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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 帰り道は思いのほか時間をかけずに帰宅できた。えっちゃんを家に送り、四季を実家に戻す。「セノさんとこで飲んでくるよ」と適当なことを言ってミナミ倉庫に戻った。ちゃんと本を実家に戻して以来でここへ来るから、数週間ぶりだった。
 海風でべたついた肌は、ここへ来る前に銭湯で落として着替えていた。静穏の居住スペースは以前とあまり変わらず、だが制作スペースには大きな材木が入っていた。
「制作、するのか」そりゃそうだよな、そのために帰ってきたんだから、と思いながらも、新しい素材にそっと触れる。
「んー、する。それは一昨日届いたやつだ」
「今度はなにを彫るんだ?」
 静穏の作品は、風にまつわるものが多い。自己像という具象も彫るが、どこかに風の要素をはらんでいる。なびく髪であったり、はためく衣服、風そのものの表現や。
 倉庫内の片隅で何やらごそごそやりながら、静穏は「やっぱり分からなくてね」と静かに答えた。
「木彫と、粘土、ブロンズや石膏も含まれるけど、テラコッタとか、あるいは鋳造や鍛造とか、どれが人の生まれに一番近いものなんだろうか、と」
「ごめん、……ちょっと僕みたいな美術の素人にも分かるように話してほしい」
「ああ」いま気付いた、という風に静穏は顔をこちらに向けた。
「木を彫って形作るのが、木彫、という技法で」
「うん」
「粘土っていう素材は、削る行為とは基本逆なんだ。形を作るときは、土の塊を少しずつ盛って形にしていく。ある程度乾いたら削る、ということもあるけど」
「ああ、なるほど」遠い昔の図画工作の授業が蘇った。
「金属はちょっと特殊で、粘土で作った形を型取りして融かした金属を流し込む方法と、――東大寺のでかい仏像だな。鋳造っていうんだけど、そういう方法と、元からある金属の塊を火で炙りながら叩いて伸ばして形を作っていく方法とがある。鍛造っていう技法。まあ、細かく言えば石彫とか乾漆とか素材も技法ももっと色々とあるんだけどとにかく、そういう方法で立体彫刻の多くは制作されていて」
「うん」
「人、っていうものをおれは彫ることが多いんだけど、人もやっぱり肉や骨で出来ている造形だと考えるなら、どの技法が近いものなのかな、とずっと考えているんだ。おれたちは細胞分裂でいまのこの身体のかたちを保っていて、そういう技法はやっぱり美術では成せないから。生物を彫刻に例えるのが無理ある話で、細胞分裂でなにかを作りたいならクローンとかそういう技術の方が近いような気がして、それは倫理に引っかかって来るし、別に生き物を作りたいわけじゃなくて……絵画は3Dを2Dにする技法だから違って当然なんだけど、立体はやっぱり3Dの模倣にはなってくるし」
「……要するにきみはより生き物に近いやり方でなにかを制作したいってことか?」
「……感覚的なことを言葉にするのは難しいな」
 なにか自分にはまったく思い及ばないような発想で、思考を巡らせているんだなというのは分かる。目の前の男はやっぱり得体が知れない。
 作業机まで戻って来た静穏の手には、一冊のスケッチブックがあった。それを八束に寄越し、「次回作の構想」と言った。
「見ていいの?」
「というより、八束に見せないと意味がない」
 ページをめくる。描きとめられていたのは鉛筆やペンなどでさらさらと描かれたスケッチだった。速い速度で描かれていることがペンの走り方から分かる。後姿、寝姿、横顔、耳の後ろ、手の先、腕から胴体、全身。何ページにもわたって描かれているのは男で、それは静穏自身でないことは分かった。顔つきが違う。骨格も違う。痩せて細い、でも、男。
 一瞬にしてうろたえた。それは八束自身だった。
「――え?」
「おれの想像上の八束」
「待って、想像?」
「うん。見て描いたわけではないから」
「見ないで描けるものなのか?」
「ある程度は。……じっと観察して脳に焼き付ける。記憶をアウトプットする。それにどうやらおれは瞬間的な記憶力がいいみたいだから」
 それがこのスケッチブック、というわけか。
「でも本当はちゃんと見ながら描かなきゃだめだ。写真を写し取るようなのは、あまり意味がない」
「え?」静穏の瞳が深い。また静かに燃え盛っている。言わんとしていることがわかって、また、もっとうろたえた。
「次は八束を彫塑したいと思っている。モデル、やってほしくて。だめかな」
「だめ、ってか、……なぜ?」
「なぜ?」問い直される。
「モデルならもっと、……適する人間がいるだろう? 子どもとかさ、女性とか。ああ、四季とかえっちゃんみたいな世代とか。こんないい歳したおっさんなんか芸術になるのか?」
「それはおれの自己像だってそうなんだけど、……んー、それを決めるのは、八束じゃなくて、おれでもなくて、見る人なんだよね」
 がりがりと頭の後ろを掻きながら、「他人の評価」と静穏は答えた。
「いろんなこと言う人がいるし、いろんな意見もあるけど、芸術ってさ。人からの評価で価値が決まるんだ。だからおれがいいと思う八束を、おれが彫刻にして、それに価値を見出してくれる人がひとりでもいたら、それは芸術。そしておれは、八束を彫って、それを人から評価されるものにできる確信があるよ」
「……」
「前はなかった。いまもすげえ自信があるってわけじゃないけど、……宇宙から来たっていうのは、おれのそういうところなんじゃないかな」
 スケッチブックをめくっていくと、白いページに行き着いた。それに気づいた静穏が、「ここから先は八束を描きたい」と言う。
「じかに見て観察して描いた八束」
「……」
「いま考えているのは、全身像。最初は裸体の八束をと思っていたけど、こればっかりは八束の気持ちもあるから。……まあ、モデルを引き受けてくれるなら」
 言いづらそうに、でも真剣な顔で言われた。ふと思いつきを口にしてみる気になった。
「『八束』」
「ん?」
「藍川先生のところから戻ってきてから、呼び方が変わった。四季とか人前だとさん付けされるんだけど、こうやってふたりだと呼び捨てで呼ばれるのは、なにか変化があったのかな、と」
「あれ? そう?」
「自覚ないのか?」
「そうだっけ。そうだったかな、……おれの中だと八束はずっと八束なんだよなあ」
 うーん、と腕を組んで考えている。

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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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