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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「最初からずっと八束だった気がするんだけど」
「最初から?」
「名前聞いた時、おれと違うなあと思った。呼びやすいなって。八束って日本書紀だっけ? 長い、とかそんな意味で出てくるよな。この国に昔から馴染んでた名前なんだなって思ったら、呼びたくなった。羨ましかったよ。おれはやっぱり、名前にコンプレックスじみたのあるし」
「……僕は、セノさんをいまだにどう呼んだら正解か、分からない」
「ほら、そうだろ、やっぱり」
「セノさんはセノさんで、……静穏っていう漢字はまだしっくりと当てはめられない。モデル、やるよ」
「ん?」
「いいよ。きみのためなら脱いだっていい。言葉通りだな」
 静穏は脈絡の掴めない会話にクエスチョンマークを浮かべている。でも八束の中では繋がっている。
「セノさんが僕をなんか、彫るのか盛るのか知らないけど、なんかそういうことをして鷹島静穏の芸術にしてくれたら、僕はもしかしたら自分を傷つけてほしくなくなるような気がしたんだ」
「それは?」
「きみのために綺麗な身体でいようって思うからさ」
 スケッチブックを閉じて静穏に返した。静穏は黙って受け取ったが、居住スペースへ戻ってから「八束に傷があっても彫ると思うよ」と言った。
「八束は……綺麗だ。ミロのヴィーナスに腕がなくても綺麗なのと、同じ。比率とバランスが洗練されてるんだ。これは持って生まれた素質。きみはもっと自信を持っていい。天性で魅力的なんだ。あ、だからって腕を失くすような無茶な行為には及んでほしくなくて、そういう意味じゃないんだけど」
「わかるよ……ものすごく口説いてるな」苦笑するしかなかった。照れ臭くて。でも目の前の男は本気で本心だ。心からの安堵でそっと腕を伸ばされ、腕の中に閉じ込められる。
「モデル、断られても食い下がって諦めるつもりがなかった。嬉しい。ありがと」
「ん……」
 やっぱり言えなかった。好きだなんて恥ずかしくて。だから話題を変えた。
「どうして僕をモデルにしようと思ったの」
 訊ねて、静穏は考えをまとめようと腕を緩めた。手を引っ張られてベッドのある暗がりへ移動する。八束の腕を取り、ふーっと息を長く吐いて腹に頭を押しつける。この体勢、前にもあった。静穏の癖のようなものなのかもしれない。
 ずっと自分のことしか考えてこなかったから、とぽつんと呟いた。
「自分のこと」
「そう、おれのこと。おれが作っていて快いと感じるものしか作ってこなかった」
「でもそういうのが芸術の一面なんじゃないのか?」
「一面はもちろん。おれ自身を救済する意味合いもあった。セルフカウンセリングっていうか、セルフメンテナンスというのか」
「分かるよ。僕にしたら本に夢中になってる時間だ」
「でもさ、八束はおれがどんなひどい仕打ちをしても、待っててくれたじゃん。おれの芸術を信じて」
 静穏が顔を上げた。まただ、と思った。こんな暗がりで眼が赤々と燃えている。
「だからおれ自身のことを考えるんじゃなくて、八束自身のことを考える時間にしようと思った。八束をひたすら考えて、観察して、見て、八束のために作る。八束を知りたいし、理解したい」
「ちょっと、……待って、待ってくれ」
 顔を見られているのが本当に恥ずかしかった。セックスで裸体を晒すより恥ずかしい。こんな台詞を臆面なく躊躇もなく言えて、真顔だなんて。この人は自分がさっきからなにを言っているのか理解しているのだろうか、と疑いたくなる。
 そしてこんなことを喋らせているのは自分だ。矛先を変えようとして話題を振るのにどうやっても打球は朗らかに弧を描いてセンターヒットする。八束がこれまでに付き合ったことのない男の部類であるのは間違いがなかった。乱暴してほしかったから。酷い言葉で罵られたかったから。犬のように扱われたかったから。こんなに丁寧に真っすぐ愛情を告げる静穏はすごい。
 そうか、と理解した。この人が黙るのは、嘘をつけないからだと。いつでも本気だから、本心を心に仕舞い込んで黙すのだ。嘘でも軽口なんか叩けない。面には表しかなくて、裏を決して用意しない。打ち込み方は常にストレート。もしかしたら、しなくても、だから芸術家をやっているのだろう。
 だからこの人の作るものは見る人を惹き付ける。素直だから。自分の感性にどこまでも正直だから。ひたむきに向き合っているから、そういうことが伝わる。
 この人の彫刻もそうだけど、肉体もそうだ。必要なものは備えて、無駄は削ぐ。シンプルに引き締まっている。造形にはあまり詳しくないけれど、先ほど静穏が言ったように「木彫」が「削る」技術であるなら、この人が主体として行っている表現方法は非常に納得がいく。土くれを盛るのではなく、細胞を削いでいくような表現が。
 さっき八束をてらいなく「綺麗」と言ったが、「うつくしい」のはこの人の精神で、肉体だ。その手は芸術を生み出す。
