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Tシャツにそれを合わせ、深谷の家を訪ねた。無地の服ばかりを好む隆央(たかひさ)のちょっとした心境の変化を見抜いたか第一印象がそれほど違ったか、とにかく深谷はやって来た隆央を見て「お」と声を発した。
「長袖だ」
そっちかい、と隆央は苦笑する。
「深谷さんだってそうじゃんか」
「秋だね」しげしげと隆央をあの目で見る。「とても似合うよ」
深谷のその台詞を聞いてから、猛然と恥ずかしくなった。やっぱりこんなの着てこなければよかったという後悔と、もっと褒めてほしいという気持ちと。そしてなぜだか深谷も照れて頭を掻いている。以前だったら、こんな台詞もあんな台詞も平気で口にしていた。
しばらく沈黙していた。なんだか気まずい、というか、お互いに面はゆい。こんなんで今日の鑑賞が耐えられるのだろうかと危ぶんでいると、深谷は「よし今日は出かけよう」と言った。
「ぼくもちゃんと身支度してくる。ま、あがって。で、ちょっと待ってて」
「え、なんで」意図が汲めなかった。家にすっかり引きこもり、好きなことをして過ごす隆央を眺めている、のがこれまでの深谷だった。「用事あった?」
廊下を進みながら深谷はひらひらと手を振った。「今日は天気がいいし」
「K市とかどうかな」超有名観光地の名が挙がった。
「Kって、結構遠くない?」ここからだと直通の電車もバスもあるが、移動には一時間半ほどかかる。そんなにがつっと出かけたいのだろうか。至ってインドアな、深谷が。
「この間書店で特集雑誌が並んでてさ、行ってみるのもいいかなって、思っていたところだった」
「行ったことある?」
「昔母親連れて一度だけ。隆央くんは?」
「高校があっちだったから、まあ、」
「ああ、そうか」
だったらなおさら頼もしいな、と深谷は笑った。
「なんかいいとこ連れてって」
着替えてくるから。そう言って、深谷は寝室として使っている部屋へさっさと行ってしまった。
◇
K駅に着くとどこを向いても人、そして鳩しかおらず、思わず「うわ」と声をあげてしまった。深谷は本当にここへ来たかったのだろうか。隣を見ると深谷もまた苦笑いしており、それから「ここへ来たらお宮へお参りするのが一般的なルートなのかなあ」と観光案内所でもらったパンフレットを眺めて呟いた。
「隆央くんのオススメは?」
「ええー、訊かれても……」ばっちりと視線が合いそちらに心臓が高鳴った。一瞬逸れた気を必死で引き戻す。「お宮からここの歩行者天国は人が多いから、この道を横手に入って、とか」
「高校はどこだったの、」
一緒に地図を覗き込む格好になり、家にいるよりも外にいる方が近い、と意識してまたひやりとした。
「ここ、この端っこのとこ」
「けっこう遠いな」
「高台にあるから見晴らしは良かったけどな、海が見えて」
「じゃあそこ行こうか」
あっさりと決めて、バスはどの路線を使えばいいのかなどとバス乗り場の方へ向かってしまう。後ろ姿を急いで追いかけ、正解のバス乗り場へ引っ張る。
こんなかたちで母校に向かおうとは想像しなかった。「歩きたい」と言った深谷は高校の最寄りのバス停よりもひとつ手前で降り、二人でうらうらと歩いた。ここまで来れば観光客はさすがにいないが、住宅街のど真ん中、生活道路として一般市民の出入りはある。隆央の後輩だと思われるジャージを着た高校生も、休日であるのに見る。
交差点の角にぽつんと建った商店を覗き、「ここでなにか買ったりした?」と楽しげに訊ねられた。隆央がうんとも言わないうちに深谷は梨をひとつ買い求め、商店の主人に頼んでそれを半分に割ってもらった。片方を寄越す。
「さすがにこんな買い食いはしたことないよ」深谷にそう言うと、「じゃあなにを買った?」と訊き返された。
「チョコレートバーとか、アイスとか肉まんとか、ジュースとかパン、カップめん」
「かなり利用していたんだ」
「この辺ってここぐらいしかなくて……あとは学校の購買と、さっきのお宮付近まで下るとか」
「なるほど」
梨は瑞々しく硬くすっぱく、あまかった。果汁で手をべたつかせたまま、高校までの急な坂をのぼる。のぼりきってすぐにあるグラウンドの水道を拝借した。またどこからか深谷がペットボトルのお茶を調達してきて、隆央に渡してくれる。
グラウンドから見える坂下の町並みを、深谷と共に眺める。微妙に色の違う屋根がなんとか重ならないように寄り集まって広がっている。その向こうにはなだらかな山があり、さらに向こうは海だ。この眺めを教室の窓から見ているのが常だった三年間に思いを馳せたが、深谷の視線に気付いてすぐに振り返った。ぼんやりと景色を眺めている隆央を、熱に浮かされたように見ている。
