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ごしゅじんが、引越しを決めた。
いま私たちがすみかとしているアパートから二駅ほど離れる。ここよりも少しだけ郊外にあるアパートだ。部屋の広さがちがう。いわゆる2LDKだとごしゅじんは威張っていたが、私にはよく分からない。私目線からすればとにかく広い、これに尽きる。
一階の角部屋で、日当たりがよく、すぐ裏は緑化公園になっている。子どもが遊べるような小川も流れている。築年数が古いので家賃はそれなりで済むらしい。
高梨夫人のご紹介である。高梨夫人というのは、ごしゅじんのネコ愛好家仲間だ。三年前に愛猫を寿命で亡くしてからはネコを飼っていないが、ごしゅじんの都合で私が家にいてほしくない時に、私を快く預かってくれる優しい夫人だ。ご主人(間違えそうであるが、高梨夫人のご主人、である)も私を可愛がってくださる。今回ごしゅじん(これは、私の飼い主のことである)が出張で家を空けたので、私は高梨邸に預けられた。受け取りに来たごしゅじんに、高梨夫人が「私のお友達が経営しているアパートで空きが出てね」と、教えてくれたのだ。
「コムギちゃんと住める、広くて庭のあるようなお部屋がいいんですよね」
「そうなんですけど、なかなか見つからなくて、」
部屋を探している、という話を、夫人には以前話してあった。
「アパートだからお庭はあっても大したことないし、古いけれど、近くにコムギちゃんがかけまわれるような緑がたくさんあるお部屋なんですよ。決めるなら早くしてほしいと言っていたから、連絡先を聞いてきました。内見だけでも行かれたらどうかしらね」
「え、本当に?」
ごしゅじんは行動の早い男だ。これは同じ男として見習わねばならぬと私は常々思っている。私を高梨夫人から受け取り、キャリーケースを抱えたまま、ごしゅじんはアパートの管理人に連絡を取り直接下見に向かった。部屋の前で待ち合わせた老年の管理人はキャリーケースの私を見て「気の早いことだ」と眉尻を下げた。ネコ好き、と見た。
「急な引越しで空いてね。古いけれどリフォームはしてあるから住み心地はいいはずさ。そのネコさんにも」
管理人は部屋の収納や間取りを説明してくれる。ベランダへ出るために大きく開いた窓の外は、草木でいっぱいだった。木漏れ日が古い板間にきらきらと差し込んでいる。玄関を入ってすぐに大きな広間があり、奥にふたつ部屋があるみたいだった。ひとつはここと同じフローリングのハチジョーで、もうひとつがタタミのロクジョーマさ、と管理人が言う。
「ひとりにゃちょっと広すぎるが、友達と住むのも恋人と住むのも自由さ。節度を守って生活してくれりゃあね」
「ここにします」
「え」
「ここに決めます。な、ここいいよな、コムギ」
同意を求められ、私は返事をする。本当はキャリーケースから出してほしい、という意味も込めていた。(そして出してはもらえなかったが。)一応ここは知らない家なので、もっと鳴いて暴れたいのを大人しくしているのだ。私は節度の守れるネコなのである。
後日改めて契約に行き、いまいるアパートとお別れの日も決まった。引越しは来週、五月の日曜日である。
ごしゅじんからその話を聞いたごしゅじんの恋人・浅野氏は、複雑な表情を浮かべた。「タイミング、わる、」
「……え、おまえも引越しだぞ。一緒に暮らすんだ、ぞ、」
「わ、わかってる……。そうじゃなくて、いま引っ越しても、ぼくはあんまり家にいられない」
浅野氏の言葉に、ごしゅじんは絶句した。「なんで?」の顔に、浅野氏は「来週から忙しくなっちゃうんだ」と答えた。
先月、ごしゅじんは浅野氏に共同生活をしないかと申し出て、浅野氏は受諾した。先月は浅野氏の誕生月で、デートの際にそう言ったようだ。(ようだ、というのは、私は高梨夫人の元へ預けられており、不在だったためだ。)浅野氏は私たちネコのことを得意としない人種であるが、最近はかなり慣れて、少しの滞在なら私も部屋から追い出されなくなった。自分から関わってはこないが、前ほど怯えることもない。これを見てごしゅじんは決めたのである。
家を出るのは初めてで間取りも値段もよく分からないからと、浅野氏は部屋選びをごしゅじんに丸投げしていた。こんなに早く決まるとは思っていなかったと言った。
「忙しいって、なんで? これで夏休み前のテスト期間まではちょっと余裕あるんじゃねえの?」
「いつもなら、そういう予定なんだけどさ。――N県にある遺跡の発掘許可が下りて、教授が行くことになった。講義もあるからずっと行ってるわけじゃないけど、しばらく往復生活」
「……まじか、」
「ちょっと大々的にやるんだよ、今回の調査。国の補助も出て、学生も学者もたくさん集まる。手続きとか準備とか色々、タイヘンでさ」
浅野氏は大学の研究室に勤めている。助手という立場で、講義は持たないが講義の補助及び事務仕事全般が彼の仕事である。薄給の身で多忙、ゆえに実家から通っている。今回のように教授のお伴で遠征したりもする。
夏ぐらいまでいまの生活が続きそうだ、と浅野氏は言った。
「夏までお預けなの、」
ごしゅじん、たいそうご不満な声である。
「ちょっと忙しいだけ。全く会えないわけじゃないしさ」
「――……すぐ一緒に暮らせると思ってたから」
そう言ってごしゅじんは、浅野氏の肩にこつんと頭を落とした。
「あてが外れて、さびしい」
しんみりした空気が部屋に流れる。だが私は大人しく寝ているのにいささか飽きてきた。遊んでほしいのだが。二人の背後にまわり、浅野氏の背中に手をかけて伸びをすると、浅野氏が「ひゃあっ」と悲鳴をあげた。
「おおっと、忘れてた」
緊張でかたまる浅野氏から私を剥がし、ごしゅじんは「まーこいついるしなー」と呟く。
「もうちっと仲良くならないと、暮らしにくいかもな」
そういうわけで、浅野氏の引越し及び同居は夏まで延期となった。
→ 2/2
この二人といっぴきの前のお話 「きみとぼくと猫の話」
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短編「みんな嬉しいお菓子の日」
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短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
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甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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