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静穏のズボンを脱がせながら、カバンの中身を思い出した。
「あのさ、」
どうしたの、と静穏は八束をまさぐる手を止める。
「こういう想定をしていたわけじゃないけど、期待はあったから、その、……ローションが、カバンに」
「ああ」
静穏は伸び上がり、ベッド下の引き出しからボトルを取り出した。
「おれもこの通り」
「……」恥ずかしい。
「こないだして、やっぱりいるよなと思ったから買ったんだけど、……おれはこういうの使ってあんまりしたことないから、八束に好みがあればそっち使うよ」
「……」
「これはヒアルロン酸配合、アロエ、ていう……黙るなよ、恥ずかしいんだって」
「いや、なんかもう、僕も恥ずかしくて、」
「中学生みたいな進行で?」
「はじめてなわけでもないのにな」
「やる気あった方がいいんじゃないの、こういうのって。変に冷めてるよりさ」
その通りだと思ったから、静穏の下着を改めて足から抜いて、「それ使おうよ」と言った。
「僕のはそれが終わったら使おう」
「ふ」
「なに?」
「いや、使い切るまでおれとセックスしてくれるんだと思ったから。さっき八束が思ったみたいなこと」
「……そういうこと言うから、」
「八束、上になって腰向けろ」
中学生みたいな進行でも、体位はとんでもなかった。静穏の頭に跨り、静穏の性器に唇を寄せる。静穏は八束の性器を撫でくるみつつ、ローションで潤して奥へと指を進めた。指を入れられて、腰が勝手に揺れる。八束は必死で静穏の逞しい性器を愛撫するのだけど、静穏の指がするりと三本まとめて抜き差しされる頃にはもう、体勢を保っていられなかった。
口元にある静穏の性器も、限界を訴えて硬くそり返っている。入れていい? と背後から声がして、うなずく間もなく仰向けに転がされた。
足をしっかりと掴んで、静穏の性器が入り口にぴたりと当てられる。求めてひくひくと収縮するのは分かっている。先端の出っ張りを飲み込んで、ぐうっと静穏が腰を進めてくる。狭さと、気持ちよさ、つながる歓喜で、目がチカチカする。もったいない、どんな顔でセックスするのかを八束は見たい。
首の後ろに手を引っ掛けて顔を近づける。体勢としては苦しいけれど、快楽の方が勝る。
「あー、……気持ちいい」
しみじみと静穏は言った。間近で「八束は?」と訊ね返され、返事の代わりに唇を奪う。
静穏の腰に足をしっかりと絡みつかせ、もう上も下も、離れられないように。粘ついた水音は上下どちらからもした。
「八束、ここだろ」いきなり腰を使っていい場所をいいように擦られた。
「あっ、んぅ」
「ここ押すと八束の中がうねる。熱くなる」
「ああっ、やっ」
ずる、と静穏のものが引き抜かれ、去りゆく質量を惜しんで締め付ける。性器は入り口付近でぬくりととどまり、引っ掛けたまま小刻みに揺さぶられた。
「あっ、やっだっ、それっ」
「それで、こうする」
「ああああっ――……!」
閉じかかっていた内部を、一気に貫かれた。経験したことのない質量とスピードが、経験したことのない奥まで。一瞬の明滅と恍惚を味わい、気づいたら静穏の腹はにちゃにちゃと白く濡れていた。
「八束のいいところ、もう覚えた」
「う……」
達して中を締め付けて、静穏はそれを噛み殺して堪えたらしい。ちょっと苦しそうに息を荒くして笑っていたのが、とてもせつなかった。
静穏の逞しい二の腕にしがみつき、息を吐いた。「よかった」
「え、なにが?」
「セノさんが健康でよかった。この歳でまともなセックスが出来る」
もう過呼吸は起こさない、という保証もない。けれど健全な肉体があるということは、ある程度健全な精神も備わっているのだろう。だからよかった。
「……八束もね。細いけど不健康なわけじゃない」
「検診はとりあえず問題ないよ」
「八束は違ったんだろうけど、八束とこうなるまでのおれはなんつーか、枯れるってこういうことなんだなって思ってたぐらいでさ」
「そうなのか?」
「もったいないからもうちょっと長くやりたいんだけど、いい?」
「え、僕はもたなっあっ」
ゆるゆると腰を揺すられて参った。いった直後でまだ全身がびりびりと通電しているのに、また針をちくちくと仕込まれる。
「セノさっ」抗議は、胸の先を強めに噛まれて言えなくされた。ぴんぴんに腫れて尖ったそこを舌と歯を使ってなぶられる。そのくせつながったままの半身はゆるゆると突かれ、たまにごりっと八束の過敏な部分を抉ってくる。たまったもんじゃなく、性器が透明な体液をたらたらと垂らしてまた力を戻す。
静穏は丁寧に八束の身体をすすった。味わう、舐め尽くす、反芻する。どの表現もしっくり来ない熱心さで。
煮え切らない、振り抜けない快楽の淵に立たされて、あとは落ちるだけなのに、落としてもらえない。
「やだ、セノさっんっ……あっ、いっ、きたっいっ……!」
「ごめんあとちょっと」
「無理……!」
「なら、惜しいけど本気出す」