目が合うと、それでも初心に顔を逸らした。決まり悪そうに耳の後ろを掻き、また隆央を向いて、「どんな高校生活だった?」と優しく訊ねられた。
「どんな、って」
「部活やってた?」
「やってた。…笑うなよ、放送部」
「へえ」
意外、という顔をした。隆央も意外なのだ。
「機械もの扱うのが好きだったから、友達に入れられて裏方やってたんだよ」
「アナウンスをしたりは?」
「それは、朗読の上手い奴がいてさ。声にもセンスってあるんだな、ちょっと掠れるのに、響いて」
「それが、もしかして放送部に入れてくれた友達?」
「そう、仲良くて、……」
隆央に喋らせたいのか隆央のことを聞きたいのか、はたまたいつものように眺めていたいのか。深谷の要求がさっぱり分からない。問いに問いが重ねられ、隆央ばかり喋っている。そのたびに嬉しそうに頬を緩め、目が合うと逸らされ、また質問が降る。
高校から下って再びバスに乗り、今度は駅より手前のバス停で降りた。人でごった返す歩行者天国を歩く。ここでも深谷の疑問は繰り返され、おまけにべたべたに甘やかされた。「アイス食べる?」「なにか飲む?」「あれ美味しそうだよ」等々。日頃がつめたい人だとは決して言わないが、静かな時間を好む深谷と別人格なんじゃないかと疑えたほどだ。
もう今日は一体なんなんだ、と駅前の喫茶店に入ってから深谷に訊ねた。深谷はきょとんとしてから、ばつが悪そうに顔を逸らし「やっぱ変だったよね」と言った。
「……いや、夏休みにさ……隆央くんに、脱いでもらったでしょう」
夏休み、一度だけ深谷の前で裸になった。家はクーラーが効いていて涼しかったのだが、周囲の暑さにかこつけて申し出た。躊躇しながらも「いいの」と訊いた深谷の目は確かに光っていたのに、それだけで、それきりだった。大胆な行動に出てなにもなかったのだから、あの時の自分を呪いたい。
いきなりその話題を振られて、周囲に聞かれちゃいないかとうろたえた。そういえば深谷はいつもこうだ。自分よりもはるかに大人のくせに、場をわきまえて視線や発言に気を付ける、ということをしない。
幸い店はごった返しており、各々の事情で忙しい。睨みつけるように深谷に「それがなに」と言うと、深谷は困り顔で「あれ以降、あなたと二人だとだめで」と答えた。
「部屋の中であなたと二人っきりだと考えたら、どうにも耐えられないような気がした。でも今日、隆央くんは長袖になっていて、あああれはもう見れないのかとがっかりする自分もいて」
「……なに言って……」
「そう思うくせに、今日の格好はとてもすてきで、連れ出したいと思った。こんな子と歩いているんです、って周囲に見せたかった。歩きながら色んなこと聞いて、甘やかしたかった。でも見せたくない気もしてくる。家に閉じ込めておけばよかったって行きの電車で後悔していたから、もう、なんていうかな」
色々とぐるぐるしててまとまっていない、申し訳ない、と深谷は言った。本当に参っているようで、子どものようにテーブルに頭を伏せた。
こんなことを聞かされて、平気な顔じゃいられない。いられる訳がない。
倒れそうだった。足からふるえが来る。深谷に引っかきまわされているように思っていて、自分はちゃんと深谷を虜に出来ていた。猛烈な喜びと羞恥が一緒に押し寄せ、たまらない。頭から突っ伏したいのは隆央の方だ。そっちばっかり上手でずるい、とさえ思う。
「深谷さん、帰ろうよ」吐息をこぼしながら、ようやく言えた。
「おれだってもうだめ。だからそういうこと、外じゃ言うなって言うんだ……」
「すみません」
「おればっかり喋らされて子どもみたいだって、思ってたんだよ」
「それもすみません。でも舞い上がって浮かれて、変にそわそわして、子どもみたいはぼくの方。中身子どもでも外側はおじさんだからさ、こわれそうだよ」
ようやく顔を上げた深谷に、再び「帰ろうよ」と言った。笑ってやろうと思ったのに上手く笑えず、声は上ずって子どもじみた。
それを目の当たりにした深谷がまたそっぽを向く。
「そうだね、帰ろう」
「うん」
「でも一時間半もかかるんだよねえ」
ここへ来ようと言ったのは深谷だ。そんなこと知るか、と突っぱねようにも、隆央も同じことを憂いていたので「うん」としか頷けない。
一時間半もこんなあまく急いた気持ちで電車に乗っていたら深谷の言う通り壊れる。心臓割れてはじけて、死ぬ。
帰り道に思いを馳せながらしばらく喫茶店で二人、向かい合ってコーヒーを啜っていた。
End.
