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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 離婚し、祖母とも死に別れ、一人暮らしとなった叔父の元へ月に二度か三度足を運ぶのは、庭の花の手入れを優志(ゆうし)が行っているからだ。マンション住まいの優志にとって花は買わねば手に入らぬものだが、郊外の一軒家を継いだ叔父は違う。庭には、生前の祖母が喜んだという理由で残された花々が一通りは揃っている。花の手入れを叔父はしないので、優志が出かけてゆく。
 父は、歳の離れた叔父のことをいたく可愛がっている。両親に替わって学費の面倒までみた大事な弟で、叔父が離婚した時は叔父の元妻のことを「ひどい女だ」とののしり、祖母が死んだときは「あいつがかわいそうだ」と悲しんだ。早くあたらしい妻をめとってしあわせになってほしい、としょっちゅう話している。だから優志が「今日叔父さんちに寄ってくる」と言うと、安心するのか、喜ぶ。
 せっかくの花だから会社へ持ってゆく。社内の環境美化にいいと、評判でもあり、噂でもある。男で、花の世話が趣味で、その花を持ってくるのだから、優志は目立つ。それ以上に人見知りしない屈託ない性格のおかげで、からかわれることはあっても花を持参する優志を蔑む人間はいない。ありがたい環境だ。
 優志の世話する花なのだから、好きに取って行っていいと叔父は言うが、そういうわけにもゆかない気がして、一応顔を見せる。行く日はまえもって決め、連絡を取っておく。花をもらうだけが目的なら、朝に寄ることが多い。叔父に挨拶をして世間話をしながら花を摘み取り、そのまま会社へ持ってゆく。
 余裕がある時は母が前の晩に二人分の弁当をつくってくれる。明日の朝食に、という意味だ。そういう日は叔父の家に上がって二人で弁当を食べる。叔父は物腰がやわらかで話題も豊富、少々幼いような言動は、人に好かれるいい性質だと思っている。一緒にいて、苦痛がない。心許せる、ほっとくつろぐ朝のひと時だ。
 その週も、行く約束をした。あじさいが見ごろだから持って行くといいよ、というメールを叔父から受け取っていた。日にちは前もって指定していたのだからいいかと思い、前日に確認のメールなどしなかった。月曜日、叔父の元へ顔を見せると、知らない顔がいた。
 庭に出て、縁側に座る叔父となにか親しげな目線をくばせあっていた。会話をしていなかったから、存在に気付かなかったのだ。いつものように庭の裏口から入った優志は、そこに人がいるなど思いもしなくて、驚いた。
 若い男だ。優志と同い年ぐらいだろうか。大人しそうな顔立ちで、色白。Tシャツにスエットパンツといういでたちで、まだ眠りから覚めないような格好をしていたが、男にしてはややくびれたその腰つきに、つい、と目がいった。
 似たような格好をしていた叔父が、目を丸くして「優志」と名を呼んだ。
「――忘れてた。今日取りに来る、って言ってたんだっけ」
「そう。……俺、邪魔? ならまた日を改めるよ」
「いや、全然いい。構わない……よね、隆央くん、」
 と、叔父が優志の隣の男を見遣る。隆央くん、と呼ばれた男は優志を見て、「おはようございます」とぎこちなく挨拶をした。
「甥の、優志だよ。兄貴の息子。この庭の花の世話をしてくれててさ、会社に持ってくって言って花をもらいにたまに朝寄るんだ」
「はじめまして、おはようございます。……っと、」
「隆央くん。ええと――友達だ」
 初対面同士を引き合わせて、叔父が喋る。友達とは、ざっくりとした説明だ。「昨夜泊まっていったから」と朝ここにいる理由を叔父は述べた。
 友達にしては歳が離れているだろう。会社の後輩と言われた方がまだ分かる気がしたが、そういうことでもないようだ。年齢を超えた友人というものをあまり持たぬ優志にとっては、なおさら謎の人物だった。
「泊まるほど、仲いいんだね」
「まあちょっと、昨夜は色々と長引いて――」
「深谷さん、」
 隆央が叔父を呼んだ。会話を制するタイミングだった。
「時間あんまりないから。――シャワー借りるよ」
「ああ、うん、……」
 知っている風に庭を進んで、隆央は家の中へ入ってゆく。敬語をつかわなかったから、会社関係の人じゃないか、と納得する。叔父はしばらく頭の後ろを掻きながら隆央を見送っていたが、やがて振り返って「あじさい、綺麗に咲いたね」と指差す。
 庭の隅に、青色のあじさいがひっそりとある。
「今朝も弁当あるけど……俺、帰った方がいい?」
 あじさいだけもらって早々と出社する、段取りも頭の中で考える。
「いや、いいさ。一緒に食べよう。――あ、そうか、」
 ふ、と叔父は頬をゆるませた。
「隆央くんの分はつくらなきゃなんだな」
 そう言って、叔父は家の中へ進んでゆく。なんとなく楽しそうだった。今朝はとりわけ機嫌がいいなと思いながら、優志は花を刈るべく、鋏を取り出す。


