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 K駅はとても寒かった。帽子を持って来れば良かったと後悔するぐらいだ。瑛佑から返してもらったマフラーを頼りに、瑛佑の母親との待ち合わせ場所に向かう。瑛佑は北風なんてなんともない、という風に前髪を煽らせている。
 東京駅から新幹線に乗りK市へ。平日だったおかげで座席は隣り合わせで取れたという。車内、三列シートの真ん中に座った透馬は落ち着かなかった。瑛佑になにか話すべきかどうか。それよりも話題はないし、そもそも瑛佑は「待ち」の姿勢なのであって、透馬から話すとすれば避けては通れない話題がある。
 車内で自分の声が通るのも気が引けた。沈黙したまま列車は進む。ふと瑛佑が自分の携帯電話を透馬に寄越した。タッチパネルの画面にはテキストメモが開かれており、そこに『思ったより混んでる』と瑛佑の言葉が記されてあった。
 瑛佑の顔を見る。透馬の手の中にある携帯電話をまた引き取ると、続きを書いて透馬に寄越した。
『席、窓際の方が良かった?』
 受け取って、テキストの続きに透馬も言葉を乗せはじめた。
『ちょっとだけそう思ってた』
『代わる?』
『次の停車駅で』
『朝メシなに食った?』
『目玉焼き』
 ふ、と瑛佑は笑った。『作った?』
『いや、お手伝いさん作』
『そうか』
『瑛佑さんなに食いました?』
『うどん。昨夜秀が来て、また鍋』
『いいすね』
『透馬呼ぼうかと思った』
 と打ちかけて、瑛佑はそれを消した。『昼飯、なに食うか考えておけよ』
 それきりやり取りは続かなかった。瑛佑が携帯電話をポケットに仕舞いこんでしまったせいだ。
 気まずい空気に支配される。浮かれた気分での旅行とはいかなかった。
 瑛佑の母親はK市隣県のS市からやって来ると言う。こちらへ来るまで知らなかったのだが、隣り合う県は電車でたったの三十分だった。瑛佑の母親にとっては旅行というよりは買い物やちょっとしたお出かけ、みたいなものだろうか。待ち合わせ場所の喫茶店に登場した彼女は、ごくベーシックなブラックのコートにブラックパンツ、ブーツといういでたちで、マニッシュで格好良かった。マフラーとコートの裏地がビビッドなえんじ色で、コートの裏地の方には細かな模様が入っている。それが彼女が座る時に翻り、目に鮮やかで印象に残った。
 鋭い目つきに少々威圧感も感じる。たじろいでいるとその目はふっとやわらぎ、「素敵な色のマフラーね」と透馬の巻いているマフラーを褒めた。
「群青色ね」
「……そちらは素敵なえんじ色ですね」
「どうもありがとう。瑛佑の母で吉池貴和子といいます。今回はよろしくどうぞ」
「青井透馬です。よろしくお願いします」
 初対面同士を引き合わせておいて、瑛佑はなにも喋らない。黙ってコーヒーをすすっている。困っていると、貴和子は「楽しい旅にしましょう」と言った。「早速昼食ね。なににしましょうか」
「美味しい釜飯を出すお店があるからそこに行こうと思うのよ」
「……」なににしましょう、と言っておいてそれはもう決定事項じゃないか。と瑛佑を見る。瑛佑はようやく気付いた、という顔で「ああ悪い」と言った。
「こういう人なんだ。優柔不断ってことは絶対にない、全部即決する。今回の旅だってもうプランはこの人の中で決まってるはず。どこか行きたいところがあれば主張は早めに強く言っといた方がいいよ。希望が叶うか分かんないけど」
「……そう、すか」つまり透馬と真逆の性格の持ち主、というわけだ。
「じゃあ行きましょうか」
 早々に店を出てタクシーに乗り込む。
 貴和子の決めた釜飯屋で食事をとり、貴和子の選んだ寺社を三つばかり廻った。聞いたことのない寺社ばかりだったが、冬のこの時期は特に人が少ないようで、その寒々しさが肌に馴染んだ。Fと少し似ている。ひどく寒くて人が少なくて、冬でも空気の色が濃い辺りが。
 瑛佑は全く喋らないし、貴和子はひとりで興味ある方向へ歩いて行ってしまう。三人いて、てんでばらばらだった。普段ならば無口上手を発揮して透馬から仕掛けるところなのだが、今回はその勇気がない。旅はちぐはぐなまま静かに進行した。
 夕方、山間部にある旅館までたどり着き、チェックインの際にようやく口数が増えた。透馬の急な同行で宿は二人部屋と一人部屋という部屋割りで、それをどうしようかで揉めたのだ。
 瑛佑たち親子二人で寝るのか、透馬と瑛佑とで寝るのか。瑛佑と二人きりになれば気づまりになるのは分かっていたが、貴和子は「友達同士気兼ねない方がいいんじゃない」と一人部屋を希望する。結局、ここには二泊するのだから、メンバーがまずければまた替えればいいという話になり、貴和子が一人部屋を、透馬と瑛佑が二人部屋をつかうことになった。夕飯は部屋で、二人部屋の和室へ三人分を運んでくれた。
 大浴場が自慢だというが、そんなの行けなくて、部屋でシャワーを浴びた。瑛佑はひとりで大浴場へ行き、ついでにマッサージまで受けてきたという。小一時間どころか二時間は帰ってこなかった。その間に寝てしまおうかと布団に横になっていたら足音がして、瑛佑が戻って来た。
 テレビと電気は点けっぱなしだったが、透馬が寝たと勘違いしたのかスタンドだけを用意して電源を落としてくれた。それから衣擦れと、ちいさなため息。横で眠るから、なにもかもが伝わってきた。
 心臓が鳴りすぎて痛い。寝たふりをしていれば大丈夫、という気持ちと、話さなければ、という気持ちが混在している。喉がからからに干からびる。水がほしい。
「おやすみ」
 瑛佑はそれだけ言って布団に潜りこんだ。これが明日も続くかと思うと、もたない。言わなければならないのに言えない、触れられる距離で触れられない。もどかしい。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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