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「瑛佑さんと暮らしたい。――瑛佑さんと家族になりたい」
「透馬」
瑛佑の腕が伸び、透馬の額に当てられる。優しく髪を梳き、顔をあげるように促される。こんなみっともない顔など見せたくなかった。
顔をあげたら、瑛佑の顔が見えた。瑛佑もまた涙を一筋こぼしていた。細い目がきつく歪められている。横を向いて鼻をすすり、もう一度「透馬」と呼ぶその身体に、透馬は飛び込む。
眼鏡をむしり、肩口にすがって顔を押し付ける。瑛佑もまた透馬の背中に手を回し、強く抱きしめてくれた。隙間なく埋めあうように力をこめる。痛いぐらいで実感する、この人が必要だということを。
「ようやく言った」と瑛佑がこぼした。声は情けなく緩んでいて、上ずっていた。それが嬉しい。
「今度こそ本音だよな」
「――はい」
「おれもきみと家族になりたいぐらい、きみがすきだよ」
「はい」
「すきだよ……」
入れっぱなしの力を一度抜き、身体を組み替えてまた抱きしめあう。どくどくと透馬の耳の横でうなる瑛佑の首筋の動脈に、頬をすり寄せる。動物が身体をすりあわせるみたいに、原始的で純粋な行動だ。瑛佑は透馬の髪にくちびるを寄せた。それがたまらず、またさらに力を込める。
「もう逃げたりなんかするなよ」と瑛佑が言う。その声で、今度こそ失いはしない、という力強さが身体に沸いた。
「透馬の声、ちゃんと聞いたから」
「はい」
「言いたいことも言えないこともなんでも全部おれには話して」
「約束します。……瑛佑さんも、約束してください」
「うん、なに?」
「おれから急にいなくなったり、しないで」
「……じゃあ、逃げないでちゃんと掴んでおけよ、透馬が」
そう言って瑛佑は、胸の前で手と手を結んだ。瑛佑の言う通りだ。透馬は笑う。
出来た隙間はしかし、すぐに片腕同士引き寄せあって、埋めた。
「ありがとう」
Fまで迎えに来てくれたこと、今日ここに連れてきてくれたこと。透馬を受け入れてくれたこと、愛してくれたこと。全部に心をこめてお礼を言いたい。
抱きしめあっている身体はずっと震えていた。そのか細く小さなふるえは、瑛佑に恋に落ちた瞬間の痺れとよく似ている。いまはこれをひとりで抱え込まなくていいのだという安心感で、身体がぬくく眠たくなる。
一通り泣いて涙が乾くころ、ようやく我に返る。「お取込み中のところわるけれど」と後ろから声をかけられ、貴和子の存在を思い出した。ここは瑛佑の部屋でもなければFでもなく、貴和子の家なのだ。
息子が男を抱いて涙しているところなど母親が見たら絶叫ものなんじゃなかろうか――自分たちを客観視できるぐらいの冷静さを取り戻して振り返ると、貴和子はなんとも言えぬ表情で腰に手をあてて二人を見ていた。
「仲直り、済んだ?」
「済んだ」答えたのは瑛佑だ。泣いていたおかげで、声が少し枯れている。慌てて瑛佑の身体から離れ、「すみません」と謝る。
貴和子は「なにを謝るの」と軽やかに笑った。
「お茶、とっくに入ってるけど冷めちゃったから入れ直す。あまいものを食べましょう。その前にふたりとも洗面台へどうぞ」
と、タオルを渡され、促される。微妙な気まずさを抱えたまま順番で顔を洗う。ふと、透馬の後で水場をつかっている瑛佑のかがんだ後ろ姿に、そっとおおいかぶさった。
顔を洗う動作をやめぬまま、瑛佑は「どうした?」と優しく答える。そのやわらかな言い方に胸が絞られ、また泣きそうになる。
なにか言いたいのに、なにを言っていいのか分からない。でもきっと、なにかを言わなくてもいい。腰に回した手に力をこめると、悩ましいのが伝わったのか、瑛佑がちいさく笑った。
笑い声と、つたわる振動。腹の奥がぽっとあたたかくなる。ああこれなんだと実感した。恋の向こうにあり、みなが手にしているごく当たり前で、実はとても難しいもの。
「早く帰ろう」と瑛佑が言った。
「お茶飲んで、一息ついて、帰ろう」
「……おれ、」
「秀のとこ行って、預けてたトーフ取り返さなきゃ。みんな透馬に会いたがってる」
どこに帰るのか、野暮なことは聞くな、という当たり前の口調だ。透馬も笑った。これが幸福なんだと実感を噛みしめながら。
「まったくもう!」と誓子が怒っている。最近はほとんど家に帰らず連絡も寄越さなかった息子が突然帰って来て部屋を片付け出すからだ。怒られてばっかりだと思いつつ、それが嬉しい。誓子がこの家でも元気だと知れて。