 叔父と、隆央と、優志とで座卓を囲んで朝食となった。隆央はあまり喋らず、緊張しているようにも見えた。シャワーからあがった後はスーツ姿で、ああ会社員なんだな、と分かる。叔父もまた出勤すべくスーツに着替えていた。
 母親の用意した朝食は昨夜余分に炊いておいた炊き込みおこわの握り飯で、ひとり三つずつという母のもくろみのおかげで、ちょうどよく三人で配分出来た。それから叔父が用意したみそ汁に、白米を炊き足して、サンマの缶詰、デザートに枇杷。これは隆央が持参した手土産だという。
 どんな友達? と訊くと、叔父は曖昧に笑った。
「歳が離れてそうだからさ、」
「うーん、優志は、花が好きだよな」
「そうだね」
「うん……。花って、好きなものって、眺めていたいだろ? そういう仲。ぼくと隆央くんは趣味が合うんだ。同好の士、ってやつ」
「花好きな仲間ってこと?」
 ははは、と叔父はまた曖昧に笑う。日頃、素直に言葉を発する叔父を思えば、なんだか歯切れがわるかった。「花好きなんですか」とこちらには敬語をつかって隆央に聞いてみれば、隆央は咀嚼していたものを飲みこんでから、うん、とひとつ頷いた。
「もう散っちゃったけど、ハナミズキとか好きですよ」
「ああ、駅前の通りに毎年見事に咲きますよね」
「そう……――」
 なにか喋るかと思って間を待ったが、沈黙だった。隆央はみそ汁をすする。
 叔父も、あまり喋らなかった。窺うと、どうやら隆央を見ている。隆央の一句一動に耳をすませ観察し、わずかに微笑む。隆央はあからさまな叔父の視線に気付いているのかいないのか、それを涼しい顔でやり過ごしている。
 曖昧なまま分からぬ二人だ、と思う。だが叔父の熱っぽい視線に、違和を感じた。なんだろう、心が軋むような。それは普段、優志と会話を交わす時には生まれない毒、だと感じる。
 そしてその視線の熱源を、自分も知っているような?
 食事のあいだは、うまく思考がまとまらなかった。ただ叔父は隆央を見、隆央は静かに座っている。