次あるしな、と呟いて、静穏は八束の性器にじかに触れた。合図みたいにごつごつと最奥を容赦なく突かれる」
「あっ、やっ、やだっ……ああっ!」
「――っ、はっ、八束、」
「あっ、あっ、あっ……――また、もうっ……!」
「ごめんこのまま出すよ」
「んんっ!」
大きく引いて、大きく穿つ。前も刺激され、がくがくと身体が痙攣する。静穏にべったりと絡み付いているただの肉の塊だと思った瞬間、とんでもない愉悦と歓喜で背中がしなり、ベッドから浮いた。
静穏の性器の先がしぶいて、体内に盛大に快楽を注ぎ込まれる。たっぷりと濡らされて身体が快哉を叫ぶ。かろうじて覚えているのはそこまで。
いつの間にか眠っていた。サリサリと懐かしい音が遠くで聞こえる。予備校に通っていたころ、あるいは大学のころ。こういう音が静かな空間に満ちていた。鉛筆を走らせてノートに記載する音だ。
いつの間にか眠っていた。サリサリと懐かしい音が遠くで聞こえる。予備校に通っていたころ、あるいは大学のころ。こういう音が静かな空間に満ちていた。鉛筆を走らせてノートに記載する音だ。
よく聞けばそれとは微妙に異なるようだった。八束が聞き覚える音よりもストロークが長い。次第に意識が浮上してきて、気がつけば八束はベッドに横たわっていた。八束だけだ。静穏は椅子を引っ張り出してきて、八束と適度な距離感に座り、スケッチブックに鉛筆を走らせていた。
その眼は、観察を積み重ねて現実を紙に描きつける芸術家そのものの鋭さだった。八束は声をかけられない。おそらく自分が描かれていると分かって、ますますみじろぎひとつ出来なくなった。
だが静穏は目を開けた八束に気づき、スケッチブックを置いて八束に微笑んだ。「起きた?」
「……僕を描いてたのか、」
「ちょっとスケッチさせてもらってた」
「僕、動かない方がいい?」
「いや、いいよ。さっきぬるま湯で身体は拭いたけど、八束は銭湯でも行くか?」
そういえば事後なのに身体はさっぱりと乾いていた。そこまでして、どうしてこの人は自分を大切にしてくれるのか。いままで大切に扱われたことがなかったから、わからなくなる。
身体を動かそうとして、あ、と気づく。
「ごめん、ちょっとトイレ貸りる」
「無理させた? 腹痛い?」
「いや、……中のもの、掻き出さないと」
「――あ、なるほど……」
静穏はさっとその場を離れ、すぐさま洗面器にぬるま湯と浸したタオルを持って現れた。八束に膝立ちになるよう指示し、上半身を自身に縋らせる。
「なに、」
背後に濡れタオルが当てられる。「ここで出しちゃっていいよ」と言われ、羞恥で顔が熱くなった。
静穏の指が、つ、と潜り込んでくる。八束はかろうじてこらえ、静穏の指に任せる。中に吐き出された白濁を上手にタオルの上に掻き出すと、タオルを絞って性器やその周辺を拭われた。あたかも排泄を促され、それを見られているかのような行為に、身体が震えて仕方がない。
「これで全部かな? 大丈夫? まだ少し寝る?」
平然と言ってのける男が、憎い気もしてくる。恨みがましいような気持ちになったけれど、静穏は労わる瞳でしかこちらを見ていなかったから、首をそっと振った。
平然と言ってのける男が、憎い気もしてくる。恨みがましいような気持ちになったけれど、静穏は労わる瞳でしかこちらを見ていなかったから、首をそっと振った。
「……きみはなにしてるの、」
「八束を見てる」
「……」
「全部、見たい。だから隈なく見てる」
皮膚や表情、髪、そういう表面のものだけでなく、静穏が八束の中まで見ようとしているのが分かった。内臓、骨格、筋肉、血管、そういうものまで全て。
これだから芸術家というやつは、と思った。
まったく、難儀な人間に惚れてしまった。いや、人間じゃないのかもしれない。神様や宇宙が姿を人間の形にして、目の前に置いている。
「僕はもう少し寝るよ」
「そうか」
「寝て起きたら銭湯行って、腹ごしらえしよう。実家行こうよ。四季もそろそろ寮に戻るし、その前に四季の飯食いたいだろ?」
「食べたいね。いいプランだ」
「じゃあ四季に連絡しとく」
スマートフォンでアプリを開くと、静穏が「四季ちゃんスマホ持ったの?」と訊いた。
「高校入学の時に、連絡用に。きみもアドレス交換するといいよ」
「ああ、いいね」
静穏は窓の外を見た。ブラインドが降りているが、外は明るい。
「とてもいい」
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「最初からずっと八束だった気がするんだけど」
「最初から?」
「名前聞いた時、おれと違うなあと思った。呼びやすいなって。八束って日本書紀だっけ? 長い、とかそんな意味で出てくるよな。この国に昔から馴染んでた名前なんだなって思ったら、呼びたくなった。羨ましかったよ。おれはやっぱり、名前にコンプレックスじみたのあるし」
「……僕は、セノさんをいまだにどう呼んだら正解か、分からない」
「ほら、そうだろ、やっぱり」
「セノさんはセノさんで、……静穏っていう漢字はまだしっくりと当てはめられない。モデル、やるよ」