あまり持って行く荷物らしいものはないのだが、処分だけは自分の手で行いたかった。雑誌、衣類、雑貨、それらを手際よく分別し、まとめてゆく。
「いきなり帰って来たと思ったらいきなり」
「母さんさっきからそればっか」
「引っ越すだなんて、驚くわよ、そりゃ」
そう言いながらも誓子も透馬を手伝ってくれている。家政婦に声をかけ、段ボールやごみ袋やビニールテープやと必要なものをこまこまと運び入れたり出したりする。
車は借りてきている。家から出てきたものは、あたらしい部屋に運び込む手筈だ。当面、引越しでばたばたとするが、落ち着く暇はない。再就職先もなんとか決まった。事務職だが、家具メーカーだ。念願の。
一月、瑛佑との旅行から帰って来てしばらくはずっと瑛佑の元で暮らした。その間に就職活動を行い、二人で暮らす新居も探しなおして、四月はじめ、ようやく色んなことが決まった。もっと時間がかかるかと思っていたから、思いのほか早くて嬉しい。同時に、浮かれて失くさないようにと気を引き締める。少しでも緩んで失いたくない。これから瑛佑と作ってゆくのならばなおさら。
「引越し先はどこ?」と誓子が訊いた。心配そうな顔に、笑ってやる。
「教えたら母さん、来んの?」
「来てほしくないっていう意味かしら」
「一緒に暮らす人がいるからさ。電撃訪問はやめてほしいなって」
一緒に暮らす人、と言えることが喜びだった。誓子は首をひねる。
「ルームシェアでもするの?」
「いや?」
四月、桜が咲いた。大嫌いな家だが庭に重たく花がついているその様子は見事だ。気まぐれに舞う花びらと空の青とのコントラストが綺麗で、これを見られただけで実家まで戻って良かったな、と思う。
「すきな人と暮らすんだ」
暮れに二十九歳になったお祝いを、今夜は兼ねる。透馬の誕生日祝いだから、透馬が好きな事をしていい日だ。誕生日プレゼントはすでにもらっている。瑛佑と暮らせる毎日。
新居の窓辺には群青の小瓶と花を置きたい。鍵にぶら下がるのは木馬のオーナメント。壊れたらまた補修する。引越しにはあの椅子もブランケットも運ぶ。ネコのトーフもいる。
みんなある。大切なものが、透馬の傍にいる。瑛佑に会えてよかった。
End.
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ようやく完結にこぎつけました。大切な作品、と仰って頂けて非常に嬉しいです。長く時間がかかりましたから…
時間がかかった分、春が嬉しいと思います。番外編はそんなお話の予定です。ぜひお楽しみに!
拍手・コメントありがとうございました!
途中、佳子さんからもたくさんの励ましを頂いて、なんとか完結まで持ち込めました。感謝ですw
ラブ、恋しいですよね!ですよねーと思いながら、お話の雰囲気を大切にしたかったのであえて多くを差し込みませんでした。番外編では好き勝手やっています。遊びにいらしてくださいw
拍手・コメントありがとうございました!
なんとかキャラクターを生きたものにしたくて、かなり丁寧に練り込みました。Kさんのコメントを見て、私も不覚にも涙が…。本当に嬉しいです。良かったですよー
これからを彼らがどう生きていくのかを、想像して頂けたらなあと思います。そんな文章になっていたら、と思います。
拍手・コメントありがとうございました!
透馬くん、ようやく春が来ました。
瑛佑くんは、あとがきにも書きましたように、とにかく透馬くんの望むもの欲するものをすべて与えてくれる人です。もう絶対に手放さないでほしいと思います。それだけの人を、勇気を持って手にできたのだから、透馬くんは頑張りました。
貴和子さんも書いてて楽しいキャラクターでした。格好いい母親を目指して書いたお方です。透馬くんにまた、良い出会いとなればと思います。
終わってしまいましたが、番外編はちょこちょこ続きます。こちらもお付き合い頂ければと思います。
拍手・コメント、ありがとうございました!
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2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
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短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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