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透馬と瑛佑と貴和子
瑛佑の都合がつかないようならだれか若い男をあてがってくれ、というのが先方の要望だったが、瑛佑がだめなら透馬、という図式になるのは言わずとも承知されていた。出勤する瑛佑と一緒に家を出て、駅で別れ方向の違う電車に乗る。着いた先は動物園の傍にあるカフェだ。九時開園の動物園に合わせて早朝から営業している店であり、八時半という時間にもかかわらず人がいた。
カウンターでオーダーと精算を済ませるタイプの喫茶店だ。焼きたてパンも並び、五百円でモーニングセットも頼める。朝食は済ませているので、コーヒーを頼んで店内を見渡した。窓際の二人掛けのテーブルに見たことのあるショートカットを発見し、あえて背筋を伸ばすことを意識して歩く。きっと瑛佑は、職場でこうやって歩いている、と想像しながら。
透馬に気付いた貴和子は、「おはよう」と微笑んだ。
「おはようございます。ホテル、どうでした?」
「部屋はまあまあね。マッサージは良かったわ。プールでも泳げたし」
「今日は動物園に一日、でいいんですよね」
「そう、よろしく」
「こちらこそ」
新幹線で休日を利用してわざわざこちらへやって来た瑛佑の実母・貴和子は、昨日は動物園の最寄駅ちかくのシティホテルに宿を取って「おひとりさま休暇」を楽しんだ。息子の職場でないホテルを選んだのは単に立地と電車接続の都合である。マッサージを頼みプールで泳ぎ、広いバスルームを堪能して展望レストランでの和食フルコースを楽しみ、バーでも飲む、という旺盛さだ。存分に堪能した翌日は動物園に行きたいから相手役をひとりよろしく、ということで都合のついた透馬が仰せつかることになった。話を聞いた秀実も行きたがったが、彼もまた仕事である。しかも再来週には自身の結婚披露宴が待ち構えており、実はそれどころではない。
風薫る新緑の五月だ。四月に花を散らした桜の枝は青々と若葉をしげらせ、街に緑を呼んでいる。ついこの間までは風流な家の先に藤が見事に垂れていたが、現在はばらがひらいている。もうじき近くの通りで植木市が開催される、という広告も見た。仕舞い込むのを億劫がったこいのぼりがたまに視界に泳ぐ、さわやかな季節だ。
窓の外を見て息をつく透馬に、同じことを思ったのか貴和子も「いい季節ね」とつぶやいた。
「晴れてよかった。でも紫外線がひどそうね」
「一日屋外ですから、焼けそうですね」
「透馬くんの方が気を付けた方がいいんじゃない? 見たところ、焼けると赤く腫れるタイプでしょう」
「そうなんですよ。おれとしてはヒデくんみたいに、とは言わなくても、少しは焼けて見た目の貧弱さを解消したいんですけど」
「そう気にするほど弱くは見えないし思わない。さてそろそろ行きましょうか」
貴和子の台詞にどきりとしながらも、促されて急いでコーヒーを飲み干す。紫外線対策はその年頃の女性には必需であるだろうに、貴和子はサングラスをかけただけで日傘すら差さない。薄手のタートルネックのシャツ一枚にタイトなパンツといういでたちに、体型のゆるみをゆるさない彼女の美意識が感じられる。ほんっとかっけえな。瑛佑とよく似ている、と思うと笑みがこぼれ、一方で今日いちにちはおれもかっこうよくなければ、と気を引き締めた。
開園の五分前、チケット売り場は並んでいた。透馬がひとりで買ってくるつもりでいて、貴和子も一緒にならんだ。「ひとりで待ちぼうけしててもつまんないじゃない、せっかく二人で来ているのに」と言われ、その通りだなと思い直す。瑛佑の話では「女性扱いを嫌う」と聞いていたから、余計な気を利かせるのはやめよう、と思う。
「なんで動物園ですか?」と訊けば、「水族館のリベンジ」と答えた。
「瑛佑が相手をしてくれるなら寺社詣でにしようと思ったんだけど、透馬くんが相手なら絶対に水族館か動物園か植物園にしようと決めていた。そちらの方が興味あるでしょうし、前回は笑いもしなかったしね」
