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のんびり歩いていたら日野洋食亭に予約を入れていた時間よりも少し遅れてしまった。昇平が「電話しようと思ってたところ、」と言って笑いながら席を案内してくれた。人通りの見下ろせる、窓際の二人掛けのテーブルだ。そういえばこの出窓に青い花が飾ってあったんだよなと、いまは松毬やばらの実が置かれた窓辺を見て、それから向かいの透馬を見て、少し、照れた。先程の消えるようにかすかな「好き」が効いている。
おそらくその時点で腹をくくった。
瑛佑は牛ほほ肉のワイン煮とライスを、透馬はタンシチューとライスを頼み、メンチカツも余計に皿を取って、昼食となった。昼時の忙しいさなかであるので昇平や夏人とはほとんど話が出来なかったが、店員の一人が「シェフ長からサービスです」とそっとデザートを添えてくれて嬉しかった。小さなココット皿に盛られたゆずとミルクのシャーベットは、食事で発熱した身体に心地よく入ってゆく。
店を出て、透馬は満足げに「うまかった」と息を吐いた。
「透馬、寒いけど少し歩いていい?」横顔に尋ねる。
「どうぞ。つか、駅まで歩いて来たじゃないですか」
「そっち方面じゃなくて。帰り道、隣駅まで」
「え、遠い」
「そんな距離でもないよ」
途中で腹痛くなったらどうしよう、と本気で心配するのでおかしかった。街中の駅の線路と並行して続く道を、ゆっくりと歩く。今度はしりとりをせずに黙って歩いた。口の中で先ほど決意した言葉を復唱して、「あのさ」と瑛佑から声をかけた。
「おれと付き合ったら、不倫相手と別れる?」
透馬は黙った。目をまんまるくして、面食らっている。その顔を見て、至極前向きな気持ちになった。まっとうな恋人って自分がなれるかどうか分からないが、きっと透馬の現状よりいい。
「透馬のことはいいやつだって思ってるし、一緒にいると楽しいよ。でもごめん、今はまだそれだけなんだ」
「……はい、」
「透馬がさ、笑えばいいのにってのは、思ってる。だから、……おれ、自分からあんまり喋らないしこんな感じだけど、それでもいいか?」
「……悪いわけ、ないです。でも、」
「ん?」
「瑛佑さん、無理してないですか?」
「無理だったら無理って、はじめから言ってる」
そういう訳でよろしくお願いします、と頭を下げると、透馬も慌てて下げ返した。しばらく頭を下げ合ってから、透馬が「いや待った」と勢いよく頭を上げた。笑っていない。
「本当におれの恋人になってくれんですか」
泣きそうな声で透馬が訊ね返した。うん、と瑛佑は答える。
「疑い深いな」
「そうかもしれない。……信じらんないから」
「そうなのか」
「振られて仕方ないと思ってたし、下手すりゃ友達付き合いにも戻れないなってのは思ってたんですが、言いたくなって」
「それさ、どのみち透馬は辛いの一択しかないよな」
「……」
「おれは多分、友達付き合いやめるなんて発想にはならなかったから、……片想い? で友達でいるなんて無理をさせたかも」
「……だから付き合ってくれるんですか?」
やっぱり疑い深い。そんなにネガティブな発想にならなくても、という思いで肩を軽く叩いた。
「そうじゃないよ。きっと楽しいと思ったから」
そう言うと透馬は下唇を軽く噛んで、考え込むようにうつむいた。「うん」と頷いてまた顔を上げる。まるで幸せに慣れていないかのように、せつない表情をする。
だからなんでそんな顔をする。
「瑛佑さんって、前向きなんですね」
「透馬はずいぶんと後ろ向きだな」
「だって男同士ですよ」
「そうだけど、それが?」
帽子の上から頭に手をやると、少しだけ後ろの髪が触れた。とてもつめたかった。
それを何度か撫でて、手を離す。
「楽しいこと沢山しよう」
「……それ、すげえ殺し文句」
前を向いた透馬にもう一度「しような」と念を押した。透馬は、ようやく口元を緩めた。泣き出すかと思うように顔をくしゃっと歪めて、「好きです」と呟いた。
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