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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 一日中雪の降る日を体験したことがある。降雪量が特別に多い地域ではなかったから、あれは異常気象だったと言える。さんさんと降る雪は重たく、ただひたすらに静かだった。雪の舞い落ちる微かな音を聞いているうちに眠たくなって、雪の降っている間中寝ていた記憶。
 いまそれを体験すれば、そんなのんきには過ごせない。除雪の心配、凍結の心配。雪の重みで家がつぶれないか、道はあいているか等。心配や悩み事の数だけ経験を積んで大人になった証拠だ。先日の大雪の際には川澄とずっと雪かきをしていた。
 瑛佑は大雪を経験したことがないという。透馬からすればあり得ないのだが、この付近に暮らしていればまあ、雪などまずない話だ。笑っちゃえるぐらいの積雪でも、近隣の住人にとっては自然災害。瑛佑は大丈夫かな、とさらさらと舞う雪を見て思う。けっこう積もるかもしれない。
 雪の降る日は眠たくなる。
 綾は、低気圧の日は決まって頭痛のする人間だった。特に雨の日。気圧の変化で脳の血管が収縮して起きるものらしいよ、とどこかで聞き拾った話を他人事のように話していた。雨の日がそうなら雪の日も頭痛すんの、と訊いたが、そこまで繊細じゃないと言った、あのうすい笑み方。
 綾が頭痛なら、透馬は眠気だ。寒くなるせいだと思い込んでいたが、雪の日は案外暖かいものだ。音を吸収して静かになるから? 薄曇りで暗いから? 分からないが、とにかく眠い。眠っても深い眠りなど訪れずに、浅い夢ばかり見るのだと分かってはいるのだけどつい布団に潜りこんでしまう。
 飼い猫のトーフが透馬の布団にやって来た。
 椅子の上で、ブランケットにくるまっているだけでは寒かったようだ。瑛佑のにおいのする布団へ、ちょいちょいと前足を出して様子を窺い、入ろうとする。そっと布団を持ち上げて迎え入れてやった。瑛佑のにおいは、このネコにとっても透馬にとっても安心するものだと知らされる。
 明日はスーツを着て、会社の面接だ。まだなにも準備をしていないのに、こんなことでいいのかな、と腰の傍でまるまるネコを撫でながら思う。良くなかったとしても布団を出る気にはなれない。いまごろあの人は、と薄い背中を思い出す。ここでこんなにひどい雪なのだからFではもっとひどくて、深々と降り積もる雪に頭痛を訴えていたりするのだろうか。それでもと外に出てしろい身体を風に当てて、空を眺めたりしているのだろうか。
 淋しいと思う気持ちは、瑛佑を思い出すことで薄れた。いまごろ瑛佑は、そりゃ仕事の真っ最中だろう。丁寧ではっきり通る口調で、客に応対している姿を想像する。あんなにスマートなのに、透馬のやわっちい腕の中に収まってくれる人。
 ネコ一匹とヒト一人でぬくまってゆき、思考がうすらいでゆく。本当はきっとこんなことじゃいけない。聞こえないほど静かな雪の降る音を聞いて、ぽかりと白の中に浮かぶ夢を見た。


 夕方、なんとか目が覚めたので瑛佑を迎えに行ってみた。やはりけっこう積もっている。雪はみぞれが混じり、道路はぐちゃぐちゃでスニーカーでは間に合わなかったが、遅い。傘は差さずにコートのフードをすっぽりとかぶり、慣れた足取りでKホテルまで向かった。道行く人は滅多に降らない雪に戸惑っている風だったが、これぐらいの雪、透馬は平気だ。
 瑛佑の勤務終了は、いつもより遅かった。
 雪のおかげで足止めを食らった帰宅困難者を、迅速に受け入れ始めたせいだ。ホテルまわりの雪かきにも人手を取られ、中は慌ただしかったという。終了予定時刻よりもたっぷり三時間、かかった時間は本屋でつぶした。メールを入れておいたから、待ち合わせはスムーズに出来た。
 外は暗く、寒そうだった。透馬を発見するなり瑛佑は顔の前で両手を合わせて目を固く瞑った。その「ごめん」のポーズに、そんな場合じゃないのに、透馬はふっと笑った。心が暖かくなる。
 今日一日、眠っていても淋しかった。寒かったせいかもしれない。早く瑛佑の顔が見たかった。三時間立ちっぱなしでもいいから顔が見たかった。
