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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 ほとんど眠れぬまま朝になり、朝食は同じく部屋でとって、また観光へ出かけた。眠れていないせいで頭がぐらぐらした。今日は少し遠出を、と言って、タクシーで向かった先は郊外にある新設の水族館だった。国内では飼育の難しいサメがいるとかで夏に話題になっていた水族館だ。
 ここには人がいた。「文化財ばっかり見ても飽きちゃうでしょうから」と貴和子が言う。「屋内だし寒くはないでしょう」と透馬に微笑む。気を遣ってくれたようだった。
 瑛佑がチケットを買いに行っている間に、貴和子が「瑛佑が友達を連れてくるなんて珍しいのよ」と言った。
「友達がいないわけじゃないんだろうけど、無口で、単独行動が多い子だった。昔からそうでね」
「……分かる気がします」
「今回、元気のない友達がいて、気晴らしに連れて行くけどいいか、って言われた時には驚いた。秀ちゃんだと思ったら全然ちがうし。きみだよね、クレマチスの子」
「え?」
 クレマチス。花の名前がいきなり出て来たので驚いた。
「いつか行った時、瑛佑の部屋に飾ってあったの、きみじゃない?」
「……そう、です」
「やっぱりね。あれはセンスが良くてよく覚えていたの」
 貴和子が誇らしげに笑う。透馬のことを褒められたようで、嬉しかった。同時に瑛佑の部屋のあり方をまざまざと思い出し、胸が苦しくなる。ワンルームの広い部屋、飼い猫のトーフや透馬のあげたブランケット、たったひとつしかない椅子、メンテナンス途中の自転車と油にまみれた工具、ベッドとベッド下に敷いた客用の布団。
 瑛佑が二人の元へ戻って来た時、瑛佑という存在が猛烈に恋しくてたまらず、それは悲しみと淋しさを呼び起こして泣きそうになった。
「ショー、十一時からのはもう間に合わないから、二時からの回だって。あとはうまくすれば餌やりが見れるらしいよ」
「噂のサメが見たいね。――透馬くん?」
「透馬?」
 親子が振り返る。いたたまれず、透馬は「ちょっと手洗い」と言ってその場を逃げ出す。本当に逃げ帰りたかった。いつまで経っても瑛佑にはなにも言えない。自分の臆病さが腹立たしい。瑛佑は待っていてくれているのに、透馬に準備ができない。
 トイレで少し泣いて、むせて、吐いた。口をよくすすぎ、顔をチェックして逃げるな逃げるなと言い聞かす。ひどい顔をしていた。こんな顔で人前に出ようなんて勇気がなく、いつまで経っても二人の元へ戻れない。
 トイレでかなりの時間を要してしまった。出口付近で待っていてくれていた親子は、透馬に背を向けて立っている。人なか、努めて明るく声を出そうと胸に息を吸い込んだタイミングで二人の話している内容が届いた。
「どういう子なの、透馬くんって」
 自分のことを話している。立ち止まり、とっさに通路へと身を隠す。
「情緒不安定?」
「……多分、いまはね。笑うと、いいよ」
「そうね、全然笑わない。――複雑な友達なのね」
「友達、そうだな、うん、」
 そこで沈黙。そっと二人の背中を窺う。瑛佑はうつむいてしばらく、片手で顔を覆い隠した。「友達、じゃない。――つきあってる」
 貴和子がはっと息を飲んだのが、離れていても伝わった。
「つきあってた、かな。ちょっとそこらへん、込み入ってるんだ」
「……恋人ってこと?」
「いま透馬がどう思っているかおれには分からないから。……でも少なくともおれは、すきだ」
「……」
「こんな話をいましてごめん」
 どん、と瑛佑は後ろの壁にもたれた。貴和子は片手で額を押さえ、状況の把握に努めているようだった。こんな話をしてごめん、と貴和子に謝らせた瑛佑にこそ透馬は謝罪したかった。自分の心の弱さと卑怯さと、情けなさ、もうなにもかもが嫌だ。
 瑛佑が好きだ。それはずっと変わらない。
 早く伝えねばならないと思っているのに、口に出せない。叶ってしまって失ったらとても怖いからだ。
 怖いから、なかったことにしたい。感情ごとそっくり全部。
「いえ、大事なこと。場所やタイミングは関係ない」
 しばらくの沈黙の後に貴和子はきっぱりとそう言った。虚を突かれたように透馬も瑛佑も顔を上げる。
「透馬くんの笑顔が旅行中に見たいわ」
「……おれもそう思うよ」
「なにが好きなのかな、たべもの」
「あまいもの、喜ぶよ」
「和菓子? 洋菓子?」
「どっちも。それから見た目も大事」
「おや、意見が合うね」
 じゃあ後で老舗の喫茶店へ行きましょう、と貴和子が言う。透馬は大きく深呼吸して、ようやく二人の元へ合流した。


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拍手[69回]

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nさま(拍手コメント)
いつもありがとうございますw
貴和子さん、超かっけえお母さんです。第1部でも十分格好いいつもりで書いたのですが、第3部ではさらなる魅力を見せつけた感じです。私のお気に入りでもありますw
透馬くんも瑛佑くんも、だいぶ疲労してきています。特に透馬くんが心配ですね。ここはなんとか踏ん張ってほしいと我が子のように思っています。
3人への心温かい応援、ありがとうございました!
粟津原栗子 2014/02/21(Fri)13:41:26 編集
Beiさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
瑛佑くんの格好いいところは彼女譲りなのでしょう、と思っています。格好いい女性を書くのは本当に楽しく、この3人組はちぐはぐなようで好きなんですw
お話あと2回です。どうか最後までよろしくお願いいたします。
拍手、コメントありがとうございました!
粟津原栗子 2014/02/21(Fri)13:44:54 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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