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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 ポン、とインターフォンが鳴り、続けざまに「こんにちは」と声がした。気持ちを逃すように外へ出ると柿内が立っていた。「あけましておめでとう」と言って柿内が取り出したのは、タッパーに詰められた手打ち蕎麦だった。
「昨夜余分に打ったやつ」
「おばさんが打ったんだ?」
「なまものだから早く食ってくれって」
 あがるかと訊ねると首を横に振る。これから明日の初売りの準備に出勤せねばならないという。タッパーとは別に茶色の封筒も寄越すのでなにかと思えば、「写真」と答えた。「出来が良かったからちゃんとプリントして持ってきた」
「いつの?」
「十一月? だっけ。の、家の取り壊しの時の」
「あんな時の」あまりいい思い出じゃない。そうだ確かにカメラを抱えていたなこいつは、と秋の終わりを思い出す。
「あの時色々撮ったんだ。まあ、見てくれよ」
 そう言って手をひらひらと振って行ってしまう。車はアイドリング状態で運転手を待っていた。さっさと乗り込んでしまう背に声をかける。
「どうせ遅くまでだらだら飲んでるからさ、仕事終わったら来いよ」
 にやりと笑い、鋭くクラクションを鳴らして車は去った。
 再び新花と川澄の元へ戻り、川澄に手打ち蕎麦を渡す。早速ゆでる準備に取り掛かる。新花は「なんだ柿内くん帰っちゃったのね、つまんない」とくちびるを尖らせ、透馬がまだ手にしている茶封筒を「見せて」と催促した。
「あら、家がまだ建ってる。柿内くん、取り壊しの前から記録していてくれたのね」
 一枚目を見て新花が言った。夏ごろだろうか、強い日差しの中に緑が反射しながら覆い繁り、埋もれるようにして真城の家があった。もしかすると瑛佑を伴って帰省した前後かもしれない。瑛佑を思い出し、心臓がつきんと痛む。
 二枚目、三枚目と家の写真が続く。かと思いきやいきなり透馬の後ろ姿が出てきた。柿内の部屋で窓の外を眺めている。服装からして先日の取り壊しの日の透馬だった。紺色のパーカーにベージュのチノパン、ボーダーの靴下。寝癖のついた後ろ髪。
 五枚目になって綾と暁永が出てきた。新花も交えた三人おなじ格好で家を見つめている。六枚目、家から出てゆく重機。ものものしさに迫力を感じる。七枚目、花。透馬と綾が手向けた花束。
 八枚目は、透馬と瑛佑だった。
 横からのアングルで、うつむいた透馬は手だけを瑛佑の胸に置いている。瑛佑はそれを見ている。ドットとドットで出来る影は荒く、表情までは仔細に読み取れなかった。不明瞭で焦点の定まらない写真はしかし、痛烈なものがなしさを語っている。
 九枚目は柿内が空へ向けてぱちんと撮った写真で、電信柱と空の一枚ですべて終わっていた。物語をひとつ読ませられたような気持ちだった。家にまつわる人々の、集合と霧散。
「透馬」
 新花に頭を引き寄せられ、情けなく涙の落ちる目元を衣類の袖で慌てて拭った。
「帰らなければね」
「……」
「瑛佑さんに会いたいでしょう」
 うん、と頷く。頷いてしまえば気持ちは決壊し、溢れる。そんなのずっとずっと思っていた。会いたい、とも、行かねば、とも。瑛佑の顔を見ないで、この先は暮らせない。
 胸がずっと痛いのは恋をしているからだ。苦しいのは瑛佑が優しいからだ。不安と期待で心が揺れる。どうしていいか迷っていながら、どうしても会いたい。
 いつの間にか傍らに立っていた川澄が、「帰るんじゃなくて作れば?」と言った。その台詞が意外で、顔を上げる。
「ほしいものや場所を手に入れる、んじゃなくて、自分で作れば」
「……つくる」
「壊されても作る術を知っていたら、また直せるし。何度も」
 ぶしゅう、と鍋が吹いて慌てて川澄は調理台へ戻った。「ふうん」と新花が頷いている。作る、と言って透馬が思い描いたのは家だった。それはずっと思っている。自分を傷つけない、自分だけの家がほしい。家族がほしい。
 もう一度写真を見つめる。瑛佑と透馬の姿はおぼろげで、消えてしまいそうだった。あれから何か月経っている? もう一月? まだ間に合うかと心が急く。
 内心の焦りとは裏腹に静かに泣き続けている透馬の髪を、新花がまた撫でた。
「作るっていいわね」
 そのためには帰らなければね、と言われて、透馬は頷いた。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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