忍者ブログ
ADMIN]  [WRITE
成人女性を対象とした自作小説を置いています。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


 午前十一時に恋人が遊びに来る約束だ。窓を開け換気をし、家じゅうに掃除機をかける。今日は天気が良いから洗濯もあらん限りでしたし、風呂もトイレも磨いた。別にちょっとぐらい散らかっていたり汚れていたりしても文句は言われないが(むしろ「あんまりきちんとされるのもつまんない」と文句を言われるが)、性分というやつだ。恋人にかこつけないと、掃除なんかまともにやらない。
 ぶみゃあ、と不細工な声で鳴きながら飼い猫のコムギが足へすり寄って来た。掃除機をかけまくっていたせいで、やつは落ち着かなかったのだ。オレンジに近い明るい茶色の、縞ネコだ。なんの雑種だか毛にボリュームがあり、そこらのネコよりふわふわ感をお楽しみいただけるのが自慢だ。しかし残念ながら本日は構えない。
「もうじき浅野が来るから、おまえ今日は外だよ」
 ベランダの窓を開け、尻を手のひらで押しやる。不服申したい、顔をして僕を見上げる。抱き上げてベランダの縁に腰かけ、頭を撫でた。
「文句言ってもだめなんだ、浅野だから」
「天気が良くて、絶好の散歩日和だろう。春だし、男でも女でもデートに誘ってこいよ」
「のど鳴らしたってだめだぞ」
 僕の手に頬をすり寄せ、ごろごろと甘えてみせる。最高にかわいく、和む。会社勤めのすさんだ生活を癒す、僕の大事な相棒だ。このままベランダでコムギとぼーっとしている一生も悪くない。
 背後でインターフォンが鳴り、浅野の到着を知らせた。時間より五分早い。僕はコムギをベランダのコンクリートに下ろした。
「おら、行け。お帰りは遅めを希望する」
 立ち上がりベランダの窓を閉めた。飼い主の一方的な都合で追い出された飼い猫は、外でしばらく鳴いたが、やがてどこかへ行った。後ろ姿を確認して、急いで玄関へ向かう。外に出したコムギと浅野が鉢合わせてはまずい。
 恋人はネコが大の苦手なのである。





 そーっと顔を出し、そーっと部屋の様子を窺った後、浅野は僕の顔を見た。「さっき外へ出したから大丈夫だよ」と言うと、浅野は慌てて中に入り扉を閉めた。
「どうも、毎度お手数をおかけいたしまして」
「別にいいよ。別れよう、って言わない恋人にむしろ感謝しているんだ」
「前よりはかなり克服したんだけどな、不意打ちは、どうもだめで」
 靴を脱ぎながら手にしていたスーパーの袋を僕に寄越した。アイスクリームとペットボトルのサイダーが二つずつ入っている。「今日はあっつい」と言って、帽子も脱いだ。
 部屋に上がってもまだ用心深くきょろきょろとあちこちを見渡す。グラスを持ってきて土産のサイダーを注ぐと、ようやく座った。ここへ来る途中、どこかの民家の塀でネコが派手に喧嘩していてびびったと、苦笑しながら話してくれた。
「子どもが泣いているかと思ったらネコだったんだ。すげえ怖くて、その道は通れなかった」
「春だからな」
「コムギも、オスだな。ああなんの?」
「なるなる。派手な喧嘩してぼろくそになって帰って来たこともあったよ」
 飼いはじめて一年目の春、二日帰ってこないと思ったら目も開かないほど傷だらけになって帰宅したことがあった。頭のてっぺんで血が固まって、洗おうにも傷を嫌がって触らせてくれなかったので、しばらく小汚いままだった。その話をすると、浅野は「うええ」と嫌な顔をした。この男はネコも苦手だが、血の出る話も嫌いだ。任侠ドラマとサスペンスは絶対に見ない。
 浅野曰く、存在が怖いという。音もなく忍び寄ってくるあたりが特に嫌だと言った。姿を認めたら、出来る限り遠くへ離れたい。付き合い始めの三年前、そんなにネコが苦手でどうしようか本気で悩んだ。これでは部屋には絶対に連れ込めない。
 浅野は実家暮らしなので、緊急に二人きりになりたい時には浅野の部屋はつかえない。天敵がいては僕の部屋もつかう訳にいかないから、ホテルぐらいしか行き場所がない。お互いに働いているから金に特別困っている訳じゃないが、頻繁には利用できない。コムギを実家へ返すことまで考えた。悩んでいると、浅野は勇敢にも僕の部屋へ行きたいと言い出した。
 結果は惨敗で、浅野は落ち着かずすぐにアパートを飛び出した。それでも部屋に行きたいと言い張る。仲良くなりたい意志はあるのだ。
「兄弟みたいなもんなんだろ。生まれるとこから面倒見て、大学進学で離れて淋しいからってわざわざこっちに連れてきたネコじゃないか。ぼくとよりも長い」
 コムギは、僕が実家にいた頃に飼い猫のムギが産んだネコだ。全部でみっつ生まれて、ふたつはよそへ貰われていった。残ったコムギはしばらく実家で飼われていたが、二十歳の頃猛烈に淋しくなって連れてきて、いまに至る。学生の身分でネコを飼えるアパートを探すのはなかなか大変だった。いまの大家は寛大なので、助かっている。
「だから離すことないよ。ぼくさえネコを克服すれば解決する話なんだ」
 そう言いながら克服できないでいるのだが、言い切った恋人に惚れ直したのは言うまでもない。僕はコムギと暮らし、浅野が来る時だけ外へ出したり友人へ預かってもらったりするのが、いつの間にか定着した。


2/2





拍手[42回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
無題
お久し振りですヽ(・∀・)ノ

にゃんこの字につられてきましたwww猫はめっちゃ好きなのです~(* ̄∇ ̄*)

コムギ、想像しただけでも可愛い!のに、お相手は苦手なのですね・・・(´・ω・`)猫を愛でられないなんて、不憫・・・←そこ?w

2話目も楽しみにしております♪
2013/04/08(Mon)22:42:21 編集
Re:宰さま
>お久し振りですヽ(・∀・)ノ

こんにちは。カワイイ顔文字ありがとうございますw

>にゃんこの字につられてきましたwww猫はめっちゃ好きなのです~(* ̄∇ ̄*)
>コムギ、想像しただけでも可愛い!のに、お相手は苦手なのですね・・・(´・ω・`)猫を愛でられないなんて、不憫・・・←そこ?w
>2話目も楽しみにしております♪

私もネコが大好きで、いない生活は考えられません。だから苦手な人の気持ちを聞くと、不思議な気持ちになります。かわいい!のに!(笑
猫と男性、という組み合わせはかわいらしくて好きです。うまく書けたかどうか。本日もお付き合いくださいませ。
コメントありがとうございました!

栗子
【2013/04/09 08:46】
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
カウンター
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
最新記事
フリーエリア
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]

Template by wolke4/Photo by 0501