「悪い、先に帰ってもらえばよかった」
「それじゃ迎えの意味ないじゃないすか。……自転車は?」
「今日は無理。置いてく」
「だいぶひどいすね、雪」
 これぐらいなら交通がマヒします、と言われても頷ける降雪量だ。瑛佑は透馬を気遣って「タクシー拾うか?」と訊いたが、首を横に振った。「駅まで行ってみて、だめそうなら、歩いて帰りましょう」
「これぐらいの雪なら、ちーっこくても雪だるまぐらい作れそうすね」
「また遊ぶのか」
「ちょっとだけ。瑛佑さん、めしは? 今夜どうすんのかなーって思って、一応肉と野菜を煮込んではあるんですけど」
「ああ、いいな。温まりそうだ」
「じゃあ手身近に遊びながら帰りましょう」
 言うが早いか手近にあった雪をすくい、瑛佑のコートめがけてえいっと放る。驚いた瑛佑はとっさにかわそうとしたが、さすがにかわしきれずただ身体を捩っただけの格好になった。
 あはは、と笑う。瑛佑は「やったな」とにやりと笑うと、せっかく手元に準備しかけていた折りたたみ傘を丁寧に仕舞い、透馬よりももっと俊敏な動作で同じく手元の雪を透馬に投げつけた。
「うおっと」
 なんとかよけても、よけた先にまた雪。ぱん、とぼやけた雪の感触が胸に見事にヒットする。
「ちきしょー」
「透馬が先だろ、ほら」
 また放られる。透馬も投げ返す。逃げたり走ったり追いかけたり。通りすがりの通行人が迷惑そうに顔をしかめて横をすり抜けて、ようやくやめた。息がすっかり上がっている。
 こういう時、日頃の運動不足がたたる。瑛佑の方が鍛えているので、透馬より断然に余裕綽々だ。はあはあと息を荒げながら笑い合って、空を見上げる。次第に雨が混じり始めていた。
 薄曇りの、もやもやと鈍い紺色の空。
「滑って転ぶなよ」
「うん」
 もうあまり意味がなかったから傘は差さずに、駅まで歩いた。人の多さを目撃してからは顔を見合わせて、やっぱり歩くことにした。少し足が重い。濡れているから爪先が痺れている。早く風呂に浸かりたかったが、瑛佑といつまでもこの道を歩いていたい気もする。
「しりとり」
「またか」
「喋ってないと口の中まで凍りそうだからさー。今日はしり二文字を取るのにしましょう。しりとり……とり、……トリむね肉」
「ほんと主婦みたいだ。にく、……食いてえ、しか出てこない」
「はは」
「にくまれっこよにはばかる」
「お、上手い。はばかる…かる? えー? 軽井沢?」
「ざわ…難しいな。さわ、でもいい?」
「OK」
「さわ……沢木耕太郎」
「作家でしたっけ」
「うん。『深夜特急』だけ読んだ」
「おれはないなあ。うちにあります?」
「あー、どうだったかな。多分仕舞い込んでる。探すよ」
「瑛佑さんが本読むなんて、高坂さんの趣味?」
「いや、単に旅行記? だったからさ」
 話をあちこちに飛び火させながら、続きの単語を言っていく。ろうそく。そくたつ。たつのおとしご。しごとつかれたよ。おつかれさまです。
 家に帰りついて、順に風呂に浸かる。透馬の作った煮込みを、無言ながら瑛佑は旺盛な食欲で頬張る。その姿を見て、胸の内側がじわっときた。今日いちにち心細かった事実が瑛佑を見てせつなく蘇ってくる。
 迎えに行ける誰かがいるって、なんて贅沢だろう、と噛みしめる。言葉を返してくれる。裏も表もなく、瑛佑は透馬のことが好きだ。その愛情が、全部自分のものだなんて。
 面接が無事に済んだら部屋を見に行こう、と瑛佑が言った。透馬と瑛佑が暮らす予定の、二人の部屋だ。
「――それでさ、ちゃんと部屋が見つかったら、お祝いしよう」
「引越し記念、すか?」
「それもあるけど。透馬、先月――先々月か、に、誕生日来てるだろ」
 そんなの透馬本人だって忘れていたし、いまさらどうこうする話でもなかった。正直、瑛佑がそんなささやかなことにこだわるとも思えない。明らかに気を遣ってくれているのだが、それが、嬉しかった。
 瑛佑がいると、嬉しいことばかりだ。本当に大好きだ。一生この人といられますように、というシンプルな願いしか見当たらない。
 いつか飽きるんだろうか。いまはなにがあっても手放す気になれないこの人を、足で蹴飛ばしてみたくなったり、顔も見たくない日が、来るんだろうか。