「ん?」
「いいよ。きみのためなら脱いだっていい。言葉通りだな」
静穏は脈絡の掴めない会話にクエスチョンマークを浮かべている。でも八束の中では繋がっている。
「セノさんが僕をなんか、彫るのか盛るのか知らないけど、なんかそういうことをして鷹島静穏の芸術にしてくれたら、僕はもしかしたら自分を傷つけてほしくなくなるような気がしたんだ」
「それは?」
「きみのために綺麗な身体でいようって思うからさ」
スケッチブックを閉じて静穏に返した。静穏は黙って受け取ったが、居住スペースへ戻ってから「八束に傷があっても彫ると思うよ」と言った。
「八束は……綺麗だ。ミロのヴィーナスに腕がなくても綺麗なのと、同じ。比率とバランスが洗練されてるんだ。これは持って生まれた素質。きみはもっと自信を持っていい。天性で魅力的なんだ。あ、だからって腕を失くすような無茶な行為には及んでほしくなくて、そういう意味じゃないんだけど」
「わかるよ……ものすごく口説いてるな」苦笑するしかなかった。照れ臭くて。でも目の前の男は本気で本心だ。心からの安堵でそっと腕を伸ばされ、腕の中に閉じ込められる。
「モデル、断られても食い下がって諦めるつもりがなかった。嬉しい。ありがと」
「ん……」
やっぱり言えなかった。好きだなんて恥ずかしくて。だから話題を変えた。
「どうして僕をモデルにしようと思ったの」
訊ねて、静穏は考えをまとめようと腕を緩めた。手を引っ張られてベッドのある暗がりへ移動する。八束の腕を取り、ふーっと息を長く吐いて腹に頭を押しつける。この体勢、前にもあった。静穏の癖のようなものなのかもしれない。
ずっと自分のことしか考えてこなかったから、とぽつんと呟いた。
「自分のこと」
「そう、おれのこと。おれが作っていて快いと感じるものしか作ってこなかった」
「でもそういうのが芸術の一面なんじゃないのか?」
「一面はもちろん。おれ自身を救済する意味合いもあった。セルフカウンセリングっていうか、セルフメンテナンスというのか」
「分かるよ。僕にしたら本に夢中になってる時間だ」
「でもさ、八束はおれがどんなひどい仕打ちをしても、待っててくれたじゃん。おれの芸術を信じて」
静穏が顔を上げた。まただ、と思った。こんな暗がりで眼が赤々と燃えている。
「だからおれ自身のことを考えるんじゃなくて、八束自身のことを考える時間にしようと思った。八束をひたすら考えて、観察して、見て、八束のために作る。八束を知りたいし、理解したい」
「ちょっと、……待って、待ってくれ」
顔を見られているのが本当に恥ずかしかった。セックスで裸体を晒すより恥ずかしい。こんな台詞を臆面なく躊躇もなく言えて、真顔だなんて。この人は自分がさっきからなにを言っているのか理解しているのだろうか、と疑いたくなる。
そしてこんなことを喋らせているのは自分だ。矛先を変えようとして話題を振るのにどうやっても打球は朗らかに弧を描いてセンターヒットする。八束がこれまでに付き合ったことのない男の部類であるのは間違いがなかった。乱暴してほしかったから。酷い言葉で罵られたかったから。犬のように扱われたかったから。こんなに丁寧に真っすぐ愛情を告げる静穏はすごい。
そうか、と理解した。この人が黙るのは、嘘をつけないからだと。いつでも本気だから、本心を心に仕舞い込んで黙すのだ。嘘でも軽口なんか叩けない。面には表しかなくて、裏を決して用意しない。打ち込み方は常にストレート。もしかしたら、しなくても、だから芸術家をやっているのだろう。
だからこの人の作るものは見る人を惹き付ける。素直だから。自分の感性にどこまでも正直だから。ひたむきに向き合っているから、そういうことが伝わる。
この人の彫刻もそうだけど、肉体もそうだ。必要なものは備えて、無駄は削ぐ。シンプルに引き締まっている。造形にはあまり詳しくないけれど、先ほど静穏が言ったように「木彫」が「削る」技術であるなら、この人が主体として行っている表現方法は非常に納得がいく。土くれを盛るのではなく、細胞を削いでいくような表現が。
さっき八束をてらいなく「綺麗」と言ったが、「うつくしい」のはこの人の精神で、肉体だ。その手は芸術を生み出す。
静穏に掴まれている手首がじんじんと熱い。もう動かせなくなってしまっている。肉体のことを意識したら、すごく、ものすごく抱かれたくなってしまった。こういう獣の衝動は静穏に告げていいものか迷う。芸術を、鷹島静穏を穢す行為のような気がしてしまうのは、八束がいままでそういうことでしか満たされてこなかったからだ。
この人に触れられると、そこから生まれなおす気になる。新しく塑像される。あんなに痛めつけられたがった自分の身体を、ちゃんと好きになれる。どんなに体液だの体位だのがぐちゃぐちゃだったとしても脳がすっと鎮まっていく。また抱いてくんないかな。口にしていいのだろうか。欲求を伝えてまた腕枕で夜を明かすのは結構、かなりしんどいわけだし。