冬に貴和子とKへ出かけた際のことを言っている。その節は大変もうしわけなく、と苦笑いするが、貴和子は「気にしてないから」とさっぱりと言った。
「透馬くんが笑うところを見たいと思ったのよ。動物園で楽しんで、どこかであまいものでもいただきましょう」
「……ありがとうございます」
「動物園だなんて瑛佑がちいさい時以来だわ」
「……瑛佑さん、どんな子どもでした?」
「無口で、でもやんちゃだったわ」
瑛佑のこととなると気になる透馬を微笑する。それでも聞きたい。やんちゃ、という辺りが興味をそそり、サルやゾウやキリンを眺めながらたくさん話を聞いた。貴和子もそのつもりで来たようで、透馬にたくさん話をしてくれた。
貴和子はやはり研究者らしい視点で、動物園のあちこちに貼られた表示や説明書きをよく読んだ。それを貴和子流に解釈して透馬に聞かせてくれるのも面白かった。まなざしのきつい人だから合わないんじゃないかと感じていたが、そうでもない。すきな人の母親だと思えば余計に微笑ましかった。貴和子の顔立ちや喋る癖に瑛佑を感じて。
園内は広く見飽きなかったが、そこらに点在する喫茶室のひとつに入り、貴和子とアイスクリームを食べた。チョコレートとバニラを白黒のパンダに見立て、ビスケットで目鼻まで表現されている。貴和子とはあまいもの好きという共通点がうれしい。瑛佑もつきあってくれるが、透馬ほど熱心じゃない。
ふと、きちんと伝えておくべきだと感じて、アイスクリームを食べ終わってから貴和子へと居ずまいを正した。
「? なにか?」
「すいません……おれ、瑛佑さんと」
「知ってるしってる。つきあっていることなら聞いているから」
野暮ったいことはしないで、と言わんばかりに手をひらひらと振る。彼女はまだアイスクリームを食べ終わっていない。ちゃんと最後の一口が飲みこまれるのを確認してから、透馬は口をひらいた。
「あの、たからものだと思っています。神様がおれにくれた、ご褒美」
さすがに意外だったのか、貴和子は滅多に変化させない目をひらいて透馬を見た。
「産んでくれてありがとう、って言いますか。……その、本当に会えてよかったと思っているから、」
貴和子が瑛佑を産んでくれなければ、透馬と会うこともなかった。そして貴和子が産んだ瑛佑だったからこそ透馬は瑛佑のことが好きで、瑛佑がべつの誰かだったらこの恋はきっとなかった。瑛佑が瑛佑であるみなもとの一因が貴和子だ。そのことを、感謝せずにはいられない。
長かった恋とようやく決別し、いまはあたらしい季節を踏んでいる。まいにちうれしいと思っている。伸びる新芽の背丈を測るのが心待ちであるかのように。
グラスにもらった水を一口飲み、貴和子は「それはよかった」と言った。口調こそそっけなかったが、表情はとても満足げであった。
「喜んでくれる人がいるなら、失敗だと思っていた結婚もそうでもなかったね」
「失敗だと思ってたんですか」
「思ってた。お見合いだったし、私はやりたいことがあったからね……こんな言い方はとても失礼だと承知で言うけど、結婚できないあなた方がある意味うらやましいよ」
意外なことを言われた。その真意が見えず、「え?」と問いなおした。
「恋愛でもしなきゃ一緒になろうなんて思わないでしょう。その情熱が。息子は、そういう経験をしたのねえってしみじみしちゃう。私はしないで終わりそうだから」
貴和子らしいぶっ飛んだ意見だったが、透馬は頷いてしまった。情熱が。確かにそうだと、泣きそうな思いで笑顔をつくる。瑛佑をありがとう、と。
閉園まで粘り、チャイムの音が鳴り響く中、動物園を後にした。入園した門とは反対側の門の出口で、仕事を終えた瑛佑が待っていてくれていた。あらかじめ連絡をしておいたおかげだが、誰かが待っていてくれている、というのは単純にうれしい。腕組みをしてぼんやりと空を見ていた瑛佑が、透馬と貴和子を見つけてふっと笑う、その表情の変化に思わず笑みがこぼれる。