 幸福に飽きる日が来るんだろうか。でもそれは、いま考えなくてもいい。そんな時間があったらいまを味わっていたい。瑛佑が、透馬を見ている。
「――だからさ、瑛佑さん。知ってるでしょ、おれにとっての『誕生日』の概念を」
「透馬がいちばん嬉しいと思うことをする日だろ。すれば、いいじゃん」
「瑛佑さん、どーんとすげえもの贈られちゃうかもしれないんですよ」
「透馬、またおれになにかプレゼント考えてんの?」
「いや、ノープランですけども。ほしいものあります?」
「ふ、」
 違うだろ、と瑛佑は突っ込んで、笑った。あ、いい顔をするなと思う。続けて「透馬の誕生日っておれにとっても楽しい日だよ」と言われて、一瞬、吐いた息を吸い忘れた。
 言った本人も思わぬ響きに照れ臭くなったのか、耳を掻く。
「――ひとまず明日、面接がんばれよ」
「はい。あ、あの、」
「ん?」
「……今夜はもう少し、話をしていても?」
「……トークテーマは?」
「来たるべきおれの生誕祭に向けて?」
「はは」
 瑛佑の声色が跳ねあがる。普段、あまり声を出さない人だから、こういうところにいちいち心臓が高鳴って、おかしくなる。
 外は雨にかわった。雨音は部屋へと忍んでくるが、二人のあいだは暖かい。



End.






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ellyさま(拍手コメント)
いつもありがとうございますw
タイトルは「花と群青」に対応させたいなあと思い、雪と紺、とつけました。紺、と書くと一気に夜の感じが増しますね。お気に召して頂けてなによりですw
雪の淋しく降り積もるはじまりではありましたが、もうひとりではないんだよ、ということを書きたくて書いたお話でした。本当に瑛佑くんにかわいがられて甘やかされればいいと思います。透馬くんの幸せをみんなが願ってくれているようで、嬉しいです。
そして沢木耕太郎さん。そうだったんですね!私は知人から借りて読みまして、書いていて再読したくなりましたが、再読したら旅に出たくなりそうです(笑)
拍手・コメントありがとうございました!
粟津原栗子 2014/03/01(Sat)09:07:23 編集
konさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
雪の日に眠っていられるって確かにすごい贅沢ですね。しかも好きな人の部屋で。心細さを感じながらも、こういう幸福を手に入れられたんだという事実を、透馬くんはかみしめているはずです。感受性の豊かな子ですから。
やっぱり瑛佑くんに会えてよかったのだと、本編の結論に達します。透馬くんが幸せでうれしい、と仰ってくださったkonさんのお言葉が私は嬉しいです。苦しい場面もたくさんあったけれど、書いて良かったなあと心から思います。
これでしばらく気まぐれ更新になりますが、たまーには、覗いてやってください(笑)
拍手・コメントありがとうございました!
粟津原栗子 2014/03/01(Sat)09:13:41 編集
nさま(拍手コメント)
お返事遅くなりまして申し訳ございません。
いつもありがとうございます。

リアルな描写は心がけておりませんが、情景が浮かぶように、感覚が共有できるように、というのは心がけて書いています。楽しんで頂けているようで、嬉しいですw
透馬くん、瑛佑くんと一緒にいることでさらに子どもっぽくなってきたような…?(笑)もう本当にnさんの仰る通りで、瑛佑くんがいるからこその甘えっぷりだと思います。幸せ者ですよねえ。
また不定期更新に戻りますが、たまーに短編などやらかしますので(笑)、その時はよろしくお願いいたします。ぼちぼちやってゆきます。
拍手・コメントありがとうございました!
粟津原栗子 2014/03/02(Sun)14:26:10 編集
プロフィール
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粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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