いっそ帰って自室で治めるとか。こんな歳にもなって中学生のような思考回路だ。だって静穏がこんな目で八束を見るのがいけない。炎が澄んでいるように、この人の眼は澄み切っている。
ちょっとでも暗がりがあれば口に出来る事を、と飲み込む。その、ごくん、と生唾を嚥下した喉の動きが合図かのように、唐突に腕を引かれあっという間にベッドに組み敷かれた。
上になった男が、実に切羽詰まって「いかんなあ」と呟いた。
「モデル引き受けてもらえたら、今夜は早速ちょっとスケッチさせてもらおうと思ってたのに。抱きたくなってきた。すげーセックスしたい」
嘘だあ、と呆れるような気持ちで思ってしまった。口にしようとしたのに唐突にキスされて言えなかった。
「モデルの対象にいちいちムラムラしてるといつまでも彫刻なんか完成しないのに、やりたくなるんだよな。参ったな」
「……とてもじゃないけどそんなこと考えている顔には見えな、ん、」
今度は首筋を吸われた。そこにほくろがあるとか前に指摘されたところ。あのとき静穏は急所の位置だから危ない、とか言ったっけか。
「八束にモデルを頼む前に一発抜いとかないとみたいな制作進行になったらどうしよう。中学生かって感じだな」
「それ、さっき僕も思った」
「それ?」
「僕もセックスしたいと思ったけど、なんか言いづらくて家で抜く方がいいのかとか考えてしまった」
「言ってよ」
「言えないよ、鷹島静穏相手にはなかなか」
「性的同意、だっけ。大事なんだって、いまのヨノナカ」
一方的に、とか、なんとなく流れで、だと、傷つく。もうだいぶ色々と経験してるはずなのに、さっきから本当に中学生みたいなことをぐだぐだと。自分たちは。
ふ、と笑ってしまった。こういう進行でセックスしたことないなと思ったから。傷つけられたいセックスじゃないから、ちゃんと相手の気持ちを確かめるし自分の欲求を伝える。
「抱いていい?」すごく澄み切った顔で訊かれた。だからそういう顔するなよと言いたい。髭で隠されてない分、なおさら。
「抱いてほしい」
「よかった」
「うん、僕も」
「あー、……この際だからちゃんと訊くけど、八束に不満はないの。その、おれとのセックスに」
言わんとすることが分からなかったから、なぜ、と訊いた。
「その、縛られたいとかあるんだったら、ロープワークには多少心得があるから、した方がいいのなら」
「……ばか」
今度は八束の方から静穏の唇を掠めとる。
「僕、きみとのセックスってまだ全然回数ないけど、すごく好きだよ」
「至ってノーマルなものだと思うんですけど」
「セノさんの指って日頃から作業してるせいか硬いんだけど、硬さがいいっていうか。器用さも出る。触られると気持ちよくなって色々と忘れる。傷つけてほしかった自分のこととか」
「……それは、八束にとってよいこと?」
「おびんづるさん、ってあるじゃん。きみなら分かるよな。撫でると病気が治ります、って言われて置かれてる仏像。ああいうの、みんなに撫でられてつるつるになって、体積としてはすり減ってるのに気持ちよさそうだよな。あんな感じ」
「それは、……ちょっとよく分からない」静穏は笑った。笑顔がぎゅうぎゅうと心臓を握り潰しにかかってきて、困る。
「きみの触り方で触られた分僕の体積が減っても僕は嬉しいってこと。……あーでも、鷹島静穏のロープワーク知りたい僕もいるから、……いつかやってよ。今夜これきり最後じゃないよな?」
「モデルに立たせるたびに抜かなきゃって気になるぐらいだって言ったじゃん」
「なら早くしよう。きみのやり方が好きだ……」
キスをしたのはお互いの意思の最終確認みたいなものだった。セックスしていい? 僕もしたい、という確認。静穏の舌が八束の舌に絡みつき、次々と唾液を分泌してべたべたになった唇は八束のシャツを噛んで引っ張った。邪魔だ、と言っている。ボタンを外してシャツを脱いだ。静穏も脱いだ。
胸板は隆々と逞しく、そのまま太い二の腕、一の腕へと続く。腰はきゅ、とくびれて腹筋がぽこぽこしている。八束にはない盛り上がりや窪み、出っ張りにうっとりする。これからこの肌と抱き合うのだという期待は直線的に下半身へつながり、みるみる興奮した。それも脱がされてあらわにされる。
帰り道は思いのほか時間をかけずに帰宅できた。えっちゃんを家に送り、四季を実家に戻す。「セノさんとこで飲んでくるよ」と適当なことを言ってミナミ倉庫に戻った。ちゃんと本を実家に戻して以来でここへ来るから、数週間ぶりだった。
海風でべたついた肌は、ここへ来る前に銭湯で落として着替えていた。静穏の居住スペースは以前とあまり変わらず、だが制作スペースには大きな材木が入っていた。
「制作、するのか」そりゃそうだよな、そのために帰ってきたんだから、と思いながらも、新しい素材にそっと触れる。
「んー、する。それは一昨日届いたやつだ」
「今度はなにを彫るんだ?」
静穏の作品は、風にまつわるものが多い。自己像という具象も彫るが、どこかに風の要素をはらんでいる。なびく髪であったり、はためく衣服、風そのものの表現や。
