忍者ブログ
ADMIN]  [WRITE
成人女性を対象とした自作小説を置いています。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 実家に戻ると早々に誓子に叱られた。勝手に仕事辞めてどこをほっつき歩いていたの、と。青井は、と訊くと新春から役員とゴルフだという。そうでなくとも家の中は彩湖の妊娠の話題で持ちきりで、誰も透馬を気にしちゃいなかったことに安堵と落胆を覚える。
 瑛佑に会いに行く前に有崎に呼び出された。
 まず電話がかかり、最寄りの駅まで呼び出された。どこかで食事でも、ああKホテルにしようか、などと言うので本気で抗った。その透馬の様子を見て有崎は微笑し、「じゃあここでいいか」と決めて入ったのはなんの変哲もない、あまりにも凡庸すぎる喫茶店だった。有崎が入るなんて似合わないというか、変なものでも食べたかと思うぐらいに。
 席に着くなりいきなりぽんと封筒をテーブルに投げる。中身を見なくても分かる、分厚い札束だった。
「手切れ金」
 さらりと有崎は言った。
「前回のありゃなんだ。呼び出しといて出来ねえとかほざきやがって」
 Fに行く前、瑛佑から逃げたくて行った衝動のことを言っている。仕事を休んでラブホテルにまで入ったのに足が震えてうずくまり、有崎は酒ばかり飲んでいた昼の話だ。「もうあんなつまらねえことされるのごめんだから、ちゃんと切っとく」と横柄な口調で言われ、透馬は目線をテーブルの上の封筒から有崎に移した。
「退屈が大嫌いだって知ってるだろ」
「うん」
「恋人が出来た途端に連絡寄越さなくなるとか、呼び出しても無視しやがるとか、ことごとくつまんねえことしやがって」
「はい」
「おまえには飽きた」
「はい」
「ああでも、この間の件は慰謝料もらってもいいぐらいのひどい話だったからな、これの半分ぐらいはもらっておくかな」
 そう言って札束の半分をごそっと抜いてしまう。「あとは宿代、移動費、食費、」ぐいぐい抜いて行く。
 結局、透馬の手元には一万円札が数枚しか残らなかった。有崎のけちくさいやり方に透馬は吹き出した。「ひでえ」
「ま、それぐらいあればおまえみたいな庶民中の庶民には相当うまいもの食えるだろ」
「庶民って誰の息子だと思ってる? おれを」
「半分田舎で育っておいて今じゃ縁切れてるようなもんだから間違っちゃいないだろ」
「……この間は本当にごめん」
「謝るなよ、しらける。――いまの謝罪でもう五万だな」
 残りを持って行こうとする手を掴んで、そりゃないだろ、と笑った。「これでちゃんといいもん食うから」と言うと有崎はふんと鼻を鳴らして椅子にふんぞり返る。
「家買えるぐらいは貯まんなかっただろうが、まあ、色々と足しにはなったろ」
「……有崎さんって実は真面目な人だよね」
「ああ?」すごい顔で睨まれた。心底うっとうしげだ。
「いや、なんでもない」
「それともう一万足しとくか。これは寄付」
「え?」
 ぱん、とテーブルの上に一万円札を置いて言う。「いまの髪型、すげえださいからやめろ」
 困って、笑ってしまう。Fの家が潰されてしまうと聞いてからまったく散髪に行っていなかったから、髪がうざったく伸びている。ものが食べられなかった一時期に比べれば体重は戻ったが、身なりは心底どうでもよくなった。今日だって適当なシャツとジーンズだ。
 運ばれたコーヒーに手も付けずに去っていった有崎の後ろ姿を見送って、透馬はきちんと食事をとった。時間的にモーニングセットが注文出来たので、それを頼む。トーストとゆで卵とコーヒーというありきたりなセットだったが身体に沁みた。それから今日は散髪に行こうと決める。


← 94
→ 96

 

拍手[61回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
konさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
そして、いつもながらkonさんのずばずばっとしたものの言い方には胸がすっきりします!笑 
有崎さん、けちくさいですよねえ(笑)konさんの嘆きもごもっともです。
ですが、そうは言っても、この人も透馬くんのことがかわいかったのだとは思います。
青井さんに関しては、コメント書くのも嫌なんですが、ってぐらいに嫌な人間です。いつか分かち合う時はまあ…ないだろうな、と。
分かり合えない人っていますが、それが肉親となると辛いですね。

そしていよいよ瑛佑くんです。この人が透馬くんを待っていてくれなければ、透馬くんのことだから、恋は終わりです。
さてどうなりますかと、本日の更新をお待ちいただければと思いますー

拍手・コメントありがとうございましたw
粟津原栗子 2014/02/18(Tue)08:32:52 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
カウンター
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
最新記事
フリーエリア
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]

Template by wolke4/Photo by 0501