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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 三月初旬、駅前に現れた姉は黒づくめだった。黒のダウンジャケットにグレイのショールを巻く、と言う冬仕様だ。とはいえ樹生もまだダウンジャケットを脱げない。この冬のバーゲンで買ったくすんだ赤い色のジャケットを、姉は「いい色」と褒めてくれた。
「髪も切ったのね」
「この間、仕事の帰りに。……茉莉こそ思い切ったな」
 髪型が前回と全く違っている。茉莉は、長かった髪をばっさりと、ベリーショートに切っていた。
「春が来るからね」
 その台詞は意味を含んでいたように聞こえたが、樹生は答えなかった。
 三月でも道路の脇には雪が残っていた。道は乾いているのでさして問題なく車は進む。高速道路ではなく、一般道を使って目的のカフェに向かう。その車中で姉は「かわいい子は帰ってきた?」と訊いた。
「――気配もねえ」
「なんで喧嘩なんかしたの」
「……」
 樹生はどう答えたものか考える。この姉には嘘をついてもはぐらかしても仕方がないだろうと思い、正直に話した。「水尾に会った」
 さすがに姉も驚いたようで、白い仮面を被ったような顔を変えた。
「――え?」
「本人にしっかり会った訳じゃない。たまたま……こっちに帰ってきてたんだな。でかい腹して産科にかかるところを見た。その時は、それだけ」
「……水尾ちゃん、赤ちゃんが出来たの、」
「そう、……それで、」
 樹生は乾いて貼り付く唇を舌で湿した。
「ちょっと病院に緊急でかかる日があったんだ。おれじゃなくて、恋人が。おれは待合で待ってて……そしたらそこに水尾の親父と旦那がいたんだよ。ちょうど水尾が子ども産むとかなんとかってタイミングで来てて。……緒方さんには色々言われたけどまあ、あまり気にしない。けど、その会話を恋人に訊かれてて」
「――」
「それがきっかけで、喧嘩っていうかな、すごく怒られた。怒って出てった」
 姉は黙った。しばらく視線を下に向けて考えていた風だったが、やがて顔を上げた。
「二つ、ある」
「何、」
「一つ目。緒方さんに何を言われたの」
「……別にしょうもないことだよ。もううちに関わるなとか、そんな話」
「まだそんなこと言ってんのね、あのクソ爺」
 ばっさりと茉莉は言い捨てた。
「それも、あんたに言っても仕方がない恨み節ばっかり。同情さえしないわ。過去のことぐちぐちぐちぐち、胸くそ悪いったらありゃしない」
「……」
「いつまで被害者面してんだか。いつまで可哀想な自分気取りでいるんだか。突然、幸福な家庭ってのを壊されてなんて憐れなおれ! どうせそんな所でしょ。あほらしい」
 姉はぽんぽんと、むしろ小気味よく罵る。それを聞いて樹生の中にあった重たい石のような痞えが、ころっと転げ出た気がした。
 息をつくと、姉は「ほんとむかつくわ」と心から蔑む瞳で窓の外に目を向けた。
「もうそんなに気にしてない。一時は本当に参ったけど、」
「そうね。あのクソ爺の事で心砕いているその時間が人生の無駄遣いだわ」
 で、と姉は顔をこちらに向ける。短すぎる髪のおかげで表情のひとつひとつが手に取るように分かる。樹生はこの美しい魔女の二つ目の言葉を覚悟して待った。
 魔女は「あんたのかわいい子は水尾ちゃんの事を知らないのね?」と言った。そこを突かれるだろうなとは予想していたので、樹生は大人しく頷いた。
「話してないの、」
「ああ」
「何も?」
「そう、……何も」
 姉は「ばかだわ」と溜息をついた。
「隠すから喧嘩になんかなるのよ」
「隠してない。言う気がないから言ってないだけ」
「向こうからすれば同じでしょ」
 それはその通りで、何も反論は出ない。
 反論代わりに「茉莉は?」と訊ねた。姉は「私?」と怪訝な顔をする。
「曜一郎さんには言ってあんの、」
「あるわ、付き合い始めてすぐにはね」
「藍と茜は?」
「あの子たちには、まだ、かいつまんでの程度かな。こっちに片が付いて、彼女らがもう少し大きくなったら、話す。私が話さなくても曜一郎が話すでしょうね。『母方の祖父母に会えない理由』だから」
「……」
「家族になるってそういうものかもね」茉莉は言った。「別居で家庭崩壊に追い込んだ私が言うことじゃないけど」と。
「……まだ、曜一郎さん達と別居、してんの、」
「してる。けど、藍と茜は家に戻ってきてる。曜一郎の実家は大きいけど、そうは言ってももう曜一郎の弟が家を継いでるからね。――ほら、お正月に私が熱出したとき」
「ああ、あれあの後何もなかったからひやひやしたけど、連絡したんだな?」
「したわ。そしたらみんなでいったんは家に戻ってきた。面倒見てくれて……その時に藍が『おじいちゃんの家は居辛い』って辛い顔をしたから、藍だけ戻した。そしたらそのうち茜もそうしたいって言い出して、今、家にいないのは曜一郎だけ」
 そこで言葉を句切り、茉莉は「は」と嘲る吐息をこぼした。
「……変なの。私が壊した関係なんだから、私が出て行けばいいのよね。曜一郎が実家に帰るんじゃなくて」
「……」
「ばかみたい。こんなにばかで、不器用で、愛おしいなんて、今まで思わなかった。……距離を置くと見えるものもあるのね」
 横目でちらりと姉の様子を窺うと、彼女は茫洋とした眼差しで前を見ていた。


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プロフィール
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粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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