倉庫内の片隅で何やらごそごそやりながら、静穏は「やっぱり分からなくてね」と静かに答えた。
「木彫と、粘土、ブロンズや石膏も含まれるけど、テラコッタとか、あるいは鋳造や鍛造とか、どれが人の生まれに一番近いものなんだろうか、と」
「ごめん、……ちょっと僕みたいな美術の素人にも分かるように話してほしい」
「ああ」いま気付いた、という風に静穏は顔をこちらに向けた。
「木を彫って形作るのが、木彫、という技法で」
「うん」
「粘土っていう素材は、削る行為とは基本逆なんだ。形を作るときは、土の塊を少しずつ盛って形にしていく。ある程度乾いたら削る、ということもあるけど」
「ああ、なるほど」遠い昔の図画工作の授業が蘇った。
「金属はちょっと特殊で、粘土で作った形を型取りして融かした金属を流し込む方法と、――東大寺のでかい仏像だな。鋳造っていうんだけど、そういう方法と、元からある金属の塊を火で炙りながら叩いて伸ばして形を作っていく方法とがある。鍛造っていう技法。まあ、細かく言えば石彫とか乾漆とか素材も技法ももっと色々とあるんだけどとにかく、そういう方法で立体彫刻の多くは制作されていて」
「うん」
「人、っていうものをおれは彫ることが多いんだけど、人もやっぱり肉や骨で出来ている造形だと考えるなら、どの技法が近いものなのかな、とずっと考えているんだ。おれたちは細胞分裂でいまのこの身体のかたちを保っていて、そういう技法はやっぱり美術では成せないから。生物を彫刻に例えるのが無理ある話で、細胞分裂でなにかを作りたいならクローンとかそういう技術の方が近いような気がして、それは倫理に引っかかって来るし、別に生き物を作りたいわけじゃなくて……絵画は3Dを2Dにする技法だから違って当然なんだけど、立体はやっぱり3Dの模倣にはなってくるし」
「……要するにきみはより生き物に近いやり方でなにかを制作したいってことか?」
「……感覚的なことを言葉にするのは難しいな」
なにか自分にはまったく思い及ばないような発想で、思考を巡らせているんだなというのは分かる。目の前の男はやっぱり得体が知れない。
作業机まで戻って来た静穏の手には、一冊のスケッチブックがあった。それを八束に寄越し、「次回作の構想」と言った。
「見ていいの?」
「というより、八束に見せないと意味がない」
ページをめくる。描きとめられていたのは鉛筆やペンなどでさらさらと描かれたスケッチだった。速い速度で描かれていることがペンの走り方から分かる。後姿、寝姿、横顔、耳の後ろ、手の先、腕から胴体、全身。何ページにもわたって描かれているのは男で、それは静穏自身でないことは分かった。顔つきが違う。骨格も違う。痩せて細い、でも、男。
一瞬にしてうろたえた。それは八束自身だった。
「――え?」
「おれの想像上の八束」
「待って、想像?」
「うん。見て描いたわけではないから」
「見ないで描けるものなのか?」
「ある程度は。……じっと観察して脳に焼き付ける。記憶をアウトプットする。それにどうやらおれは瞬間的な記憶力がいいみたいだから」
それがこのスケッチブック、というわけか。
「でも本当はちゃんと見ながら描かなきゃだめだ。写真を写し取るようなのは、あまり意味がない」
「え?」静穏の瞳が深い。また静かに燃え盛っている。言わんとしていることがわかって、また、もっとうろたえた。
「次は八束を彫塑したいと思っている。モデル、やってほしくて。だめかな」
「だめ、ってか、……なぜ?」
「なぜ?」問い直される。
「モデルならもっと、……適する人間がいるだろう? 子どもとかさ、女性とか。ああ、四季とかえっちゃんみたいな世代とか。こんないい歳したおっさんなんか芸術になるのか?」
「それはおれの自己像だってそうなんだけど、……んー、それを決めるのは、八束じゃなくて、おれでもなくて、見る人なんだよね」
がりがりと頭の後ろを掻きながら、「他人の評価」と静穏は答えた。
「いろんなこと言う人がいるし、いろんな意見もあるけど、芸術ってさ。人からの評価で価値が決まるんだ。だからおれがいいと思う八束を、おれが彫刻にして、それに価値を見出してくれる人がひとりでもいたら、それは芸術。そしておれは、八束を彫って、それを人から評価されるものにできる確信があるよ」
「……」
「前はなかった。いまもすげえ自信があるってわけじゃないけど、……宇宙から来たっていうのは、おれのそういうところなんじゃないかな」
スケッチブックをめくっていくと、白いページに行き着いた。それに気づいた静穏が、「ここから先は八束を描きたい」と言う。
「じかに見て観察して描いた八束」
「……」
「いま考えているのは、全身像。最初は裸体の八束をと思っていたけど、こればっかりは八束の気持ちもあるから。……まあ、モデルを引き受けてくれるなら」
言いづらそうに、でも真剣な顔で言われた。ふと思いつきを口にしてみる気になった。
「『八束』」
「ん?」