前の二人→「虜になればいい」
前回の二人はどちらかと言えば恋よりも欲優先でしたが、少し日が経ち、恋寄りになりました。変態でむっつりで優柔不断(笑)の深谷さんが照れまくっているの図と、じれじれしている隆央くんの図です。
この後すぐおうちに帰らない辺りが、この二人です。どうなっちゃうんでしょうかね?w
お楽しみ頂けて何よりです。
拍手・コメントありがとうございました!
読みながら途中でニマニマしちゃいました。深谷さんはきっと隆央が本当に可愛く思ってるんでしょうね。
連れまわしたいとかどんだけオヤジなんだーとか(笑)
でもある程度年がいくとそういう気持ちになるのはなんかわかります。
隆央の学生の頃の話を聞きたがるとか、直接「好き」とか言っていないのにバレバレな感じですよね。
アレなのかな、直接的な言葉を使っていない不安定さが楽しいのかなと思いました。けど二人でいて肌とか見たらどうなるかわかんないよ…って様子が「あああああっ!」と叫びながらニマニマする感じです(笑)
完璧に出来ていない二人の関係がこれからどうなるか楽しみです。
(ほんの少し、続きを書いて欲しいとリクエストも残しておきます(笑))
ようこそいらっしゃいました。
>栗子さん、こんにちは。
>読みながら途中でニマニマしちゃいました。深谷さんはきっと隆央が本当に可愛く思ってるんでしょうね。
>連れまわしたいとかどんだけオヤジなんだーとか(笑)
>でもある程度年がいくとそういう気持ちになるのはなんかわかります。
連れまわしたい、という気持ちが私にはイマイチ芽生えないのですが、深谷さんはあれだけ隆央くんに夢中ですから(笑)そんな気分になるかな、と思いました。はい、オジサンですねw
>隆央の学生の頃の話を聞きたがるとか、直接「好き」とか言っていないのにバレバレな感じですよね。
>アレなのかな、直接的な言葉を使っていない不安定さが楽しいのかなと思いました。けど二人でいて肌とか見たらどうなるかわかんないよ…って様子が「あああああっ!」と叫びながらニマニマする感じです(笑)
ある程度経験してきた大人の、急にもだもだする感じがとても好きです。この二人ははじめが奇妙なバイトからでしたから、こんな普通の「デート」は慣れないのでしょう。じれったくコーヒーなど飲んで、「早くおうち帰んなさい!」とでも言いたい気分です。笑
>完璧に出来ていない二人の関係がこれからどうなるか楽しみです。
>(ほんの少し、続きを書いて欲しいとリクエストも残しておきます(笑))
リクエストもありがとうございます。実はまだ構想の途中でもあるので、いずれ更新出来たらと思います。そのときはぜひ。
コメントありがとうございました!
粟津原栗子
読んでくださって嬉しいです。
深谷さんと隆央くん。お気に召して頂けたでしょうか?
あんなことこんなことしておいて実は、とか、意識したら今更、なんていうのが好きです。はじめの構想ではあのまま進行するはずだったんですが、思わぬところで深谷さんが照れはじめ…こんな図になりました(笑)
楽しんで頂けてなによりです。
展覧会、あるんですよねえ。そして私も行けません。ちょっと遠い(汗)
写真集、ご購入できませんか? 少し前まではけっこうどこでも入手できそうでしたが、人気なんでしょうか。
新作も楽しみですよね。バックに花の写っている夜の写真が好きです。早く本に!と切実です(笑)
鈴果根さんのところも素敵なタイトルのお話たくさんで、引き込まれますね。こちらもぜひ。
拍手とコメント、どうもありがとうございました!
お出かけデートはなんとも楽しそうです。ドキドキそわそわが伝わってきて、初々しくていいなぁ。
深谷さんをオジサン扱いしていいのかどうか迷うところですが、オジサンの初心さって、かわいらしいですね。
>「虜になればいい」で再会した頃よりは、大分気安い仲になったようですね。いい雰囲気!
>お出かけデートはなんとも楽しそうです。ドキドキそわそわが伝わってきて、初々しくていいなぁ。
そう仰って頂けて嬉しいです。初々しい、というのがこの年齢のカップルに通用しちゃっていいのか、と思わないでもなかったですが、それにしても照れちゃう二人を書くのはとても楽しかったです。
>深谷さんをオジサン扱いしていいのかどうか迷うところですが、オジサンの初心さって、かわいらしいですね。
ありがとうございます。かわいらしい、を思わぬところで頂けてきっと今頃深谷さんは照れていることでしょう(笑)
この二人、またお目にかかれたらと思っています。どうぞお楽しみに。
コメントありがとうございました!
栗子
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
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甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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