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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 旅の終わりは貴和子の実家だった。S市にある家まで貴和子を送って行き、少し話をした。いまは貴和子ひとりで住んでいるという家で、庭の寒椿が花を落とさず迎えてくれた。こげ茶の中型犬を飼っていた。胴回りの太い年老いた犬で、はじめこそ透馬に吠えたが、しばらく傍にいると懐いて湿った鼻先を手に押し付けてきた。誘われたような気がして、小さな庭に出て透馬はずっとその犬を撫でていた。
 夕方発の新幹線までまだ少し余裕がある。たった数十キロの距離なのに、K市とS市とでは気候が全く違った。ぽかぽかと暖かく、布団でも干せそうな日和。外にいるのにマフラーを取り、上着のボタンも外した。
 貴和子は台所で先ほどKで購入した和菓子とお茶の用意をしてくれている。手伝おうかどうしようか迷ったが、瑛佑の傍にいたくてやめた。瑛佑は縁側に座り、犬とたわむれている透馬を頬杖ついて眺めている。縁側にまで積み重ねて出されたたくさんの本に囲まれて、やや窮屈そうだ。
 大学教授をしている貴和子の家には大量の本があった。新花の家も大体こんな感じで、懐かしい。決意して息を吸い込むのと、瑛佑が「そういえば」と口火を切るのが同時だった。
 瑛佑の方を振り向く。
「秀の式の日取り決まったよ」
「え、いつ?」
「五月。ガーデンウエディングだって」
「瑛佑さんの職場で、ですか?」
「いや、時期が良いから塞がってて無理だった。でもうちの系列の催事場だよ」
 頬杖をついたまま、でも的確に喋る。少し眠そうだ。微妙な空気のまま二日も同じ部屋で眠ったから、眠れていないのは瑛佑も同じだと知っている。
 近寄っていいのか、迷う。犬を撫でるのをやめ、ズボンで手の汚れを軽く払って立ち上がる。瑛佑は「透馬も呼ばれるよ」と言った。
「おれなんかが行っていいんですかね」
「なんかって言うなよ。秀が泣く」
「雨降らないといいですね」
「五月って言ってもいちばん終わりの週末だから、少し微妙かもしれない」
 珍しく弱気な発言をしている、と感じた。瑛佑の傍へ一歩、一歩と寄る。「隣いいですか」と訊くと、本をどけてスペースを作ってくれた。そこへ腰かける。
 透馬どうする? と瑛佑が訊く。
「……出ます。行きますよ」
「じゃなくて、これで帰ったら、どうするつもり?」
「……」
「家……」
 言いかけて瑛佑は黙った。実家に居辛いことは百も承知、今後の透馬の行き先を瑛佑は問うている。
 膝の上でぐっと拳を握る。そうでないと膝が笑って笑ってしょうがない。
「家、ほしかったんです、おれ」
 顔をあげられぬまま言う。
「Fの家が。叶わなくても、伯父さんのいる家が、ほしかったんです」
「……」
「本当はずっと家族がほしかった」
 口に出してみたら、言葉は透馬をめちゃくちゃに殴りにかかってきた。ひどい暴力だ。綾への恋心をはじめて口にした時も、その暴力性にやっぱりびっくりした。
 それでも言わねばならない。いま言わないでいつ言うんだろう。瑛佑は待っている。
「おれの言うことに笑って、怒ったり泣いたりして、心配してくれる家族です。おれがいちばん大好きな誰かを、おれが守ってあげたいし、愛したい。誰にも文句なんか言わせなくて、奪われもしない、……やさしくて強い家がほしい」
「……うん」
「それから、その人にめちゃくちゃやさしくされたい。認めてほしい。愛されたい」
「うん」
 瑛佑から透馬には触れてこない。でもわずかに触れ合う肩先から、体温が伝わる。瑛佑がじっと透馬を見ている、熱の視線が分かる。
「川澄さんが」と言った時は、ほとんど泣いていたように思う。鼻の奥がきんきん痛んで、うまく声が発せられないのは発する前から想像ついた。それでも語りかける。
「手に入れるんじゃなくって、作れば、って言ってて……」
「うん」
「おれ、瑛佑さんと暮らしたい」
 ぱたぱたっと眼鏡のレンズに涙が落ち、視界が曲がった。


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拍手[78回]

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Lさま(拍手コメント)
お久しぶりですね。どうされていたのかなあ、お気に召されなかっただろうか!(汗)と思っていたら、そんな理由だったんですね。
いよいよ今日で最終回です。ぜひまた感想をお聞かせください。どんな言葉になるのか、楽しみにしています。
拍手・コメントありがとうございました!
粟津原栗子 2014/02/22(Sat)09:11:44 編集
konさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
そしてとても素晴らしいコメントを頂いてしまいました…!
言葉は言霊。私も常々思っていることで、konさんの仰る通りだと思います。透馬くんは言葉の怖さを実感していて、でも言わねば、とずっと悩んでいた人です。ようやく言えて、でもいちばんショックを受けているのは自分自身です。
konさんの「エキサイティング」という言葉に私も衝撃でした。確かにそうです。それらをきちんと操ってお話を組み上げていく作業は、私にとってとても魅力的です。そして読んでくださる方がいることで、さらに魅力を増すなあ、と感じています。
そんなこんなで本日更新で最終回です。どうぞおつきあいを!
拍手・コメントありがとうございました!
粟津原栗子 2014/02/22(Sat)09:21:25 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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