「藍川先生のところから戻ってきてから、呼び方が変わった。四季とか人前だとさん付けされるんだけど、こうやってふたりだと呼び捨てで呼ばれるのは、なにか変化があったのかな、と」
「あれ? そう?」
「自覚ないのか?」
「そうだっけ。そうだったかな、……おれの中だと八束はずっと八束なんだよなあ」
送り盆も済ませ、四季の夏休みもじきに終わるという頃に、ちょっと遠出をした。四季に「海に行きたいなあ」とせがまれ、北海道旅行なんか行ったんだから我慢しろ、と言ったのだが、「だってヤツカくんとは出かけてないじゃん」と言われる。近場で済まそうとしたら静穏が「車出そうか」と言い出して、そこにえっちゃんも加わって四人で日帰り海水浴となった。海水浴と言っても八月の終わりでは海はだいぶ危険が多い。海のすぐ傍にある水族館がメインの行先で、海は海岸を歩く程度にした。
「いいのセノさん、展覧会中なのに」と訊く。静穏が宿坊で行っている彫刻の展示会は、おかげさまで盛況で、坊主の好意で会期が延びた。
「毎日会場に張り付いてる必要もないから」
「制作もあるだろうに」
「いいんだ。おれも海が見たかった」
言葉少なに静穏は八束を見る。隈なく見る。そんなに見るなよ、と思うぐらいに見る。
目は口ほどにものを言い、というけれど、静穏の目が何を言おうとしているのかさっぱり読めない。ただ、その瞳の輝き方は万華鏡でも覗くかのようなおびただしい色彩と規則性の連なりであるような気はした。八束の中になにかを見ようとしている。
水族館は混んでいた。夏休みだから当たり前と言えばそうだろう。自由研究のためのコーナーが設けられていたりして、ターゲットを少年少女に絞っていた。大水槽を見て、深海生物のコーナーを見て、でかいイカやカニの標本を見て、デッキでハンバーガーを食べた。四季はお土産コーナーでマンタのぬいぐるみを欲しそうに見ていて、結局静穏が「記念にね」と言って買い与えていた。なんか甘くないか、とちょっと焦れる。
海岸のできるだけ人のいないような砂場を歩いた。海の家もだいぶ営業が静まっている様子だ。四季と静穏が流木や貝殻やシーグラスを拾うのに夢中になりはじめ、えっちゃんはつかず離れずの距離で写真を撮っていた。八束はなんだか面倒になり、海の家近くに据えられた日陰のベンチに座ってアイスキャンディを舐めた。三人の向こうに煌めく夏の終わりの海が見える。やがて静穏だけがやって来て、「あげる」と言って赤いシーグラスを手のひらに乗せた。
「赤は珍しいんだそうだ」
「……確かに赤いガラスそのものを目にしないよな」
「それひと口ちょうだい」
八束の口にしていたアイスキャンディを、静穏は躊躇いなく口にした。それを戻して、また静寂がやって来る。波の音、風の音、それらが全てで、静穏は何も発しない。
波打ち際に目をやると、四季とえっちゃんが足並みを揃えて歩いているのが見えた。軽く手を握っている様子だ。夏の終わりの、若いカップルになんて似合いのロケーションだろうか。これで夏休みが終われば四季はまた寮に戻るし、そうなればえっちゃんともしばらくさよならだ。そういう感傷があるのかどうか、波打ち際で水をすくったり、押し寄せて引く波と追いかけっこしたり、手を離したり繋ぎ直したりで、はしゃいでいる。
静穏が喋らないので、こちらもなんとなく黙る。隣で静穏はやはり八束と同じ方向を見ているようだ。何を考えているのか全く分からない。そっと隣を窺うと、気づいた静穏と目が合った。
夏の盛りの花のような生命力と一心さで、八束を見ている。自分も見られているということを、意図はしていないだろう。
「……宇宙船に乗って帰ってきたのは、おふくろでも姉でもなくて、きみの方だよな、」
「え?」
「前とこんなに雰囲気が違う。言いたいことを隠して黙っているというより、言葉を忘れたみたいだな、きみは。言語での表し方を忘れたっていうか」
「……」
「そろそろ戻ろうか。帰りも渋滞してそうだし」
「八束」
踏み出しかけた足は静穏に手を取られて止まった。いま、呼び捨てだったな。
「今夜空いてる?」
当たり前に「八束」って呼ばれた。散々「さん」付けだったのに、再会したらニュートラルに呼び捨て。心の底をなかなかあらわにしない男の深いふかい水底に光が当たってちょっと透けて見えた気がした。つまり言葉にはしないけれど心の中では八束を「八束」と呼んでいたのか、と。
三年間まるきり聞けなかった声で、名を呼ばれた。人混みに酔って疲弊している状況だったけれど、八束を見て安堵したか懐かしかったか、とにかくマイナスの要因は生まれなかったらしい。低くてちょっと転がるような、甘える響き。それを聞いて背筋のてっぺんから真下まで星が落ちたかのような衝撃が走った。正直、それだけで射精に至りそうだった。
