。
 覚醒してくると、背中に、すうすうと誰かの寝息が当たっているような気がして、驚いた。
「――え?」
 三崎は思わずベッドから起きあがる。三崎の隣には、三崎よりも大きな男が横たわり、寝息をたてて眠っていた。訳が分からない。理由を訊こうにも、野口はさっさと部屋を出て仕事に向かってしまっていた。


 てっきり複数での行為にまで及んだかと思ったが、身体に違和感はなかった。野口とすら、してはいないだろう。ではなぜ自分は眠れたか、知らない男の隣で――ぐるりと部屋を見渡せば、ここは確かに野口の部屋であるから、野口の知りあいだろうか。
 野口にされたように、男の肩を叩いてみる。村上、と言ったか。長い前髪が邪魔をしていて、顔をしっかりと把握できない。手足が長いな、と思った。もう一度肩を叩くと、男は目をあけた。細い筆を入れたような、流れる目をしていた。
「――おす、」
「……おはよう、」
 寝起きのせいか、地声なのか、声は低かった。男は寝転んだまま「野口先輩は?」と訊く。三崎はぼーっとしたまま、玄関を指した。男はそれで納得したようで、「仕事か」と呟く。
 他人の部屋の他人のベッドで部屋の所有者ではない見ず知らずの男と同衾していた。この理由を、知りたい。
 昨夜はいつものように仕事が終わってから野口に連絡を取った。野口は、飲みに行こうぜ、と言ってきた。それで駅前の居酒屋で待ちあわせて、飲み始めた。酒が入ると覚醒するときがあるから、あまり飲みたくはなかったのだけれど、どうせこの後「やれば」眠れる、と考えた。野口は、アルコールが入った方が元気になるし、という打算もあった。
 その後の記憶がない。そんなに、記憶を飛ばすほど飲んだだろうか? そんなことを男を眺めながらぐるぐると考えていると、男は、ふっと笑った。笑うと目が糸のように細くなった。
「理解が及ばねえ、って顔、してんなあ」
 男は立ちあがり、洗面台へ向かった。そのあいだに三崎は野口にメールを打った。本当に、本心で、この男の正体が分からなかった。
 幸いにも三崎のメールに野口はすぐに応答してくれた。
「誰、あの人」
『誰、って、村上?』
「そう、村上って人」
『覚えてねえの? って昨夜も同じ話してたな、おまえ。だいぶ飲んでたから、忘れたか』
「記憶ない」
『久々に会った同級生、ってやつ。村上も俺とおまえと同じ西高出身で、おまえとは、クラスが一緒だったらしい』
「覚えがない」
『って昨夜も言ってたな。仕方ねえよ、おまえは高校っていっても保健室か生徒相談室とお友達だったからな。覚えてないこと、村上はけらけら笑ってたから、あんまり気にしなくていいよ』
 そこで水音がして、村上が戻って来た。元・同級生であるというなら、悪い仲ではないんだろう。メールをほったらかし、時間を確認した。朝の九時だ。
「ええと」三崎の方から口をひらいた。「ごはん、食べる?」
「野口先輩の家だろ、ここ」
「そうだけど、いつも勝手にやってるから」
「高校のころから仲良かったよな」
「んーと、まあ……」確かに野口とは仲が良かった。共にベッドインする関係にまでこじれるとは思っていなかったが。
「おれはアパートに戻るよ。バイトに行かなきゃなんねえ」
「なんのバイト?」
「引越し屋」
 確かに、男は体格が良く、肉体労働に向いていそうだった。
「あんたは?」
「おれは、……もうちょっと、寝てく」
「そうか。じゃあ、おれ行くわ」
「うん」
 もう会うことはないだろうと思っていたのに、村上は笑って「またな」と言った。
「昨夜は楽しかったな」
「……」
「さいなら」
 村上は手を軽く振って、玄関を出ていく。昨夜のことを、三崎はさっぱり思い出せないのだった。



→ 2



ちょうど一週間続くお話になります。
おつきあいください。


拍手[27回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
ellyさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
本当は10日でも30日でも60日でもお話を続けてみたいものですがなかなか。ですが1週間でも喜んでいただけて、非常に嬉しいです。
不眠を扱ったお話は以前にも何度か書いていますが、テーマのひとつである、と思っています。全体的な淋しさも、私のテーマのひとつですね。1週間という中であまりたくさんの要素は詰め込んでいませんが、楽しんで頂けたらな、と思います。
ellyさんがどこへ行こうと連載は逃げませんので(笑)またご都合つくときにでもお付き合いいただけたら幸いです。
拍手・コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2015/02/01(Sun)08:48:43 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
カウンター
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
最新記事
フリーエリア
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]

Template by wolke4/Photo by 0501