 静穏に掴まれている手首がじんじんと熱い。もう動かせなくなってしまっている。肉体のことを意識したら、すごく、ものすごく抱かれたくなってしまった。こういう獣の衝動は静穏に告げていいものか迷う。芸術を、鷹島静穏を穢す行為のような気がしてしまうのは、八束がいままでそういうことでしか満たされてこなかったからだ。
 この人に触れられると、そこから生まれなおす気になる。新しく塑像される。あんなに痛めつけられたがった自分の身体を、ちゃんと好きになれる。どんなに体液だの体位だのがぐちゃぐちゃだったとしても脳がすっと鎮まっていく。また抱いてくんないかな。口にしていいのだろうか。欲求を伝えてまた腕枕で夜を明かすのは結構、かなりしんどいわけだし。
 いっそ帰って自室で治めるとか。こんな歳にもなって中学生のような思考回路だ。だって静穏がこんな目で八束を見るのがいけない。炎が澄んでいるように、この人の眼は澄み切っている。
 ちょっとでも暗がりがあれば口に出来る事を、と飲み込む。その、ごくん、と生唾を嚥下した喉の動きが合図かのように、唐突に腕を引かれあっという間にベッドに組み敷かれた。
 上になった男が、実に切羽詰まって「いかんなあ」と呟いた。
「モデル引き受けてもらえたら、今夜は早速ちょっとスケッチさせてもらおうと思ってたのに。抱きたくなってきた。すげーセックスしたい」
 嘘だあ、と呆れるような気持ちで思ってしまった。口にしようとしたのに唐突にキスされて言えなかった。
「モデルの対象にいちいちムラムラしてるといつまでも彫刻なんか完成しないのに、やりたくなるんだよな。参ったな」
「……とてもじゃないけどそんなこと考えている顔には見えな、ん、」
 今度は首筋を吸われた。そこにほくろがあるとか前に指摘されたところ。あのとき静穏は急所の位置だから危ない、とか言ったっけか。
「八束にモデルを頼む前に一発抜いとかないとみたいな制作進行になったらどうしよう。中学生かって感じだな」
「それ、さっき僕も思った」
「それ?」
「僕もセックスしたいと思ったけど、なんか言いづらくて家で抜く方がいいのかとか考えてしまった」
「言ってよ」
「言えないよ、鷹島静穏相手にはなかなか」
「性的同意、だっけ。大事なんだって、いまのヨノナカ」
 一方的に、とか、なんとなく流れで、だと、傷つく。もうだいぶ色々と経験してるはずなのに、さっきから本当に中学生みたいなことをぐだぐだと。自分たちは。
 ふ、と笑ってしまった。こういう進行でセックスしたことないなと思ったから。傷つけられたいセックスじゃないから、ちゃんと相手の気持ちを確かめるし自分の欲求を伝える。
「抱いていい?」すごく澄み切った顔で訊かれた。だからそういう顔するなよと言いたい。髭で隠されてない分、なおさら。
「抱いてほしい」
「よかった」
「うん、僕も」
「あー、……この際だからちゃんと訊くけど、八束に不満はないの。その、おれとのセックスに」
 言わんとすることが分からなかったから、なぜ、と訊いた。
「その、縛られたいとかあるんだったら、ロープワークには多少心得があるから、した方がいいのなら」
「……ばか」
 今度は八束の方から静穏の唇を掠めとる。
「僕、きみとのセックスってまだ全然回数ないけど、すごく好きだよ」
「至ってノーマルなものだと思うんですけど」
「セノさんの指って日頃から作業してるせいか硬いんだけど、硬さがいいっていうか。器用さも出る。触られると気持ちよくなって色々と忘れる。傷つけてほしかった自分のこととか」
「……それは、八束にとってよいこと?」
「おびんづるさん、ってあるじゃん。きみなら分かるよな。撫でると病気が治ります、って言われて置かれてる仏像。ああいうの、みんなに撫でられてつるつるになって、体積としてはすり減ってるのに気持ちよさそうだよな。あんな感じ」
「それは、……ちょっとよく分からない」静穏は笑った。笑顔がぎゅうぎゅうと心臓を握り潰しにかかってきて、困る。
「きみの触り方で触られた分僕の体積が減っても僕は嬉しいってこと。……あーでも、鷹島静穏のロープワーク知りたい僕もいるから、……いつかやってよ。今夜これきり最後じゃないよな?」
「モデルに立たせるたびに抜かなきゃって気になるぐらいだって言ったじゃん」
「なら早くしよう。きみのやり方が好きだ……」
 キスをしたのはお互いの意思の最終確認みたいなものだった。セックスしていい? 僕もしたい、という確認。静穏の舌が八束の舌に絡みつき、次々と唾液を分泌してべたべたになった唇は八束のシャツを噛んで引っ張った。邪魔だ、と言っている。ボタンを外してシャツを脱いだ。静穏も脱いだ。
 胸板は隆々と逞しく、そのまま太い二の腕、一の腕へと続く。腰はきゅ、とくびれて腹筋がぽこぽこしている。八束にはない盛り上がりや窪み、出っ張りにうっとりする。これからこの肌と抱き合うのだという期待は直線的に下半身へつながり、みるみる興奮した。それも脱がされてあらわにされる。

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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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