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 更地になった家に用事はなく、いつまでも柿内の家に世話になるわけにもゆかず、でも帰る踏ん切りもつかずで、考えた末に新花の元に留まる事にした。透馬と同じく家を失ったこととなる新花は現在、自らがパートナーと定めた男の家にいる。元々は真城の家と男の家とを行ったり来たりしていたらしいから、いっそこのまままとまってしまえばいいのに、と思う。男、名を川澄と言うが、川澄は穏やかでまじめで純朴、新花とはよく似合っていた。
 川澄は雑誌の編集者から作家として活動をはじめた男で、おおかたは家にいる。家事を受け持ち、ただ居候の身である透馬の存在もうざったがらずに良くしてくれた。食事さえも作ってくれたので、透馬はなにもかもを放棄した。考えることも、誰かと交流することも、身体を動かすことも。
 十二月初旬、寒いと思ったら雪がどかっと降った。粉雪なんてかわいいものではなく、重たく湿ったしつこい雪だ。こんな雪はこの辺りでは珍しかった。雪が降る前にはひどい風も吹いて眠れないぐらいだった。
 その休日は雪かきで手一杯になった。新花だけが「さむーい」と言って家に閉じこもって編み物をしていた。クリスマスまでに川澄に靴下を編んでやるのだと言う。考え事をしたい時に手先の細かいことをするのが新花の癖で、唯一の趣味と言っていい。
 白とグリーンの編み込みが出来てゆく様はなかなか見事だった。出来が良さそうだったので「おれにも編んで」と言ったら「肩がこるから嫌」と無下に断られた。雪かきの合間、川澄がこたつに仕込んでおいた甘酒を飲みながら新花の手指を眺める。その器用さに、ふと、最近はさっぱり描いていないが絵を描きたい気持ちに駆られた。
「いつ帰るの」唐突に新花が訊ねた。
「いつっていうか、帰るって言っても、」
「ばかな意地張ってないでさっさと謝りに行きなさいよ。他人のことはよく観察して見てるのに、自分自身が他人にどう思われているのか疎くて考えが及んでいないんだから。―瑛佑さん、どんな気持ちでいると思う?」
 新花の言う通りなのでなにも反論できない。「なくすわよ」とあっさり言われ、ぞっと鳥肌が立った。なくしてもいいと思っているからここにいるのに、そんなわけがなかった。
 瑛佑はどんな気持ちで日々を過ごしているのだろう。クリスマスシーズンだから忙しいのかもしれない。去年の今頃は楽しかったな、と思い及んで、懐かしくなった。まだ瑛佑とは付き合いが浅く、秀実や日野や高坂や柳田や、とにかく楽しい人たちと楽しいことばかりしていたあの日々。
 クリスマスに突然プレゼントなんか送りつけて、迷惑だっただろうに。喜んでくれた。瑛佑の誕生日にはきちんとそれを返してくれた。恋の喜びなんかはじめて知ったんだよ。あんなに煌いて楽しくてせつなくて泣きそうだったのは、生まれてはじめてだった。
 なくすだなんてとんでもない。でもいまさらどういう顔をして瑛佑に会えばいいのだろう。求めてしまえば、応じてくれるんだろうか。また失いはしないか――様々な気持ちがめまぐるしくまわり、うまく思考がまわらなくなる。
 いま会ってもまだ、好きだと言ってくれるだろうか?
 たくさん言われてみたい。透馬のものだと、どこにも行かないし失わないと約束してほしい。
 思いきり愛されたい。不安はなんにもないんだって、瑛佑のあの口調でしっかりと言われたい。


 年末年始も新花の(正確には川澄の)家に世話になることにした。二人ともどこかへ出かけたりあいさつ回りに行ったりはしないと言うからだ。正月は家族みんなで特別なことを、という記憶が透馬にはない。実家にいる頃は会社の人間がひっきりなしに訪れるのが嫌で部屋に閉じこもっていたし(そもそも透馬のこういう臆病さが青井の気に障ったのだろう)、Fに来てからはほとんど綾と二人だった。年末だろうが年始だろうが平日と同じ。おせち料理や餅を食べて初詣に出かけ、そういう思い出はない。冬休みはただただ静かな印象がある。この季節は淋しさとは違う、別の涼しさを心に感じる。
 川澄はまめで凝り性、なんでも自分の手でやってしまう。「手伝う?」と訊かれて頷いたら、正月を迎える手本をそっくりそのまま教わった。大掃除はごく簡単に(この時期ここでやるには寒すぎる上に、日頃川澄がまめに片付けているので特別な掃除の必要を感じない)、花を飾り松を飾り、餅を床の間に置いて重箱におせち料理を詰める。煮豆、数の子、昆布、海老、伊達巻玉子。こんなに作って誰か呼ぶのかと思いきやさらりと「新花さんが喜ぶからね」と言われ、当然のような心の温かさに胸がつきんと痛んだ。そういう人を新花は見つけられたのだ。透馬がずっと欲しいと願っているものが、新花の傍にはある。
 元旦の早朝に市外にある神社へ揃って初詣に行き、お参りを終えてから三人で宴会となった。こちらでは見かけない、舌触りがさらりと上品な日本酒が振る舞われる。「瑛佑さんからお礼にって贈られて来たのよ」と新花が言い、思わずそれを吹き出しそうになって、こらえてむせた。
「吐かないでよ」
「――なんで瑛……」
「お礼だってば。この間お世話になりました、よい年をお迎えくださいっていう。こっちじゃ見かけないわと思っていたら道理で、お母さまが住まわれている土地の地酒なんだって。わざわざ取り寄せてくださったのよ」
 美味しいわね、と新花は頬を染めながら言う。川澄も頷いていた。胸をさすりながら動揺していた。透馬が新花宅にいることは伝えていないが、新花のことだから筒抜けなのだとは思う。それにしても新花にはこんな風に関わっておいて透馬自身にはなにもないとか、ずるいというか、大人すぎないか。「待っているから」といつか言われた台詞がよぎり、確かに「待ち」の姿勢であることは嬉しいのだけど同時に淋しい、と両極端なことを思う。瑛佑のことを考えるとどうも女々しくなって嫌だ。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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