食事をして解散の予定だったが、貴和子はまっすぐ帰るという。「お弁当でも買っておひとりさま旅を続けたいのよ」と言うから、透馬がいいと思う弁当屋に立ち寄って惣菜をテイクアウトした。ついでに瑛佑と透馬の今晩の品も。
乗り換えの駅までは三人一緒に行動した。待ち時間で、ふと瑛佑が「そういえばいまさらだけど」と貴和子に声をかけた。
「おれ、この人と暮らしているから」
そう言って透馬の肩をつかんで引き寄せる。
「一生、そういうつもりだから」
「……」
「だから結婚とか子ども、ってないけど、」
「あほか」
言い詰まった瑛佑にきっぱりと貴和子が言い放った言葉が意外だった。そういえば普段は西に暮らす人だ。透馬の前でこそ綺麗な標準語を喋ったが、ものの言い方が軽い方が馴染んでいるのだろう。
「端から期待していないわ。大体そういうのは向き不向きってあるのよ。あなたより秀ちゃんの方がよっぽど向いているでしょう」
「――かも、な」
「たのしくやんなさい」
重たげに貴和子は息を吐いた。まったく、妙な気を起こして息子をかわいがろうなんて思うもんじゃないわね、とひとりごとを言う。「あなたといい、透馬くんといい、こちらの肝をひっくりかえすようなことばっかり言う」
「もっと敬老の精神をもちなさい」
「自分を老人だとも思っちゃいないくせに。――あ、電車、」
瑛佑が言った先に、新幹線がホームへすべりこんでくる。ごお、と風が巻き、瑛佑と透馬の毛先を揺らす。
別れ際、貴和子は「二人目の息子ね」と言いながら透馬の肩をそっと叩いた。
「――じゃあおれは、二人目の母さん、って思っていいですか?」
「いいけど、母さん、と呼ぶのはやめて。いままで通り名前がいい」
「今度あそびにいきます」
「楽しみにしてる。あまいもの、用意しておきましょう。――今日はたのしかったね」
貴和子がそう微笑むのと同時に発車ベルが鳴り、ドアが閉まった。また風が揺らぎ、貴和子を乗せて列車が走る。見えなくなるまでホームにとどまる。
ところで、と瑛佑が言った。駅内は新たな電車の到着を告げるアナウンスがわんわんと響き、瑛佑の声が聞き取りづらい。一歩瑛佑に寄った。
「かあさんの肝を冷やす発言、ってなに?」
「……『瑛佑さんを産んでくれてありがとうございます』っていう話はしました」
「……」
「あの、おれさっき瑛佑さんが言ってくれたこと、すげえうれしかったですよ」
「……」
「恥ずかしかったすけど、…瑛佑さん?」
透馬の呼びかけに、瑛佑はといえば片手で口元を覆い隠していた。あれ、もしかして照れた? 思いがけない行動、たわむれに頬を突いてみれば指先に熱い感触があった。
口元に持って行った手を、耳を経由してうなじへと持って行く。明らかな照れ隠しに、透馬は笑った。胸の中がこんなにあたたかい。
おもいきり瑛佑の腰をひっぱたいた。
「――いて」
「瑛佑さん、かわいすぎる」
「透馬が変なこと言うからだろ。……恥ずかしい、ふたりしてのろけみたいなことかあさんに言っちゃった」
「すきですよ」
「……」また黙る。
「だから早く帰りましょう」
瑛佑も笑って、「接続詞がおかしい」と透馬の背中を叩き返した。地下に据えられたホームを出ると、途端に薫風につつまれる。人気の少ないのを見計らって手を握る。また夏が来るのがうれしいと、唐突に思った。
End.
>久しぶりの2人が読めて嬉しいです☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
kawasemiさま
た、ただいまです!(笑)
2人が読めて嬉しいです、と仰って頂けて、こちらこそ嬉しいです。ありがとうございますw
それぞれに主体とする組み合わせは違うんですが、また本日も更新ありますので、おつきあいください。楽しんで頂けたらと思います。
コメントありがとうございました!
栗子
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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