この男は睦む関係がはじまる前に八束に触れたがそれきりで、キスはしたが身体を求められることはなかった。だからやっぱり男相手に性欲なんか湧かないんだな、と諦めるような気持ちもあったのは確かだ。そういう関係でもいい。世の中にセックスレスのカップルは多いんじゃないかと思う。心さえ通っていれば――でもなかなか本音を明らかにはされなかったし、黙り込むことも多かった。それに肉欲を別で処理されていたとすれば諦めることなく絶対に嫉妬や怒りで詰め寄ったはずだから、八束自身の性癖に添えないのは仕方がないとしてやっぱり触れられたかった。
再会した夜にセックスがしたいよ、と言われたから、本当に嬉しかったけど、信じられない気持ちもあった。髭を剃って思わぬ若い顔立ちを見てしまったせいかもしれない。精悍に引き締まった、肉とか余計な感情とか無駄なものの一切を削ぎ落としたソリッドな顔立ち。ミナミ倉庫を貸し出していた五年間で付き合いのあった穏やかでのんびりとした馴染みの顔とは全く違った。ただあの彫刻と全く同じ顔立ちで、でも彫刻より生々しくて余計に混乱した。彫刻家鷹島静穏だというのは理解したが、「セノさん」と同一なのかと本気で分からなくなった。
戸惑いは興奮を加速させ、じかに肌に触れられて、そのとき多分ようやく納得したと思う。この男は「セノさん」で、イコール「彫刻家・鷹島静穏」だ、と。馴染み深い匂いがしたのだ。いつもセノから嗅ぎ取っていた木材のやわらかく香ばしい匂いと、鉄や油の工業的な匂い。それとセノ自身の汗や体臭が混ざった、八束にとってくらくらする匂い。そしてまろやかな低音で名を呼べと求められて、自分と交わり発情をさらけ出している相手はこの男なんだな、と。八束に桃の実の彫刻を贈ってくれた男。怪我の手当が上手な、器用で不器用な男。
あのとき、名を呼んだら屈託ない顔で静穏は笑った。無邪気さに似ているけれど違う、思春期も青年期も経てちゃんと大人になった人が純粋に喜ぶ時の顔だった。胸が絞られて心臓が鋭く痛み、この痛みで死んだらめちゃくちゃ後悔するなと溢れかえる性感でいっぱいになりながら歯を食いしばった。行為の最中に死ぬなんて冗談じゃない。まだこれからもっと、ものすごく、この人のことを知りたいし傍にいたいのに。
帰郷、と呼んでいいのかどうか、とにかく静穏はミナミ倉庫に戻ってきた。抱えていった荷物を幾分か軽くして、あるいは重くして。八束の父とも契約を済ませ直し、また正式に南波の管理する不動産の店子となった。急な戻りに焦ったのはスペースの問題。四季が家を出て寮生活をはじめてから、実家にいるよりは倉庫にいる時間が増えた。とにかく本を積み上げては読み散らかしていたから、静穏の生活圏の確保はちょっと大変だった。そのままにしておけばいいよ、とは言われなかった。笑えないぐらい本で埋まっていた。静穏は呆れていたと思う。困った顔で「別の物件探した方がいいのかな?」と八束にとっては冗談でも受け取れない台詞を口にした。
「じゃあいっそうちに下宿でもするか? 部屋空いてるし風呂あるし」
「うーん、でも資材置き場は確保しないといけないしなあ。作業スペースも」
「わかってる、ジョークだ。ごめん、すぐ片付ける」
「どこに運ぶの?」
「実家の土蔵。足りなければ親父から空きを借りる」
「おれがそっちへ移ろうか?」
「いや、きみはここにいろ」
ふ、と静穏は笑った。
「――親の留守中に悪さしてた小学生みたいでさ」
「連絡を寄越さず唐突だったきみも悪い」
「責めてるわけじゃない。おれがいなくてもちゃんとここで生活しててくれたんだって、嬉しかった」
高く積まれた本の表紙を静穏は撫でた。留守番ありがとう、ということか。だったら僕を撫でてくれよ、と言いたくてさすがに言わなかった。四十路が近いおっさんの台詞じゃないだろ、と。
改めて荷物を運び直して、鷹島静穏は三年ぶりにミナミ倉庫での暮らしをはじめた。
この辺ではお盆といえば旧暦に合わせた八月になる。四季が成人するまではきちんと行事は行おう、と言ったのは思いのほか早くに妻も娘も亡くした父だった。だから八月十三日から三日間はきちんと休みを取る。仏壇の前に精霊棚を作り盆灯籠を組み立て、花や菓子を供え、きゅうりの馬となすの牛を作る。墓参りに行き、近くに自生している常緑樹の枝を折り、それを背負うようにして連れて帰る。父の教えではこれに仏様が乗っているから背負うのだと言う。そして家の前で迎え火として樺の樹皮を燃やす。樺は油分を含んでいるので簡単に火がつく。その煙を見上げ、暮れかかる空に「戻ったか?」と言ってやる。
この辺ではお盆といえば旧暦に合わせた八月になる。四季が成人するまではきちんと行事は行おう、と言ったのは思いのほか早くに妻も娘も亡くした父だった。だから八月十三日から三日間はきちんと休みを取る。仏壇の前に精霊棚を作り盆灯籠を組み立て、花や菓子を供え、きゅうりの馬となすの牛を作る。墓参りに行き、近くに自生している常緑樹の枝を折り、それを背負うようにして連れて帰る。父の教えではこれに仏様が乗っているから背負うのだと言う。そして家の前で迎え火として樺の樹皮を燃やす。樺は油分を含んでいるので簡単に火がつく。その煙を見上げ、暮れかかる空に「戻ったか?」と言ってやる。
