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1. 瑛佑


 その日は花を抱えていた。カスミソウとトルコキキョウ、カーネーション。白と淡いグリーンで揃えた花は弔意を表す。献花のために大量に用意したものを、余ったためにもらってきた。

 瑛佑の勤め先であるKホテルには大小の催事場があり、学会も会議もパーティも行われる。今回は故人の追悼会で、花はそこで用意したものだ。こういう花の多くは来場者の手土産に持ちかえらせ、余っても女子社員が持って行く。花を飾る趣味もないのでいつもなら貰わない。
 花を貰ったのは、義母にあげようと思ったからだ。義母は花を喜ぶ。たとえ葬式で分けられた菊だろうが路上に落ちてしまった椿だろうが大事に飾る。以前、瑛佑の職場で花が余る話をしたら羨ましがったので、じゃあ今度なにか余ったら貰ってくるよ、という話をしていた。いい機会だと思ったのに、義母は留守だった。父と二人で旅行に出かけている。
 誰かにあげるものでなければ、瑛佑は花に興味を持たない。男の一人暮らし、部屋に飾っても、と思案していたところで秀実に呼び出された。だからこうして秀実の部屋に花を持参した。笑われても話の種にはなる。秀実は友人が多いから見てくれる人もいるかもしれない。見てくれる人が多い方が、花はいいものなんだろう。
 インターフォンは鳴らしてみたが応答は待たなかった。部屋にいればすぐに返事をするし(近所に響く大声で、だ)、いなければ持っている合鍵で入ればいい。返事は一向に聞こえてこないのでまだ帰宅していないんだと理解した。だから扉をあけてすぐの調理台に男が立っているのを見て驚いた。とっさに声が出なかった。
 しかも秀実ではない。大柄で筋肉をがちがちに纏っている秀実を想像していた瑛佑からすれば、第一印象は『細い』だった。実際はごく一般的な体型だ。紺色のスエットに白いTシャツを着ているが、サイズが合っていないので腰や胸の周りがゆるい。細くてストレートな髪は濡れている。太いセルフレームの眼鏡と前髪で表情が全く読めず、歳も分からない。瑛佑を見て向こうも固まっている。
「――きみ、」瑛佑が先に口をひらいた。「花、いる?」
「……もらう、」
「どれがいい」
「じゃあその、緑のひらひらしたの、」
 男が指したのはグリーンのカーネーションだ。一本だけ渡すつもりだったが、花は根元の部分を輪ゴムでがっちりと括ってあり、思うように抜けない。結局全部渡した。他にあげる人間を思いつかないので秀実に持って来た花だ。誰が受け取っても構わない。
 というか、誰だ。
 部屋は間違っていないはずだ。鍵は開いたし、よく見知った色合いの内装だ。普段秀実が使っているお気に入りのマグカップはシンクに乗っている。玄関から見える室内のソファには秀実がいつも好んで着ている赤い派手なジャージが丸めて置いてある。
 お互いにお互いをまじまじと見合ったままやっぱり黙り込んでいると、調理台の奥にある脱衣所の扉が開いた。濡れた髪をタオルで拭いながら秀実が出てきた。
「ん? 花キレーじゃん。バラ?」
 男が抱えた花束に鼻を近付けて秀実が言う。男が「ヒデくんって花はバラしか知らないんだろ」とようやく笑った。親しいそぶりだ。緊張が少しだけほどけた。
 野梨子さんにあげようと思ったんだけど、と瑛佑は喋った。野梨子、というのは義母のことだ。二十歳を過ぎてから母になった人を、未だに母さんと呼べない。
「旅行だって知らなかった。うっかりしてた」
「かあさんたちはすぐどっか行くからなあ。そうそう、旅先から土産を送ってくれてさ。カニ。しかも生だよ、生」
「生蟹なんか調理できないよ、」
「ちょうどいいのがいるから、大丈夫。もう寒いからさ、かにしゃぶしようぜ。豚も買って来た」
 ちょうどいいの、と言いながら秀実が男の背をぱんと叩いた。少しだけ瑛佑のいる方へ男が押し出される。男は「いてぇ」と秀実に笑って抗議した。
「トーマ」と秀実が発音した。おもちゃかペットの名のように軽く呼ぶので、それが男の呼び名なんだと分かるまで数秒あいた。
「これ、おれのおにいちゃんの瑛佑」
「どうも」
「で、瑛佑。こっちがトーマ」
 はじめまして、と頭を下げ合う。秀実がいつもお世話になっています、と付け加えたが、秀実と男は首を横に振った。
「いつもじゃねえよ。こいつは三日前の拾いもんだ」
 秀実が自慢げに言った。宝物を拾った子どもの顔をされても、瑛佑にはその嬉しさがちっとも理解できない。



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拍手[59回]

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fumiさま(拍手コメント)
こんにちは。いつもありがとうございますw
ようやく、ようやく!!です。もうここ一年ぐらいずっと短編ばっかりだったので、勝手分からなくてあたふたしています。汗
毎日のトキメキに貢献できると嬉しいです。ロングランになりそうですので、どうか見守ってください。よろしくお願いいたします!
拍手・コメントありがとうございましたw
粟津原栗子 2013/11/02(Sat)07:42:26 編集
ellyさま(拍手コメント)
こんにちは。いつもありがとうございます。

そうです、「パラダイス」の本編がようやく公開に(遅い!)お話の色は違うのですが、こちらもよろしくお願いします。
あ、高坂さんと日野くんもそのうち出てきます。お楽しみにw

そしてそして。そうですかご出産ですか!おめでとうございます!!!
もう少しだけ、おなかの赤さんと一緒の日々ですね。色々と負担や苦労が多いのでしょうが、こちらでほっと息が抜けるといいなと思います。
お体、大事になさってください。(樹海は逃げませんのでいつでもどうぞ!)
私へのお気づかいも頂き、本当に感謝です。風邪はすっかり抜けました。気をつけねばなりませんね。
私もまた17時の更新が日々の糧になっています。そこにお付き合い頂けて本当に嬉しいです。
またよろしくお願いします。

拍手・コメント、ありがとうございました。
粟津原栗子 2013/11/02(Sat)08:01:43 編集
Beiさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます!

新作、です。「新作」と打った時の言葉のきらめきにびくびくしていますが…(笑)
常々、物語のはじめ、掴みは大事だ!と思っているので、Beiさんのコメント嬉しかったです。義兄弟+1、まだまだ登場します。どうぞお楽しみに。
拍手コメントありがとうございました!
粟津原栗子 2013/11/02(Sat)08:04:59 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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