 あじさいは水揚げがわるいので、出社後すぐに給湯室へ行ってミョウバンを切り口につけた。こうすると花持ちがする、と他界した祖母が生前のまだぼけていない頃に教えてくれた。青色のあじさいは、どう飾ろうか、考えるのが楽しかった。家から持参した平たい花器に、枝を短めに活ける。
 早朝の社内、誰もいないかと思えば、同期の水上(みなかみ)がいた。
 机に突っ伏して、寝ている。ブラインド越しの朝の光に、地黒のはずの髪はやや茶色く見えた。さらりと乾いたストレートな髪だ。綺麗だな、と思ったから、部屋には入らず入口で眺めていた。こうやって思う存分眺められるのは、周囲の目と、本人の目が、優志にない時だけだ。
 突っ伏して眠っていたはずの水上は、片手をぴょいとあげて、ひらひらと振った。
「――あれ、起きてたのか?」
 と訊くと、「やっぱり深谷か」と水上は顔をあげた。
「誰かの視線を感じた」
「……」
「おはよう」
「おはよう」
 ひとまず花を窓際の棚の上に置いた。水上の席は窓際なので、自然と距離が近付く。水上はがりがりと頭を掻く、その気だるい仕草も見入ってしまう。見つめていたいが、そういうわけにもゆかない。
 水上とは仲も良いが、友情だけではない感覚も、最近は覚えつつあった。うまく言葉にならなくて、息苦しい、と感じる。水上を綺麗だと思うのだ。男に綺麗もへったくれもなさそうなものだが、なにか、特別なものに思える。べつに、水上が目立って美しい造形をしている、というわけではない。社内一のイケメンと言えば別の人間の顔が思い浮かぶ。水上は、いたって普通の、そこらにありふれて存在するごく一般的な人間だ。だというのに、優志には水上の、一挙手一投足が気になる。ことあるごとに、眺めていたいと思う。
 見つめすぎて、変な噂が立ちそうだと自分でも自覚していた。だから最近は、水上を出来るだけ直視しないようにしている。ふたりの間はいま、若干のぎこちなさを抱えていた。
 棚に腰を預けて、休めのポーズで言葉を探る。なにか言うべきか、なんにも出てこない。水上は再び机に突っ伏した。
「――眠いのか?」
「……昨夜、あんまり寝付けなくて、朝まで起きてちゃってたから、仕方なく会社来た、って感じ」
「はは。なんか悩み事でも、あんの」
 ごく軽く、言ったつもりだった。すると水上は「なんかなあ」とため息をついて言う。逸らしていた目線をようやく水上に向かわせた。水上は顔をあげない。
「……昨日、総務の飯山さんとめし食いに行って、……」
「ああ、うん、」飯山と言えば、優志や水上よりもひとつ上の、男性社員だ。
「飯山さん、男とつきあってんだって」
「……――えっ?」
「言うなよ、口止めされてるからな」
「言わないけど、……」
 優志は、驚いた。水上と違って特別に仲が良いわけではないから、生々しい想像はできない。それでも「男同士」という事柄にぎくりとした。
 水上はまだ顔を上げない。今日は全然顔を見せてもらえない。
「男同士でキスって、――おまえはできる?」と優志は言った。今回水上が知った件に、興味があった。
 朝の、叔父と隆央の姿が思い浮かぶ。なぜなのかは分からなかった。ただ、近頃もやもやと言葉にならない自分の感情の行き先がどこなのか、はっきりさせたい。そういう意味で、いま優志が放った発言は、自分の意思を確かめるものでもあった。
 水上が顔を上げた。窓を振り返り、ようやく目が合う。
「……」
「……」
 しばらく無言で見つめ合う。頭の片側がじんと痺れ、ちりちり焦げつく感覚がする。水上を、やはり見ていたいと思った。水上をつくっている血肉を、造形を。花のいろかたちに惹かれるように、水上の姿かたちを、本当はずっと眺めていたい。
 水上は恥ずかしそうに身を捩り、顔をそむけて言った。「――できるよ」
「え?」
「おれ、深谷となら、キス、できる」
 がん、と脳天を棍棒で殴られたような衝撃を受ける。と、水上は席を立ち、一歩、優志へ寄る。その顔が優志に吸い寄せられるように、ぴたりと重なる。
 水上は目を閉じている。優志は目をあけている。
 鼻から息が触れ、その下で実にやわらかいもの同士が触れ合っている。
 くちびる同士をくっつけただけの幼いキスだったが、時間は長かった。水上が離れるまで、優志はじっと水上を見つめていた。間近に迫る目蓋の、わずかな動きを。触れそうな睫毛の先を。額にかかった髪と眉毛の生え根を。
 やって来た速度と反して、水上はゆっくりと離れていった。優志はまだ水上を見ている。気まずそうに目を逸らした水上を、やがて本来の気の強さを発揮して、きっと優志を睨みつける、まなざしを。
「――その目、すんな」
 水上にそう言われて、優志は思わず「あ」と掠れた声を出した。
 すべて分かった。叔父が隆央を見ていた理由が。叔父にとって隆央は特別で、眺めていたい存在なのだ。きっと、触れたいと思いながら、それを愉しんでいる。隆央は隆央で、その視線を、喜んでいる。恋愛感情と、本能がほの暗く結びついた、淫靡な二人。
 水上の言う「その目」が叔父と同じものであるならば、優志は気付いてしまった。自分の本来の望みに。
 気付いてしまったから、もう視線を隠せない。もっと見たい、ずっと見ていたい、水上を。
 触れてみたい。
「――水上、」
 照れも戸惑いもためらいもなかった。
「今夜、つきあってくれないか」
「……」
「水上、」
 二度目の呼びかけで、水上はそっと頷いた。観念したように、恥ずかしげに、それでも、喜びをたたえた笑みで。


End.


関連:
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こわれそうだよ



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nさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
この時期になると毎年、鎌倉の長谷寺のあじさいが見に行きたい…と思って行かずじまいで終わります。いい季節になりましたね。
机に突っ伏す、という行為は会社員にしては幼いかなと思いましたが、nさんの思い出話を聞いて安心しました。素敵なお話、ありがとうございますw
青について。私も、青は好きです。赤よりも青です。物語を書くときにおおむねいつもテーマカラーを決めるのですが、それは青系の色が多いです。色が滲むようなお話を、と思って書いているので、nさんのお言葉はとっても嬉しいものでした。色を感じ取って頂けて嬉しいw
本日も更新です。今日のはド直球でえろいので心の準備はいいですか?年齢の準備はいいですか?(笑)
また、楽しんで頂ければ、と思います。
拍手・コメントありがとうございました!
粟津原栗子 2014/06/18(Wed)07:36:48 編集
和雄さま(拍手コメント)
読んでくださってありがとうございます。
深谷さん、どれだけ遠慮なしに見つめるんだ、という話です。ずーっと抑圧され続けていた性癖(?という言葉が合うのか…)なので、開花してしまえば、とどまるところを知りません。うん、いやらしいなあ、と思います(笑)
水上くんに関しては、色々と紆余曲折があってこんな感じに落ち着きました。会社員にしては少し(精神年齢が)若いかな、と思ったんですが、水もしたたるいい男、実際はしたたってませんが、みずみずしい、と仰って頂けて嬉しかったです。
花と男性の組み合わせは大好物で。そういう意味で「花と歌~」のカテゴリーですが、お気に召して頂けて何よりです。
そしてリンクミス!気付いてくださり助かりました!直しましたー。ご指摘ありがとうございました。
本日の更新もどうぞお楽しみに。
拍手・コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2014/06/18(Wed)07:51:02 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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