盆の夜の食事は寮から戻った四季がこしらえた。夏野菜の天ぷらは母の好物で、姉が好きだったいなり寿司やかんぴょうの細巻きも並ぶ。台所に立っていた四季は「セノくんがすごい」と言って仏壇の置かれた和室の方向を指した。開け放たれた襖をくぐると、そこにはとうもろこしで作られた円盤状のオブジェ――というよりはきっとUFO、があった。
八束に気付き、「お盆の行事をきちんとこなすのは久しぶりだ」と静穏は笑った。
「呼んでくれてありがとう」
「いやそれはいいんだけど、……とうもろこしの未確認飛行物体?」
「おれの実家、盆っていかに発想力と創造性を発揮するかが重点だったんだよな。ズレてるのもいいとこだろ」
そう言いながら野菜の屑をまとめはじめる。
「早く帰ってきて欲しいからきゅうりの馬、ゆっくり帰ってほしいからなすの牛、だろ?」
「ああ」
「そしたらまだガキだったおれら兄弟におふくろがさ、『このご時世牛で移動しないし馬で移動もしないわよね』って言い出して。その発言に火がついた親父がきゅうりでバイクを作ったんだよ。レーサー用のバイクだった」
「おお」それは一般的な家庭にはなかなかない発想だった。
「それでおれら兄弟は、ゆっくり帰るための乗り物として三輪車を拙い感じで作ってね。でもそれはおふくろいわく『自力で漕がなきゃいけない乗り物なんて疲れるから却下よ』だそうだから。野菜で遊ぶなって話だけど、毎年楽しかったよ。ブロッコリーでロケット作ったり、リアルなロバを彫ってみたり」
「それで今年はUFO?」
「帰りは豪華客船のつもり」
その豪華客船とやらは貰いすぎて持て余していた冬瓜で作るようだ。ナイフを片手に静穏はまた作業に没頭する。四季を手伝って夕飯を呼ぶ頃には、それらは完成していた。
「そうか、うちのばあさんと五紀(いつき)は、今年は極楽浄土からじゃなくて宇宙からやって来るんだな」と父はとうもろこしのUFOを見て満足そうに笑った。
「楽しそうで何より」
「おばーちゃんもおかーさんもいつの間に宇宙飛行士なんかなったんだろう」
「いや、宇宙飛行士が乗って来るのは空飛ぶ円盤じゃなくてロケットだろう」
「帰りは世界一周して帰るのかな。いーなー旅行」
「このあいだ北海道行ったばっかりだろうに」
変わった点といえば、とても静かになった。こういうとき、以前だったら静穏もきちんと口を挟んだものだけれど、いまはあまり言葉にしない。口角をそっと上げてこちらを見ている。ただじっと、見ている。その目は時折きつく光る。見えないはずの衣服の内側の肌や、その肌の内側の肉や内臓、骨、髄、そういうものまで見ようとしているかのようなきつさに、心臓がヒヤッとする。
「セノさん、あの宇宙船の操縦者はやっぱりグレイタイプなの」と、あえて話題を振ってみる。
静穏ははっと目に現実を映して、穏やかさをじわじわと染み出すように滲ませて微笑んだ。
静穏ははっと目に現実を映して、穏やかさをじわじわと染み出すように滲ませて微笑んだ。
「そうだな、そこまで考えてなかったかな。四季ちゃん、料理の腕前上がったね。美味しい、この卵。味噌漬け?」
「あ、違うのそれ。それ漬けたのヤツカくん」
「へえ?」顔を直視された。
「私が寮生活はじめたら自分でもちょっと作るようになったらしいよ。これ、茹でて漬けとくだけじゃん。硬めに茹でとけばお弁当のおかずにもなるからいいんだって」
「え、八束さん弁当まで自分で作るようになったの?」
あれ、さん付けに戻った。
「白米と卵とソーセージとレンチン野菜をタッパーに詰める。以上」
「それでもすごいよね。あんなにぶきっちょ面倒くさがり代表選手だったヤツカくんが」
えらいえらい、と姪は頭を撫でてくれた。その行動が姉にそっくりですごいな、と思った。遺伝子ってすごい。姉は四季が六歳の時に亡くなっているというのに。
「うん、すごいな。――えらいね」
静穏も同意して、夏野菜のスープに口をつけた。えらいね、の後に言葉は続かなかった。やっぱり静かになった。この人には一体どんな変化があったんだろう。
それをちゃんと訊きたいのに、迫力に負けて口にできない。鷹島静穏という人間の凄みが満々と身体に溢れかえっていた。夏の盛りの草木が、容赦ない陽光を受けて鮮やかに繁茂するように。
不意にハイビスカスの花を連想した。真夏の真っ赤な花。陽気なイメージは受けないけれど、その色合いは生命のみなぎる赤だと思った。
プロフィール
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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
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お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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